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三年生春(8)

「名前ー、お待たせー!」


手を振って駆け寄ってきたかおりと雪絵。更にその後ろから木兎や赤葦くん、木葉、猿杙、小見くん、鷲尾くんが続いてくる。いつかのイルミネーションのメンバーだ。そしてそんな皆と混じるように歩いてくるのは、赤いジャージの音駒の人達だ。あ、クロオくんやプリン頭くんもいる。
ちょっとだけ気まずいなあ。なんて思いながら顔を逸らすと、「じゃあ俺は帰るから」とプリン頭くんは一人抜け出して歩いて行ってしまう。皆と一緒に帰らないのだろうかとその背中を見つめていると、「あ!さっきの!」とハーフくんが大きな声をあげ、長い人差し指を私へと向けてきた。


「黒尾さんがナンパしてた人だ!!」

「「「………は?」」」

「てめっ、リエーフ!!だからナンパじゃねえって何度も言ってんだろうが!」

「え、なに??黒尾、苗字のことナンパしたの?」

「違えよ!……見覚えあるような気がして話しかけただけだっつーの」

「……そ、そうなの?名前??」


心配するように顔を覗き込んで来たかおりにコクコクと小さく頷き返す。「どっかで会ったことない?って聞かれただけだから、」と応えれば、ふーんと目を細めたかおりと雪絵が怪しむようにクロオくんに視線を向ける。


「……それってナンパの常套句だよね?」

「黒尾くん、本当にナンパしてたんじゃないの??」

「ちょ……雀田と白福までひでえな。だから違うっての」


困ったように頬を掻くクロオくん。なんだか少し気の毒かも。本当に知り合いと間違えて声をかけただけかもしれないのに。ナンパじゃなかったですよ、とそう口にしようとすれば、「なあ、とりあえず飯行こうぜ」とグーッとお腹を鳴らした木兎がボヤくように漏らす。
「それもそうだな」「移動すっか」と歩き出そうとする梟谷と音駒の部員たち。あれ、もしかしてこの流れって音駒の人達も一緒に行く感じなのだろうか。


『ね、ねえ、かおり、雪絵、』

「うん??」

「なにー??」

『……も、もしかして、音駒の人達も一緒なの?』

「あ……そっか、ごめん。さっき木兎が誘って行く流れになったんだよね」

『そうなんだ……』


チラリと赤いジャージの彼らを盗み見る。
こうして一緒にご飯を食べに行くぐらいなのだ。梟谷と音駒のみんなはとても仲がいいのだろう。ただでさえバレー部の中に混ぜてもらっている状況。このうえ音駒の人達も一緒となってくれば、さすがにちょっと気が引けてしまう。というかシンプルに居づらい。
「名前、もしかして黒尾くん??」「一緒だと怖い?」と心配してくれる二人。いやいや!と慌てて首を振り、「クロオ……くん?が、どうこうとかじゃないから」と苦く笑うと、二人は申し訳なさそうに眉を下げた。


「もしあれなら、うちら三人だけ別の店行こうか」

「そうだね」

『え、い、いいよいいよ!そんな気を使って貰わなくても……!』

「でも………」


雪絵が何かを言おとした時、ポケット中に入れていたスマホがブザー音を鳴らす。ちょっとごめん、と一言断ってスマホを確認すると、メッセージアプリに一件の連絡が。お母さんからだ。どうやら従姉妹のお姉ちゃんが遊びに来ているらしく、会いたいなら早く帰ってきなさいとの内容で、ある意味丁度いいタイミングかもしれない。


『ごめん。やっぱり私今日は帰るね』

「え!?そ、そんなに嫌だった……?」

『違う違う!今お母さんから連絡あって、従姉妹が遊びに来てるの。会いたいなら早く帰ってこいってさ』

「あ……そうなんだ……」

『なかなか会う機会ないし……せっかく誘ってもらったけど
、今日はやっぱり家に帰ろうかなって』


「ごめんね」と二人と同じように眉を下げて謝れば、ううん、と二人とも首を振ってくれる。「うちらとのご飯はまた今度行けばいいし」「そうそう」と笑ってくれたかおりた雪絵に内心ほっと息を吐く。良かった。これで二人も気兼ねなく皆とご飯に行けそうだ。そのまま今度は校門を出ていこうとしている木兎達に声をかける。かおり達に伝えたように今日は帰る旨を伝えると、「じゃーまた次な」「学校で会おうねー」と木兎と小見くんに言われ、うん、と頷き返した直後、


