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三年生春(12)

「…それで木葉さんと苗字先輩まで来ることになったんですね……」

『う、うん……』


呆れたような声を吐く赤葦くんに苦笑いで頷き返す。
黒尾くんの挑発に乗せられてやって来たバッティングセンター。そこに少し遅れてやって来たのはなんと赤葦くんだった。なんで赤葦くんまでここに??と驚いていると、「赤葦おせーぞー!」と木兎が彼の背中をバシバシ叩き始めたので、なるほど彼は初めから木兎に誘われていたのかと納得する。
「委員会の仕事があったんですよ」と答えながら、木兎の手を払い除けた赤葦くん。そんな彼は私や木葉が居ることに気づくと、少し目を丸くして「どうして木葉さんと苗字先輩がここに?」と首を傾げてきた。気まずそうに顔を背ける木葉に代わってここまで来ることになった経緯を説明すると、話を聞き終えた赤葦くんの口から零れてたのが上記の台詞である。
「黒尾さんの挑発に一々乗ってどうするんすか」「わ、分かってるっつーの!」と言う二人のやり取りに、どうやら黒尾くんが人を煽るのが今回だけではないのだと知る。大人っぽくて落ち着いてる人だと思っていたけれど、そう言う所は年相応の男の子って感じなんだな、と小さく笑えば、「?どうかした?」と黒尾くんが尋ねてくる。


『ううん。ただその……木葉と赤葦くんの話を聞いてて、黒尾くんって意外と好戦的な人なんだなあって』

「好戦的……まあ間違ってねえけど、スゲェ喧嘩っ早いヤツだと思われてねえ??一応言っとくけど、あくまでゲームとか勝負事に関して一種の駆け引きとして煽るだけだからね??普段はそんなことしねえから」

『え……でも、それならどうして木葉のこと煽ってここまで連れてきたの??』


弁明するような黒尾くんの声に、ついに目を丸くして尋ね返してしまう。
黒尾くんが言うゲームや勝負事の駆け引きとして相手を煽るという方法は作戦の一つとして考えれば納得できなくもない。けれどさっきは、ゲームや勝負事なんて関係ない状態で黒尾くんは木葉を煽っていた。勝負事の最中であるなら兎も角、それ以前に挑発していた所を見ていた私からすると、今の黒尾くんの発言と食い違う気がしてならない。
きょとりと不思議そうに見上げてくる私に、どこか面白そうに目を細めた黒尾くん。そんな彼の反応にパチパチと瞬きを返せば、愉しげな様子で黒尾くんが口を開く。


「まあ、さっきのは木葉があまりにも狙い通り乗ってきてくれっから、悪ノリして煽りすぎたっつーのはあるけど………単純に、あのまま行かせんのも癪だったつーか」

『?しゃく??気に入らなかったってこと?』

「そ。気に入らなかったの。……なんでだと思う?」


尋ねた問に重ねるように返された質問。なんでって、なんでだろ?
うん?と首を捻ったまま黒尾くんを見つめていると、「…直球の方が効果ありそうだな」と笑った黒尾くんの手がポンッと頭の上に乗せられた。不意な接触に小さく肩が揺れる。黒尾くんってパーソナルスペース狭めな人なのかな。
気まずさから視線をさ迷わせていると、そんな私の反応に黒尾くんの目が柔らかく細められた時、


「さ、わ、ん、な ! ! !」


バシッ!と中々の勢いで黒尾くんの手を払い除けた木葉。ぐいっと腕を引かれ、黒尾くんとの距離を取らされると「見事な番犬だな」と黒尾くんが笑い、木葉の機嫌が更に急降下して行くのが分かる。
嫌いじゃないって言ってたのになあ、と黒尾くんを睨む木葉に眉を下げていると、そんな空気をぶち壊すように「ヘイヘイ!早くやろうぜー!!」と木兎の声が。


「全員で勝負な!一番早くホームラン打ったやつの勝ちだ!」

「はいはい、わあったよ」


ヒラヒラと手を振って応えた黒尾くんはゲージの方へ。続くように木兎も駆けて行き、更にその後を赤葦くんが追いかける。チラリと目の前に立つ木葉の顔を盗み見れば、まだどこかムスッとした顔をしていて機嫌が悪そうだ。
「木葉、」と制服の袖を引きながら声を掛けると、「……なんだよ?」と拗ねたような顔で木葉が振り返った。


