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三年生夏(17)

「あー!食った食ったー!!」


広い座敷の室内に響いた木兎の声。「叫ぶな馬鹿!」と木葉が木兎の頭を叩くと、いてっ!と声を上げた木兎はムスッとした顔で頭をさすった。

二時間の食べ放題時間ももうすぐ終わろうとしている。
途中から焼き係に徹していた私やかおりを除き、他のみんなは時間十五分前まで食べ続けていた。ものすごい勢いでお肉を消費していくバレー部員たち。その中に混じって食べ続けている雪絵の食欲が凄まじ過ぎる。最後に注文したお肉を焼き終えた時、「えー、もう終わりかあ」と残念そうに嘆いていた雪絵。あれだけ食べたのに、まだ足りないというのか。
呆気に取られて固まる私に、「いつも通りだから気にしなくていいよ」と呆れ気味に笑ったかおり。雪絵の胃は一体どうなっているのだろう、と慄いていると、「会計前にお金集めときますか」「だな」と赤葦くんと小見くんのやり取りが聞こえてくる。
お金。そうだ。木兎の分まで払っておかなきゃ。
カバンから財布を出し、皆から焼肉代を受け取る赤葦くんの元へ。二人分の代金を赤葦くんに手渡そうとしたとき、横から伸びてきた手が一万円札を赤葦くんへ。


「赤葦、これ、俺と名前ちゃんの分な」

『え、』


聞こえてきた自分の名前に思わず後ろを振り返る。立っていたのは緩やかに笑う黒尾くんで、「名前ちゃんは木兎の分だけ出せばいいから」と言う彼に、慌てて首を振ってみせた。


『え、だ、ダメだよ黒尾くんっ!私、自分の分は自分で出せるよ…!』

「いいからいいから。俺の見栄に付き合ってよ」

『で、でも、木兎と約束したのは私なのに、黒尾くんに二人分出してもらうのは、なんか、違うかなって……』

「俺が出したのは、あくまで俺と名前ちゃんの分。木兎の分を名前ちゃんが出せば、木兎との約束は果たしたことになるっしょ?」

『そ、それはそうかもしれないけど……そもそも私が黒尾くんに奢ってもらう理由がないよ。というかむしろ、私が黒尾くんの分を出すべきなような……』

「?なんで??」


至極不思議そうな顔をする黒尾くん。心当たりが全くないのか、「俺だって名前ちゃんに奢られる理由なんてないよ?」と肩を竦めた彼に、ううん、と小さく首を振ると黒尾くんは不思議そうに首を傾げた。


『期末試験のとき、黒尾くんに苦手科目を教えて貰ったでしょ?そのおかげもあって、スゴくいい結果が出せたんだ。だから、むしろお礼をしなきゃいけないのは私の方っていうか……』


尻すぼみになる声と共に目線も少し下を向く。
期末試験の際、木兎の勉強を見る私に合間合間でアドバイスをくれた黒尾くん。黒尾くんの教え方はとても丁寧で分かりやすくて、質問しても嫌な顔一つせず優しく答えてくれた。
あの時の期末試験の結果が良くなければ、推薦入試を受けられなかったかもしれない。まだ入試の合否は分からないけれど、人よりもチャンスが多いというのはすごく幸運なことだと思う。
本当なら夏祭りの日に伝えるべきだったこと。でも、あの日は色んなことがあり過ぎて、伝え忘れてしまったのだ。
畳に向けていた視線をゆっくりと持ち上げる。もう一度黒尾くんと目を合わせると、綻んだ顔のままゆっくりと唇を動かした。


『ちょっと遅くなっちゃったけど……ありがとう、黒尾くん、』

「っ…」


笑ってお礼を伝えると、黒尾くん目が小さく見開く。改まっていったせいか、やっぱり少し照れ臭い。
「だ、だから、黒尾くんの分も私がだすよ!」と三人分の代金を財布から出そうとすると、その手を黒尾くんに掴まれてしまい、驚きに肩が大きく揺れる。


