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三年生夏(14)

夏休みも終わりに差し掛かっている。


一般入試の勉強に向け、学校の学習室に足を運んだ私は今日も今日とて受験勉強に勤しんでいる。問題集や教科書、ノートとの睨めっこを続けていると、お昼の時間を知らせるチャイムが鳴り、生徒たちは各々昼休憩へ。私も何か食べないとなあ。
解き掛けの問題から顔を上げ、窓の外に目を向ける。グラウンドから聞こえる運動部の声は、果たして何部のものだろうか。サッカー部、野球部、テニス部、陸上部。一体どの部活だろう。サッカー部だったら境田くんがいるはずだけれど。
こんがり日焼けした顔で爽やかに笑う境田くんの顔を思い出すと、自然とかおりの顔も浮かんでくる。体育祭以降、随分と積極的になった境田くんだけど、かおりの気持ちはいまいちよく分からない。というか、かおり自身も自分の気持ちを図れずにいるのだろう。境田くんを前にしたかおりは、いつも顔を赤くして戸惑っている。
問題集を閉じて、次いでノートも閉じる。芯を押し戻したシャーペンをペンケースに仕舞うと、スマホと財布だけ持ってコンビニへ向かうことに。階段をおりて靴箱へ向かっていると、途中すれ違った一人の女の子。手にはバスケットシューズが握られていた事から、彼女はバスケ部だったのだろう。見ない顔だし一年生かな。トモちゃんの後輩だ。

トモちゃんと吉田くんは無事付き合うことになったらしい。

スマホのメッセージアプリにその連絡が来た時は、ついつい電話をして根掘り葉掘り聞いてしまった。恥ずかしそうにしながらも祭りの日の事を話してくれたトモちゃん。全部話し終えたトモちゃんは、「ありがとね、名前、」と電話越しでも分かるくらい嬉しそうに笑っていた。
トモちゃんと吉田くんが上手くいったことは凄く嬉しい。けれどもう一組。私には気になっている二人がいる。
靴箱で上履きから靴に履き替える。グラウンドの隅を通って校門に向かうと、体育館の方から聞こえるバレー部の声にそっと目を細めた。

赤葦くんと叶絵ちゃんは、一体どうなったのだろう。

あの日以来、叶絵ちゃんはもちろん赤葦くんにも会えていない。練習を覗きに行けば会えるのだけれど、そうすると今度は自分がかおりや雪絵から質問攻めに会うのも察している。祭りの夜。バス停まで私を送ってくれた黒尾くんは、私がバスに乗るのを見届けてから帰路に着いた。
スマホにはかおりや雪絵、おまけに猿杙や小見くんからも心配のメッセージが届けられていて、“大丈夫だったよ”と一言返事は返したけれど、あれでみんなが納得したとは思えない。もし今体育館に足を運ぼうものなら、かおりや雪絵に一から千まで問い詰められて、あの日の事を全て話すことになってしまうだろう。二人に話すのが嫌なわけじゃない。むしろ相談に乗って欲しい気持ちはある。それでも憚られるのは、



“好きだよ、名前ちゃん”



あの“独り言”のせいである。あの日から今日まで、黒尾くんのあの台詞が頭から離れてくれない。忘れられるのは勉強している時くらいだ。
深いため息を吐いてコンビニへの道を歩いていく。
以前も彼に好きだと言われたことはあった。でも、あの時と今とでは黒尾くんとの関係性が全然違う。そもそも、私と黒尾くんってどういう関係なんだろう。友達で、いいんだよね?前に友達になろうって言われたわけだし。でも友達って、手を繋いだりするっけ?いやでも黒尾くんの場合は、好意がある前提の友達なわけだし。手を繋いだからと言って友達じゃなくなるわけじゃ、


