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三年生秋(2)

春高一次予選を終え、迎えた九月三連休。春高最終予選への出場権を手に入れた俺たちは、本戦出場を獲得すべく梟谷グループ合宿で練習試合に励んでいる。
今回の合宿地は俺たち梟谷の体育館で、連休をフルに使った二泊三日の合宿となる。合宿も三年目となると新鮮味は一切ない。九月と言えどまだまだ暑さが残るなか、うち、音駒、生川、森然、そして烏野。五校で代わる代わる行われる練習試合に既にTシャツは汗だくだ。午前の試合を終え、ストレッチをする俺たちを他所に雀田と白福は忙しそうに体育館や水道、校舎を行き来している。
どうやら今回の合宿に生川のマネが来れなくなったらしく、マネの居ない音駒や生川ことも雀田達は気にかけているらしい。普段の練習はもちろんだが、合宿を重ねる度マネージャーの有難みを感じざるを得ない。俺たちが練習に専念出来るのは、マネージャーたちのサポートがあってこそ。おまけに今回のような自校での合宿は、雀田と白福の負担は更に大きくなる。辛辣な言動や圧のある態度を取られることも多々あるが、文句の一つも言わずマネ業務を熟す二人に頭が上がらない俺たちである。

いち早く試合を終えた森然、生川の奴らが次々と体育館を出て食堂へ。「あんた達もストレッチ終わったならさっさと来てよね」と先に食堂へ向かった雀田を追いかける形で、俺たち梟谷のメンバーも空腹を満たすために食堂へ向かうことに。
「腹減ったー!!!」と声を上げた木兎。声のデカさに片耳を押さえると、「叫ぶな馬鹿!」と元気すぎる主将に苦言を呈する。恐らく木兎の頭の中には、食う、寝る、バレーしか詰まっていないのだろう。「食ったら次どことだっけ?」と午後一の試合相手を確認する木兎に、猿杙と二人で苦笑いを浮かべてしまう。「生川ですよ」と律儀に答えた赤葦に「タラコたおーす!!」とまた声を張り上げた木兎。その声のデカさにうんざりしていると、食堂目前で「おいお前ら!!」と森然の小鹿野と千鹿谷が何故か食堂から外へ。


「やっと来た!!あの子誰か教えてくれよ!!」

「??は??」

「なに?何の話し?」

「惚けんな!!食堂にいつものおばちゃんじゃなくて、梟谷の女子が居るんだよ!!!」

「「「「「女子???」」」」」


何の話だと全員で首を傾げれば、「あの子だよ!あの子!!」と食堂の中を指し示す小野鹿に、首を捻ったまま全員で中を覗くことに。
使い慣れた食堂。配膳用のカウンターと奥にあるキッチンスペース。美味そうな匂いが漂う室内には、練習を終えた選手とマネージャー、割烹着姿のおばちゃん達と、それから、



「っ、苗字!?!?!?」



驚きについデカくなった声で呼んだ名前。呼ばれたことに気づいた苗字は配膳する手を止め、顔をこちらへ。

ちょっと待て。なんで苗字がここにいるんだ。

食堂入口で固まる俺たちに気づき、なにやらおばちゃん達と話し始めた苗字。目を見開いたまま苗字を見つめていると、「なあ、あの子誰なんだよ??」とソワソワした様子で小鹿野が尋ねてきた。


「梟谷の制服着てるし、お前らの知り合いなんだろ??」

「いや、うん、まあ……知り合いは知り合いなんだけど……」

「マジで!?!?何年生!?名前は!?」


猿杙の返事に分かりやすく声を弾ませた小鹿野。興奮した様子にピクリと眉が動く。
「結構可愛くね??」「分かります。俺わりとタイプかもです」と鼻の下を伸ばして苗字を見る森然の二人に、自然と深くなる眉間の皺。不機嫌さを露に森然の二人を睨んでいると、落ち着けと言わんばかりに猿杙に肩を叩かれる。
そこへ、みんな、と駆け寄ってきた苗字。ぱたぱたと近づいてくる足音に森然の二人が、おっ、と目を輝かせる。制服の上にエプロンを付けた新鮮な姿に苛立ちが軽減していく。「エプロンっていいよな」と真顔で呟いた小鹿野に内心同意していると、見知らぬ人間がいることに気づいた苗字が小鹿野達に軽く会釈をした。
ほわーん、とした顔で会釈を受けた二人。ピンクのオーラを見せる森然連中に頬を引き攣らせていると、俺たちに向き直った苗字は、「お疲れ様、」と小さな微笑みと共に労いの言葉を掛けてきた。


