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三年生秋

夏休みが明けた九月週末。
第一日曜、第二日曜の隔週で行われた春高一次予選は、梟谷も音駒も無事に勝ち上がる結果となった。

木葉に伝えた“最初から最後まで、全部見に行く”という言葉を実行するため、第二日曜は勉強そっちのけで応援へ。もちろんその分他の日は机と向き合う時間も増やしたし、両親からもたまには息抜きも必要だとお墨付きを貰った上での観戦である。出来ることなら、音駒の試合も見たかったけれど、受験生という立場上、そちらは泣く泣く諦めた。

梟谷の春高予選一試合目は、一日目を勝ち進んできた都内の都立高校だった。かおり達の話によると、最近力をつけてきた学校らしく、序盤は中々波に乗れず、競り合いながらもなんとか一セット目を獲得。その後は、エースである木兎が普段の調子を取り戻し、二セット目は十点差を付けて取り、梟谷の勝利となった。
そして、予選最終日への進出を掛けた第二戦。相手は都内でも有名なバレーの強豪校で、気を抜けば足元を掬われる可能性が大いにいるあると雪絵が零していた。微かな緊張感が漂うなか始まったベスト4を賭けての試合。一試合目で調子を上げていた木兎の活躍もあり、一セット目は無事梟谷が勝利する。しかし二セット目、ブロックに跳んだ木葉が突き指をし一時離脱。代わりに入ったのは二年生の控え選手で、交代直後のその子がサーブで狙われ、点差が開いてしまう。結果、21対25という四点差で二セット目は落としてしまい、試合は三セット目突入となった。
両校応援団が競い合うように応援歌を歌うなか、三セット目に出場する選手たちがコートの中へ。そのなかには右手にテーピングを巻いた木葉の姿もあって、手摺を掴む手に力がこもった。

大丈夫。絶対負けない。
みんなは今度こそ日本一になるんだから。

副審に背番号を向けていた皆が一斉に動き出す。すると、円陣を組んだ直後、パッと顔を上げた木葉。見つめる視線の先には梟谷の応援席があって、もちろんそこに私もいる。木葉、と音にはせず呼んだ名前。聞こえるはずもないそれに、応えるように重なった視線。


『っ、がんばれ……!』


飛び交う歓声のなか、精一杯張り上げた木葉へのエール。フロアにいる木葉には何と聞こえたのだろう。小さく目を剥いたのち、木葉の口元には小さな笑みが浮かべられている気がした。

そこからの試合は、圧巻の一言だった。

このセットを落とせば負けるかもしれない。そんなプレッシャーがあってもおかしくないのに、皆の集中は一二セットとは比べ物にならないほど増し、中でも木兎と木葉はノリに乗っていた。相手のブロックの隙間を打ち抜いていく木兎と、ブロックを抜けたボールを拾う木葉。レシーブもトスもスパイクも、なんでも出来る器用貧乏だと揶揄われることもある木葉だけれど、その日の木葉は、兎に角レシーブが凄かった。もちろんレシーブだけでなく、ファーストタッチが赤葦くんの時や、レシーブが乱れて二段トスを上げる際も、セッター顔負けのトス回しをしてみせた木葉。
打っては拾われ、打たれれば決められる。相手校も食らいついて来てはいたけれど、最後は木兎のスパイクが決まり、結果、17対25で梟谷の勝利となった。
試合後、拍手と歓声に包まれるなか、応援席に挨拶をしたみんなはフロアから退場しようとする。ユニフォームを着たみんなの背中に頬を緩めていると、7番のユニフォームを着た背中がピタリと動きを止める。何かを思い出したように肩越しに振り返った木葉。どうしたのだろう、と立ち止まった木葉を見つめていると、ゆっくりと掲げられた木葉の右手。テーピングの巻かれた手で作られた拳は、どこか照れ臭そうにこちらに向けられている。


勝ったぞ。


まるで、そう言っているようだった。
周りの人達が移動の準備を始めるなか、小さく握った右手のひら。その手を木葉に向かってゆっくりと突き出すと、ふはっ、と嬉しそうに笑った木葉に、釣られて私も笑顔になる。その後すぐ、後輩に呼ばれた木葉はフロアを退場し、私も席を空けるために慌てて移動を開始した。

思い出すだけで胸が熱くなるような試合。
私も頑張ろうと思えるような試合。

梟谷男子バレー部のみんなが見せてくれるのは、いつだってそんな試合ばかりだ。
数日前見たばかりの試合を思い出し、シャーペンを握る手にちょっとだけ力を込める。先生が黒板に書いている文字をノートに書き写し終えたとき、丁度チャイムが鳴り響き、午前の授業は終了へ。ランチタイムだ!と何人かの男子が購買に走るのを見送っていると、「苗字、」と先生に呼ばれ、はい?とそちらを振り返る。