『折角来たんだし、木葉も行っておいでよ』

「……苗字は?」

『私はいいよ。多分全部空振りだろうし。……代わりに木葉が私の分も打ってきて』

「はあ?」

『黒尾くんに、見せつけてやるんでしよ?』


少しイタズラっぽくそう言うと、一瞬きょとりとした顔で固まっていた木葉がガシガシと荒っぽく後頭部をかき撫ぜる。「ほらほら」と背中を押して木葉を送り出すと、気のせいか、少し耳先を赤くした木葉も漸くゲージの方へ歩き出したのだった。






            * * *






「たくっ、木兎のやつ何回やらせんだ……」

『お疲れ様、』


隣に腰かけた黒尾くんに労いの言葉をかける。
バッティングセンターに着いてから約一時間。いまだホームランが出ていないこともあり、ムキになった木兎が「誰かがホームラン打つまで終わらねえからな!!」と言うものだから、皆交代しながら何ゲームもバッティングを続けている。
ヘルメットを付けてバットを握り、ゲージの中にいる皆をゲージの裏にある休憩スペースから見つめる。透明なガラス越しに見る梟谷三人の姿に、やっぱり見慣れないなあなんて考えていると、飲み物を片手に黒尾くんがやって来たのだ。
「バレー部が早々ホームランなんて打てたら、野球部ら型なしだっつーの」と冗談を言いながら据え置きのベンチに腰掛けた黒尾くん。その隣に座りながら「確かにね」と笑って返すと、黒尾くんが買ってきた飲み物を飲み始めたので、再び視線を前へと戻す。

あ、赤葦くん、打った。

カキーンッ!と甲高い金属音がする。バットに当たったボールは前方へと飛んだけれど、ホームランとまでは行かず、惜しくもヒットに終わる。隣のゲージを使って打っていた木葉が何やら赤葦くんに声を掛けると、どこか嬉しそうに頬を緩めた赤葦くんが、ヘルメットを押さえながら木葉に答えている。
赤葦くん、嬉しそう。男の子だなあ。
ふんわり胸を覆った温かな感情。ダメだなあと思いつつも、溢れてくる想いを隠したくて、キュッと唇を引き結ぶ。けれど、バットを握ってゲージに立つ、いつもと違う赤葦くんの姿に、やっぱり顔が緩んでしまって。まだまだ消えない“好き”の気持ちにそっと目を伏せようとした時、「……分かりやすいんだな」と隣に座る黒尾くんに声を掛けられ、慌てて視線を彼へと移す。


『え??な、なにが?』

「……見てただろ?赤葦のこと、」

『なっ………』


ぶわりと頬に熱が集まる。ああバカ。こんな反応したら、肯定しているようなものなのに。
赤くなっているであろう顔を隠すため、両手で頬っぺたを覆う。すると「……んな分かりやすいと、赤葦本人にも気づかれちゃうぜ?」と揶揄うように言われ、途端にスーッと頬の熱が引いていき、脳裏には、あの日、春休みの書庫で交わした赤葦くんとのやり取りが思い出される。


『……それはもう……多分、気にしなくても平気』

「?本人にバレてもいいってこと?」

『……赤葦くんももう、知ってることだから』

「え………」


再び飲み物を飲もうとしていた黒尾くんの手が止まる。
ペットボトルに向けられていた視線が、ゆっくりこちらへ移されると、「それって、」と戸惑う声が投げ掛けられた。


『フラれたの。私』

「………悪い、」

『ううん、むしろ私こそごめんね。……赤葦くんのこと、早く“友達”として見なきゃいけないって分かってるんだけど……なかなか難しくて、』


へらりと下手くそに笑った顔は、どんな風に見えているのだろう。きっと酷く情けない顔をしているに違いない。
隠すように顔を俯かせる。膝の上に置いていた手は、いつの間にかスカートの裾を握り締めていて、力の入った指先は微かに震えて白くなっていた。


