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三年生夏(16)

赤葦くんから叶絵ちゃんとのことを聞いた後、慌てて皆を追いかけた私と赤葦くん。どのくらい待たせたのだろうか。お店の前で待ちぼうけする皆に漸く追いつくと、「お前ら遅せえよ!!」と木兎がぷんぷん怒ってきた。
ごめんごめん、と謝りながら皆と合流すると、かおりと雪絵は心配そうに眉を下げていて、木葉に至っては不自然なほどチラチラとこちらを見てきている。そりゃ私と赤葦くんが改まって話をするなんて、三人からすれば気にならない筈がない。機嫌を一転させた木兎が「早く行こうぜー!」と早速店内へ入ると、続くように小見くんや鷲尾くんも入店し、視線を感じつつ私も中へ。
今日来ているのは全国展開しているチェーン店の焼肉屋だ。リーズナブルな価格帯から学生から家族層にまで幅広く人気があり、特に食べ盛りの男子高校生にはこの店の食べ放題はかなり好評なのだとか。
店内はクーラーが効いている筈なのに、焼肉店というお店柄のせいか少し熱気を感じる。いらっしゃいませー!と迎えてくれた店員さんが予約の有無を尋ねると、うっす!と応えた木兎が意気揚々と予約名を口にした。


「十八人で予約してる“黒尾”っす!!!」

「「「「「……は???」」」」」


木兎の口から聞こえた名前に全員が目を点にする。木兎、今なんて?と聞き直す前に「こちらへどうぞー!」と案内し始めた店員さん。はい!と声高々に返事をした木兎はさっさとついて行ってしまう。
「今の聞き違い?」「木兎のやつ、今確かに“黒尾”って……」顔を見合わせたかおりと雪絵。その後ろにはこれでもかと言うほど顔を引き攣らせた木葉の姿が。
「とりあえず行ってみる?」と店の奥を指し示す猿杙の声に、一先ず木兎を追い掛けてみることに。ちょっと億劫な足取りで店の中を進んでいく。こちらです、と案内されたのは一番奥の座敷席で、あざーっす!と答えた木兎が座敷の襖を開けると、


「お、来た来た」

「お前ら遅かったな」


「だからなんでお前らが居やがる!音駒!!」


襖の向こうに待っていたのは、音駒バレー部の皆だった。
「どういうことだよ木兎!」「え、なにが??」「なにがじゃねえよ!!」と目を釣り上げて怒る木葉に、ぱちぱちと目を瞬かせる木兎。なんで怒ってんの?と言うように首を傾げる木兎にかおりと雪絵と猿杙が大きな大きなため息を零した。


「なんでこいつらがいんだよ!?」

「赤点回避祝いに焼肉行くっつったら、黒尾が“俺らも祝ってやるよ”って言ったから!」

「お前のその黒尾に逐一報告するスタイルはなんなわけ????」


額に浮かぶ青筋をピクピクと震わせる木葉。そんな木葉を他所に「俺らも早く食おうぜー!」とマイペースに席へ向かった木兎に悪意や悪気は一切ないのだろう。
やっきにく!やっきにく!と無邪気にはしゃぐ木兎の姿に、眉間を押さえるバレー部一同。なんて対象的な構図だ。仕方なさそうに座敷に上がる皆に苦く笑っていると、「名前ちゃん、」と聞こえてきた声に両肩を小さく揺らしてしまう。


「夏祭りぶりだね」

『あ……う、うん。そ……そう、だね、』


ひらりと片手を上げて挨拶をしてくれる黒尾くん。何とか答えてはみたものの、気恥しさから目を逸らしてしまう。
あの夏祭り以来、黒尾くんとは会っていなかった。SNSでのやり取りはあったけれど、こうして顔を合わせるのはあの日以来今日が初めてだ。

“好きだよ、名前ちゃん”

脳裏を過った黒尾くんの“独り言”に視線が彷徨い始める。
不自然なくらい目線泳がせる私に何か言いたげに口を開こうとした黒尾くん。けれど、そんな黒尾くんの言葉を遮るように現れた木葉の背中。泳がせていた視線を目の前の背中に向けると、醸し出される不機嫌なオーラに頭を抱えたくなってしまった。


「まあ立ってるのもなんだし一先ず座れよ」

「そーそー!早く座って焼肉食おうぜ!!」

「黙れバカ主将!!」

「どうするー?店員さん呼んで席変えてもらう??」

「間に仕切り入れて貰えばいいんじゃん?」

「雀田も白福もそんなに俺のこと嫌いなわけ?」


「別に二人には何もしてねえだろ」と苦笑いをみせる黒尾くんに、「私ら“には”ね」「うん、うちら“には”ね」と棘のある返事をするかおり達。居た堪れなさに顔を俯かせると、痺れを切らした夜久くんが呆れ気味に口を動かした。