「林田先生が昼休み職員室に来るよう言ってたぞ」

『え?林田先生がですか?』


目を瞬かせてオウム返しをする私に、「大事な話があるそうだ」と答えた先生。大事な話?林田先生は担任なわけだし、呼ばれること自体おかしくはないのかもしれないけど。でも、大事な話ってなんだろ。内心小首を傾げながらも、「分かりました」と返事をして一先ず職員室に向かうことに。
「大事な話ってなんだろうね?」「さあ……?」「お前何やらかしたんだよ?」「な、なにもしてないよ!……たぶん、」「多分なのかよ」
かおりや木葉と話しながら教科書とノートを片付ける。机の上が綺麗になったことを確認し、「雪絵たちと先に食べててね」とかおりに伝えると、「おっけー」と手を振ってくれるかおりに見送られながら職員室へ。
まさか木葉の言うように、何かやらかして怒られるとかじゃないよね?最近の素行を思い出しながら、少し重い足取りで職員室に辿り着くと、ノックをしてから扉を開けて林田先生の元へ。


「お。来たか、苗字、」

『あ、あの……大事な話って一体……?』

「受かったぞ」

『……………………………え?』

「推薦入試、見事合格だそうだ」


聞き違いだろうか。いま、すごく大事なことを聞かされたような。
「合格おめでとう」とあまり抑揚のない声で告げられた祝いの言葉。なんともクールな林田先生らしい。らしいのだけれど、ちょっと待って。先生今なんて言った?受かったって言ったよね?推薦入試、合格だって。おめでとうって。


『ええええええええ!?!?っ、え、ほ、ほんとですか……!?』

「ああ。今朝、学校経由で合格通知が届いたからな」

『そ、そんな冷静に……』

「驚くことじゃないだろう。苗字は十分頑張ってたんだから、受かって当然だ」


ふっ、と落とされた穏やかな微笑みに胸がキュンと音を立てる。林田先生のこういうところ、本当に憧れる。
「でも職員室で奇声をあげるのはやめろよ」と笑って続けた先生に、「す、すみません、」と少し顔を赤くする。仕方なさそうに肩を竦めた先生は、引き出しから出した封筒をそのままこちらに差し出した。


「合格通知だ。親御さんにちゃんと報告しろよ」

『はいっ……!』

「受験生でなくなったからといって、授業はきちんと受けるように」

『は、はいっ』

「それと、推薦入試の結果に関して、周りに言う言わないは本人の意思に任せることになってる。進学希望でピリピリしてる連中もいるだろうし、伝える相手はちゃんと選べよ」

『…はい、気をつけます、』

「よし、以上だ。教室戻って飯を食え」

『あ、は、はい。ありがとうございましたっ、』


ぺこ、と一つ頭を下げたのち、職員室を後にする。
受かったんだ。推薦入試、本当の本当に合格した。合格出来た……!
渡された合格通知を胸に抱えるように大事に持って行く。教室に着いたら、早速親に連絡しようか。いやでも家に帰ってから伝えて驚かせたい気もするし。
喜びを隠せず、少しニヤついた顔で教室に戻ると、かおりの席でお弁当を食べていたトモちゃんが気づいて小さく手を上げてくれる。

トモちゃん、かおり、雪絵!
推薦入試受かったよ!

そう報告したようしたとき、


「「どーしよー…………」」

『………………え?な、なに?なにごと??』


おでこを机にくっつけて、これでもかと言うほど肩を落とすかおりと雪絵。ただならぬ雰囲気に思わずトモちゃんを見れば、苦く笑ったトモちゃんが「それがさ、」と口を動かした。


「今週末って三連休じゃん?そこでも男バレの合宿があるんだって」

『合宿って、梟谷グループの合宿だよね?』

「そうそう。それで、今回の当番校がうちみたいで、食事の用意とか布団の確保とか、そういうの諸々当番校が請け負うみたいなんだけど、」

『?だけど?』


言葉を途切らせたトモちゃんが二人に目を向ける。続きを促すトモちゃんの視線にゆっくりと顔を上げた二人。けれど視線は机に向けられたままで、普段と違う二人の様子に思わず身を引いてしまいそうになる。