『ダメだよね、私。ただの友達になろうって赤葦くんとも約束したのに……全然、ダメだね』


顔を上げることなく紡いだ言葉。返事の代わりに聞こえてきたのは、誰かがボールを打った音のみ。
何も言わない黒尾くん。呆れられてしまったのかもしれない。フラれたくせに今もまだズルズル気持ちを引き摺って、出会ってまもない黒尾くんにまで気づかれて。呆れられて当然だ。むしろこんな姿を晒してしまって申し訳ない。
変わらず顔は俯かせたまま黙り込む。何か言うべきだろうか。変な話を聞かせてごめんね、と伝えた方がいいかもしれない。そう思って口を開きかけた時、


「……難しいよな」

『っ、え…?』

「気持ちの切り替えって、言葉にするのは簡単だけど、いざそうしようとすると思ってたよりも難しくて、諦めたくても諦められない事だってある」

『……黒尾くん……』


顔をあげる。隣に座る黒尾くんの目は柔らかく細まっていて、同情や呆れなんて一切感じられない。


「けど、いつの間にか気づいたら、ただの友達になってたって事もあるだろうし。……名前ちゃんが自分を責める必要なんてないと思うぜ」


気を使って掛けてくれたものしれない。それでも、優しい言葉である事には変わらない。
「ありがとう、黒尾くん」と素直にお礼を口にしてふんわりと笑い返すと、安心したように微笑え見返してくれた黒尾くん。けれど、ふと何かを思いついたように「でもさ、」と口にした黒尾くんは、さっきよりも少し強い声音で言葉を続けた。


「……名前ちゃんが、赤葦のことを早く忘れたいって言うんなら………












俺と、付き合ってみない?」







『……………………え?』



今、黒尾くん、なんて?


見開いた目で黒尾くんを見つめる。
そんな私の反応を分かっていたように笑った黒尾くんは、「名前ちゃん、聞こえてた?」と首を傾げてくる。


『………き、こえてた……と、思う、けど………。じょ……冗談、だよね……?』

「冗談じゃねえけど?」


「俺は至って真面目だよ」と言い、優しく目を細める黒尾くん。真面目って。冗談じゃないってこと?なんで??なんでそんな、会って間もない私に、そんなこと言えるの??
驚きと戸惑いと動揺。兎に角頭の中がごちゃ混ぜで上手く言葉が選べなくて、なんと返すべきか迷っている私に、黒尾くんは更に言葉を重ねてくる。


「赤葦への想いを、自然と忘れることを待つのもいいけどさ、名前ちゃんが早く忘れたいって望むなら、切っ掛けが必要じゃん」

『きっ……かけ………』

「そ、切っ掛け。よく言うじゃん?男を忘れるには男って」

『おとこをわすれるには、おとこ…………』


酷く軽く聞こえた言葉に、じんわり広がっていた胸の温もりが消えていく。切っ掛け。確かにそうなのかもしれない。赤葦くんへの気持ちを切り替えるには、何か切っ掛けがあった方がいいのかもしれない。でも。
立ち上がり、前へと歩き出す。「名前ちゃん?」と不思議そうに名前を呼ぶ声を背に、ゲージを仕切るガラスの前まで歩くと、ゲームを終えた赤葦くんが丁度ゲージの中から出てきて、被っていたヘルメットをゆっくりと脱ぎ置いた。


『……赤葦くんを好きな気持ちを、忘れたいわけじゃないの』

「っ、え??」

『私ね、今まで部活とかして来なくて、木兎や木葉みたいに何かに打ち込むこととかなかったんだ。……でも、赤葦くんと出会って、彼を好きになって、好きな人に振り向いて貰うために頑張ろうって思えた。頑張れる自分がいるんだって知れた』


ガラス越しに赤葦くんを見つめる。
隣のゲージから出てきた木葉と親しげに話す姿は、もう随分と見慣れたものだ。


『だからね、赤葦くんを好きになったことを忘れたいわけじゃない。忘れるんじゃなくて……思い出に、したいだけなの』


赤葦くんが好きだ。
もうフラれてしまって、諦めると決めた今でも、その気持ちはまだ変わらない。変わらないけど、いつかは過去にしなくちゃいけないのは分かってる。

“今すぐ吹っ切る、とかは出来ないけど…でも、これからはちゃんと友達として向き合いたいって言うか……せっかく知り合えたのに、無かったことにしたくないから”