「行かねえの?」

『っえ……』


不意に掛けられた声に肩が小さく揺れる。目を丸くして声を掛けて来た相手、クロオくんを見上げると、後者であった時と同じようにじっと視線を向けてくるクロオくんに思わず目を泳がせてしまう。
「お、親から連絡が来て、それで、その、用事が……」と歯切れ悪く返すと、「……俺らに気い使ってるとかじゃねえ?」と少し申し訳なさそうな声が返ってきて、慌てて首を横に振る。


『ほ、本当に親から連絡が来ただけだから…!』

「……そっか。なら、仕方ねえな。……あのさ、帰る前に一つ聞きたいことあるんだけど、」

『聞きたいこと??』

「……あんた、」


「黒尾、やっぱお前ナンパだろ、それ、」


少し怒気を含んだ声が黒尾くんの言葉を遮る。割り入るように私と黒尾くんの間に入ってきた木葉は、くるりと顔だけこちらに振り向かせると、「コイツの相手をしなくていい。つかすんな。今すぐ帰れ」と帰ることを促してくる。多分庇ってくれたのだろうけれど、何もそんな言い方。
「おい木葉、邪魔すんなよ」「うっせ。他校生ナンパする奴の邪魔して何が悪いんだよ」「ナンパじゃなくて、聞きたいことがあったんだっつーの」と言う二人のやり取りにまた視線をさ迷わせる。帰っていいのなら帰りたい。でも、クロオくんが聞きたいことって何だったのかな。もしかして、さっきの“会ったことないか”ってあれのこと?一応“ない”と否定はしたものの、どこか納得出来なさそうにしていたし。そうだ。そうに違いない。ていうかそれ以外心当たりがない。
「あ、あの、」と何やら威嚇している木葉の脇からひょっこり顔を出す。気づいた二人の言い合いが止まり、「苗字??」と不思議そうに木葉が名前を呼ぶ。


『えっと……さっきの、どっかで会ったことないかって質問なんですけど……やっぱり人違いかなって……。知り合いかもって期待させちゃったなら、すみません、』

「ああ、いや、そのことなんだけど、」

『一緒にご飯行かないのは、本当に用事が出来たからなので、どうか気になさらないで下さいね。……じゃああの、私はこれで……失礼します、』


一度頭を九十度まで下げると、足早に学校を出て駅へと向かう。やっぱりあのクロオくんって背が高いせいか、目の前にすると妙な威圧感あるなあ、なんて感心していると、「苗字またなー!!」と後ろから木兎の声がして、顔だけ振り向かせて手を振り、また歩き出す。その時一瞬クロオくんと目が合ったようにも感じたけれど、自意識過剰な勘違いだろうと特に気に止めることはせず、そのまま駅までの道のりを歩いて行くことに。
角を二回ほど曲がったあたりで、歩く速度を緩める。そう言えば、木葉に庇ってもらったお礼を言うのを忘れていた。明日学校で言わなきゃな。なんて考えていた時、ふと視界の端に映った赤いシルエットに思わず足が止まる。あれは、確か、


『(音駒の、セッターの……)』


赤いシルエットの正体は、先程まで一緒にいた音駒バレー部の赤いジャージを着たプリン頭くんだった。そう言えば先に帰ってたっけ。にしてもここで何してるんだろ。
プリン頭くんがいるのは小さな公園の隅にあるベンチで、項垂れたように頭を下げている為顔は見えない。もしかして、体調が悪いのだろうか。駆け寄ろうとしたけれど、一度迷って動きを止める。ただ座っているだけかもしれないし、声をかけた方が迷惑になるという事もあるかもしれない。でも、もし本当に体調が悪くて動けずにいるのだとしたら。
公園の入口からベンチに座るプリン頭くんを見つめる。金色に染められた髪はサラリと風に揺れているけれど、当の本人は動く気配はない。一歩足を踏み出す。体調が悪いのかそうでないのかは分からない。でも、どちらにせよ声を掛けなければずっとモヤモヤしてしまうのだ。だったら、やらない後悔よりやって後悔する方がずっといい。


