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三年生春(20)

※視点変更有 主→木葉


位置について、……よーい………


パァァァン!!とピストルの音ともに駆け出した一組目の選手たち。息を合わせてスムーズに進んでいく二人も居れば、スタート直後に転けそうになっている人達もいる。自分たちの番が近づくにつれて、ドキドキと緊張を知らせてくる心臓の音。いくら木葉を信頼しているとは言え、それと緊張するしないは別の問題なのだろう。
一組目の子達が全員ゴールし、続いて二組目の走者がスタート位置につく。私と木葉は四組目。この次の次ということだ。どうぞ、と係の生徒から二人三脚用の脚バンド受け取った木葉。バンドを付けるため、私は一旦その場に立ち、しゃがんだ木葉が付けてくれるのを待つことに。


「……お前、膝震えてっぞ」

『ちょ……!そう言うのは見て見ぬふりするのが優しさでしょ!!』

「へいへい優しくねえ男で悪かったな」


緊張感のない声でそう言った木葉は、バンドをつけ終えると同時にゆっくりと立ち上がった。足が触れ、腰が触れ。木葉の熱が、すぐ傍にある。
木葉って、思ってたより大きいんだな。
隣に立つ木葉を見上げると、「……なんだよ?」と目線は寄越さずに声を投げてくる木葉。そんな木葉に「……木葉は緊張しないの?」と問かければ、う、と少しの躊躇いを見せた後、渋々と言った様子で木葉は口を開いた。


「……してるよ、緊張」

『なんだ。じゃあ一緒じゃん』

「……お前とはちょっと違えんだよ」

『?なにそれ?どういう意味??』

「っ、いいから!あんまこっち見んな!!前見てろ前!!」


木葉の顔を覗き込もうとすると、それを遮るように木葉の手に目を覆われてしまう。分かったから!と声を上げて前を向き直すと、いつの間にか三組目の走者がスタート位置についていて、次は私たちの番となる。
ドキドキなのか、ドクドクなのか。もはや心臓がどんな音をたてているかも聞き分けられなくなって来ている。緊張から乾いた喉を少しでも潤すために唾を飲み込むと、そんな私に気づいた木葉が酷く優しい声を投げてきた。


「俺となら、大丈夫なんだろ?」

『………木葉…………』

「転けそうになっても、ちゃんと支えてやるから心配すんな」


隣から伸びてきた大きな手。その手にくしゃりと頭を撫でられると、うるさかった心臓の音が徐々に小さくなって行くのが分かる。ほう、と小さく息を漏らすと、「次の組の方並んでください!」と係の生徒に声をかけられ、「行くぞ」と言う木葉の声に二人でスタート位置へと歩き出した。
全員がスタート位置についたことを確認し、スターター役の生徒がピストルを上に掲げる。私が木葉の背に手を回し、木葉も私の肩に腕を回したところで、「位置について、」と言う声と共に二人で足を引き、スタートの合図をじっと待つ。


「よーーーい……………」


パァァァァァンッ!!!


弾けるようなピストルの音と同時に全員が一気に走り出した。駆け出した瞬間、木葉の背中に回した腕に力が入って、木葉の体操服を強く掴んでしまう。私は右から、木葉は左から踏み出した足。いちに、いちに、と境田くんと練習した時のように小さく口にしながら足を進めていくと、徐々にスピードが上がっていく。
木葉となら、大丈夫。そう言ったのは、間違ってなかった。
前を走っているのは、現在一組のみ。白組のその子たちは見覚えるがあるからきっと三年生だ。付かず離れずの距離を保っていた所で、カーブに差し掛かる。すると、前にいた二人のスピードが少しだけ緩まり、差が縮まったその時、


『っ、あっ……!!』


踏み出した左足が僅かに木葉の右足の上に乗り、バランスを崩した身体が右へと倒れそうになる。きゃあ!とギャラリー席から聞こえてきた声。地面に向かって傾いた体にぎゅっと目を瞑りそうになった。けれど。


「苗字!!前見ろ!!!」

『っ!!!』


グッと強く。強く引き寄せられた肩。木葉との間に出来ていた隙間が一気になくなり、傾いていた身体が元通りになる。

“転けそうになっても、ちゃんと支えてやるから心配すんな”

