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三年生夏(4)

梟谷男子バレー部のインターハイ予選は、準優勝と言う形で幕を下ろした。木兎たちは悔しがっていたけれど、東京は準優勝チームもインターハイ本戦に進めるため、「インターハイで全員ぶっ倒す!!」と意気込んでいたのはつい昨日のことだ。
予選最終日は学校で三者面談が組まれていた為、残念ながら見に行くことは出来なかったけれど、本戦も出場すると聞き、自分のことように喜ぶ私に「マジでうちらのこと好き過ぎ」とかおりが笑っていた。

ちなみに、黒尾くん達音駒高校は、予選二日目で敗退してしまったらしい。

ベスト4を賭けた試合で去年の優勝校である井闥山学園と当たった黒尾くん達。そんな黒尾くん達に勝利し勝ち上がった井闥山は、結局そのまま勝ち上がって行き、最後は梟谷も押さえて優勝したのだとか。
かおり曰く「くじ運によっては、音駒はベスト4まで行ってもおかしくなかった」との事だ。連絡をくれた黒尾くんは、SNSの文面から分かるくらい悔しさを滲ませていた。けれど、黒尾くんも夜久くんも海くんも春高まで残る事を決めたらしく、今はまた春高予選に向けて猛練習中なのだとか。
前向きな言葉で締め括られたメッセージを思い出しつつ、靴箱で上履きに履き替える。春高本戦には梟谷はもちろん、音駒も出場出来るといいな。なんて事を考えながら教室に向かおうとした時、正面玄関から入ってきた集団に気づく。男子バレー部だ。いつもより随分と早い登校に少し驚きながら、挨拶をしようと皆を振り返った。の、だけれど。


『みんな、おは………よ、う………?』

「……あ、………名前………」

「………おはよー………」


昨日とは打って変わったどんよりした空気を背負って現れた皆。「ど、どうしたの??」と慌ててかおり達に駆け寄ると、ズーンと音がしそうな勢いで肩を落としたかおり達。中でも木兎の消沈ぶりは凄くて、魂が抜けたように表情が抜け落ちている。一体何があったというのか。


「…………もうすぐ、ヤツが来るんだ………」

『やつ………??やつって、』

「期末試験に決まってんだろ………!!!!!」


小見くんの叫びに、はたと目を瞬かせる。
きまつしけん。キマツシケン。期末試験。
最近は自主的に勉強していたせいか、あまり気にしてなかったけど。そっか。そう言えばそんな時期か。「確かにもうすぐだね」と軽い口調で応えると、ガクッ!と突然木兎がその場に崩れ落ち、床に手を付いて項垂れ始めたのだ。


『ぼ、木兎!?』

「………オレは………オレはもうっ……!……ダメだ………!!」

『え??な、なに?何がダメなの??』

「顧問にっ………赤点取るなって言われたんだ………!!」

『……………へ?』


この世の終わりのようなポーズで吐かれた台詞に、間抜けな声が漏れる。男子バレー部の監督は、うちの学校で日本史の教師も兼任している。教師の立場からすれば、生徒に赤点を取らないよう苦言を呈するのは普通のことではないのだろうか。ぱちぱちと瞬きを繰り返す私に、見兼ねたかおりが「違うのよ」と首を振る。何が違うの?とかおりを見れば、酷く疲れた顔をしたかおりが更に言葉を続けてくれる。


「男バレの顧問は監督の他にもう一人いるのよ。ほら、生徒指導のさ、」

『あ、黒小美(くろおび)先生のこと??』

「そう。オビちゃん先生。そのオビちゃん先生がね、かなーーーーーり、苦労してるみたいで………」

『苦労って?』


首を傾げてかおりを見ると、皆の視線が一斉に木兎へ。
もうすぐ始まる期末試験。バレー部の顧問であり生徒指導担当でもある黒小美先生。項垂れたまま動かない木兎。そんな木兎に向けられる冷たい視線。もしかして。


『木兎に赤点を取らせたら練習させない。………って、黒小美先生に言われた、とか??』

「……いや、オビちゃん先生はそんな事言わねえよ。俺らのこと応援してくれてるし、去年木兎が赤点七つ取った時も、先生のおかげで木兎の補習を延期して貰ったんだ、」

『??じゃあどういう……?』

「“男子バレー部はいいですね。実績があるから特別扱いで、”」

『っ、え??』

「“テストで赤点を何個も取った生徒のために、特別に補習を延期させたとか。強豪チームの生徒は、他の生徒と扱いが違うのね〜”」

「“うちの子はバスケ部ですが、たった一度赤点を取っただけで遠征に行けなくなったことがあるんですよ??男子バレー部を特別扱いするのが梟谷学園の指導方針なんですか?”」


