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三年生夏(2)

シューズのスキール音。歓声。ボールが床を跳ねる音。笛の音。色んな音が響き渡る空間に小さく息を飲む。
インターハイ予選一日目。黒尾くんに誘われて訪れたら試合会場は、選手と彼らを応援するサポーターの熱気に包まれている。インターハイの予選を応援に来るのはこれが初めて。本戦と違い、試合会場となっているのが担当校の体育館のせいか、コートがやけに近く感じる。
梟谷の制服を着てこなくて良かった。この中ではかなり悪目立ちしていたかもしれない。アイボリーのサマーニットワンピースに、少し大きめのデニムジャケットを着てきた自分を褒めてみるも、体育館の中は熱気が凄くて、ジャケットは脱いで手に持つことに。

多分次が、音駒の試合だと思うんだけど。

目下で行わている試合の得点を確認していると、コート脇の入口から見えた真っ赤なジャージ。よく目立つそのジャージに感謝しつつ、目当ての試合が始まるのを大人しく待つ。試合の終わりを告げるホイッスル音が響くと同時に、フロアに顔を出し始めた音駒の選手たち。
前試合をしていたチームと入れ替わるようにコートに足を踏み入れた黒尾くんは、早速ボールを持ってアップを始めたかと思うと、ふと何かを探すように視線を観客席へと走らせる。どうしたのだろうと黒尾くんを見つめていると、パチリと私と目が合った瞬間、動いていた瞳がぴたりと止まる。
あ、そっか。私のこと探してくれてたのか。
小さく手を振ってみせると、嬉しそうに目を細めた黒尾くんは、軽く手を挙げて応えてくれる。そんな黒尾くんに気づいた夜久くんや灰羽くんが、彼の視線の先を追い掛けると、その先にいる私に気づき、二人また手を振ってくれる。
「良かったな黒尾、断られなくて」「まあな」「いいなー!黒尾さん!!彼女の応援だ!!」「だから彼女じゃねえって何回言えば分かるわけ?おまえ??」試合前とは思えない和やかな会話を微笑ましく感じていると、キーン!と鼓膜を揺らしたハウリング音にギョッと目を見開いてしまう。


「いーけーいーけー!ねーこーまー!!!」


いけいけ音駒!おせおせ音駒!おー!!!


ハウリング音の正体は、音駒の応援席に立つセーラー服の女の子が持っているスピーカーだった。恐らく中学生くらいだろうか。音駒の応援席から少し離れて立ち見している私とは違い、赤いTシャツを着た保護者たちに混ざる彼女は、誰かの妹さんだろう。
休日だと言うのに、お兄ちゃんの応援に来るなんていい子だなあ。と感心していると、その子の隣に立つモデル風美女が「レーヴォチカー!!!」と両手を振って声を上げ始める。その声に反応したのは灰羽くんで、どうやら彼女は彼のお姉さんらしい。二人とも顔立ちが整っててスタイル抜群だ。うん、よく似ている。
そんな風に音駒の応援席を眺めているうちに、アップの時間が終わり、両校の選手がコートの端へ並ぶ。ピーッ!と言うホイッスル音に軽く走り出した皆はネット下で握手をかわすと、一度ベンチに戻ったかと思うと、スターティングメンバーは直ぐコートに入り、背番号を見せるため副審に背中を向ける。背番号の確認が終わると、早速試合が始まる。相手のサーブから始まるようで、主審の笛の音の直後、打たれたボールが音駒コートに向かってくる。
トンっと軽やかに上げられたレシーブ。
ボールの下に入り込んだ孤爪くんが、柔らかなトスをレフト方向へ。トスの先にはステップを踏む二番の男の子が居て、踏み切りと共にジャンプしたその子の手から鋭いスパイクが打ち付けれる。

ドンッ!と相手コートに決まったスパイク。わっ!と響く歓声と同時に拍手を送る。六月、第二土曜日。初夏とは思えない熱気の中、音駒のインターハイが幕を開けた

序盤はなかなか勝ち越せず、シーソーゲームのように点取り合った両チーム。しかし試合中盤になると、相手チームのスパイクが音駒コートに決まることが徐々に少なくなり、じわじわと開いた点差はそのまま縮まらず、第一セットは25対18で音駒が勝ち取る。続けて始まった第二セット。第一セット終盤と同様に、相手の攻撃を次々と拾う音駒メンバー。
梟谷との練習試合を見た時も思ったけれど、音駒のレシーブ力の高さには素人ながら感心してしまう。序盤から点差は開き続け、結果、第二セットは25対12という大差を付けて音駒の勝利となった。
退場する選手にぱちぱちと拍手を送る。確か午前中にもうひと試合。それに勝つと午後にもうひと試合あると黒尾くんが言っていた気がする。一先ず応援席を出ようと一階へ下りると、階段を降りたところで「名前ちゃん、」と待ち構えていたように黒尾くんに声を掛けられる。


『黒尾くん、お疲れ様、』

「労いどうも」


柔らかく笑う黒尾くんに頬を緩める。
試合直後だからだろうか。頬を伝った汗が顎先から滴り落ちそうになっている。


『黒尾くん、着替えなくていいの?風邪引いちゃうよ』

「ああ、うん。今から着替えに行くとこ。けどその前に、名前ちゃんに観に来てくれたお礼が言いたくて」


「観に来てくれてありがとね」と嬉しそうに笑う黒尾くん。こんな顔して喜んでもらえるなら、来た甲斐があったと思える。「私こそ、誘ってくれてありがと。音駒の試合も、観てて楽しかった」と伝えれば、どこか安心したように目尻を下げた黒尾くんが「そりゃ良かった」と声を漏らす。