あの時の気持ちに嘘はない。赤葦くんと出会って変われた自分を、無かったことになんてしたくない。だから、忘れるんじゃなくて過去にするんだ。好きな人のために頑張ることが出来る自分を覚えていられるように。これからもそんな自分でいられるように。
振り返ると、ベンチに座ったままの黒尾くんと目を合わせる。黒尾くんは少し驚いたように目を見開いていて、そんな彼に一歩だけ歩み寄った。


『だから、切っ掛けとかは必要ない。ゆっくりでいいから、自分の中できちんと気持ちに区切りをつける。それに…………悪いけど私は、そんなふうに軽く“付き合おう”って言える人とは付き合いたくない。黒尾くんは私に気遣って言い出してくれたのかもしれないけど……そういうことは好きな人に言う言葉だと思うから、軽く言っていい言葉じゃないと思うから、』

「ちょ、名前ちゃん、それは、」


「のどかわいたー!!!!!」


焦った様子でベンチから立ち上がった黒尾くん。それとほぼ同時に木兎たちが休憩スペースへ入ってくる。
木兎、赤葦くん、最後に木葉が来たことを確認し、ベンチの上に置いていた自分の荷物をひっ掴むと「私、帰るね」と声をかけ、出口の方へ歩き出す。


「っは??帰るって、なんだよ急に?」

『ちょっと用事思い出して、』

「用事って……けどお前、ケーキは、」

『ごめん木葉。お詫びのケーキ、また今度奢ってね』

「お、おいっ!苗字!!」


呼び止める声を振り切るように走り出す。「苗字ー!?」「苗字さん??」と木兎や赤葦くんの声もしたけれど、今は聞こえないふりをさせて貰う。
バッティングセンターを出て、駅の方へと走り出す。暫く走り、漸く足を止めたのは駅に着く直前。荒くなった息を整えようとしていると、「苗字!!!!」と後ろから聞こえてきた声にゆっくりと振り返った。


『……このは……』

「っ、はあ、たくっ…………なんで急に出てくんだ馬鹿!普通に心配するだろうが!!」

『……ご、ごめん……』

「………黒尾に、なんかされたのか?」

『……そういうわけじゃ……』


気まずさから顔を逸らす。
何かされたわけじゃない。どちらかと言うと、何か言われたという方が正しいだろう。けどそれも、私が勝手に怒っただけで、黒尾くんに悪気はないかもしれない。というかむしろ、私に気を使って慰めてくれる為に言ってくれた可能性の方がきっとある。それなのに、勝手に機嫌を悪くして、突然帰ると飛び出したのだから、どちらかと言うと悪いのは私なのだろう。
戻って謝るべきだろうか。でも、今顔を合わせた所でいい顔を出来る自信はあまりない。押し黙った私に木葉が眉を顰める。「おい、苗字?」と今度は心配するような声に名前を呼ばれハッとして、慌ててぶんぶん顔を振ってみせた。


『だ、大丈夫!本当になんでもないから!!よ、用事を思い出して、それで、』

「……用事がある日に俺と約束したのかよ?」

『うっ………い、いや、それは………』

「……本当に大丈夫なんだな?なんだったら、黒尾のやつぶん殴りに戻ってもいいんだぞ」

『ぶ、ぶん……だ、大丈夫だから!殴るとかしなくていいからね!?』

「ならいいけどよ……」


まだ少し納得できなさそうにしながらも、それ以上は何も聞かずに歩き出した木葉。てっきり駅へ向かうのかと思いきや、別方向を進む木葉を不思議に思っていると、「……なにしてんだよ、」と木葉が顔だけ振り向かせてきて、え?と目を丸くさせる。


「…ケーキ、奢る約束だろ」

『あ、いや……でも……』

「どうせ用事っつーのはあの場から離れる嘘だったんだろ?だったら、そもそもの予定通りケーキに食いに行こうぜ」


「美味いもん食えば、気も紛れんだろ」そう言ってニッと歯を見せて笑ってくれる木葉に、沈んでいた心が少しずつ浮上していく。「行くぞ」と私の右手を掴んで歩き出した木葉。その背中が、いつかの夕暮れの帰り道と重なる。
なんか私、木葉に助けられてばっかり。
「……ありがとう、」と小さな声でお礼を言えば「……奢られてから言えよ」とぶっきらぼうな声で返される。ケーキのお礼じゃないよと内心呟きながらも、結局口にすることはせず、ただ木葉に手を引かれるまま、カフェに向かって歩いたのだった。
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