『……あ、あの、』

「……」

『音駒の、バレー部の方、……ですよね?』

「………だれ……?」

『あ、私、さっき練習試合を見学させて貰ってた者で、たまたま通りかかったら、具合悪そうに見えたんで……それで声を……』

「そう………」


ベンチ前まで来て声を掛けてみたものの、プリン頭くんの顔は一向にあがる気配はない。「……体調、悪いんですか?」と地面に膝をつけて声をかければ、「………頭が、痛いだけ……」とやけに弱々しい声で返される。どうやら本当に体調不良だったらしい。
一先ずぐるりと辺りを見回す。すると、公園から出て直ぐの場所に自動販売機を見つけて、「ちょっと待っててください」とプリン頭くんに言い残し、慌てて自販機の方へと走る。お茶やコーヒー、ジュースが並ぶ中、よく見る青いパッケージのスポーツドリンクを二本買うと、また公園の方へと戻ってプリン頭くんに、これ、とドリンクを差し出す。


『頭が痛いってことは、熱中症とかの可能性もあるし……とりあえず飲んでください。飲めなくても、首とかおでことか冷やすのに使って』

「…………でも、」

『いいから、ほら、』


緩慢な動作でようやく顔を上げたプリン頭くんにドリンクを押し付けるように手渡す。少し迷いながらも、蓋を開けてゴクリと一口喉を湿したプリン頭くんは、「………ありがと、」と小さな声でお礼の言葉を綴る。


『あの、チームメイトの人達に連絡とかは、』

「……スマホ、充電切れてる……」

『あー……』


なるほど。それでここで休んでいたのか。
無理をすれば電車に乗れないこともないだろうけれど、返って体調不良を悪化させる可能性だってある。そう考えると、一先ずここで落ち着くのを待っていたプリン頭くんの選択は正しいのかもしれない。
けれど、いつまでもここで治るのをただ待っている訳には行かないだろう。「私がかおりと雪絵……えっと、梟谷のマネージャーに連絡入れますね」と言ってスマホを取り出すと、少しの間の後、小さく小さく頷いプリン頭くんは、また一口ドリンクを口にする。断る気力も無いくらい辛いのかもしれない。
手早くロックを解除して、メッセージアプリの無料電話で電話をかける。聞きなれた呼び出し音が鼓膜を揺らしていると、三度目のリピート直前に、「もしもし?名前??」とスピーカーからかおりの声が。


『あ、もしもしかおり??あの、今って音駒の人達と一緒だよね??』

〈そうだよー。さっき言ってたファミレスに入って、注文終えたところ、〉

『えっと……音駒の人に伝えて欲しいんだけど、今駅に行く途中の公園で、音駒の……プリ……セッターの子を見つけて、』

〈セッター?孤爪くんのこと?〉

『た、多分その子。その孤爪くん、体調悪いみたいで……』

〈え、ホントに??ちょっと待ってね。今伝えるから〉


そう言って、少し離れたかおりの声。どうやら音駒の人達に聞いた事を伝えているらしく、「たくっ、だから水分補給ちゃんとしろって言っといたのに」「どこの公園だ??」「研磨さんてばドジっ子ー!」とやいのやいのと声が聞こえる。上手く伝わったかな、と額に未開封のペットボトルを押し付けて目を閉じている孤爪くんを見守りながら返事を待っていると、「ちょい貸して雀田、」とスマホ越しに聞こえてきた声。あ、この声は。


〈あー……もしもし、〉

『あ……はい。もしもし……?』

〈音駒の主将の黒尾です。研磨が迷惑かけてるみたいでごめん。今迎えに行くから〉

『え、いや、全然!迷惑だなんて……私がお節介焼いてるだけって言うか……!』

〈……やっぱ、人違いじゃない気がすんだけどな、〉

『え??』


ポソりと呟くように聞こえてきた声。上手く聞き取れなかったけれど、なんと言っていたのだろうか。「今なんて…?」と聞き返したけれど、「いや、独り言だから気にしないで」と返されて、そのまま公園の場所を説明することに。
「直ぐ行くわ」と言う声を最後に切れた電話。学校の傍にあるファミレスにいるなら、ここまで来るのにそう時間は掛からないだろう。メッセージアプリを開いて、今度は母とのトークルームをあける。少し遅くなることを伝えようとしたのだけれど、「………あの………」と囁くように小さな声に呼び掛けられ、スマホから視線をそちらへ。