ほんと、私。木葉に助けて貰って、ばっかりだ。
泣きそうになる自分を叱咤するようにぐっと奥歯を噛み締める。木葉の体操服を掴む手に更に力を込めると、肩を支える木葉の手にも応えるよう力が入り、お互いの距離がぐっと近くなった。
それが幸をそうしたのか、スピードを落としていた前の二人との距離が一気に縮まる。最後の直線で白組の二人を追い抜いた瞬間、「いけえええ!!木葉、苗字ー!!」と聞こえてきた応援の声。木兎のやつ、白組くせに。思わず笑ってしまうと、隣の木葉からもぶはっと吹き出すような笑い声が。それとほぼ同時に切ったゴールテープ。わっ!と聞こえてきた歓声は、大半が赤組のものだろう。
案内係の生徒に「こっちに移動してください、」と案内され、言われるがままに各組の一位の子達が並ぶ列の最後尾へと移動する。肩を上下して大きく息を乱す私とは裏腹に、少しだけ息を切らしている木葉。脚からバンドを取るためにまたしゃがみこんだ木葉に気づき、膝元にある薄茶色の髪をじっと見つめる。「このは、」と今度は私から声を掛けると、バンドを外し終えた木葉が、ん?とそのまま見上げてきた。
下から見てくる木葉って、なんか、新鮮だ。
不慣れな目線がなんだか恥ずかしくて、誤魔化すように木葉の髪を両手でぐちゃぐちゃにかき撫ぜる。うお!?と驚いた声をあげた木葉は、「な、なんだよ!?」と暫くされるがままになっていると、不意にピタリと手を止めた私に、手と手の隙間から恐る恐るこちらを見上げてきた。


『ありがと、木葉。木葉のおかげで、転けずにすんだ』

「……おう」

『やっぱり……木葉と走って、良かったよ』


破顔した顔で木葉を見つめる。その笑顔が、木葉にはどんな風に映っているのだろう。ほんの一瞬、見開いたように見えた瞳。けれど直ぐ、その目を隠すように木葉は俯いてしまって、彼がどんな顔をしていたのかまでは分からなかった。






            * * *






『あれっ、ちょ、ちょっと木葉、そっちテントじゃないよ?』

「は?……ああ、救護テントに行くんだよ」

『え、』


二人三脚を終えグラウンドから退場してすぐのこと。おそらく未だ救護テントに居るであろう境田の元へ向かうため、クラステントとは反対へ進もうとすると、慌てた様子の苗字に呼び止められた。
「境田のやつに自慢してやらねえとな」とニヤリと口角を上げて歩き出そうとすれば、わたわたと焦り始めた苗字が引き止めるように体育服の裾を掴んでくる。


『ま、待った!!』

「?なんだよ?」

『や、そのお……もう少ししてから行ってもいいんじゃないかな?』

「はあ??なんで後から行かなきゃなんね『あ!飲み物!飲み物欲しくない??ね!飲み物買いに行こう!』っ、あ、お、おいっ!」


俺の服を掴んだままグルリと方向転換した苗字。必然的に俺も身体の向きが変わり、小さな手に引かれるまま歩き出すことに。「おい、苗字!」と声をかけるも、「いいから来て!!」とやけに強引に引っ張ってくる苗字に眉根を寄せる。なんかこいつ、おかしくねえか?俺を救護テントに行かせないようにしてるような。
中庭の自販機前まで来て漸く開放された服。ほっ、と安心したように息を吐いた苗字だったけれど、ジャージのポケットに手を入れたところでピシリと顔を強ばらせた。


『お……お金、持ってなかった………』

「だろうな」


呆れて零したため息に、苗字は気まずそうに目をそらす。「なんで救護テントに行くの邪魔すんだよ?」とジト目で苗字を見れば、うっと言葉を詰まらせた苗字は答えに迷うようにうろうろ目線を動かし出した。


