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三年生春(7)

休日だと言うのに、今日も制服を着て登校中だ。休日登校は春休みに最後の図書委員に来て、かおり達に赤葦くんとの事を話して以来だな。
スニーカーを履いた脚がちょっとだけ重たい。大丈夫。いつも通り。普通に。普通に赤葦くんと話せるはず。
校門を通って体育館へ向かうと、選手たちの声が外まで聞こえてくる。そのまま足を運ぼうとしたけれど、ふと、トートバッグの中に入れてきたものを思い出して、つま先を校舎の方へと向け直した。

レモンのはちみつ漬け、一応作って来ちゃったんだよな。

前回の反省をかねて、今回は家庭科室にある冷蔵庫に試合が終わるまで入れさせて貰うことにしている。木葉は忘れろって言ってたけど、まあ、そう手が掛かるものでもないし。作るのは私の勝手だろう。
レモンを入れた容器を冷蔵庫の中に入れ込む。今度こそ体育館へと向かうと、閉まりきった体育館の重たい扉を前にしてちょっとだけ怖気付く。おそるおそる手を掛けて、扉を開けようとした時、


ガラッ


『え、』

「あ………?」


いきなり開いた扉。その前に立っていた人の影が、覆い隠すように私にかかる。お、大きい。この人、凄く背が高い。ポカンとした顔で目の前の男の子を見上げていると、「何してんだ黒尾?」と男の子の脇から木兎が顔をのぞかせる。


「あれ?苗字じゃん!今日も見に来たの?」

『あ、う、うん』

「そういや、一年が上に椅子置いてたような……?あかーしー!!二階に椅子あるんだっけー??」

『ちょ……!』


だからなんでコイツはいつもいきなりこういう…!!木兎に呼ばれた赤葦くんが、なんの気もなしにコチラに近付いてくる。「一年が準備してましたよ」と答えた赤葦くんは、木兎と“クロオ”と呼ばれた彼の前で足を止めると、未だ入口前で止まっている私に気づいて、少し驚いたように目を見開いた。


「……苗字、先輩、」

『あ、赤葦くん……』


少しだけ、私たちの間に不思議な空気が流れた。
甘いものなんかじゃない。暗いものでもない。とても不思議で、複雑な、そんな、空気。
赤葦くんは私の好きな人。でも、その前に、彼は、


『っ、こんにちは!赤葦くんっ!』

「っ、あ………こんにちは、苗字先輩、」

『きょ、今日も二階から見させてもらうね!』

「……はい。是非、」


どこか安心したように穏やかに笑う赤葦くん。よかった。私、間違ってなかった。ふわりと頬を緩めて赤葦くんと目を合わせる。恥ずかしいとか、気まずいとか、色々ある。色々あるけど、でも、それ以上に、今は赤葦くんと目を合わせて話せることが、何より嬉しい。
「二階行くね」と木兎にも声を掛けると、おう!!と元気よく答えた木兎にくすくすと笑う。一度監督さんに挨拶をし、二階へと続く階段へ向かえば、ドリンクや点数板の準備をしているかおりや雪絵と目が合う。二人を安心させようと笑ってピースサインを作れば、ほっと胸をなで下ろした二人は同じようにピースサインを作り返してくれた。

それから少しだけ待って、音駒との練習試合が始まる。最初は木兎や木葉、赤葦くんという二三年生の主力選手が出ていたけれど、二セット目以降は何人か一年生が投入されている。調整試合ってこういうことか。
入れ替わりの多い試合だけれど、つまらないなんて事はもちろんない。梟谷の皆のプレーはやっぱり凄くかっこいい。でも、そんな皆に引けを取らないくらい音駒の人達のプレーも目を引く。いや、目を引くというのは、ちょっと違うかな。木兎のような派手な選手は居ないけど、でも、そんな木兎のスパイクをふわっと音を殺してあげるレシーブは自然と目で追ってしまう。当たり前のように綺麗に繋がれるレシーブ。しなやかで美しいレシーブは、素人目から見てもかなり上手い。
練習試合は勝ったり負けたりと色々だ。音駒も強いんだなあ、なんて月並みな感想を抱きながら試合を見守っていると、何セット目かの試合が終わり、両校の選手がエンドラインに整列する。どうやら今日はこれで終わりらしい。午前中だけだと言っていたけど、それにしてもあっという間だった。それほど面白い試合だったということか。
片付けをし始める部員たちを横目に、階段を使って下へと降りる。「お、苗字、」「おーっす」とストレッチをしながら片手を挙げて挨拶をしてくれる小見くんと猿杙に小さく手を振る。そんな二人に挟まれた木葉も、少し気まずそうにしながら手を振ってくれて、ついつい笑ってしまった。