『え、あ、あの……黒尾くん……?』

「……わかった、」

『っ、え???』

「名前ちゃんの、木兎との約束をちゃんと守りたいって気持ちも分かるし……今日は大人しく、自分の分だけ払うことにするわ」

『あ、い、いや、あの、黒尾くんの分も私が、』

「好きな子に奢らせるなんて、んなかっこ悪いこと出来ねえって」

『す、』


ぶわっ。と一気に赤くなった顔。不意打ちでストレートな物言いに、成り行きを見守っていた赤葦くんまでもが驚いている。ひゅー、と聞こえてきた口笛は夜久くんが吹いたものらしく、その隣には「やるなあ、」と感心したように笑う海くんの姿がある。
「え??え??」「今黒尾のやつ苗字のこと好きっつつた???」「言ったよな!?え!?言ったよな!?」と騒ぎ出しだ木兎。羞恥を煽るようなその声に、顔の温度がどんどん上がっていく。黒尾くんが言ってた、“ズルくなる”とか“遠慮がなくなる”っていうのは、こういうことだったのか。顔が熱い。耳が熱い。掴まれた手が熱い。集まってくる視線の居た堪れなさに下を向きそうになる。
掴まれ手を振り払うことも出来ず、沸騰しそうな顔のままただただ固まっていると、それでいいよね?と顔を覗き込んできた黒尾くん。近くなった距離に肩が小さく揺れる。この状況で食い下がれるほど図太い神経はしていない。おずおずと頷いてみせれば、掴まれていた手が漸く解放される。満足そうに笑った黒尾くんが「つーわけで赤葦、お釣りある?」と話しかけているのを横目に、自由になった手で今度こそ財布から二人分のお金を取り出すことに。まだ少し耳につく心臓の音に小さく息を吐くと、赤葦、と聞こえてきた声にギクリと身を固くしてしまう。


「……これ、俺の分」

「ありがとうございます」


恐る恐る動かした視線の先には、赤葦くんにお金を渡す木葉の姿が。顰めっ面で渡されたお金に小首を傾げた赤葦くん。その隣にはお釣りを待つ黒尾くんがいて、なんだかハラハラしてしまう。
続くように「私もこれー」「これ私の分ね」とお金を渡しにきたかおりと雪絵。二人に倣って「これ、私と木兎の分、です、」とどぎまぎしながらお金を渡す。確認してくれる赤葦くんを待っていると、じとっ、と向けられた木葉からの視線。「な、なに??」と木葉に目を向けると、ムスッとした顔のまま大きな右手が伸びてきた。


「顔赤えんだよっ、バカ!」

『っ、ばっ、』


バカって。何もそんな言い方しなくても。
そう声を上げようとした瞬間、むぎゅっと鼻先を摘んできた右手。驚きに、んぐ、と変な声が漏れる。な、なに。なんで私、木葉に鼻摘まれてるの。加減はされているものの、人に鼻を摘まれてるなんてなんだか少し恥ずかしい。抗議の意味を込めてペシペシと木葉の手を叩くと、「小学生か」「ついついイジメちゃうあれだね」とかおりと雪絵が呆れた声を漏らす。そんな二人に「誰が小学生だ!」と目を吊り上げた木葉は漸く鼻から手を放してくれる。
ホントになんだったんだ、と鼻を押えたままジト目で木葉を睨んでいると、「丁度ですね」と赤葦くんが告げたことで一先ずお店から出ることに。座敷を出て靴を履き、出入口に向かってゾロゾロと進んでいく。会計は赤葦くんと黒尾くんがしてくれるらしいので、残りのメンバーは邪魔にならないよう外へ。
「木兎、あんた名前にお礼言った?」「あ!言ってない!苗字あざっす!」「いえいえ。約束守れて良かったよ」「やっぱ焼肉最高だぜー!!」
ヘイヘイヘーイ!と拳を夜空へ突き上げた木兎に、くすくすと小さく笑ってしまう。他愛のない会話を続けていると、会計を終えた赤葦くんと黒尾くんが揃って店から出てきた。


