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三年生夏

春の陽気が過ぎ、初夏の若葉風が吹き始める。
体育祭が終わって数日。五月は終わり、六月となった。

月が進むごとに進路指導は厳しいものとなり、まだ進路が定まってない生徒はかなり大変そうで、進路指導室には毎日毎日入れ替わり立ち替わり誰かが訪れている。
去年の冬頃から早々に進路を定めていた私なのだけれど、先生からAO入試を受けないかと言う話があって、その関係で進路指導室に呼ばれることも多くなった。今年は例年に比べて、大学に進学する生徒が少ないらしく、進学希望の生徒を出来るだけサポートするために、可能な範囲で推薦入試を勧めているのだとか。有難い話である。このままの成績を保持出来れば、AO入試も受けられるだろうと言うことで、学校が終わってからは、学習室に残って勉強する日々が続いている。正直言うと、勉強は特別好きじゃない。今までは、両親に怒られたくないという理由で渋々勉強していた。でも、目標ができたおかげか、最近は自分の意思で机に向かうことが多くなった。それに、


「オーライオーライ!!」

「レフトマーク!!ブロックストレート締めろ!!」


体育館中に響くバレー部の声。換気のために開けている入口からひょっこり顔を覗かせると、汗だくになりながらボールを追う皆の姿が。
学校に残るようになってからと言うもの、勉強の合間に休憩と称して見学に来ることが多くなった。「もっと別の休憩場所探せばいいのに」とかおりは呆れていたけれど、ここへ来ると、私も頑張ろうってそんな風に思える。思わせて貰える。バレーへの熱が篭ったこの空気が心地いいと伝えたら、また呆れられてしまうかな。
扉に寄り掛かり、レシーブ練習に励む皆に目尻が下がる。一区切りしたところでピーッ!と言う笛の音が響き、選手たちは体育館脇に置いてあるタオルやドリンクに手を伸ばし始めた。どうやら休憩のようだ。私はそろそろ戻ろうかな。学習室に戻ろうかと踵を返そうとした時、「あれ?苗字じゃん!」と目敏く木兎に気づかれて、翻そうとした身体の動きが止め、小さく手を挙げ挨拶することに。


『お疲れ様、』

「おー、苗字は今日も居残り勉強?」

『うん、そうだよ』

「んで休憩ついでにここ来て見学してんのか?」

『そうそう』

「俺たちのこと好き過ぎかよ、」


猿杙に答え、木葉に答え、次いで小見くんが揶揄うような言葉を掛けてくる。
「わざわざ見に来てくれてるのに揶揄うなよ」「小見さいてー」と空になったボトルを回収するかおりや雪絵が目を細めると、慌てた様子の小見くんが「じょ、冗談だろ!」と言って、申し訳なさそうに眉を下げた。


「わ、悪い苗字。揶揄うつもりじゃ、」

『ううん、別に怒ってないし。それに………小見くんの言う通りかも』

「?え??」


『私、みんなのバレー、大好きだもん』


ぼとっ、と何かが床に落ちる音がした。何の音?とそちらに目を向けると、小見くんの手からボトルが落ちた音だったようだ。「小見くん、落ちたよ」とボトルを指して伝えると、「お!?お、おう……」と少し頬を赤くしながら小見くんはボトルを拾い上げる。


「……あんた……結構罪深い女ね……」

『え??な、なにが??』

「……まあそれが良いとこでもあるんだけどさあ」

「確かにー」


うんうん頷き合うかおりと雪絵。なにが罪深いの。私何か悪いこと言ったの。首を捻る私を他所に「分かってんなー!苗字ー!!!」と嬉しそうに声を上げる木兎。そんな木兎に「まあね」とにししと笑って返すと、ヘイヘイヘーイ!!と両手の拳を突き上げた木兎はコートに向かって走り出した。
「赤葦ー!!トスくれトス!!」「木兎さん、今休憩ですよ……」「じゃあ休憩終わりっつーことで!!」「休憩の時はちゃんと休憩しろ木兎!!!」
騒がしく微笑ましいやり取りに、ふふ、と小さく笑ってしまう。そこへ何笑ってんだよ、と言いたげな顔をした木葉が歩み寄って来て、少し遅れてボトルを回収し終えたかおりと雪絵もこちらへ。