「苗字??」

『!!!えっ!は、はいっ!!』

「うお!?!?な、なんだよ!急にでけえ声出すなよな!普通にびびったわ!」

『あ……こ、木葉……』


コンビニの入口で立ち往生していた私に背後から掛けられた声。思わず大声で返事をして振り返ると、後ろにいたのは練習着姿の木葉だった。
「な、なんで木葉がコンビニに、」「は??普通に飯買いに来たんだよ」「あ……もしかして昼休憩中」「そーだよ」
会話をしながら二人で入店する。冷房の効いた涼しい店内にほうっ、と息を漏らすと、「苗字も休憩?」と木葉が尋ねてきた。


『うん。お昼買おうと思って』

「この夏休み中、ほぼ毎日登校してね?」

『毎日ってほどじゃないけど……一二年の時と比べればかなり登校してるね』

「やべえな受験生」

『やばいよね受験生』


他愛のない会話をしながらお弁当が並ぶ商品棚へと向かう。時折お弁当を作って持って来る事もあったけど、最近はパンやおにぎりばかり買ってたし、たまにはコンビニのお弁当もアリかもしれない。何買おうかなあ、と商品を物色していると、その中から一つのお弁当を手に取った木葉は今度はパンのコーナーへ。もしやパンも買う気なのか。
木葉の食欲に慄きながらも自分もお弁当を選ぶことに。サイズの小さなお弁当を一つ選び、ドリンクコーナーでお茶を手に取る。会計を済ませて外へ出ると、既に買い物を済ませた木葉が、レジ袋片手に立っている。どうやら待っててくれたらしい。
出てきた私を確認すると、「行くぞ」と歩き出した木葉。自然と隣に並んで歩くと、レジ袋を持った左手が目に映る。

そう言えば、木葉とも手を繋いだことがあるっけ。

赤葦くんが叶絵ちゃんを好きだと知って、小さなバス停泣いていた私。そんな私を探しに来てくれた木葉は、泣き続ける私の手を引いてそこから連れ出してくれた。
あれは繋いだと言うよりも、掴んだ手を木葉に引っ張られたと言う方が正しいかな。あ、でも、バレンタインの前や梟谷グループの合宿を見学しに行った時も、木葉に手を掴まれたっけ。ちらりと木葉の横顔を盗み見た時、


「……合宿、見に来れなかったんだな」

『え???………あ、森然の合宿のこと?推薦入試の前だったから流石に自重しといた』

「そっか。まあ、梟谷グループの合宿はまだあるしな」

『そうなの?』

「おう。今回は九月の連休にも三泊四日の合宿するって言ってたぜ。そっちはうちの学校でやるみたいだし、見に来れば?」


三泊四日の合宿をうちの学校で。確かにそれなら見に行けそうだ。「行きたいなあ」と零した私に、「来いよ」と告げる木葉。
木葉のこの様子だと、夏祭りでのことはかおりや雪絵から聞いていないのかもしれない。黒尾くんが絡むと何かと機嫌が悪くなる木葉だし、聞いていたら一も二もなく色々聞いてくるだろう。
内心ほっと安堵の息を漏らしていると、そういや、と思い出したように口を開いた木葉。なんだろう?と木葉を見上げると、見上げた顔が少し不機嫌なものに変わったことに気づいて、もしやと肩を強張らせる。


「………お前、夏祭りの日に音駒の奴らと回ってたんだって?」

『…………や、やっぱり聞いてたんだね』

「聞いてもねえのに木兎がベラベラ喋ってたんだよ」

『そ、そっか……』


木兎め。どうして話してしまうんだ。
途端に感じた居心地の悪さに肩を縮める。視線を木葉から地面に向けると、「……なんかあったのかよ?」と酷く不満そうな口調で木葉が尋ねてきた。


『……な、なにが??』

「俺が声掛けるまで、すげえボーッとしてただろ」

『……ちょっと考え事してて……』

「その考え事っつーのは黒尾のことじゃねえの?」

『っ!?な、なんっ…!なんで……!?』

「バス停までアイツに送って貰ったんだろ。雀田と白福から聞いたわ」


何もかも筒抜けである。更に身を小さくした私に、隣から感じる問い質すような視線。頭の中ではごめん!と手合わせて来るかおりと雪絵の姿が思い浮かび、思わずため息を零してしまいそうだった。


