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三年生夏(3)

インターハイ予選二日目。
無事一日目を乗り越えた音駒とシード権を獲得した梟谷。両者共に参加することとなる本日も、先週に引き続き応援に駆け付けている。先週訪れた高校とは別の場所が会場となっていたのだけれど、音駒と梟谷は別会場らしく、音駒の赤いユニフォームは見当たらない。
先週の試合後に聞いた話だと、音駒は順調に勝ち上がれば去年のシード校と当たるらしく、今日が正念場なのだとか。音駒の試合ももちろん気になるけれど、やはり一番は梟谷バレー部の試合結果である。

ピーッ!と言うホイッスル音の直後、相手チームからサーブが放たれる。ボールが向かった先には木兎がいて、むん!と気合十分にレシーブされたボールは、綺麗に赤葦くんの頭上へ。ふわりと美しく弧を描く赤葦くんのトスは、いつ見ても見惚れてしまう。完璧なセッティングの先に居たのは木葉で、相手チームのブロックに当たったボールは、そのままコートの脇に弾き出された。ブロックアウトだ。
本日の第三試合。梟谷の初戦は既に二セット目に突入している。一セット目は25対17と無事に梟谷が先取し、二セット目も順調に点差を広げているところだ。
わっ!と梟谷サイドがから上がった歓声。その声に合わせて、ナイスキー!と木葉に向かって叫ぶと、気のせいか一瞬だけ木葉がこちらを見た気がした。そのままの勢いで無事初戦を勝ち上がった梟谷。試合を終えた選手たちにパチパチと拍手を送る。ヘイヘイヘーイ!と叫ぶ木兎に顔を綻ばせていると、「名前さん…?」と可愛らしい声に名前呼ばれ振り返る。


『あ……か、叶絵ちゃん……?』

「やっぱり……!名前さんだ……!」


ほっと安心したように柔らかく微笑んだ叶絵ちゃん。どうしてここに、と尋ねようとした問は直ぐに喉の奥に押し戻す。彼女がここにいる理由なんて一つじゃないか。
「赤葦くんの応援?」と何気なさを装って尋ねれば、はい、と少し照れ臭そうにしながら、叶絵ちゃんは可愛らしく頷き返す。


「まさか名前さんに会えると思ってませんでした」

『私も、叶絵ちゃんがいるとは思わなかった』

「あの……今から少し、京治くんに会いに行こうと思うんですけど……もしよければ、名前さんも一緒に行かれませんか?」

『え、』


恐る恐る伺うような問いかけに小さな声を漏らす。
叶絵ちゃんからすれば、梟谷のバレー部は赤葦くん以外殆どが顔見知り程度の気まずい相手だ。そんな彼らの中に、叶絵ちゃんが一人で行くことはかなり勇気がいるのだろう。だからこそこうして、少しでも話しやすい私も一緒に行ければと願っているのだろう。「あ!む、無理にとは言いません…!出来れば、どうかなって思って、」と付け足した彼女に目尻が下がる。叶絵ちゃんはいい子だ。他校の試合を観に来るために。赤葦くんを応援するために、わざわざここまで足を運んでいる。それなのに、赤葦くんに会わずに帰すなんてそれはあまりにも酷すぎる。せめて応援していた事くらい、彼女の口から赤葦くんに聞かせてあげたい。
「うん、一緒に行くよ」と笑った私に叶絵ちゃんがパアッと表情を明るくさせる。ありがとうございます!と弾んだ声でお礼を言う叶絵ちゃんに緩く首を振って、二人で試合を終えた皆の元へ向かうことに。
二階席にあるベンチの一角。そこに集まる梟谷のバレー部達を見つけると、「あ、」と私に気づいた一人の控え選手が声を上げる。ペコっと一つお辞儀をすると、相手も頭を下げてきて、「木兎さん達、今着替えてるところですよ」と教えてくれる。