『べ、別に、邪魔してるわけじゃ……』

「こんな分かりやすく引き止めといて、んなウソが通るわけねえだろ」

『ご、ごめん……でも、境田くんに会うのはもうちょっと待って欲しいって言うか……』

「だからなんで??」

『そ、それは………』


また口籠もりだした苗字。ここまで口を噤むということは、おそらく境田との間に何かあるのだろう。その何かがどんなものかまでは分からない。分からないが、苗字が境田を気にしてるのは時点で全くもって面白くない。
「境田となんかあんのかよ」とガキみたいに拗ねた声で言えば、きょとんと不思議そうに目を丸くした苗字が「なんかって?」と小首を傾げてきた。


「……俺と走ったこと、境田に見られたくなかった、とか」

『??境田くんが木葉と走ればって言ったのに、そんなこと思うわけないじゃん』

「そもそもそれも腑に落ちてねえんだよ。なんでアイツわざわざ俺と苗字を走らせるんだよ?」

『木葉と私なら大丈夫って思ったからでしょ?』

「けど普通、自分の好きなやつが他の男と走るとこなんて見たくねえだろ!それも二人三脚で!」

『へ、』


間の抜けた声を出した苗字に、はたと瞬きする。
今、おれ、なんつった??
ダラダラと額から汗が流れ落ちる。悪い、境田。こればっかりは本当にマジで悪かったって思ってる。勢い余って境田が苗字のこと好きなことバラすとか、いくら恋敵でも流石にそれはない。人としてマジでありえ「境田くんが好きなの、私じゃないよ?」


「………は?」


なんだって???


『だって私、境田くんの好きな子知ってるもん。だから、境田くんは別に私の事好きとかじゃないから、木葉と私が走ってもなんとも思わないと思うよ?』

「は………はああああああ!?そ、んなわけねえだろ!!だってアイツ、あん時……!」


“その気に入らないって言うのはさ、仲間として?それとも……特別な意味で言ってんの?”

“……おまえ…………………………そっちかよ…………”

“…………ま、お互い頑張ろうぜ”


思い出すのは、あの日、境田と体育倉庫で話した内容。
仲間として。そっち。お互い頑張ろう。
確かに、よくよく考えてみると噛み合ってなかった会話があったような気がする。気がするけど、じゃあ、なんで境田のやつ、否定しなかったんだよ。境田は苗字を好きなんだって勘違いしてることにアイツも気づいてたはずだ。それなのになんで。
ポカンとして固まる俺を「木葉?」と心配そうに苗字が見上げてくる。分かんねえ。境田のやつ、一体何考えてんのか全然分かんけど、とりあえず、


「はああああああ………くっそ………なんだよ、それ………」

『え、ちょ、ちょっと木葉!?大丈夫??』


ガクッとその場に座り込んだ俺に、慌てて苗字も身を屈める。「もしかして足痛い!?」「私が踏んだとこ痛くなった!?」と騒ぎ始めた苗字。そういや二人三脚の時足踏まれたんだっけ。んなことすっかり忘れてたわ。
「ちげえよ」と苦く笑いつつ地面に向けていた顔を上げる。汚れる事も気にせず、両膝をついて顔を覗き込んできた苗字と目を合わせると、本当に?と眉を下げる苗字に笑い返してみせる。


「おう、なんともねえよ。境田が苗字を好きじゃないって分かって、安心しただけだから」

『そう……なの……?でも……なんで木葉が、安心するの?』

「………それは………」


視線が交わる。不思議そうに見開かれた瞳に映るのは、ただ一人、俺だけだ。
安心した。境田が、苗字を好きじゃなくて良かったって心底思った。やっぱ俺って小せえやつ。余裕なんてちっともなくて、雀田が言う通り嫉妬だけは一丁前だ。でも、

“やっぱり……木葉と走って、良かったよ”

あんな風に笑うお前を、やっぱり俺は好きでいたい。
だから。


「俺が、安心したのは………境田が、他のやつが、苗字を好きじゃなくて良かったって思ったのは………



俺は、苗字が「呼び出してごめんね、赤葦くん、」っ、は…?」


……赤葦くん?なんで今その名前が聞こえてくるんだ?
ハッと何かに気づいた苗字が「木葉こっち!」と立ち上がって手を引いてくる。一体なんなんだ!とイラつきながらも苗字の後を追い掛けると、二人して自販機の影に身を隠す。すると、グラウンドの方から聞こえてきた二人分の足音。校舎の影から現れたのは、見覚えのない女子生徒と赤葦の二人だった。おいおいちょっと待て。このシチュエーション。これってどう見ても。