「お疲れって……なんで苗字がここにいるんだよ??」

『??なんでって………かおり達から聞いてないの?』

「は??」


不思議そうに首を傾げた苗字に間の抜けた声を返してしまう。聞いてないのって、何をだ。噛み合わない会話に首を捻りそうになったとき、「あれー?言ってなかったっけー?」と態とらしい声を上げながら、白福と雀田が俺たちの方へ。


「今回の合宿、急遽人手が足りなくなったから、名前が手伝ってくれることになったんだよね〜」

「っ、はあ!?手伝ってって、」

「あれ?苗字、勉強は???受験勉強しなくちゃならないんじゃねえの??」

「あ……えっと、勉強は……うん。もう、大丈夫なの」

「大丈夫って………」


木兎の疑問に答えた苗字。少し歯切れの悪い応え方に小見が心配そうに眉を下げる。どういう意味か、と問うように全員が苗字を見つめると、気恥しそうに頬をかいた苗字はゆっくりと唇を動かし始めた。


『その………受験勉強はもう、必要なくなったんだよね』

「必要なくなったって…………」

『……実は………無事、大学合格が決まりまして、』

「「「……は???」」」


突然の朗報に目が点になる。唯一木兎だけは「おおー!良かったじゃん!!」と祝いの台詞を述べており、すげえすげえと騒ぐ木兎に食堂にいる奴らが何事かと目を向けてくる。集まってくる視線に気づいて、慌てて木兎を宥める苗字の姿に、止まっていた思考が漸く動き始めた。
受かったって、マジか。マジでか。苗字のやつ、マジで合格したのか。推薦入試、受かったのか。
しーっ!とジェスチャーをする苗字にゆっくりと歩み寄る。気づいた苗字は振り返ると、木葉?と小首を傾げてきた。


「……マジで、受かったのか……?」

『え………う、うん、受かった、けど、』

「………す、」

『……す?』

「すげえじゃん!!やったな苗字!!!」

『っ、!』


声を張り上げるのと同時に掴んだ華奢な肩。興奮をそのまま苗字に詰め寄ると、驚きに丸くなった瞳と目を合わせた。


「そうだよな……!お前頑張ってたもんな……!」

『っ、こ、この、「やっぱすげえな」……へ……?』

「……努力してきたことを、ちゃんと結果に出来てる。……ホントすげえよ、お前」


細い肩を掴む手に少し力が入る。
苗字は頑張ってた。放課後も、休みの日も、夏休み中も。自分の目標を叶えるために努力を続けてた。
努力すればなんでも上手くいく、とは言わない。バレーだって一生懸命練習したからって必ず優勝出来るわけじゃない。そしてそれは苗字もよく分かってるはずだ。

“だからね、私、今の自分を結構気に入ってるの。好きな人の為に頑張れる自分になれて良かったって思ってる。……でも、折角頑張るなら、やっぱり結果が伴ってくれたら嬉しいじゃん。絶対に振り向いてくれるなんて保証はないけど……でも、できる限りのことはしたい。赤葦くんを好きになった自分の為にも”

羨ましいと思った。あんな風に思われる赤葦が、苗字に想われる赤葦が羨ましいと思った。けれど赤葦は、苗字の想いに応えることはなかった。赤葦に振り向いて欲しいと頑張ってきた苗字の努力は、報われない結果となってしまった。
頑張れば必ず結果が伴う訳じゃない。苗字もよく知っている。けれど苗字は頑張ることを辞めなかった。赤葦を好きになって変われた自分を大事にし続けた。そんな苗字だからこそ、今こうして努力を結果に結びつけることが出来たのだろう。
苗字を映す瞳が柔らかく細まる。溢れた感情を緩やかな笑みに変えてみせると、何か言いたげに苗字が口を開こうとしたとき、