「またなんかされたのかよ?」

『そ、そういうわけじゃ……』

「じゃあなんでそんな挙動不審なんだよ?」

『……それは……』



“好きだよ、名前ちゃん”



優しい声で紡がれた黒尾くんの言葉を思い出す。じわじわと熱くなっていく頬に俯かせた顔。言葉の先を紡がない私に、木葉の機嫌は更に下降していく。


「……やっぱなんかされただろ。じゃなきゃんな赤くなんねえし」

『うっ……さ、されたというか言われたというか……』

「はあ??」


しまった、つい言ってしまった。分かりやすく顔を顰めた木葉に視線が彷徨きだす。問い質すような木葉の視線が痛い。口を滑らせた自分を恨みつつ、仕方なく木葉の視線に応えることに。
校門の数メートル手前で止まった足。釣られて木葉も立ち止まると、下を向いたまま恐る恐る口を動かした。


『………黒尾くんにね、言われたの。……“好きだ”って、』

「……告白されたってことかよ?」

『……告白……ではない、かな……。独り言だって言ってたし……』

「んだよそれ。言うだけ言って意識させて返事は要らねえってか」

『た、たぶん……』


けっ、と悪態をつく木葉に肩を縮める。出来れば木葉と二人きりで黒尾くんの話をするのは避けたいのだけれど、今日ばかりは私の自業自得である。
「返事は要らねえなら、悩むことねえだろ」と面白くなさそうに言う木葉。「そうなんだけど……」と言い淀む私に、木葉は小さく息を吐いた。


「……なに?まだなんかあるわけ??」

『………実は………あの夏祭りの日、叶絵ちゃんに会ったの』

「は?仁科さん?」

『うん。浴衣着てて、一緒に見掛けたのは男の子だった。……その時ね、赤葦くんも一緒にいたの。叶絵ちゃんとその子が歩いて行くのを見てた赤葦くん、凄く追いかけたそうにしてた。でも彼は、叶絵ちゃんに迷惑になるのが嫌で追いかけるのを躊躇してて……』


あの夜の赤葦くんの姿を思い出すと、ちょっと胸が痛くなる。男の子と二人でいる叶絵ちゃんを見て、赤葦くんはかなり動揺している筈だ。それなのに。それを表に出さないよう、いつも通りを装っていた彼に、口を挟まずにいられなかった。


『だから私、思ったの。赤葦くんに後悔して欲しくないって。本当は追いかけたい筈なのに、追いかけなかったことを後悔して欲しくないって、そう思った。だから……つい口出しして、叶絵ちゃんを追いかけるよう赤葦くんに言ってしまった』

「……それで?赤葦は?」

『……追いかけて行った。叶絵ちゃんのこと、ちゃんと、追いかけてくれた。……その時ね、叶絵ちゃんの元に向かう赤葦くんを見送れたことで、なんて言うか……彼への気持ちに、区切りって言うか……けじめみたいなものが、付けられた気がしたの』

「は………」


小さく声を漏らした木葉に漸く顔が上がる。自分でも驚くほど穏やかな表情で木葉を見ると、目を丸くさせた木葉は呆けた顔で固まってしまった。


『多分ね、少しずつ少しずつ、気持ちは変化してたんだと思う。その変化にちゃんと気づけたのは、かおり達が教えてくれたのはもちろんだけど………形振り構わず、叶絵ちゃんの所へ走って行った赤葦くんを見て、“頑張れ”って、心からそう思えたからなんだ』

「……それじゃあ、」

『今の私は、赤葦くんと叶絵ちゃんが上手く行くことを、本当に望んでる。………だから………そういうことなんだと思う』


柔らかな微笑みを向けた私に、見開いていた目を嬉しそうに細めた木葉。
木葉には、すごく心配を掛けてしまったと思う。赤葦くんを好きになってから、彼を諦めると決めるまで。木葉はずっと、ずっと私を見ていてくれたから。
照れ臭さを隠すように頬っぺたを掻く。木葉から向けられる視線はやけに柔らかで、気恥ずかしさにまた視線が泳ぎそうになる。話を戻すために口を開くと、慌てて話し始めたせいか少しだけ上擦った声が出てしまった。