「お待たせしました」

「おー。赤葦も黒尾もサンキュー」

「全員揃ったし、解散すっか」

「だな」


猿杙、小見くん、夜久くんの声に皆の足が自然と動き出す。赤いジャージと白いジャージが入り交じる中、制服姿の自分はやっばり少し浮いている。夏祭りのときみたいだ。
かおりと雪絵の会話を横目に、帰りの連絡を入れるためスマホを探し始めたのだけれど。


『……あれ、』

「?どした??」

『……す、スマホ、お店に忘れてきた、かも、』

「「え、」」


驚く声と共にかおりと雪絵の足が止まる。気づいた皆も何事かとこちらを見てきて、「なに?どったの?」と木兎が首を捻ってきた。


『お店にスマホ忘れたみたいで……』

「スマホ??マジで??」

『う、うん。私、取りに戻るから、皆は先に帰ってて、』

「え?ここで待ってようか?」

「なんなら一緒に取りにいくし、」

『いいよいいよ。そんなに遠くないし、待ってて貰うのも申し訳ないから』


「また明日、学校でね」と軽く手を振って踵を返すと、「気をつけてよ!」「また明日ねー!」とかおりや雪絵から返事が返ってくる。その声に笑って応えると、少し早足で来た道を引き返し始めた。
夏の夜道を一人で歩くことって少ないかも。小走りで進んでいるせいか、すれ違う人達が少し不思議そうに見遣ってくる。その視線から逃げようと更に足を早めれば、あっという間にお店に着いて、本日二度目の入店をさせてもらうことに。入って直ぐ受付の店員さんに声をかけると、ああ、と頷いた店員さんがカウンターの下から見慣れたスマホを取り出してくれる。どうやら見つけてくれていたらしい。ありがとうございますっ、とお礼を言うと、いえいえ、と笑って首を振る店員さん。見つけてくれたのが優しい人でよかった。店員さんにもう一度お礼を言い、今度こそ帰ろうと自動ドアを潜ったとき、


「ただの“お友達”がどうしてこんなとこまで来るんですかー?」

「ぐっ、う、うっせえな!!てめえこそ付いて来てんじゃねえよ!黒尾!!」

「木葉に付いてきたんじゃありませんー。名前ちゃんを追っ掛けてきただけですー」


外から聞こえてきた二人分の声に目を見張る。
店先に待っていたのは、なにやら言い争っている木葉と黒尾くんの二人だった。どうして二人までここに。「木葉?黒尾くん?」と睨み合う二人に声をかけると、ほぼ同時にこちらを振り向いた二人。勢いに少したじろぎながらも、スマホを持ったまま二人の元へ歩み寄った。


『ふ、二人ともどうしてここに……?』

「……危ねえだろうが」

『え??』

「もう夜だし、名前ちゃん一人じゃ危ないと思ってさ」


言葉足らずな木葉の答えに付け足すように続けた黒尾くん。どうやら心配して来てくれたらしい。ありがとう、と二人に向かってお礼を言うと、ほんのり目尻を赤くした木葉はそっぽを向いてしまい、柔らかく目を細めた黒尾くんは緩く首を振ってくれた。
対称的な反応だなあ、と眉を下げていると、「ほら、さっさと帰んぞ」と歩き出した木葉。慌てて木葉を追い掛けると、黒尾くんも歩き出して、いつの間にか二人に挟まれる形に。右には木葉が、左には黒尾くんがいて、何も言わなくなった二人に気まずさから地面を見つめてしまう。
そういえば、木葉と黒尾くんと三人だけってあんまりないかも。さっきみたいに梟谷や音駒の皆がいて、その中で一緒にいるってことはあっても、三人だけになるのは、あの日、二人が喧嘩した時以来だ。チラリと伺った二人の顔。木葉は相変わらずの仏頂面で、黒尾くんは飄々とした表情をしている。何も話さない二人に居心地の悪さを感じてしまう。せめて、せめて何か会話を。和気藹々とまではいかなくても、この気まずさを和らげるための話題を…!