かおり。雪絵。猿杙。代わる代わる聞こえてくる台詞に、木兎の身体が徐々に小さくなっていく。「これ全部、オビちゃんが受けた保護者からのクレームな」と渇いた笑みを浮かべる木葉。そういうことかと頬を引き攣らせると、「オビちゃんすまねえ……!!」と木兎が声を張り上げたことで、周りの生徒が何事かと視線を集めてきた。
つまり。木兎に……と言うより、男子バレー部の皆に、赤点を取らないように言ってきたのは、実際は黒小美先生ではなく、バレー部が優遇されている事が面白くない保護者達と言うことだ。
梟谷学園の男子バレー部は、都内でも有名な強豪校だ。過去の実績もあり、試合や遠征のためにある程度の融通は効かされている。けれど、みんながみんな“特別扱い”されるバレー部を受け入れてくれるわけじゃない。生徒はもちろん、子どもから話を聴いた親の中にも、それを面白くないと言う人が居てもおかしくないだろう。
「今までオビちゃんが堰き止めてくれたんだけどな……」「さすがに木兎の補習延期でタガが外れたねえ」と遠い目をする木葉と猿杙。黒小美先生も本当に大変そうだな……。電話越しに頭を下げる先生の姿を思い浮かべていると、項垂れていた木兎が漸くのそのそと立ち上がった。


「オビちゃんにも頼まれたんだ……!今回ばかりは赤点を取ってくれるなと……!!だがオレは!赤点を取る自信しかない!!!」

「そんな自信今すぐ捨てろ」


胸を張り今日一大きな声で言い切った木兎に、小見くんの鋭いツッコミが飛ぶ。一年の時から木兎は居眠り学習の常習犯だったし、テストの度に頭を抱えていた。元々バレー三昧な生活を送っている木兎に、今更勉強を頑張れと言うのも難しい話かもしれない。
苦く笑って「黒小美先生に難しいって伝えたら?」と眉を下げると、緩く首を振った雪絵が「もう伝えた後だよ……」と力なく答えた。


「オビちゃん先生的にも、これ以上木兎の馬鹿さを見過ごしてたら、他の生徒や保護者に示しが付かなくなるみたいでさあ……」

『そう、なんだ……』

「今回もまた赤点六つも七つも取ってみろ。オビちゃん先生、さすがに泣くぞ!」

「それに、そんだけ不満を持ってる保護者がいるなら、学校的にも何かしらの措置を取るかもって監督やコーチも言ってたしね……」

「強制補習とか」

「練習禁止とか」

「最悪インターハイ本戦出場停止とか」

「い、イヤだああああああああ!!それだけは!いや、どれも全部イヤだあああああ!!!」


うわあああ!!と頭を抱えてしゃがみこんだ木兎。いくら何でもインターハイの出場停止はありえないだろう。べ、と舌を出して木兎を揶揄う木葉たちに呆れたように息を吐くと、「でも、補習の延期は出来なくなるかもね」とかおりが困ったように眉根を寄せた。
一学期の期末試験は、七月初めに行われ、その補習となると七月の半ばから下旬に掛けてが通例である。私のような暇な帰宅部なら兎も角、木兎たちはインターハイ本戦を控えている身だ。その直前に補習に時間を奪われるのは、正直かなり痛いだろう。主将でエースの木兎が対象となると尚更だ。
「監督とコーチからも、何とかしてやれって言われてるしよ……」「俺らだって自分の勉強しねえとやべえのに……」再び男バレの皆を包み出す暗い空気。そこへ「皆さん何されてるんですか?」と赤葦くんの声が。


『あ、赤葦くん……お、おはよう、』

「おはようございます、苗字先輩」

『赤葦くんはいつも通りだね……』

「??」


普段と変わらぬ様子で挨拶を返してくれた赤葦くん。
彼はこの話を知らないのだろうか。不思議そうに私を見、続いて絶望するかのように顔色を真っ白にする先輩たちを見ると、ああ、と納得したように一つ頷いた赤葦くんは、呆れたように小さく息を吐いた。