「す、好きですっ……!私、赤葦くんのことが、好きなのっ………!」

「(やっぱりかよ!!!)」


聞こえてきた告白の台詞に、思わず苗字を見てしまう。前にいるせいで顔は見えないけれど、とりあえず泣いている様子はない。ほっと胸を撫で下ろしつつ、再び視線を奥の二人に移す。
女子の方はかなり緊張しているのだろう。真っ赤にした顔で俯いて、もじもじと恥ずかしそうに身を捩っている。対する赤葦は随分冷静にみえる。普段から喜怒哀楽の激しい方じゃないが、告白されているという状況に、照れも動揺と一切感じられない。
「……すみません、」と深く頭を下げた赤葦。返答を聞いた女子はと言うと、込み上げてくるものをなんとか必死に押し殺し、一つ小さなお辞儀をすると、頭を下げたままの赤葦の隣をすり抜けるように走っていった。
人の告白現場って、鉢合わせるもんじゃねえな。
女子が居なくなった後、ゆっくりと顔を上げた赤葦。その顔が、どことなく悲しげに見えるのは俺の気のせいなのだろうか。グラウンドの方へ戻っていく赤葦を確認し、漸く自販機の影から出ると、未だ動こうとしない苗字に気づき、歩き出そうとした足が止まる。


『………赤葦くん、なんか……辛そうじゃなかった?』

「あー………そんな感じの顔、してた気はするけど、」

『……告白って、フラれた方はもちろんだけど、フる側だって、何も思わないはずないんだよね』

「………赤葦に告白したこと後悔してんの?」


口にして少し後悔する。そんなわけあるはずないのに、なんて無駄な質問してんだ、俺。
ううん、と思った通り小さく首を振った苗字。やっぱりなと思いつつ苗字を見つめていると、一歩こちらへ歩み出てきた苗字が、じっと赤葦が居た場所を見つめた。


『今までだったら、さっきのあの子の気持ちになって、悲しいとか辛いとか感じてたかもしれないけど……でも今は、赤葦くんの方が心配』

「赤葦が?」

『赤葦くんには赤葦くんの理由があって断ってる。でも、どんな理由があったとしても、人の好意を断るのって断る方も辛いんじゃないかな。私は、彼に告白したことを後悔してないけど、でも……出来ることなら、赤葦くんにとって、私が好きだよって伝えたことが、辛い思い出に……なってないといいな』


そう言った苗字の声に嘘はなかった。
多分、本当に思ってる。自分が赤葦を好きだと告げたことを、赤葦が良い“思い出”にしてくれたらいいと心から言っているのだ。
かっこいいヤツだと思った。好きな相手のことを想って、自分は潔く身を引く苗字を、かっこいいヤツだって思った。でも、それはきっと簡単なことじゃない。その証拠に、今も尚苗字の心には、赤葦を想う気持ちが残ってるはずだ。でも苗字は今、赤葦にとって自分の気持ちが過去になっていたらいいと言っていた。何かを過去にすることは、そこから前に進むことだと俺は思う。つまり苗字は、赤葦に自分の気持ちを過去にしてでも前を向いて欲しいと思っているということ。そう思えるくらいには、きっと苗字も、赤葦を、


『………そう言えば木葉、さっき何か言いかけてたよね?』

「っ、は!?……そ、そうだったか??」

『そうだったじゃん。……あれ、でもなんの話してたんだっけ?確か……』

「ああああ!!そ、そんなことより!さっさとグラウンド戻っぞ!!そろそろ昼休憩の時間だろうし!!」

『あ、ちょ、ちょっと木葉!待ってよ!!』


足早に歩き出した俺を、苗字が追い掛けて来る。
今はまだ、言うべきじゃない。苗字の心にはまだ赤葦がいるから。でも、きっと苗字は少しずつ進もうとしている。だからもし、苗字が赤葦を過去にできた、その時は、

俺も、苗字に伝えよう。俺の気持ちを。真っ直ぐに。
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