「名前ー、」

『あ、かおり、雪絵、お疲れ様』

「ありがとー」

「名前、これからどうする?すぐ帰る??」

『あ……いや、あの……ちょっと校舎に用があって』

「?校舎に??」

『うん。用が終わったらまた戻ってくるね』


少し小走りで体育館から校舎に向かう。レモンのはちみつ漬け、今のうちに取りに行かなきゃ。
パタパタと校舎を走って家庭科室へ。冷蔵庫から取り出した容器を保冷バッグへ移し、一緒に持ってきた保冷剤も冷凍庫から保冷バッグの中へ。更に保冷バッグをトートバッグの中に入れたら、また小走りで体育館の方へと向かっていく。
その途中、廊下の向こうに見えたよく目立つ真っ赤なジャージを着た三人組。一人はクロオと呼ばれてた男の子で、あと二人はプリン頭のセッターくんと、試合には出ていなかった背の高いハーフくんだ。
「トイレー、トイレー」「おいリエーフ、変な歌歌うな」「恥ずかしい……」「えー!いいじゃないっすかー!」
どうやらトイレに行こうとしている所らしい。そう言えば、あの体育館のトイレ修繕中だったっけ。
徐々に三人との距離が縮まっていく。どうしよう。多分上で見てたの気づかれてるよね。何か一言くらい声掛けた方がいいかな。でも、知り合いとかじゃないわけだし、別に何も言わなくたって。けどそれって感じが悪いような、


『お……つかれ、さま……ですっ……』


小さな会釈と上擦ったひっくり返りそうな声。
やばい。なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。下を向いたまま三人の横を通りすぎようとしたその時、


「あの、」

『っえ………?』


すれ違いざま、掴まれた腕。一瞬何が起きたのか分からず目を瞬かせていると、腕を掴んだ相手、“クロオくん”がもう一度「あのさ、」と繰り返した。


「……俺と、どっかで会ったことない?」

『へ………』


どっかで、会ったこと、ない???
キョトンとした顔でクロオくんを見上げる。見覚えはない。こんなに背が高い人、会ったことがあれば忘れないと思うのだけれど。小さく首振って、「いえ、」と応えれば、どこか納得出来なそうに目を細めたクロオくんが何か言いたげにじっと見つめてくる。
どうしよう。もしかして私が忘れてるだけで、本当は知り合いなのかな。でも覚えてないのに知ってる振りとか出来ないし。
戸惑いを隠せず視線を彷徨かせていると、そんな私に意外な助け舟が。


「ちょっとクロ、こんなとこでナンパとかやめてよね」

「はあ?ちげえよ、そんなんじゃなくてだな、」

「え!?黒尾さん今ナンパしてたんですか!?」

「だから違うっつの!」


腕を掴んでいた手が離れていく。
よかった。なんかちょっと安心。掴まれていた右腕を左手で擦る。クロオくんの手、なんかやたらと熱かったな。試合の後だからかな、きっと。
やいやいと騒ぐ三人をぼーっと眺める。どうしよう。これ、行ってもいいのかな。困惑したまま三人に声を掛けようとした時、「おい!お前ら何そんなとこで騒いでんだ!!」と更に加わった赤ジャージの男の子。確かリベロの子だ。
「夜久さん!黒尾さんがその人ナンパしてました!」「はあ?ナンパあ??」「ばっ……!だからナンパじゃねえって……!」「してた」「な、研磨!お前…!!」「こんなとこで何ナンパなんてしてんだよ!バカ主将!!!!!」
げしっ!!!と勢いよくクロオくんの腰に食らわされた回し蹴り。なんというバイオレンス。あまりに過激なやり取りに半歩後ろへ引き下がると、くるりとこちらを向いたリベロくんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんな。えっと……確か上で試合見てた子だよな?」

『あ、いえ、あの、えっと……は、はい……』

「うちの馬鹿が迷惑かけたな。もう行っていいから」

「おい夜久!お前勝手に、」

「てめえは黙ってろ色ボケ主将」


蹴られた腰を擦りながら立ち上がったクロオくんが何か言おうとすると、それを遮るようにリベロくんがクロオくんの足を踏み付ける。声にならない声で悲鳴をあげたクロオくんは足を抱え込むように座り、そんな彼をプリン頭くんが心底呆れたように見つめている。
仲は良さそう。でも、やっぱりちょっとバイオレンス。
「そ、それじゃあ、失礼します、」とぺこりと頭を下げ、駆け足で体育館へと向かう。すると、体育館の前でかおりと雪絵が待っていて、「かおり、雪絵、」と声をかけると、二人の視線が揃ってこっちに移る。


「あ、来た来た。名前ー!」

「用終わった?」

『う、うん。まあ……』

「なら、うちら着替えてくるから校門のとこで待っててもらっていい??一緒にお昼食べに行こうよ」


「ファミレスとかだけど」と付け加えた雪絵がお腹を摩る。相当お腹が空いているらしく、雪絵のお腹からはグーっと腹の虫が鳴いている。「他のみんなは?」と尋ねれば、「アイツらも多分来る予定」と返されて、トートバッグの中に入れたレモンのはちみつ漬けが一瞬脳裏を過った。
……まあ仕方ないか。これからお昼を食べに行くのに、レモンのはちみつ漬けなんて渡しても迷惑だろう。また今度作ってきて渡そう。


『うん、分かった。じゃあ校門で待ってるね』

「出来るだけ急ぐからさ」

『そんなに急がなくてもいいから』


二人と別れて今度は校門へと向かうことに。
そう言えば、結局さっきのクロオくんは人違いだったのだろうか。少し気になりはしたけれど、音駒の彼らの元に戻るなんて選択肢はもちろんなく、そのまま校門へと歩いて行った。
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