『三人ともお疲れ様』

「ありがと」

「名前も勉強お疲れ〜」

『あはは、ありがと。確か、今週末からインターハイ予選が始まるんだよね?』

「おう。俺らはシード校だから、出番は来週からだけどな」

「シードじゃなきゃ、沢山試合出来んのになー」

「お前それ、絶対他校のやつの前で言うなよ」


いつの間にか木兎や猿杙も入口傍まで来てくれていて、二人とも首を掛けたタオルで汗を拭っている。木葉もだけれど、三人とも凄い汗。まだ六月なのに、相当動いてる証拠だ。
ほう、と感心したように目を細めていると、「音駒は今週末から試合だな」と小見くんが思い出したように口にした学校名。小さく肩を揺らし、おそるおそる木葉をみると、それはそれは不機嫌そうな顔をしていて、思わず目を背けそうになる。


「いいよなー!黒尾たち!!俺らより三試合も多く試合出来るんだぜ!?」

『そ、そうなんだ……』

「あ!そう言えば!!苗字、黒尾に誘われてね??試合観に来ないかって!」

「「「は?」」」


ぐるん!と一斉にこちらを向いた皆の顔。じーっと向けられる視線の鋭さに右足が半歩後ろへ下がる。
木兎のやつ、なんでそんなこと知ってるんだ。「この前LI〇Eで言ってたわー」と悪意ゼロの様子で口にする木兎に、アハハハハハとぎこちない変な笑いを返してしまう。


「黒尾のやつ……!ぜってえわざとだ!!木兎に教えるなんて、歩くスピーカーに教えるようなもんじゃねえか!」

「明らかに喧嘩売ってきてるわね……」

「誰かさんへの牽制も含めてるだろうしねー」

「黒尾らしいと言えば黒尾らしい」


頬を引き攣らせる木葉やかおり、雪絵に対し、どこか感心した様子の猿杙。居心地の悪さに目線を上へ下へ動かしていると、で???と顎先を揺らして問いかけてきた木葉に、ビクリと肩を大きく揺らす。


『で………とは………??』

「観に行くの?行かねえの?」

『そ、それは……………せっかくのお誘いだし………梟谷の試合もないみたいだから…………行こうかなって………思ってたり、しなかったり、………』

「ふーーーーーーーーーん」


なんか、圧がすごい。直接行くなと言われてるわけじゃないのに、視線だけでそう訴えられているのが分かる。向けられる視線から逃げるように下を向いた時、「そろそろ再開するぞー!」と監督さんの声がして、集まっていた皆がぞろぞろとコートの方へ戻っていく。まだまだ納得出来なさそうな雰囲気を醸し出していた木葉だったけれど、さすがに練習を抜ける訳にはいかないようで、顰めた顔をそのままにコートの中へ。「あ、うちらも行かなきゃ」「名前、また話聞くからね!」と雪絵とかおりもチームメイトの元へ戻っていくと、一人になった私は小さく息を吐いた後、とりあえず勉強に戻ることに。

どうしようかなあ。

憂鬱さに吐いた息は、爽やかに吹いた初夏の風に攫われた。






            * * *






校門前の電灯下に一人佇む。時間ギリギリまで学習室に残っていたけれど、19時半には学習室も閉められてしまい、そこから約1時間。暇つぶしに弄っていたスマホで確認した時間は20時半前である。


『(前にもこんなことあったっけ)』


あの時は、赤葦くんに落し物を届けるために待っていたのだ。偶然拾ったキーホルダー。叶絵ちゃんが赤葦くんに渡したそれは、赤葦くんにとってすごく大切なもので、キーホルダーを届けただけの私に、赤葦くんはとても、とても嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔を見て、私は赤葦くんを好きになった。
画面を閉じたスマホをポケットに仕舞う。顔を上げ、頭上で灯る電灯の光に目を細めると、なんとも言えない懐かしさが込み上げて来て、ふっと小さく笑ってしまう。
あれから半年以上が過ぎた。赤葦くんを好きになってから、私の学校生活は少しずつ変わっていった。その中でも、バレー部の皆と仲良くなれたことが何よりも嬉しい。切っ掛けは不純な動機だったかもしれない。でも今は、心の底から皆のバレーを応援している。毎日毎日こんなに遅くまで練習して、朝だって私よりずっと早く来て練習して。休日も一日費やして練習。練習に練習を重ねて、それでもまだ練習する。半年前の私は知らなかったこと。こんなに頑張ってる人達が近くをいることを。


「は…………苗字…………?」

『っ、あ………』


驚いたように呼ばれた名前に視線を動かす。動かした視線の先には、目を見開いて固まる木葉たちがいて、「ちょ、苗字、こんな時間に何してんの??」と猿杙が慌てて駆け寄ってくる。