「…………梟谷が当番校の時は、基本的に食事は食堂のおばちゃん達が準備してくれるのよ……」

「だけど今回、いつものパートさんの中にどうしても来れない人がいるみたいでー……」

『……えーっと……つまり、そのいない人の分をかおりや雪絵が埋めなくちゃいけない、ってこと?』

「そういうことになるんだけど……」


言葉を濁すかおりに首を捻る。他にも何かあるのだろうか?と二人を見つめていると、小さく息を吐いた雪絵が険しい表情で言葉を続け始めた。


「ぶっちゃけ食堂を手伝うこと自体は別にいいっていうか、問題はそっちじゃないっていうか……」

『?どういうこと?』

「今回の合宿、生川のマネージャーも来れないみたいなんだよね……」

『生川って……神奈川の?』

「そー。さっき連絡が来て、足を骨折しちゃったんだって」


こ、骨折って。痛みを想像して顔を強ばらせた私に、「なんで名前が痛そうにしてんの?」とトモちゃんが呆れたように息を吐いた。


「当番校のマネージャーって、他の学校のことも少しは気に掛けてるのね。不足品の有無とか、ピブスの洗濯とか、コートのモップ掛けとか」

「もちろんマネージャーがいるチームは、各自でやってくれたりするんだけど、あくまでうちが受け入れる側だし、用意するとこはしないと失礼になるじゃん?」

「特に音駒はマネージャーいないし、一年生が分担してやってるみたいだけど、折角の合宿なんだから、選手にはバレーに集中して欲しいでしょ?だからうちが当番校の時は、私と雪絵のどっちかがチームを見て、どっちかが全体を見るって感じでやってたんだよね」

「宮ノ下ちゃん……生川マネも来ないって聞いて、今回は生川のサポートもやらなきゃなってかおりと話してたんだけどー……」

「まさか食堂の手伝いまで必要になるなんて…………」


はあ。とため息を零した二人が揃って頭を抱える。食堂の人手が足りなくなったという話は、今さっき聞かされたばかりなのだろう。昼休みに入った直後まで、かおりは普通だったし。
「どうする?今回は音駒と生川のサポート諦める?」「でも英里ちゃんにどうかよろしくって言われてるし…」「だよねえ……」「監督にお願いして一年生借りる?」「でも控え面子も他校で練習試合組んでるんじゃ……」「そうだった……」
何度目か分からない大きなため息をこぼす二人。「マネージャーも大変だね」と苦く笑ったトモちゃんは、いつの間に食べ終えたのか空っぽになった弁当箱を片付け始めている。まずい、私も食べなくちゃ時間が無くなっちゃう。項垂れるかおりと雪絵を気にしながらも、保冷バッグから弁当箱を取り出し、かおりの後ろにある自分の席で食べ始めることに。「今日も手作り?」と尋ねてきたトモちゃんに、うん、と小さく頷き返すと、「エラいなー」と感心したように漏らしたトモちゃんが冗談交じりに口を開いた。


「名前が食堂の手伝い出来れば、万事解決っぽいのにね」

『っ、え??』

「だってほら、料理出来るし、男バレ大好きだし、」

「ちょっとトモ、馬鹿なこと言わないでよ」

「受験生にこんなこと頼むほど落ちぶれてませんー」

「冗談だってば」


ジト目で睨んで来る二人にトモちゃんはまた苦笑いをみせる。
受験生。そっか。三人の中で私はまだ“受験生”のままなのか。お弁当を食べ始めた手が止まる。チラリとかおり達を盗み見れば、やけにゆっくりとした手つきでご飯を食べ進めている。
トモちゃんが言うような、料理上手では決してない。でももう一つは、梟谷の男子バレー部が好きだってことは、間違ってない。
少しの不安と緊張を胸に顔を上げる。「……あのさ、」とかおりと雪絵に向かって口を動かすと、「?なに?」「どうしたのー?」と二人が振り返ってくれる。
役に立てるかは正直分からない。どんなことをするのかも正直よく分かってない。でも。


『わたし……やっちゃダメかな……?』

「…………うん?」

「……えーっと……なにを?」


心底不思議そうに首を傾げてきたかおりと雪絵。様子を伺っていたトモちゃんも小さく首を捻っている。
料理上手じゃないけど、出来ることは少ないかもしれないけど、みんなのバレーを見るのは大好きで、みんなのことを応援したい気持ちに嘘はない。春高で優勝するみんなを見たい気持ちに嘘はない。だから。


『合宿、私も手伝っちゃダメかな……??』


今度ははっきりと口にした素直な気持ち。
ぽかんと固まる三人が、揃って間抜けな声を漏らしたのはそのすぐ後だった。
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