「うちのアホに色々と言いたいことはあるだろうけど、とりあえず一旦座れよ。全員揃ったのにいつまでも注文しないままじゃ店に迷惑だろうし」

「……それもそうですね」


もっともな意見を述べた夜久くんに赤葦くんが頷いて返す。木兎に続いて赤葦くんも席に座ると、小見くんや鷲尾くん、猿杙も動き出して、最後に渋々感たっぷりで木葉も腰を落ち着かせる。
入って右側のテーブルには音駒のみんな、左側のテーブルには梟谷のみんな、と言った形で何とかその場が落ち着くと、「すみません、」と赤葦くんが店員さんに声を掛けて食べ放題を始めてもらうことに。注文を聞いた店員さんはかしこまりましたー!と愛想良く返事をする。私たちより少し年上であろう彼は大学生のバイトさんだろうか。
襖を閉める店員さんを見送っていると、「腹減ったー」と言う木兎の声を皮切りに再び会話が飛び交い始める。左右のテーブルにはそれぞれ三つずつロースターがあって、音駒のテーブルは学年ごとにロースターを囲んでいる。それに対して、梟谷のテーブルは奥のロースターを木兎、赤葦くん、鷲尾くんが囲い、真ん中を木葉、猿杙、小見くんが。そして一番手前のロースターをかおり、雪絵、私の三人で使う形になっている。
「あとでお櫃にご飯貰おっか」「それか炊飯器ごと置いてもらうかだよね」と当たり前のように口にするかおりと雪絵。おひつ?すいはんき?と首を傾げていると、気づいた猿杙が苦笑い気味に答えてくれた。


「俺たちがご飯のおかわりにする度、店員さん呼ぶのはさすがに申し訳ないっしょ?だから、お櫃に入れてまとめて持ってきて貰うか、炊飯器ごと置いてて貰うようにしてるんだよ」

『へえ……そんなこと出来るんだね』


教えてくれた猿杙に感心の声で応える。
家族や友達と焼肉店に来たことはあったけれど、こんなに大人数で、そのうえ食欲旺盛な部活動生達と来るのは今日が初めてだ。皆がたくさん食べることは何となく分かっていたけれど、炊飯器ごとご飯を持ってきて貰うことは予想外である。
最初のお肉を持ってきてくれた店員さんたち。その中の一人にお櫃か炊飯器ごとご飯を貰えないかと尋ねたかおり。察した店員さんは、かしこまりました、とにこやかに答えると特段驚いた様子もなく注文を受けてくれる。もしかすると、そう珍しいことでもないのかもしれない。
それから暫くは全員お肉に夢中となった。カルビ。ロース。ホルモン。タン。運ばれてくるお肉を次々と平らげていくみんな。炊飯器ごと持ってきてもらったご飯も既に半分以上なくなっていて、消費のスピードに品出しが追い付いていない。あっという間にお腹いっぱいになった私は、食べる側から早々に離脱。続いてかおりも「もう無理」と首を振り、二人で焼き係に徹することに。二人で雪絵のためにお肉を焼いていると、「あ!雪っぺずりー!」と木兎が声を上げた。


「俺らも焼き係欲しい!」

「自分で焼いてくださーい」

「焼くより食う方がいい!!」

「木兎さん殆ど焼いてないじゃないですか……」


トングを持った赤葦くんの声に木兎がさっと目を逸らす。「さ、三枚くらい焼いたし」と口を窄めて言う木兎に赤葦くんから冷めた視線が注がれている。多分木兎のテーブルは、赤葦くんと鷲尾くんが焼いて、木兎が食べるという構図になっているのだろう。
奔放な先輩に大きなため息を零す赤葦くん。よく見る光景だなあ、と顔を綻ばせていると、「あ、あのさ名前、」と向かいの席に座るかおりに声を掛けられ、視線を前へと向け直すことに。


『?なに??』

「……えーっと……さっきのこと、なんだけど、」

『さっき?』

「ここに来る前、……赤葦と、何の話してたのかなって、」


潜めた声で尋ねられた質問に、動き続けていた雪絵の箸が止まる。そういえば、まだ何も話していなかったっけ。ちらりと赤葦くんの様子を伺えば、いつの間におかわりしたのか、山盛りのご飯をモグモグと頬張っている。
細身で少食そうに見えるけど、赤葦くんも意外と食べるんだな。なんて的外れなことを考えていると、「……ちょっと、」とかおりがジト目で睨んできたため慌てて意識を二人へと戻した。


