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三年生春(5)

「こ、」

「こっ、」

「「告白してフラれたー!?!?!?」」


雪絵と揃って張り上げた声。部室の中にこれでもかと言うほど木霊した驚きの声に、名前は苦く笑って、うん、と頷き返した。
春休み終了直前。図書委員最後の当番が今日だった名前が「話したいことがあるの」と言うので部活後に待ち合わせし、部員が帰った部室に集まったのがついさっき。話ってなんだろ。やっぱ赤葦と叶絵ちゃんの事かなと、雪絵と二人で心配していると、そんな私たちに向けられた衝撃の一言。


『赤葦くんに告白して、フラれちゃった』


これである。
一体何がどうしてそんな展開になったんだ。ついこの間まで告白はまだ無理だと言っていたのに。


「な、なんで??なんで急にそんな……」

『ごめんね。心の準備が出来たらちゃんと報告するって言ってたのに……報告する前に告白しちゃって、』

「い、いや、そういうことじゃなくて!……その……なんでこのタイミングでって言うか……」


濁すような言い方になったのは、叶絵ちゃんの名前を出しづらかったから。
赤葦は、分かりやすかった。叶絵ちゃんを前にする赤葦は、赤葦を前にする名前くらい分かりやすかった。でも、二人は付き合ってるわけじゃないし、これから赤葦が名前のことを好きになる可能性だってゼロじゃない。それなのに、なんで今このタイミングで、名前は赤葦に想いを伝えたりしたのだろうか。
言葉の意味を察した名前がそっと目を伏せる。何かを思い出すように薄らと微笑んだ名前は、そのまま視線を上げることなく唇を動かした。


『赤葦くんって鈍いよね』

「え……?」

「た、確かに赤葦は超が付くほどの鈍感だけど……でも、それがどうかしたの……?」

『……気づいちゃったの。赤葦くんが、ただ鈍いだけじゃないって』


鈍いだけじゃない?
「どういうこと?」と同じ疑問を感じたらしい雪絵が問い掛けると、名前は悲しそうに眉を下げた。


『多分、赤葦くんは考えてないんだと思う。自分が、叶絵ちゃん以外の誰かを好きになる可能性を全く考えてない。叶絵ちゃん以外の女の子から向けられる好意がどんなものか興味もない。だから……気づかないで、鈍いように見えるんだって、そう……気づいちゃったの』


伏せた瞳でゆっくりと瞬きを落とした名前。その声が震えているように聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。


『そしたらなんだか、すごく悔しくなって……一度でいい。一瞬でもいい。この人に、赤葦くんに、あなたを好きな女の子が目の前にいるんだよって知って欲しかった。女の子として、赤葦くんの目に……映りたくなった』

「名前………」

『っ、断れるって、分かってたけどっ……改めてフラれると、やっぱり悲しかったっ……!でもっ……これで良かったとも、思ってる。気持ちを伝えたことで、少しは、赤葦くんに振り向いて貰おうとして頑張ってきたことに、報いられたかなって、そう、思ってるっ……』


ポロポロと名前の目から涙が零れ落ちる。赤葦と叶絵ちゃんを前にしても、あのキーホルダーが叶絵ちゃんから貰ったものだと知っても、絶対に涙を流さなかった名前。そんな名前が今、泣いている。悲しそうに、苦しそうに。けれど、名前の涙は、とても美しい。
雪絵と二人で名前に寄り添う。左右から抱き締めるように二人で肩を抱くと、ぐすっと鼻を啜った名前は困ったように無理矢理笑う。


『っ、ごめっ……泣くつもり、なかったんだけどっ……』

「……ううん。いいよ、泣いて」

「泣きたい時に我慢するのは、良くないからね」

『……うん……ありがとう、二人とも……』


今度は穏やかにしっかりと微笑んだ名前は、ポケットから出したハンカチで涙を拭う。そんな名前を目尻を下げて見守っていると、「……ごめん、ちょっと顔洗ってくるね」と名前が立ち上がったその時、


ガタッ


「……今の」

「音って………」


扉の向こうから聞こえてきた不自然な音。次いで「ばっ…!何やってんだよ!!猿!!」「ご、ごめんごめん」と聞こえてきた二人分の話し声。まさか。
雪絵と二人で立ち上がり、扉の前へと移動する。きょとりと目を瞬かせる名前を後ろに、がちゃりと無遠慮に部室のドアを開けると、ドアの向こうに現れたのは木葉と猿杙の二人。


「……あんた達、なに盗み聞きして……!」

「ち、ちげえよ!忘れもん取りに来たら、偶然話し声が聞こえただけで……!内容が内容だけに、入るに入れなかったんだよ!!」


ジトッと木葉を睨みつけると、慌てて否定の声を上げる木葉。「忘れ物って……ほんとに?」と疑うように雪絵が目を細めると、「ホントだっつーの!」と声をはりあげた木葉が、助け舟を求めるように猿杙を見つめる。