「あー……あのさ、木葉。取り込み中申し訳ないんだけど、」

「あんた達、すっごい注目浴びてるわよ」

「っ、は???」


猿杙と雀田の声に、はたと目を瞬かせる。苗字を見、猿杙を見、雀田を見、最後に周りを見渡せば、食堂にいる面々から注がれる視線の量に気づいて、慌てて苗字の肩から手を離す。やべえ。今俺、完全に他の奴らのこと忘れてた。苗字のことしか見えてなかったわ。
「ここがどこか完全に忘れてたよね」「うちらのことアウトオブ眼中だったでしょ」と図星をついてくる雀田と白福。うるせえ、と言うよりに赤くなった顔で二人を睨むと、苦笑いを浮かべた猿杙が仕方なさそうに口を開いた。


「けど苗字、ほんとに凄いね。いち早く合格決められたわけだし」

「確かになー。推薦って普段の授業態度はもちろんだけど、試験の結果とか良くねえと受けられんねえんだろ??」

「推薦を受けられただけでも凄いのに、そのチャンスをちゃんと物にしたんだもんね」

「なんかうちらまで嬉しくなっちゃうよね」


フォローしてくれる猿杙に続き、小見、雀田、白福が感心したように苗字を褒めると、「そ、そんなことないよ!」とブンブン首を振り始めた苗字。そんな苗字に「謙遜しなくていいと思いますよ」と赤葦が伝えると、謙遜じゃないから!と苗字は更に首を振ってみせた。


『みんながバレーを頑張る姿を見て、私も頑張ろうって思えた。だから、合格出来たのは、みんなのおかげって言っても過言じゃないっていうか……!』

「いやそれは過言だろ」

「合格出来たのは苗字の力だって」


呆れた声を漏らした俺と猿杙に、「過言じゃないと思うけど、」と眉を下げた苗字。俺らのこと過信し過ぎだろ、と雀田や白福と共に苦笑いを浮かべていると、名前ちゃーん!と厨房から聞こえてきた自分を呼ぶ声に、はい!と返事をした苗字は走ってカウンターの中へ。
再び配膳の手伝いを始めた苗字を確認し、突っ立っていた俺達も漸く昼飯を受け取る列に並ぶことに。「お前らわざと黙ってただろ」「なんのことー?」「伝え忘れてただけだよねえ??」と惚けるマネージャー二人をジト目で見ていると、いつの間にか列が進み、茶碗につがれた白飯を苗字から受け取る。はい、と笑って飯を渡してくれる苗字に、さんきゅ、と少しぶっきらぼうな声を返す。
苗字が合宿の手伝いに来てくれるなんて、これが最初で最後だろう。配膳を続ける苗字を気にしつつ、空いている席で昼飯を食い始めたその直後、


「………名前ちゃん………?」


食堂に現れた赤いジャージの集団。後ろには真っ暗なジャージを着た烏野の姿もある。
苗字に気づいて目を見開いているのはもちろん黒尾で、驚いて目を剥く黒尾に苗字は小さく手を振ってみせた。そうだった。ここには此奴もいるんだった。顰めた顔で配膳の列に並ぶ黒尾に目を向ける。「木葉顔怖くね?」と唐揚げを頬張りながら指摘してくる木兎。ほっとけ、と内心で答えて黒尾の背中を睨み続けていると、苗字の元まで辿り着いた黒尾は、驚きつつも嬉しそうに苗字に声を掛けた。


「名前ちゃん、なんでここに……?」

『あっ、実は、合宿のお手伝いをさせて貰うことになって、』

「手伝いって………名前ちゃん、勉強は、」

『それは大丈夫!……大学には、無事合格出来たから、』

「は………」


ぽかんとした顔を見せる黒尾に苗字は嬉しそうな笑顔を向ける。そんな顔見せんな馬鹿、と苛立つ俺の事などもちろん知らず、湯気の立つ飯を黒尾に渡しながら、苗字は穏やかな表情で黒尾を見上げた。