「もう少ししたら、一旦ここに戻ってくると思います」

『そうなんだ。教えてくれてありがとう』

「いえ、こちらこそ。いつも応援ありがとうございます!」


笑顔で接してくれる彼は、確か一年生の控えセッターだった筈。いえいえと首を振り返して叶絵ちゃんに向き直ると、少し驚いた顔をした叶絵ちゃんが「名前さん、有名人なんですね……」と感心した声を零す。


『ゆ、有名人ではないよ……!よく練習見に行ったりしてるから、顔覚えられてるだけで、』

「そう……なんですね……。あ、あの、名前さんは、」


「あれ、名前!それに………叶絵ちゃん??」


何かを言おうとした叶絵ちゃん。その声を遮ったのは、私達に気づいた雪絵だった。駆け寄ってきた雪絵は少し驚いた顔で私と叶絵ちゃんを見比べると、「一緒に観てたの?」と私を見てきたので、ううん、と首を横に振って返した。


『試合が終わった後に叶絵ちゃんが声掛けてくれたの』

「そっかあ、」

「あ、あの……やっぱり私、帰ります」

「『……え??』」


突然帰ると言い出した叶絵ちゃんに、雪絵と二人で間の抜けた声を漏らす。「赤葦に会って行きなよ」と言う雪絵に、少し困ったように眉を下げた叶絵ちゃんは、迷うように瞳を揺らし、いえ、と小さく首を横に振る。
どうして急に。と驚く私を他所に、「すみません、」と頭を下げて帰ろうとする叶絵ちゃん。思わずその手を掴んで引き止めると、叶絵ちゃんは大きな目を更に大きく見開き、戸惑った顔で私を見上げた。


「あ、あのっ……」

『あ、赤葦くんに会わなくて、いいの……?』

「……よく考えたら、私が勝手来ただけなので。……京治くんは、別に、私に来て欲しいなんて思ってなかったかも、」

『そんなことないよ……!』


少し大きくなった声に、叶絵ちゃんの華奢な肩が小さく揺れた。


『……多分、赤葦くんは……叶絵ちゃんが観に来てくれたって知ったら、凄く喜ぶと思う。……だから、赤葦くんに会って行ってあげて、』

「……でも……私、今はもう京治くんと同じ学校ですらないし……」

『応援するのに、学校がどうとか関係ないよ!……あっ、わ、私もっ、梟谷以外にも応援しに行ったことあるし!』

「……名前さん……」

『……ね?だから、赤葦くんに会って行ってあげて、』


出来るだけ優しく紡いだ声。迷いから揺れていた瞳をゆっくりと瞼で覆った叶絵ちゃんは、次に瞳を覗かせた時、ふわりと穏やかに微笑んで、はい、と頷き返してくれた。
そこへ着替えを終えた選手たちがやって来る。
「軽く食べて、少し休んだらまたアップですね」と言う赤葦くんの声に皆がおー、と応えている。二年生でありながら副主将を務める赤葦くんは、主将である木兎の分まで何かと気に掛けることが多いらしい。そんな赤葦くんに「赤葦ー!」と雪絵が声を掛けると、振り返った赤葦くんは直ぐに叶絵ちゃんに気づいて目を見張る。かなえ、と驚いた声で彼女の名前を呼んだ赤葦くん。そんな彼に気づいた木葉やかおりも叶絵ちゃんが居ることに気づくと、目を丸くして叶絵ちゃんから視線を私へ。多分心配してくれているのだろう。
大丈夫、と言うように小さく笑って頷き返していると、どことなく慌てた様子の赤葦くんが叶絵ちゃんの前へ。


「叶絵、来てくれてたんだ、」

「……うん。日程も会場も、調べたら分かったから、つい……」

「そっか。……ありがとう」

「……来て、良かったのかな……?私、もう、京治くんとは違う学校なのに……」

「……叶絵が、自分の学校を応援したいって言うなら、俺にそれを止める資格はないけど。……でももし、俺たちの事も応援したいって思ってくれてるなら…………観に来てくれるのは、すごく嬉しい」