『あ、ご、ごめんなさい!今主将の……黒尾くん?が来てくれるみたいだから、』

「…………何か、用があるんじゃないの………?」

『え?』

「………クロたちと一緒に……ご飯、行かなかったみたいだから………」

『あ…………うん、まあ……ちょっと用事があったんだけどらでもそう急ぐ事でもないし、』


どうやら気にかけてくれているらしい。孤爪くんって鋭い子なんだな。再びスマホに視線を落とし、送りかけのメッセージを今度こそ送信する。黒尾くんが来るまではここに居ようと孤爪くんの隣に腰掛けようとすれば、「……行っていいよ、」と聞こえてきた声に、座ろうとした身体の動きが止まる。


『え、いや、でも、』

「クロが来るの待ってるだけだし………飲み物貰って、少しは楽になったから…………」

『……まだ十分キツそうに見えるけど……』

「……さっきよりはマシ………。……だから、行っていいよ……。間に合わなかった方が申し訳ないし………」


そう言われてしまうと。
既に半分ほど飲み干したスポーツドリンクをまた一口口に含んだ孤爪くん。確かに少し顔色は良くなっているようにも思える。でも、体調が悪い彼を一人残して帰るというのは、やっぱりちょっと気が進まない。
「黒尾くんが来たら、すぐ帰るから大丈夫」と笑って、改めて孤爪くんの隣に座ると、今度は頬っぺたペットボトルを押し当てた孤爪くんが、「……わかった……」と小さく答えてくれた。

体調の悪い孤爪くんと私。

二人だけの空間はちょっと気まずい。話すのも気怠そうな孤爪くんを話し相手には出来ないので、黒尾くんを待っている間は、二人ともずっと黙ったままだったけれど、その空気もほんの少しの間だけ。


「研磨!!!」


公園の入口から聞こえてきた大きな声。地面に向けていた顔をあげて声の方を見遣ると、赤いジャージに、エナメルバッグを掛けた黒尾くんの姿が。思ったよりずっと早い到着だ。多分かなり急いで来たのだろう。
少し息が上がっている黒尾くんは、額に滲んだ汗を袖で拭うと、ベンチ前で足を止める。「全くお前は。ちゃんと水分補給しとけって言ったろ」と呆れたように孤爪くんを見下ろした黒尾くんだったけれど、当の孤爪くんは返事も返さずにふいっと顔を逸らすだけ。拗ねちゃったのかな。なんか可愛い。お兄ちゃんと弟のようなやり取りに小さく笑っていると、ったく、とため息を零した黒尾くんが今度はこちらに向き直った。


「ほんと悪かったな。用事あるって言ってたのに」

『あ、いやっ、そんな……!私が勝手にしたことで……孤爪くんからしたら余計なお世話だったかも、』

「んなことねえって。あんたが見つけてくれなきゃ、研磨のやつ俺らが通るまでずっとここに居たかもしれねえし」


「ありがとな」と穏やかに微笑む黒尾くん。背が高くて体格もいいせいか、妙な威圧感があると思っていたけれど、こうして改めて向き合うと仲間思いのいい人である。ちょっと怖いとか思ってて申し訳ない。
いえ、と小さく首を振り返した所で、「……用事、いいの?」とポツリと孤爪くんから呟かれた声。どうやら気にしてくれていたらしい。分かりにくいけれど、優しい気遣いにまた一つ笑みが零れる。「それじゃあ、」と駅に向かおうとした時、ふと思い出したトートバッグの中の物。持って帰っても私が一人でもそもそと食べるだけだ。それなら、


『あの、これっ、』

「え……?これって……?」

『もし良かったら食べて下さいっ。レモンは熱中症にもいいって言うし。あ、要らなかったら捨ててもらって構わないんでっ!』

「は?レモン??」

『保冷バッグと容器も捨てちゃっていいんで!それでは!』

「あ、ちょっ……!!」


ほぼ押し付けるような形で渡した保冷バッグ。迷惑だったかな。でも、レモンのはちみつ漬けって疲労回復とか、熱中症対策に良いって聞いたことあるし。私が食べるよりも練習試合で疲れてる孤爪くんや黒尾くんに食べてもらった方がレモンも嬉しいだろう。
再び駅に向かって歩き出した足。来る時は少し重く感じたスニーカーも今は軽い。きっと思っていたよりもちゃんと、“普通”に赤葦くんと接することが出来たからかもしれない。
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