「期末試験の件ですか」

『う、うん……。なんか、大変みたいだね……』

「木兎さんの自業自得と言えば自業自得ですし……俺たちも含め、今回の試験は赤点を取らないようにするしかありませんね」

「んな簡単に言いやがって……」

「赤葦、お前はまだ木兎の馬鹿さ加減を甘く見てるな……」


頬を引き攣らせる小見くんと木葉に、赤葦くんが小さく首を捻る。「一回のテストで赤点六つだぞ!!」「コイツに補習を受からせるために、先生達がどれ程頑張ったことか……!」くっ、と目頭を押さえて大袈裟な反応をする先輩二人を、白けた目で見る赤葦くん。酷い言われようだなあと、渦中の木兎に目を向ければ、「神様仏様女神様なんかスゲェ勉強の神様、オレに力を……!」と天を仰いで祈り始めているものだから、私まで顔が引き攣りそうになる。


「こればっかりは、俺にはどうしようもありません。木兎さんと……皆さんに頑張って頂くしかないですね」

「てめえ赤葦!!一人逃げるつもりか!!」

「二年の俺にどうしろと……。三年生の試験対策を見れるわけないじゃないですか」

「赤葦ならなんとかなるって!!」

「そうそう!!」

「雀田さんも白福さんもっ、無茶言わんでください……!」


逃がさないとばかりに、赤葦くんのエナメルバッグの肩紐を掴むかおりと雪絵。あまりに必死な二人に赤葦くんが身体を後ろへ逸らしている。部活の先輩でマネージャーの二人に、あんな迫られ方されたらちょっと恐いだろうな。赤葦くんを気の毒に感じていると、ふと前回の試験結果を思い出す。
梟谷の試験結果は、上位50位以内に入った人達の名前を張り出すようになっている。特に上位10位以内には、進学クラスである八組の生徒の名が連なることが多いが、その中に、確か。


『……鷲尾くんなら、木兎の勉強見れるんじゃない?成績いつもいいよね?』

「……俺か、」

「あー……うん。まあ、鷲尾はね……」


騒ぐ仲間達を静かに見守っていた鷲尾くんに声を掛ければ、全員が全員何とも言い難い微妙な反応を見せる。思っていたよりも歯切れの悪い返事に、あれ?と皆を見れば、「鷲尾は難しいよね」と仕方なさそうに猿杙が苦笑する。


「……申し訳ないが……俺も成績を落とす訳には行かなくてな」

『え?でも……いつも十位前後に必ずいるよね?鷲尾くんなら、赤点の心配なんてないんじゃ……』

「赤点なんてレベルの話じゃねえよ。鷲尾は成績落とさない代わりに、部活続けていいって親と約束してんだよ」

『え!?』

「強豪校に入学する上での条件だ。部活部活で勉強が疎かになることを懸念したのだろう」

『そ、そうだったんだ……。毎日部活も頑張ってるのに、勉強まで……凄いね、鷲尾くん』

「必要に駆られているからだ。それに、試験の順位で見るなら、苗字だって掲示板の常連だろう」

『私はほら、帰宅部だし。部活もしてないのに成績が悪くて、親に怒られるのが嫌で試験勉強頑張って来ただけで……』


鷲尾くんとは似ても似つかない理由で恥ずかしい。
親にあーだこーだと言われるのが嫌で、これまでは試験の時だけ勉強に力を入れて来た。けれど受験生になり、自分の進路を定め行きたい大学を決めてからは、具体的な目標が出来たおかげか、自分から机に向かうことが多くなり、前よりずっと勉強が楽しくなった。勉強だろうと恋愛だろうと、頑張ろうと思える理由があることはとても大切なことなのだろう。
「今は目的のために勉強出来るから、前よりずっと楽しいけどね」とへらりと笑って付け加えると、ガバッ!と勢いよく顔を上げた木兎がいきなり目の前へ。目を見開く私の両手を掴んだ木兎。何故か「てめっ、放せ木兎!!」と怒る木葉を背後に、木兎は大きく口を開いた。


「頼む苗字!!俺に!!べんきょーを教えてくれ!!!」

『…………え?』


正面玄関に響いた叫び。
聞きつけた先生が「こら!何騒いでる!バレー部!!」と現れたのは、その直ぐ後だった。
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