「ああ、うん。俺らタオルとサポーター忘れたことに気づいて、取りに戻ってきたんだよ。……でも、その……ごめん、苗字。不可抗力とは言え……その……聞いちゃって……」

『う、ううん。ここはバレー部の部室なわけだし……むしろそこでこんな話してる私の方が悪いから!』


「気にしないで」と名前は笑ったけれど、木葉と猿杙はそれでもどこか申し訳なさそうな顔をしている。どうやらわざとじゃないと言うのは本当らしい。「早く忘れ物取れば」と塞ぐように立っていた入口前から移動すると、おう、と頷いた木葉が部室へと入り、続くように猿杙も部室の中へ。
自分たちのロッカーを開けて忘れ物を探し始めた二人。いち早くサポーターを見つけた猿杙は、それをエナメルの中へと仕舞い込むと、一瞬何かに迷うように視線をさ迷わせた後、直ぐに「苗字、」と名前の名前を呼んだ。


『?なに?』

「……さっきの話のことなんだけどさ、」

『………うん』

「……苗字はこれから、どうするの?」


猿杙の問いかけにタオルを手に取った木葉の動きが止まる。まさか猿杙からそんな質問が飛んでくると思っていなかったのか、少し驚いたように赤くなった目を見開いた名前。けれど直ぐにまた悲しげに目を伏せて、何かを悟っているかのようにゆっくりと口を動かした。


『……これからは、“友達”として接したいって赤葦くんには伝えてるし……赤葦くんのことは……もう……諦める、つもり、』

「っ、で、でもっ……!赤葦はまだ叶絵ちゃんと付き合ってるわけじゃ……!!」

「そうだよ!名前頑張ってきたじゃん……!なのに一回フラれたからって、そんな、諦めること……!」

『……頑張ってきたからこそ、潔く諦めたいの』


伏せられていた瞳が持ち上がる。薄らと張った涙の膜をそのままに私達を見返す名前。その視線はあまりに真剣で、思わず雪絵と二人で息を飲んだ。


『この先も赤葦くんを想い続けるなら、伝える必要なんてなかったんだと思う。伝えなければ赤葦くんはずっと気づかなかったし、友達のまま接していけた。でも、私は伝えた。赤葦くんに、好きだってはっきりと伝えた』

『口にした以上、私の気持ちはなかった事になんて絶対出来ないし、赤葦くんに好きになって貰いたくてしてきた事も消えたりしない。好きだって伝えるのに振り絞った勇気も無くならない』

『だから、諦める。伝えた気持ちも、してきた努力も、全部今の“自分”にするために。何より………私が好きになった赤葦くんのあの笑顔を、心から、応援できるようになりたいから……』


また一つ。名前の頬を涙が滑った。慌ててそれを拭った名前は、「やっぱり顔洗ってくるね」と早足で部室から出ていってしまう。
「……赤葦って、勿体ないやつだね」「……うん」と名前が出ていった扉を見つめながら雪絵と二人で零していると、同じように名前を見送っていた猿杙が、「……それで?」と今度は木葉へと視線を移す。


「今のを聞いて、木葉はどうするの?」

「……どうって、なんだよ」

「言葉通りの意味だけど」

「………」


どうやら猿杙は木葉の気持ちを知っているらしい。タオルを持ったまま固まっていた木葉が動き出す。中途半端に開けたエナメルの中に荒っぽくタオルを詰め込んだ木葉は、どこか罰が悪そうな顔をしている。
どうするの?と問われた猿杙の言葉には、多分、名前のことをどうするの?と言う意味が込められていたのだろう。このままただ好きでいるのも良し。名前のように諦めるのも良し。もしくは、赤葦のことを諦めると言っているのなら、今度は自分の方を振り向かせようとする事だって出来る。わりと早い段階で名前と赤葦の邪魔をするなと釘をさした私だけれど、名前が赤葦を諦めると決心したのなら、木葉の気持ちに蓋をしておけと言う必要ももうない。
猿杙、雪絵、私の三人で木葉の答えを待つ。けれど木葉は一向に答えを口にする気配はなく、ただただ何かに苛ついたように眉根を寄せるばかりだ。


「……ねえ、なんでそんな怒った顔してるわけ?名前が赤葦のこと諦めるって言うなら……不謹慎だけど、木葉にとっては多少なりともいい事なんじゃないの?」

「………」

「……ちょっと木葉ー、何か言いなさいよー」


無言の木葉に痺れ切らして雪絵と二人で声を上げると、まあまあと諌めるように猿杙が間に入ってくる。エナメルのファスナーを閉めた木葉は暫くじっと閉じた鞄を見つめていると、「……俺、」と徐に口を開き、漸く声を発した。