『そ、それでねっ、……だからこそっていうか……赤葦くんへの気持ちにけじめを付けられたからこそ、その……黒尾くんへの返事を、このまま先延ばしにして良いのかなって……。今までは、赤葦くんへの気持ちを理由に返事をしないでいられたけど……その気持ちが整理出来たなら、黒尾くんの想いにもちゃんと向き合って答えを出さなきゃダメなんじゃないかと思って……』

「………そういうことか、」


納得した声を漏らしつつ、やはりどこか不満げな様子の木葉に眉を下げる。黒尾くんと木葉の相性の悪さは身を持って知っているのに、彼のことを木葉に相談するなんてデリカシーがなさ過ぎるのでは。
やっぱり今のは聞かなかった事にして貰おう。そう思って口を開こうとした時、


「そんな風に考えたって、答えなんてきっと出ねえよ」

『へっ……?』


やけにあっさりと告げられた言葉に呆けた声が漏れる。考えても答えが出せないって、どういうことだろう。意味を問うように木葉を見つめると、酷く不本意な様子で木葉は更に言葉を続けた。


「……もし今、無理矢理答えを出したとして。……それを黒尾に伝えたら、苗字はそれで納得出来んの?」

『そ、……それは………………………出来ない、かも……』

「だろうな。お前の性格上、焦って答えを出したところで、黒尾の気持ちに向き合わなかったことを後悔するだけだろ」

『うっ……』


図星だ。反論する余地もない。
木葉の言うとおり。そうやって悩んで答えを出したところで、多分その悩みが晴れることはない。むしろ、納得出来ない答えを黒尾くんに告げた自分を、後から恨んでしまうかもしれない。
居た堪れなさに目を逸らす。不必要な悩みを相談した自分が恥ずかしくて何も言えずにいると、俯きそうになった私に真っ直ぐな声が届けられた。



「でもそれが、苗字のいいとこだ」



優しく鼓膜を揺らした声に、小さく目を見開いた。



「……自分の気持ちを隠すのが下手くそで、赤葦を好きなことだってバレバレだった。嘘も下手だし、気まずいことがあるとすぐ目をそらす。……けど、いつだって自分の心に正直に生きてて、大事なことは、ちゃんと相手の目を見て伝えられる」



向けられる言葉の眩しさに、温かな優しさが胸に広がっていく。木葉がくれる言葉には力がある。木葉の口から向けられる言葉は、降り注ぐ陽射しに負けないくらいとても眩しくて温かい。込み上げてくるものを胸の奥で押し止める。熱の持った瞳に木葉を映すと、校門の方へ向けた瞳を木葉はそっと細めた。


「そんなお前が、誰かと向き合うのに無理矢理答えなんて出せるわけねえじゃん。出したところでそんな答えに納得する訳ない。つかそもそも、そんな半端な答えを黒尾に伝えられる筈がない。……苗字は、そういうヤツじゃん」

『………このは………』

「答えを出したいって気持ちがあるなら、苗字なら絶対納得いく答えが出せるだろ。だからゆっくり考えりゃいいんだよ。……赤葦への気持ちに、少しずつけじめを付けて行ったみたい、黒尾の想いにもゆっくり答えを出せばいい」


「ま、まあ、アイツが返事を催促して来ない限りはだけど、」と照れ臭さを隠すように付け加えた木葉。木葉は、木葉はどうして、いつも私を助けてくれるんだろう。
泣いていたら手を差し伸べて、悩んでいたら道を示してくれる。どうしてこんなに、木葉の言葉は私の心を軽くしてくれるのだろう。
つん、と痛んだ鼻の奥。溢れそうになった涙を誤魔化すように目を伏せる。反応のない私に、苗字?と心配そうに声をかけてくる木葉。込み上げそうになったものが落ち着いたところで漸く瞼を開けると、見つめてくる木葉と目が合わせてそのままふんわりと微笑んでみせた。