「京治くん……」


互いを映す二人の瞳が柔らかく細まる。
赤葦くんは分かりやすいと思った。叶絵ちゃんに向けられる笑顔は、愛おしさを詰め込んだみたいに特別なもので。赤葦くんにとって叶絵ちゃんは、特別な人なんだと直ぐに分かった。でも、改めて見ると、叶絵ちゃんだって分かりやすい。
練習試合の時、叶絵ちゃんの瞳はずっと赤葦くんを追っていた。自分があげたキーホルダーを今でも彼が持っていると知った時、叶絵ちゃんはとても嬉しそうだった。

そして、今日も。

赤葦くんを目の前にする叶絵ちゃんは、ほんのり頬っぺたを赤くして、恥ずかしいけど嬉しい、照れ臭いけど愛おしい。そんな顔で赤葦くんを見上げている。以前は気づけなかった。初めて二人が並ぶのを目にした時はただただ辛くて、二人の前から逃げ出すことばかり考えていたから。
こうして目の前で微笑み合う二人の姿に、胸が痛まないかと聞かれたら答えはノーである。それは、私がまだ、赤葦くんを好きな気持ちに、ちゃんとケジメを付けられていない証拠だ。でも、前よりは少し、気持ちが落ち着いている。少なくとも、今すぐここから逃げ出したいとか、そんな風に思うことはない。

穏やかな表情で二人を見守っていると、「苗字、」と聞き慣れた声に名前を呼ばれる。振り返って、なに?と木葉に首を傾げてみせると、一瞬目を剥いた木葉は直ぐに安心したように目元を和らげる。かおりや雪絵も木葉と同じように柔らかく笑っていて、伸びてきた二人の手が褒めるようにポンッと肩を叩いた。


「名前、次も観てくんでしょ?」

『うん。今日は最後まで居るつもり』

「良いとこみせなよ木葉〜。でなきゃ黒尾くんに負けちゃうよ〜」

「てめっ……!白福!変なこと言うなっつの!!」

『そうだよ雪絵。音駒は別会場だし、当たるのはまだ先でしょ??』

「そうだけど……そうじゃないんだよねえ」


愉しそうに笑う雪絵に木葉の額にぴくぴくと青筋が浮かぶ。「余計なこと言うな!!」と叫ぶ木葉に、はいはいと仕方なそうに笑った雪絵。やけに弄られている木葉を気の毒に思っていると、次の試合前にボトルの中身を入れ直す必要があると言うかおりと雪絵は席を外すことに。
残されたのは、私と少し顔を赤くした木葉の二人。歩いていく雪絵を顰めた顔で見ていた木葉だったけれど、何かを思い出したように、あ、と声上げると木葉の視線が雪絵から此方へ。


「そういやお前、さっきの試合ん時叫んでたろ?」

『え??……あ、もしかして、ナイスキー!ってやつ?』

「それそれ。苗字の声すんなって思ってそっち見たら、マジで居たからちょっとビビったわ」


「よく通るな、苗字の声」と呟かれた言葉。そうだろうか?と内心首を傾げていると、「俺は聞こえなかったけどなー」と話に加わってきた猿杙。突然の介入にぎょっと目を丸くして木葉と二人で猿杙を見ると、新しいタオルをエナメルバッグから取り出していた猿杙は面白そうに口を開いた。


「木葉だから聞き取れたんじゃない?それ?」

「っ〜〜〜!!猿杙……!!てめえまで……!!!!」


わっ!と騒ぎ始めた木葉を遇うように笑う猿杙。
木葉だから聞き取れた。そんなことあるのかな。でももし本当にそうだとしたら、自分の応援を受け取ってくれる人が居ることが何だか誇らしく思える。
何やら言い争っている(正しくは木葉が一方的に声を上げている)二人に、「木葉、猿杙、」と呼び掛けると、ぴたりと動きを止めた二人が揃ってこちらを振り向いた。


『次も応援してるね。頑張ってね』


二人に向けた激励の言葉。受け取った二人は数回瞬きをすると、「……おう、」「任せといて」と頼もしく頷いてくれたのだった。
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