『あの、えっと、木葉のこと、待ってて、』

「??おれ??」

『うん。正確には木葉と……かおりと雪絵にも会いたかったけど、二人には会えなかったから』


へらりと笑う私に困惑したように木葉が眉を下げる。
なになに?なんの話??と興味津々でキョロキョロ視線を動かしていた木兎は、「行きますよ木兎さん」と赤葦くんに首根っこを掴まれ、引き摺るように連れていかれる。
「俺らも先行っとくねー」と不思議そうにしている小見くんの背中を押して歩き出した猿杙。その後を小さく会釈した鷲尾くんが続き、校門前には私と木葉の二人きりに。


「……な、なんだよ、話って、」

『……その……さっきの話なんだけど、』

「さっき……?……………もしかして、音駒の試合観に行くってやつのことか?」

『う、うん。それなんだけど………やっぱり私、観に行こうと思う』


今度は濁さずはっきりと答えてみせた。
木葉からの返事はない。返ってきたのは無言のみだ。


『木葉やかおりや雪絵が、黒尾くんのことで、私のこと心配してくれてるのは分かってる。でもね、やっぱり私、良くないなって思ったの。黒尾くんのこともっと知るって約束したのに、何もしないのはズルいって』

「……で、それを言うためにわざわざこんな時間まで残ってたのかよ」

『だって……嫌だったから、』

「っ、は………?」

『また木葉と、気まずくなるのは嫌だったからっ……!』


少しだけ俯き気味だった顔をあげる。不安に揺れる瞳に木葉の姿を捉えると、小さく目を剥く木葉の姿に、更に唇を動かした。


『それに、これだけは言っときたくて……音駒の試合は観に行くし、多分自然と応援もするけど、でもっ……私が一番好きなのは、木葉たちだから!』

「っ、すっ……」

『木葉たちのバレーが、梟谷のバレー部が、一番大好きだから……!だから……それだけはちゃんと、……つ、伝えて、おきたくて………』


尻すぼみになる声に釣られて、視線もまた少しずつ下がっていく。木葉の言う通り、わざわざ待ってて伝えることじゃなかったかな。でも、中途半端にしたせいで後からうだうだするくらいなら、今、ちゃんと言葉にして伝えた方がいいに決まってる。
チカチカッと足元に写る電灯の光が僅かに揺れる。言いたいことは言えたし、そろそろ帰らなければ。そう思って木葉に帰ろうと伝えようとした時。


「前にもあったよな」

『っえ……?』

「苗字が、俺らの練習終わんの待ってたこと」

『あ………う、うん、あったね。赤葦くんに、キーホルダーを届けた時でしょ?』

「あん時はさ、苗字のこと、ただのクラスメイトとしか思ってなかった。……こんな風に二人で話したり、オフの日にケーキ食いに行ったり、俺たちのバレーを大好きだって言ってくれることも考えたりしなかった」

『……私もあの時は考えてなかった。バレー部のみんなとこんなに仲良くなるなんて思わなかった』

「苗字を見てると、思うよ。人って変われるんだなって。自分の気持ち次第で、強くなれるんだなって」


耳に届いた柔らかな声に顔が上がる。
木葉と気まずくのは嫌だと思った。だって木葉は見ていてくれたから。知ってるって、そう、言ってくれたから。だからかな。木葉に褒められると本当にそうかなって思える。私は、強くなれてるのかなって、そう、思える。
木葉と目が合う。今度は瞳が揺れていない。真っ直ぐ向けた目に、穏やかな表情をした木葉が映っている。


「試合、観に行けよ。苗字が自分で納得いくようにすりゃあいい。……黒尾のことは信用ならねえけど……でも、苗字がそうしたいなら、そうするべきだと思う。つか、そもそも俺らに苗字の行動を制限する権利なんてねえしな」

『……うん。そうするね』

「……けど、さっき自分が言ったことだけは忘れんなよ。お前が大好きなのは音駒のバレーじゃなくて、俺たちのバレーなんだからな!」


耳先を少し赤くしてそう言った木葉に思わず笑ってしまう。もちろん!と言うように大きく頷いて返すと、仕方なさそうため息を吐いた木葉が「ほら、帰るぞ」と歩き出す。
半年前の私には考えられなかった光景だ。木葉と二人、駅まで歩く帰り道。赤葦くんを好きにならなかったら、木葉とだってこんなに仲良くならなかったんだろうな。
やっぱり私は、赤葦くんを好きになってよかった。バレー部のみんなと、木葉と仲良くなれて本当によかった。
穏やかな気持ちで歩く道のり。いつもよりちょっぴりゆっくりとした足取りに、木葉は何も言わず合わせてくれた。
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