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三年生春(19)

グラウンドに響く大きな歓声。
五月最終日。梟谷学園の体育祭が幕を開けた。

開会式に始まり、100メートル走、一年徒競走、女子団体種目までが行われ、現在は文化系部活動対抗リレーの最中である。配点はないけれど、意外と盛り上がるこの競技。バトンの代わりに持って走るのは、各部活動のトレードマークと言える様なもの。今一位を走っている吹奏楽部は指揮棒を片手に爆走中だ。
午後にある運動部対抗リレーも楽しみだなあ、とプログラムに目を落とすと、「次って騎馬戦だっけ?」とかおりが覗き込んできて、うん、と小さく頷き返す。


『騎馬戦があって、二年の徒競走があって……その後二人三脚だね』

「名前、結構境田と練習してたよね」

『う、うん、まあね』


少し歯切れ悪い返しになったのは、二人三脚練習の際に境田くんからされる恋愛相談を思い出したせいだ。
境田くんと私が話すようになってからというもの、境田くんは私を介してかおりと話す機会が増えたと喜んでいた。そろそろ自分から話しかけてみればいいのに、と伝えたところ、「雀田と二人って考えただけで心臓やべえんだよね」と境田くんは照れながら眉を下げた。うん、気持ちは分かる。
そんな境田くんと話すことが多くなったのは私やかおりだけではなく、木葉もよく話に加わるようになった。けれど木葉だけは何故か境田くんに喧嘩腰で、まるで黒尾くんを相手にしている時のような態度に「境田くんのことも嫌いなの?」と尋ねると「嫌いじゃねえよ、気に入らないだけだ」と拗ねた顔で返された。
木葉とのやり取りを思い出していると「にしても騎馬戦かあ」と少し心配そうにかおりが呟く。何かあるの?とかおりをみれば、不安げに眉を下げたかおりが選手たちが退場しようとしているグラウンドに目を向けた。


「騎馬戦って、結構怪我人出るイメージない?去年も一昨年も大怪我はなくても、落馬して担がれてた奴とかいたし」

『ああ、確かに……。マネージャーからしたら心配だよね、バレー部のみんな』

「擦り傷くらいなら、いくらでも作ってくれて構わないんだけどね」


ため息混じりにそう言ったかおりに苦く笑う。騎馬戦は男子の団体競技のため、出場者の多さから三回に分けて行われる。四人一組で騎馬を作るわけなのだけれど、騎手をする生徒は馬役の生徒よりどうしたって怪我をしやすい。来週末にはインターハイ予選が始まるバレー部からすると、ここでの怪我はかなり不味い。そのため木葉は、真っ先に馬役を申し出ていたし、猿杙や小見くん達も馬役になったそうだ。ただ一人、木兎だけは騎手をしたいと駄々を捏ねたようだけれど、体格の良さから騎手になるのは難しかったようで、自然と馬役に回されたのだとか。「木兎がゴリラでよかったよねー」と言ったのは雪絵だっただろうか。
こうしてバレー部の主力選手たちは無事(?)馬役を得たらしいのだけれど、運動部全員が騎手を避けられるわけではなく、境田くんは騎手を任されていた。サッカー部も来月にはインターハイ予選を控えている為怪我にはどうか気をつけて欲しい。
そんなことを考えているうちに、次の競技のアナウンスが始まり、騎馬戦第一組がグラウンドに入場する。そこへ「お邪魔しまーす」と隣のテントから雪絵とトモちゃんがやって来て、白いハチマキを首に掛けた二人に「敵情視察?」とかおりが冗談っぽく笑う。


「いいじゃんいいじゃん。男子居なくてガラガラなんだし」

『あはは、確かに』

「一組めって確か、猿杙と小見が出てるんだっけ?」

「そーそー。小見のやつ騎手避けるの大変そうだったよ?」

「小柄だから、めちゃくちゃ騎手に推されてたもんね」

「目に浮かぶわー……」


近くの空席に座った雪絵とトモちゃん。二人は白組で、私とかおりは赤組だ。梟谷の体育祭は各学年を縦割りして四チームに分かれ、一二組が白組。三四組が赤組。五六組が青組。七八組が黄組となる。
グラウンドに目を向けて猿杙と小見くんを探そうとしていると、ふと目に映った後ろ姿。青いハチマキを結び直すその姿に小さく目を見開いていると、「騎馬の準備を始めてください」というアナウンスに、その人……赤葦くんはクラスメイトであろう男の子たちと楽しそうに馬を作り始めた。
そっか。男子は全員参加の団体種目だもんね。赤葦くんも出てるに決まってるよね。同級生と親しげに話す姿はちょっと珍しくて、微笑ましさに笑みを零す。すると、名前?と不思議そうにかおりに名前を呼ばれ、「え、なに?」とかおりに視線を移す。