『ありがとう、木葉』

「っ、……な、なんだよ急に。別に礼言われるようなこと言ってねえだろっ」

『ううん。木葉のおかげで心のモヤモヤが晴れたよ』

「……そうか?」

『うん。……私、木葉には助けて貰ってばっかりだね』


そっと目を細めて紡いだ台詞に、「……んなことねえよ」とぶっきらぼうな声が返される。
そんなことあるよ。そんなことないわけないよ。赤葦くんを好きになってから今日まで、私は何度も木葉に助けて貰ってる。何度も木葉の優しさに救われてる。
私も、私も何か出来ないかな。木葉のために、何か出来ないかな。


『ねえ木葉。木葉は好きな子とかいないの?』

「っ、はっ、はあ!?!?なっ、なんで急にそんなこと聞くんだよっ!?」

『だって私、木葉にはいつも助けて貰ってるでしょ?だから、私も何か出来たらなって。木葉のために、出来たらなって、』


言葉尻が小さくなったのは気恥しさからだ。
「あ、べ、別に恋愛相談とかじゃなくてもいいんだけど…!」と慌てて付け加えると、暑さのせいか少し赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた木葉。不躾過ぎただろうか。変なこと言い出してごめん、と謝ろうとしたとき、


「……いらねえよ」

『っ、え…………?』

「俺はただ思ったこと言ってるだけだし、助けようと思って助けてるわけじゃない」

『でも、「それに、」っ、』

「それに……今更何かして貰わなくても、もう十分貰ってる」

『……もらってるって……』


一体、なにを?
ぱちぱちと瞬かせた目で木葉を見つめる。赤葦くんを好きになってからというもの、木葉には何度も何度も助けられてきた。情けないところも、かっこ悪いところも、木葉には全部見られてる。でも、見てるだけじゃなくて、木葉はその度に私を助けてくれた。
でも、その逆はない。私は木葉を助けたりしてないし、何かをあげた覚えもない。なのに木葉は、“もらってる”と言う。もう十分貰ってると言ってくれている。
「何もしてないけど、」と心当たりのなさに眉を下げると、赤くなった顔が何故か少し拗ねたようなものへ変わって、校門に向けられていた目線がちらりとこちらに移された。


「貰ってるよ。苗字が気づいてないだけで、俺も色々貰ってる。だから、今更何かしようとなんてしなくていい。俺はただ、」

『……ただ?』

「………………と、とにかくっ!これ以上黒尾のことでウダウダ考えんのはやめろよ!!アイツに割く思考があったら、もっと別のこと考えとけ!!」

『あっ、ちょ、ちょっと木葉……!』


言葉の終わりと同時に止めていた足を動かし始めた木葉。慌てて後を追い掛けると、ずんずん進んでいた木葉の歩みがちょっとだけ遅くなる。半歩後ろを歩きながら木葉の横顔を盗み見ると、不自然に顔を逸らして歩く木葉の真っ赤な耳が目に入って、くすりと小さな笑みを零してしまう。


『……あのさ木葉、』

「………………なんだよ」

『木葉の誕生日って、いつだったっけ?』

「は?誕生日??」

『うん、誕生日』

「…………9月30日だけど………」

『じゃあ、それまでに欲しいもの考えててね』

「は??」


再び足を止めた木葉がくるりとこちらを振り返る。ぽかんとした顔で見つめてくる木葉と目を合わせると、緩やかな笑みと共に更に唇を動かした。


『自己満足かもしれないけど……やっぱり私も、木葉に何かしたい。木葉は私に、“もう貰ってる”って言ってくれたけど……でもきっと、私の方が沢山貰ってる。木葉にいっぱい、助けて貰った。励まして貰った』

「っ……苗字……」

『だから、誕生日プレゼントとして受け取ってよ。物でもなんでもいい。私にあげられるもので、木葉が欲しいものがあるなら教えて欲しい』


「考えててね」とはにかみながら笑って見せれば、キュッと唇を引き結んだ木葉はまたそっぽを向いてしまう。「……律儀すぎだろ」と早口で答えた木葉の顔はやっぱり赤くなっていて、なんだか可愛らしいその様子にまた笑ってしまったのだった。
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