『勉強、教えてくれて本当にありがとね、黒尾くん』

「っ、いや、それは全然。マジで気にしなくていいって。……そっか、名前ちゃん合格出来たんだな……。……合格おめでとう、名前ちゃん」


向けられた祝いの言葉に苗字の目尻が微かに赤くなる。「あ、ありがとう、」と苗字が歯切れ悪く返したところで、痺れを切らしたように「おい、後ろつかえてんぞ!」と夜久がクレームを入れる。夜久の声に、はいはい、と肩を竦めた黒尾。漸く苗字の元から動き出した黒尾に、止まっていた箸の動きを再開させる。
その後も、自分の前に来た音駒や烏野の連中とにこやかに会話をしながら配膳を続けていった苗字。漸く全員が昼飯を受け取ると、今度はおばちゃん達と一緒に空になったピッチャーと水が入ったピッチャーを替えるために席を回っていく。小鹿野が座るテーブルにはおばちゃんの一人が行き、ざまあみろと内心舌を出していると、俺たちの元へ来た苗字が、はい、と水の入ったピッチャーをテーブルへ。


「さんきゅー!」

『いえいえ、どういたしまして』


素直に礼を言う木兎に笑って応えた苗字。やっぱすげえ新鮮だな、とエプロン姿の苗字を目で追っていると、「木葉、見過ぎだって」と猿杙に笑われた為、誤魔化すように飯をかき込むことに。すると、今度は黒尾や夜久、海の座るテーブルを訪れた苗字に気づき、逸らしたはずの視線を再び苗字へと戻してしまう。


『これ、新しいピッチャーです』

「ありがとう、苗字さん」

『ううん』


緩く首を振った苗字から水の入ったピッチャーを受け取った海。代わりに空になったピッチャーに苗字が手を伸ばすと、目敏く気づいた黒尾が、はい、とそれを苗字に渡した。


『ありがとう、黒尾くん』

「いいや。つか、俺らの方こそありがとね」

『え??』

「何か理由があって手伝ってくれてんじゃねえの?わざわざ連休潰して手伝いに来てくれてるわけだし、名前ちゃんに感謝しなきゃなんねえのは、梟谷の奴らに限った話じゃねえじゃん」


さも当然だと言わんばかりにそう言った黒尾。腹立たしいことに、心からそう思っているのだろう。わざわざ言葉にしたのは苗字の気を惹く事を狙ってだろうが、嘘のない言葉は苗字の心にも響いたらしい。
小さく目を見張ったのち、擽ったそうに笑った苗字。「お礼を言われるようなことじゃないのに、」とまた首を振った苗字に、黒尾が優しく目尻を下げる。そんな二人のやり取りに不機嫌オーラを放っていると、「それにしても、」と酷く不思議そうに夜久が苗字と目を合わせた。


「苗字さん、本当にバレーが好きなんだな」

『え…………?』

「だって応援もマメに来てるよね?それに、折角の連休を合宿の手伝いに費やしてくれてるし、」


「バレーが好きだから出来ることだよな」とコップに水を注ぎながら笑った夜久。確かに!と夜久に同意するように灰羽が声を上げると、ぱちぱちと数回瞬きをした苗字はどこか困ったように眉を下げた。


『……確かに、バレー自体も好きにはなったけど……でも、バレーボールが好きって言うより、』

「?好きって言うより?」


言葉の先を途切れさせて苗字に夜久が首を傾げる。すると、ふんわりと、花が咲くみたいに微笑んだ苗字は、緩んだ口元をそのままに柔らかな声を綴った。



『みんなの、梟谷のバレーが、大好きなの』



黒尾たちの動きがピタリと止まる。話を聞いていた他の連中も唖然とした顔で固まっていて、俺や小見、猿杙も目を丸くして苗字を見つめてしまう。
大好きって。いや、前にも一度言っていたけれど、それでもやっぱすげえ破壊力。苗字の口から聞かされると尚更。
集まってくる視線に気づいたのか、それとも単に自分の言動を省みたのか。ハッとした苗字は目線を泳がせ始める。「じゃ、じゃあ、午後も頑張ってね」と急ぎ足でカウンターの方へ戻って行った苗字に、残された黒尾達がポツリと呟いた。


「おいお前ら、午後はぜってえ梟谷に勝つぞ」


忌々しそうにこちらを睨みながら吐かれた台詞に、夜久や海、山本がこれ以上ない位大きく頷き返したのだった。
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