「せっかく来てくれたのに、かっこ悪いとこ見せらんねえもんな」

『………またそういうこと言う………』

「覚悟しててって言ったろ?俺の本気のアピールはこんなもんじゃねえから。もっと意識して貰わねえと」


にっと歯を見せて笑う黒尾くんに耳先に熱が集まる。分かっていても心臓に悪い彼の“アピール”に、耐性が付く日は訪れるのだろうか。
そこへ、おい黒尾ー!と着替えを終えた夜久くんと二番の彼がやって来る。二人に向かって小さく会釈をすると、おっと目を丸くした夜久くんが気さくに話し掛けてきた。


「苗字さん、応援ありがとね」

『う、ううん。応援っていうか……ほとんど観てただけだし』

「観ててくれるだけで力になるって。なあ?」

「……やっくんのその狙って言ってない感じ、普通に腹立つわあ」

「は???」


何言ってんだこいつ?と怪訝そうに眉根を寄せる夜久くん。そんな夜久くんを横目に「君が苗字さん?」と声を掛けてきて二番さん。あ、はい。と頷いてみせると、穏やかな表情を浮かべた二番さんが手を差し出してきた。


「俺は海信行です。黒尾と同じ三年生。よろしくね」

『あ、苗字名前ですっ。こちらこそよろしくお願いします』


差し出された手を慌てて握り返すと、にっこりと笑った海くんが「お噂はかねがね聞いてるよ」と言う。お互いの手を放しながら、うわさ?と首を傾げると、なぜか黒尾くんの方を向いた海くんがゆったりとした口調で話し始める。


「黒尾の悪癖を正してくれた人だって」

「おい海、変な言い方やめろ。めちゃくちゃ悪意あるぞそれ」

「少し悪意を込めたからな」


「何のことか分かってる時点で、悪癖だって認めるじゃないか」と笑う海くんに、ぐっと押し黙った黒尾くん。大人しそうに見えた海くんだったけれど、意外とそうでもないらしい。言いたいことははっきり言うタイプ。猿杙みたいな感じかな。
同級生の顔を思い浮かべながらそんなことを考えていると、二人の会話を聞いていた夜久くんが、ああ!と少し大きな声を上げる。どうしたのだろうと夜久くんを見ると、ポンッと右拳で左手に乗せた夜久くんが思い出したように話し始めた。


「女の子取っかえ引っ変えしてたアレか!」

「だからそういう悪意ある言い方やめてくれません??」

「ホントのことだろ」

「取っかえ引っ変えは言い過ぎだろ。まだ雀田達の方がオブラートに包んだ言い方してたわ!」

『………来る者拒まず、去るもの追わず?』

「それ!」


びしっ!と指さしてくる黒尾くんに思わず笑ってしまう。黒尾くん、同級生のチームメイトといる時はこんな感じなんだ。ふふ。と小さな声を出して笑い始めた私に、黒尾くんは少し気恥しそうに頬をかく。「…お前らのせいで笑われたじゃねえか」とジト目で見てきた黒尾くんに、「笑ってもらえて良かったな」と夜久くんは意地悪く答えてみせた。


「けど、その様子だと、黒尾の悪癖についても知ってるんだな」

『う、うん。黒尾くん本人からも聞いたし、なんならかおりや雪絵からも教えて貰ったから』

「女子は耳が早いな」

「いや普通に怖えわ。うちはマネージャー居ねえんだぞ」

「後ろめたいことがなきゃ別にいいだろ」

「その通り」

「お前らな…………」


ひくりと頬を引き攣らせる黒尾くん。
きっとこれが普段の彼なのだろう。新鮮で微笑ましい姿に表情が緩んでしまう。
「つーか黒尾、お前も早く着替えろよな」と未だに試合後の格好でいる黒尾くんの腰を叩いた夜久くん。いてっと零した黒尾くんは、叩かれた腰を抑えながらヘイヘイと応えて歩きだそうとする。けれど、何かを思い出したように歩き出そうとした足を止め、半身だけ振り向かせて「名前ちゃん、」と私を呼ぶ。


「来てくれてマジでありがとね。一試合でも観てくれて嬉しかったよ」

『そんなに喜んで貰えたなら来て良かった』

「今日はもういいから帰りなよ。せっかくの休日をここにずっと居てもらうのも悪いし」

「それもそうだな」


「またね、苗字さん」「応援ありがとう」と黒尾くんに続けて帰ることを促す夜久くんと海くん。そんな三人に、えーっと……と言葉を濁して視線を下げると、ハテナマークを浮かべた三人は揃って小首を傾げてみせた。


『……まだ………居ちゃ、ダメかな……、』

「え、」

『せ、せっかく来たし、どうせなら……最後まで見て行こうかなって……』


「ダメかな?」と伺うように三人を見つめると、三者三様に目を丸くさせていて肩を縮めそうになる。けれど直ぐ、「嬉しいよ」「さんきゅーな」と海くんと夜久くんが笑ってくれて、黒尾くんも二人に続くように柔らかな微笑みを浮かべてみせる。


「いいとこみせるから、期待しててよ、名前ちゃん」

『……ふふ。うん、じゃあ……期待してみてるね』


熱気に溢れた体育館に穏やかな時間が流れる。
梟谷バレー部が一番大好きで、応援したい。それはきっと変わらない。でも、頑張ってる人を見ると応援したいと思うのは、一番とか二番とか関係ないのかもしれない。
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