『も、もうすぐ春高予選だよね?』

「は??……そうだけど……なんだよ急に?」

『く、組み合わせっていつ決まるの?もう出てる?』

「ああ、うん。もう出てるよ」

「九月入ったら直ぐ予選だしな」

「梟谷は第二シードで二日目からだよな?」

「おう。音駒とはブロック違えし、当たるとしたら準決だっけ?」

「確かな。まあ俺らの場合は、まず一日目勝ち切るところからだな」

「お前らのブロック、シード校どこよ?」


あれ、なんかスゴくいい感じなのでは。
さっきまでの気まずい空気が嘘のように会話を進めていく二人。春高予選様様である。
都内のシード校の話から、他県の強豪校や注目選手についてまで。稲荷崎がどうとか、桐生がどうとか、牛若がどうとか。正直言うと、二人が話す内容の半分はよく分からないものだ。けれど、会話を弾ませる二人の姿に自然と目尻が下がっていく。たぶん、というか絶対。今までの二人はこういう関係性だったのだろう。バレーを通して知り合って、バレーを通して築いてきた関係。春高様様というよりは、バレーボール様様と言う方が正しいかもしれない。

でも、だからこそ少し、ここにいることが居た堪れなくなる。

こういう考え方は良くないと知っている。だけどやっぱり考えてしまう。私がいなかったら、二人はただ良いライバルのままだったのかな、とか。あんな風にケンカすることもなかったのかな、とか。
二人の会話を聞きつつも、少しずつ地面へ下がっていく視線。履きなれたスニーカーのつま先が目に入った瞬間、「名前ちゃん?」と声を掛けられ、慌てて顔を持ち上げた。


『え、あ、な、なに?』

「ごめん。知らない話ばっかで面白くなかったよね」

『そ、そんなことないよ!むしろ、私のことなんて気にせず、二人でずっと話してて欲しいくらいだし!』

「おいその言い方やめろ」

「さすがにそれは勘弁して」


頬を引き攣らせた二人が足を止める。慌てて自分も立ち止まると、二人を振り返って小首を傾げた。


『その言い方って……なにか変なこと言った?』

「変なことしか言ってねえ。コイツと話すことなんて、そんなにねえっつーの。せいぜいバレーの話くらいだわ」

『でも今、そのバレーの話で盛り上がってたじゃん』

「……苗字が言ったんだろ。“仲良くしろ”って」

『っ、え、』


仕方なさそうに吐かれた台詞に目を丸くする。
確かにあの日、木葉と黒尾くんが喧嘩したあの時、仲良くして欲しいと二人にはそう伝えた。伝えたけれど、まさかそれが理由で会話を弾ませてくれてたってこと?きょとりと目を瞬かせる私に、木葉は唇を尖らせ、黒尾くんは苦笑いをみせた。


「名前ちゃんがどう思ってるのかは分かんないけど、俺ら別に“仲良し”なわけじゃねえよ?」

『で、でも、毎年一緒に合宿してるんだよね?』

「合宿してるからって仲良くなるとは限らねえだろ」

『休みの日に遊びに行ったりもしてたし、』

「それは俺と木兎の話。全員が全員休日被ったら出掛けるわけじゃないって」

『今日だって一緒に焼肉食べてたし、』

「それはコイツが苗字目当てで仕組んだことだろうが」


けっ!と分かりやすく悪態をつく木葉に、「仕組んだとか人聞き悪いな」と黒尾くんは肩を竦める。認めるのが癪だから否定している、という訳ではなく、二人は事実を言っているだけなのだろう。意外な返答の連続に瞬きを繰り返す。
てっきり私は、二人は元々“仲が良かった”のだと決めつけていた。バレーを通して知り合って、バレーを通して築いてきた関係がある親しい間柄なのだと。でも、そうして築いてきた関係がどんなものかは、本人たちにしか分からないものなのかもしれない。
「名前ちゃんがいなきゃ、木葉とこんな風に話すこともなかったかもな」と横目で木葉を見た黒尾くん。向けられた視線にちょっとだけ眉根を寄せた木葉は、「だろうな」と酷く不機嫌な声と共に頷いてみせた。
少しの驚きと安堵が入り交じった曖昧な息を口から零すと、気づいた黒尾くんが、「どうかした?」と小首を傾げてきた。