「どうしたの?なんか笑ってなかった?」

『ああ、うん。赤葦くん見つけて、』

「え、赤葦?いたの?」

『うん。ほら、あそこ。同級生と話してる赤葦くん見るのって新鮮だなあって』


そう言って、馬役となって騎手を乗せる赤葦くんを指し示す。「木兎達と話してるイメージが強いからだよね」となんの気になしに口にすると、かおり達は少し驚いたように目を丸くする。どうしたの?と首を傾げれば、意外そうな顔をした三人は同時に顔を見合わせた。


「……や、その……名前がそんな風に赤葦のこと話して、ちょっとびっくり」

『え??』

「……その……赤葦を諦めるって決めた時から、名前、赤葦を見る時ちょっと泣きそうだった気がして、」


はたと目を瞬かせた私に「気づいてなかったの?」とトモちゃんが苦く笑う。気づいてなかった。というか私、そんな顔をして赤葦くんを見ていたのか。ぺたぺたと自分の顔を触って確かめようとすれば、「何してるの」と雪絵に笑われてしまう。


『だ、だって、そんな顔で赤葦くん見てたなんて……!』

「今まではって話だよ?さっきはちょっと……違ったよね?」

「うん。なんか、凄い普通だった」

『……ふつう……とは……?』

「なんて言うかこう……落ち着いた……みたいな」

『………ほんと………?』


雪絵の言葉に思わず聞き返せば、本当だと言うように三人は大きく頷き返してくれる。
落ち着いた。それが、どんな風に見えるのかは私には分からない。でも、三人の様子を見る限り、決して悪いことではない気がする。赤葦くんのことを好きじゃなくなったのかと聞かれれば、そんなことはないけれど、でもきっと、少しずつ気持ちに変化は訪れているのかもしれない。
ほう。と小さく息を漏らす。グラウンドに視線を戻せば、いつの間にか一組めの決着がついていて、最後まで勝ち残ったのは猿杙が馬役をしている騎馬だったようだ。「やり!白組勝利!!」とハイタッチをする雪絵とトモちゃんに「次は赤組が勝つから!」「そうそう!」とかおりと二人で答えると、何が面白かったのか四人でくすくすと笑いってしまった。
その後、二組目の騎馬戦も始まり、二組目は黄組が一位で終わる。この組には木兎が出ていたようだけれど、惜しくも三位で脱落していた。あー、と四人で落胆の声をあげていると、最後の組が入場してきて、その中には木葉と境田くんの姿が。二人は同じチームに組み分けされた為、木葉はかなり嫌そうにしていたけれど、なんだかんだ最近よく話している所を見るに、決して気が合わないことはないような気がする。始まりの合図と共に全ての騎馬が一気に動き出す。「木葉ー!!境田ー!!」「頑張れー!!」とかおりと二人声を張り上げたその時、


「!!あっ……!!!」

『さっ、境田くん!!!』


青組の騎馬と対峙していた境田くんと木葉の騎馬。境田くんの手が相手騎手のハチマキに伸びた瞬間、隣から別の騎馬がやって来て、木葉達にぶつかるように二つのハチマキを奪おうとしたのだ。ドンッ!!と勢いよくぶつかってきた騎馬に境田くんの身体が揺れる。そのまま体勢を崩した境田くんは馬から落ちて固い地面に倒れて込んでしまった。
慌てて境田くんに声をかける木葉たち。起き上がろうとした境田くんは、地面に手をついた途端顔を歪めて右手を押さえ始める。気づいた木葉がいち早く境田くんの肩を支えて立ち上がらせると、そのまま救護テントに向かって歩いて行き、「うちらも行こう!」「うん!」と私とかおりもテントへ向かうことに。


『境田くん…………!』

「境田!大丈夫!?」

「ん?…………おー、苗字と雀田。わざわざ来てくれたのか」


救護テントに入った瞬間、パイプ椅子に座る境田くんがへらりと気の抜けた笑みを見せてくる。後ろには木葉の姿もあって、「骨に異常はなさそうだとよ」と安堵の息と共に教えられる。