『ご、ごめんごめん。えっと……確かに話はしたんだけど、私が勝手に話していい内容じゃないというかなんというか……』


言葉を濁す私にかおりと雪絵が怪訝そうに眉根を寄せる。心配してくれる二人の気持ちはとても嬉しい。嬉しいけれど、赤葦くんが叶絵ちゃんと付き合ってることを私の口から話すのはさすがに憚られる。
「出来れば赤葦くんから聞いて欲しいな」と伝えた直後、テーブルの上に置いていたスマホから着信音が。画面には母の名前が出ており、ちょっとごめん、と二人に一言断って席を立つとそのままスマホ片手に座敷の外へ。
通路には忙しなく働く店員さんたちが行き交っていて、邪魔にならないよう外へ出ることに。通話をしたまま店を出ると、既に日が落ちて外はすっかりの夜の空気に包まれている。夏の温い風に目を細め、店の入口前から少しだけ移動する。うん、うん、と母の声に応えながら店の壁に背を預けると、「楽しんでおいでね。でも、あんまり遅くなっちゃダメよ」という台詞を最後に漸く電話を終えたとき、


「電話、終わった?」

『っ、え、』


掛けられた声に肩が跳ねる。振り向いた先には穏やかに微笑む黒尾くんがいて、驚きと動揺にスマホを持つ手に力が入った。


『あ……く、黒尾くん……。……も、もしかして、黒尾くんも誰かと電話??』

「いいや。俺はただ、名前ちゃん追っ掛けてきただけ」


当たり前のように吐かれた台詞に間抜けな声が漏れる。
黒尾くんは、恥ずかしいとか、気まずいとか、そういう風に感じることがないのだろうか。
「名前ちゃん全然目え合わせてくんないからさ」と苦笑いと共に続けられた言葉。図星を突かれて俯くと、地面に向けた視界に黒尾くんの足が入ってきた。


「ごめんね」

『っえ……?』

「夏祭りの時のあれは、さすがにズルかったかなって」


「だから、ごめん」と繰り返された謝罪。少し不安げなその声に俯いていた顔が上がる。
泳がせたり、彷徨せたり、とにかく逃げてばかりだった目線を今日初めて黒尾くんに定めると、目が合った途端に黒尾くんの瞳は嬉しそうに細められ、口元には緩やかな笑みが浮かべられた。


「……けど、あの時伝えた気持ちに嘘はねえから。赤葦のことを、好きな奴のことを、あんな風に送り出せる名前ちゃん見てたら改めて思ったんだ。やっぱ俺、名前ちゃんがすげえ好きだな、って」


「結果言い逃げみてえになっちまったけど」と笑って付け加えた黒尾くん。どうしよう。顔が、熱い。隠すことなく気持ちを伝えてくる黒尾くんに漸く合わせた視線がまた下へ向いてしまいそうだ。
真っ赤な顔で固まる私に、黒尾くんが小さな笑みを見せる。けれど直ぐ、その笑顔はどこか自嘲するような物へと変わって、僅かに目を伏せた黒尾くんはいつもより緩慢に唇を動かし始めた。


「……多分、俺には無理だから。もし俺が名前ちゃんの立場だったら、チャンスだってつけ込んじまう」


自嘲めいた言い方をする黒尾くんに一瞬言葉を詰まらせる。多分、私だって同じだ。赤葦くんを好きなままの私だったら、黒尾くんと同じように考えていたと思う。
足が一歩前へ出る。決して大きくない歩幅だったけれど、詰められた距離に気づいた黒尾くんが伏せた瞳を持ち上げる。名前ちゃん?と首を傾げてきた黒尾くん。そんな彼に目尻を下げると、黒尾くんの目が小さく見開かれた。


『同じだよ』

「っ、え?」

『少し前までの私だったら、黒尾くんと同じこと考えてたと思う。赤葦くんを好きで、彼に振り向いてもらうことばかり考えていた私なら、あんな風に赤葦くんを送り出せなかった』


零した本音に、黒尾くんの目が更に大きく見開かれる。
赤葦くんを好きになった時、彼に振り向いて欲しいと願った。出来ることなら、赤葦くんの彼女になりたいと、そう願った。でも、赤葦くんには叶絵ちゃんがいた。叶絵ちゃんという、特別で大好きな人がいた。
最初に赤葦くんと叶絵ちゃんが並ぶ姿を目にした時、二人を応援出来る自分になれるなんてこれっぽっちも思わなかった。フラれた時だって、赤葦くんを応援出来る自分になりたいと思う一方で、どこかで叶絵ちゃんを羨ましいと思う自分がいた。