『……二人共、ごめん。私……今、少し安心しちゃった……』

「?安心?」

『……今の話聞いて、木葉と黒尾くんは元々そんなに仲良くなかったのかもって思ったら……二人の関係が悪いのは、私のせいだけじゃないのかもとか、自分に都合のいい風に考えちゃったりして……』


「ごめんなさいっ!」と二人に向かって下げた頭。
こういう所はまだまだ全然ダメダメで、赤葦くんを好きになる前と何も変われていない。木葉と黒尾くんに仲良くして欲しいと言ったくせに、“仲がいい”ことを否定する二人に安心してしまった。安心して、この場に自分がいることは悪くないことなのだと少しでも思おうとした。
本当に本当にかっこ悪い。かっこ悪いけれど、でも、それを隠すのはもっとかっこ悪い。だからせめて言葉にしようと思った。言葉にして、間違った自分の考えを謝ろうと思った。二人にどう思われるか分からないけれど、でも、かっこ悪い自分をもっとかっこ悪くするのは嫌だから。
下げた頭を上げることが出来ない。地面に向けた瞳をギュッと瞼で覆い隠す。トートバックを抱える腕に力を込めた時、呆れたような、仕方なさそうな、なのにとても、とても優しい声が降ってきた。


「ばーか」

『っ、ば、ばかって、』

「バカだろうが。……バカ正直過ぎる、バカだろうが、」


紡がれる言葉とは裏腹に、ひどく柔らかな木葉の声。
地面に向けていた顔をゆっくりと持ち上げる。閉じていた瞼を恐る恐る開けて二人を見上げると、木葉も黒尾くんもとても穏やかな表情をしていて、ぱちりと目を瞬かせる。
二人とも怒っていないのだろうか。予想外の反応に間抜けな顔で固まっていると、くすりと笑んだ黒尾くんが、一歩こちらへ歩み寄ってきた。


「名前ちゃんのそういう、自分に不利なこともちゃんと口に出せるの、すげえいいとこだと思う」

『え……』

「だって普通言いたくねえじゃん。自分が悪く思われることなんて黙っておきたいじゃん。……けど、名前ちゃんはそういうの全部言っちゃうんだな。黙ってても誰かに咎められたりするわけじゃないのに、それでもちゃんと言葉にして“ごめん”って言える名前ちゃんはすげえかっこいいと思う」


穏やかで優しい黒尾くんの声が、夏の夜の空気を柔らかく揺らしている。木葉と黒尾くんの目に、私はどんな風に映っているのだろう。こんな私をかっこいいと言ってくれる二人に、私はどんな風に見えているのだろう。
木葉と黒尾くんは全然違う。見た目も、性格も、声も、笑い方も、何もかも違う。全然違う。けれど。けれど二人は、とても、とても優しい。こんな私を“かっこいい”と言ってくれる二人は、とても優しくて、温かい。
生暖かい風がスカートの裾を揺らす。ちょっとだけ泣きそうな自分を誤魔化すようにスカートの裾を握り締めると、そんな私を知って知らずか、「ほら、早く帰んねえと親が心配するぞ」とくるりと踵を返した木葉。続くように「行こっか」と笑った黒尾くんも前へと向き直る。少し慌てて二人の間へ並び直すと、三人揃って再び駅へと歩き出した。

木葉。私。黒尾くん。

三人で並んで歩く駅までの道のりは、なんだか少し短く思えた。
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