「良かった……。でも、相当痛いんじゃない?」

「大丈夫だって」

「何が大丈夫だよ。あんな反応しといて……強がんなっつーの」

「そうよ。骨に異常はないし、痛みも数日すれば治まってくると思うけど、今日は見学に徹しなさい」

「え、いやでも……俺、二人三脚が残って、」

「何言ってんだ馬鹿!!お前らも予選近えんだろうが!!最後のインターハイを、怪我なんかした状態で挑むつもりか!!」

「っ」


保健医の言葉に反論しようとした境田くんだったけれど、その言葉を咎めるように怒鳴り声をあげた木葉に口を噤んでしまう。木葉の言う通りだ。いくら最後の体育祭だからといって、ここで無理をしてインターハイ予選に怪我を響かせるなんて絶対良くないに決まってる。
「二人三脚は、棄権すればいいよ」と宥めるように境田くんに声を掛けると、少しの無言の後、氷嚢を押し当てられる右手を見つめていた境田くんがゆっくりと顔を持ち上げた。


「……なら、木葉が出ろよ」

「………は?」

「俺の代わりに、お前が走れ。木葉、」

「は、はあ!?」


突然の代走願いに戸惑う木葉。
「俺と苗字、練習してねえんだぞ!」と声を張り上げる木葉だったけれど、「大丈夫だよ」とやけに自信気な様子で答えた境田くんに、木葉は言葉を詰まらせた。


「木葉と苗字なら、きっと走れるよ」


一体どこからその自信は来るのだろうか。かおりと二人で顔を見合わせてしまう。
何か言いたげに口を開いた木葉。けれど、境田くんの手首を見ると直ぐさま口を閉じてしまい、ガシガシと頭を掻いたのち仕方なさそうにため息を零した。


「……ビリだとしても文句言うなよ」

「言わねえっての」


爽やかに笑って返す境田くんに眉根を寄せたかと思うと、くるりとこちらを振り返って歩み寄ってきた木葉。え、と驚いているうちに木葉に掴まれた右手首。そのまま木葉は救護テントを出ていこうとしたため、慌ててかおりに声を掛けた。


『か、かおり!境田くんに付いててあげてね……!』

「りょーかい!!」


かおりの返事が聞こえた事に安堵しつつ、今度は前を歩く木葉の背中に目を向けることに。怒ってる、と言うよりは、戸惑ってるって言った方が正しい気がする。
既にグラウンドでは二年生の徒競走が始まっていて、二人三脚の出場者は入場口の方へ行かなければならない。「木葉、」と呼び止めるように声を掛けると、ずっと前を向いて歩いていた木葉の足が止まり、木葉はゆっくりと顔を振り向かせた。


『あの、木葉が出たくないなら、無理して出なくていいよ。境田くんには私が話すし、今からでも棄権を伝えて、』

「……嫌なのかよ」

『っ、は…?なにが……?』

「苗字は、俺と走んの、嫌なのかよ?」


木葉と走るのが、嫌?
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。間の抜けた顔で木葉を見上げれば、決まり悪そうに顔を背けられてしまう。なんでそんな質問をするのだろう。不思議に思いつつ「嫌じゃないけど、」と口にすれば「……ほんとだな?」と確認するように問われ、どこか不安げなその様子に思わず笑ってしまいそうになった。


『ほんとだってば。……こんなこと言うと、境田くんに失礼になるかもしれないけどさ、』

「?なんだよ?」

『……木葉となら、大丈夫だって思うの。だって木葉は、』


“全部知ってる。俺は、知ってる”


『私を、ちゃんと見ていてくれるから』


「っ……なんだよっ…それっ……」


背けた顔を更に隠すように口元に手の甲を押し当てた木葉。赤くなったその顔に小さく笑ってしまう。
木葉は見ていてくれた。赤葦くんを振り向かせたいと頑張る私も、叶絵ちゃんと赤葦くんを見て情けなく泣きじゃくる私も、赤葦くんのことを諦めようと決めたからの私も。木葉は全部見ていてくれた。だから、木葉なら大丈夫だと思える。練習なんてしなくても、木葉となら走れる気がする。
「……どうする?」と木葉に向けた問い掛け。少しの無言の後、顔を隠していた手を下ろした木葉は、再び手首を掴んで歩き出した。返事はなかったけれど、でも、向かっている先が返事みたいなものだろう。出場者を呼ぶ体育委員の生徒の元まで行き、「代走です」と告げる木葉の横顔を盗み見る。
少し赤くなっている頬っぺたに、ふふ、と小さく笑っていると「何笑ってんだよ」と木葉は口を尖らせた。そんな木葉と二人で出場者の列に並び直すと、徒競走の終わりを告げるアナウンスが鳴り、グラウンドには二人三脚の始まりを告げる放送が流れ始めた。
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