『好きな人に好きな人がいることを応援出来ないのは、すごく当たり前のことだと思う。誰だって、その人が振り向いてくれるなら、好きになってくれるチャンスがあるなら、つけ込みたいって思っちゃう』

「…名前ちゃん…」

『でも私は、今のは私は、そうじゃないから。赤葦くんに振り向いて貰うことより、彼の背中を少しでも押せたらなって思った。振り向かなくていい。振り向かなくていいから、走って欲しい。叶絵ちゃんのところへ、真っ直ぐ走って欲しいって、そう思ったの』


自分でもびっくりするくらい、穏やかな声が口から溢れる。木葉に話した時よりも、今の方がもっと落ち着いている気がする。きっと、赤葦くんが笑ってくれたからだ。叶絵ちゃんと付き合えたと、嬉しそうに笑ってくれたから。
焼肉店への道すがら。赤葦くんが見せてくれたのは、好きな子を想う特別な顔。そんな彼を思い出して顔を綻ばせていると、ぽかんとした顔で固まる黒尾くんに気づき、黒尾くん?と首を傾げた。


「……それ、俺が聞いてもよかったの?」

『え??』

「今の話がホントなら、俺、今よりもっとズルくなるよ?」


はた、と瞬かせた目で黒尾くんを見上げる。そこへ夏の夜風が吹いて、舞った髪が顔を隠そうとする。すると、そんな私に伸びてきた大きな手。骨張った指先が髪を優しく撫で退ける。そのまま頬に触れた指先に目を丸くしていると、目の前に立つ黒尾くんの瞳が愛おしそうに細まった。


「もう、遠慮とかできなくなるよ」

『っ……』


気のせいか。黒尾くんの声が少し弾んでいるように聞こえる。触れられた場所が熱い。漸く定めた目線を再び動かそうとすると、それを咎めるように、名前ちゃん、と呼ばれた名前。さ迷いそうになる瞳を何とか黒尾くんに向け続けると、甘く優しく微笑んだ黒尾くんが更に一歩踏み出そうとしたとき、


「あー!!!黒尾さんいたー!!!」

「『!?』」


少し緊張した空気を空気を壊すように張り上げられた声。ぱっ、とそちらを振り向くと、ブンブン手を振る灰羽くんの姿が。頬に触れていた指先が離れたかと思うと、分かりやすく顔を顰めた黒尾くんが大きな大きなため息を吐いた。


「おいリエーフ、明日からお前の自主練メニューはサーブレシーブ百本な」

「え!?なんですかその鬼メニュー!?!?」


「おーぼーだ!!」と騒ぐ灰羽くんに黒尾くんはまたため息を零す。正直ちょっと助かったな、と苦笑いで二人のやり取りを見つめていると、で?と黒尾くんが仕方なさそうに灰羽くんを見遣った。


「俺になんの用よ?」

「携帯鳴ってましたよ!!」

「は?携帯??」

「はいっす!」


灰羽くんが差し出したのは赤いケースに入った一台のスマホ。恐らく黒尾くんのスマホなのだろう。少し怪訝そうにしながらスマホを受け取った黒尾くんは、「わざわざ持って来なくていいっつの」とスマホの着信を確認し始めた。


「けど、マネさん達が持ってってやればって言ってたんで!」

『マネさん達って……』

「雀田さんとー、白福さんとー、あと木葉さんがすげえゴリ押ししてきたんで!……あれ?でもなんで黒尾さん外にいるんですか??トイレ行くって言ってましたよね?」


「トイレにいなかったから探したんですよ!」と笑った灰羽くんに対し、スマホを持ったまま顔を引き攣らせる黒尾くん。まさかかおり達、黒尾くんがここに来ると分かっていたのだろうか。
「お見通しかよ」と呟いた黒尾くんは、スマホをポケットの中へと仕舞い込む。「かけ直さなくていいんですか?」と灰羽くんが首を傾げると、「かけ直させるために届けられたわけじゃねえからな」と黒尾くんは仕方なさそうに肩を竦めてみせた。
その後、三人でみんなの元へ戻ると、やっぱりねとでも言いたげに目を細めてきたかおり、雪絵、木葉の三人。苦笑いを浮かべて肩を竦めた黒尾くんは、「またあとでね、名前ちゃん」と三人の視線から逃げるように席へ戻ったのだった。
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