「雀田に、苗字の邪魔すんなって釘刺された時は、ちょっと期待してたんだ。好きな奴がいる相手を好きになるなんて不毛だし、赤葦を想ってる苗字見てたら、直ぐに消えるんじゃないかって。……でも、全然ダメだった。消えるどころか、アイツのいいとこばっか見えてって……いつの間にか、苗字と赤葦がうまく行かなきゃいいのにって。フラれちまえばいいのにって、そんな風に思ってた」

「…」

「でも、いざ苗字が、赤葦の事で泣いてるとこ見たら、すげえやるせなくて。赤葦が悪いわけじゃないって分かってんのに、アイツのことぶん殴ってやりたくなったよ。それなのに、今こうして、苗字が赤葦を諦めるって言うのを聞いて、……やっぱり安心してる自分がいるんだ」

「……木葉、あんた……」

「矛盾ばっかで自分がすげえ情けねえ。苗字は、赤葦のことを思って、あんなに好きなのに、それでも潔く諦めるって決心してんのに、俺は……俺は、好きなやつが自分以外の誰かと幸せになる事も望んでやれねえ、小せえ野郎だったんだなって。そう思ったら、俺に苗字を好きでいる資格なんてあんのかなって。あんなに、優しくて、真っ直ぐで、かっけえやつを好きでいる資格あんのかなって、そう思えて……」


木葉の声は閉じたエナメルの中に吸い込まれるように段々と小さくなっていく。好きな人がいる女の子を好きになった木葉。不毛なものだと分かっていながらも、それでも想いは増すばかり。きっと木葉なりの葛藤もあったのだろう。私に言われたことなんて無視して、自分勝手に名前に想いをぶつけることだって出来たはずだ。それでもそうしなかったのは、木葉にも木葉の想い方があったから。赤葦を想う名前とはまた違う形で、木葉だって名前を想っていたから。


「……確かに苗字は凄いと思うよ。あんな風に泣くほど好きなのに、それでも潔く諦めるって言えるのは、俺もかっこいいと思う」

「……だよな」

「……でも俺は、木葉のそういう想い方も結構好きだけどな」

「っ、は……?」

「そういう、諦めの悪い所も悪くないなって思うよ」


穏やかな猿杙の声に、エナメルばかりを見ていた木葉が顔を上げる。くしゃりと顔を歪めた木葉は少し泣きそうで、けれど、意地でも泣くもんかと言うように眉根をギュッと寄せて、握った拳を小さく震わせた。


「いいじゃん、諦め悪くて。そんだけ……諦められないくらい、苗字の事が好きってことなんだからさ」

「……さる……お前………………………いつからそんな良い奴だったんだ…………?」

「わりと初めからー」


いつものように軽口を叩く二人に雪絵と目を合わせる。きっとこの軽口も二人なりの照れ隠しなのだろう。
「………さんきゅーな、猿、」と小さく零されたお礼の言葉に「いいえー」と軽い調子で返事を返した猿杙。猿杙って良い奴じゃん。と微笑ましさに頬を緩めていると、「雀田と白福が刺した釘も抜けるわけだしねえ」とからかうように言う猿杙に、前言撤回、意地が悪いと雪絵と二人で猿杙を睨みつけた。


「……まあ、確かに猿杙の言う通り、名前が赤葦を諦めるって決めたんなら、うちらがどうこう言うことは出来ないけど」

「でもそれで名前が木葉を選ぶのかは別問題って言うか〜。もしかしたら別の誰かを好きになる可能性だってある訳だしー」

「てめえら……言いたい放題言いやがって……」


ヒクヒクと頬を引き攣らせる木葉。どうやれいつもの調子に戻ったらしい。「本当のことじゃん」「ねえ?」と雪絵と頷きあっていると、ムスッとした顔をした木葉は下ろしたエナメルを肩に掛け直す。


「……一先ずは、直ぐに苗字に言うつもりはねえよ。アイツだって今いっぱいいっぱいだろうし、悩ませたくねえからな」

「そんな悠長な事言って、ホントに新たなライバルとか出てきてもしらないわよ??」

「どうでもいいよ。関係ねえし」


興味無さそうに目を細めた木葉が出口に向かっていく。追い掛けるように猿杙が続くと、顔だけ振り返った木葉はいつもより力強い声を放った。


「どうせ諦めらんねえだ。ライバルだろうが何だろうが出て来たって関係ねえよ」


そう言って部室を出ていった木葉。アイツも中々言うじゃないか。「苗字によろしくね」と片手振って猿杙も出ていくと部室には私と雪絵の二人だけに。
木葉は良いヤツだ。それは前から知っている。けれど、名前が赤葦を好きだという以上は応援することは出来なかった。でももし、もし名前が赤葦のことを吹っ切れて、次に好きなったのが万が一木葉だったしたら、その時は、


「……応援したいね、木葉のこと」

「……うん、そうだね」


雪絵と二人で目尻を下げて笑い合う。そう思えるくらいには、私たちだって木葉がどれだけ名前を想っているのかちゃんと知ってるのだから。
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