×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

二年生冬(9)

※視点変更有 主→猿杙


「そうだ名前、春休み中にいくつか練習試合決まってるんだけど……来る??」

『え、行きたい……!』


休み時間。移動教室のため、廊下を歩いている最中に掛けられた言葉に反射的に返事をする。

不発に終わったバレンタインから約二週間が過ぎた。バレンタインでの赤葦くんとのやり取りをかおり達に報告したところ、「赤葦くんって、大丈夫??」とトモちゃんが心底真面目な顔でかおりと雪絵を見、見られた二人も「さすがに鈍すぎる……」「ここまでとは……」と頭を抱えていた。
ちなみに余談だが、実は木葉もこの話を知っていたりする。
用意していた友チョコを渡す際、「……赤葦には渡したのかよ?」と聞かれたので、あったことをそのまま話すと、ふーんとどことなく嬉しそうに木葉が頬を緩めたので、人の不幸を喜ぶなんて!とチョコのおまけで木葉の脇腹にはチョップを食らわしてあげた。

そんな無念のバレンタインを思い出していると、「ちょっと、名前聞いてる?」とかおりに肩を叩かれる。慌てて「ご、ごめん!なんて??」と聞き返すと、だからね、と言う前置きの後、かおりは更に言葉を続けた。


「もっと分かりやすく!ストレートにアピールしないと、赤葦には全然全く欠片も伝わないって言うのが、よーーーく分かったでしょ??」

『……それはもう痛いくらいに………』

「赤葦に意識してもらう為のアピールもいいけど、こうなったらハッキリと伝えた方がいいんじゃない?」

『………え??』


「だから、告白よ!告白!!赤葦に好きだって伝えるの!」

……

…………

………………


『…………………こ、告白!?!?』


びゃっ!と声を上げて驚く私に「私もさんせー」「私も」と雪絵とトモちゃんがうんうんと頷く。告白って、告白ってあれだよね?赤葦くんに、好きですって、付き合って下さいってそういう事だよね?????
いやいやいや!と大袈裟に首を振る。「さすがにまだ無理だよ!」と三人の提案を撥ね除ければ、何言ってんの!と目をつりあげた三人に詰め寄らせ、いつの間にか廊下の壁に追い詰められてしまう。


「赤葦の彼女になりたいんじゃないの??」

『な、りたいけど……だからこそもう少しアピールを…』

「赤葦が今更“アピール”で気づくと思う??バレンタインのチョコでさえスルーした鈍感っぷりだよ??そんな奴が回りくどい“アピール”に気づくと??」

『いや、でも、バレンタインの件は色々と勘違いもあったみたいにだし、』

「そんな悠長なこと言ってる間に、他の子が赤葦くんに告白したらどうすんの??バレンタインにチョコ渡されてるの目撃したんだよね??他にも赤葦くんのこと狙ってる子がいるかもしれないよ??」

『そ、それは…………』


バレンタインの日、書庫で見た彼女の姿を思い出す。
確かにあの時、赤葦くんはあの子に告白されたのだと思う。そうじゃなきゃ、あの子は泣いて出て行ったりしないだろうし、持ってきたチョコもきちんと受け取っていたはずだ。けれど、そうしなかったということは、赤葦くんは彼女の告白を断ったのだろう。理由は分からないけれど、あの子の告白を断ったということは、赤葦くんには断る“何か”があったという事だ。例えば、他に好きな子がいるだとか、今はバレーに集中したいとか、単純にあの子のことを好きじゃなかったとか、そう言う“何か”だ。
「赤葦って結構モテるからなあ」とわざとらしく口にする雪絵に、う゛っと顔を顰める。言われなくても分かってるよ、と言うようにジト目で雪絵を見ると、仕方なさそうにため息をつかれた。


「名前の、もう少しアピールしてからって気持ちも分かるけどさあ、それじゃあいつまで経っても赤葦に気づいて貰えないと思うよ?」

『……そう……だよね……』


赤葦くんは鈍い。それはもう身をもって知っている。
出来ることなら、それとなくそれとなく仲良くなっていって、少しでも私を“女の子”として見て貰いたいと思っていた。けれど、どうやら彼には“それとなく”なんて方法は全く持って通用しないらしい。
教科書を抱える腕に力が篭もる。三人の言う通り、このままじゃ赤葦くんには一生気持ちを伝えられないままだ。ぐっと奥歯を噛み締める。今すぐ走って“好きです”とそう伝える事は出来ないけど、でも、


『………伝えるよ、ちゃんと、』

「っえ?」

『赤葦くんに気持ちを伝えたい、知って欲しいって気持ちはあるの。どんなに可愛くなろうとしても、それを赤葦くん本人に気づいて貰えなきゃ意味がないって言うのも分かってる。だから、ちゃんと伝える。“好きです”って赤葦くんに言うよ』

「…名前……」

『で、でも、さすがに今すぐって言うのは難しいから……だから、心の準備が出来るまで少しだけ待っててほしい。もし、その準備が出来た時は……三人にちゃんと報告するね』


そう言って笑いかけると、かおりも雪絵もトモちゃんも、穏やかな表情で小さな微笑みを返してくれる。
「分かった」「待ってるね」「名前のペースでいいからさ」と言う三人の言葉に、ありがとうと笑って答えた所で、次の授業のチャイムの音が。え!?と全員で目を見開き、慌てて教室へと向かうと、少し遅れて入った私達を迎えたのは目を釣りあげた先生の姿だった。







            * * *







「そういやホワイトデーどうする?マネージャーになんか買わないとだよね?」

「「「「あー……」」」」


練習後。着替え途中でふと口にした言葉に何とも言えない返事が返ってくる。忘れてたんだなあ、なんて苦く笑って木兎たちを見遣ると、「あげねえと後が怖えな……特に白福」と小見が頬を引き攣らせた。


「テキトーに買って渡せばよくね??」

「それぜっっってえ見抜かれるぞ。女子ってそういうとこ目敏いからな」

「一応手作り貰ったわけだし、俺らもちゃんとしたもん返した方がいいとは思うよ」


木兎の声に木葉と二人で首を振れば、そういうもん?と他人事のような顔で聞き返してくる木兎にその場にいた赤葦以外の全員が揃ってため息を零す。木兎にだけは選ばせない方が良さそうだ。なんて思いながら「二年は準備したの?」と赤葦に話を振ると、いえ、と首を振った赤葦は、制服の釦を止めながら口を動かした。


「全員で出し合って何か買おうとはなっていますが、物自体は何も。一応代表して俺が買いに行くつもりです。他にもいくつかお返しを用意する予定なので」

「ナチュラルな自慢」

「これが天然だと思うともはやからかう気にもならねえ」


頬を引き攣らせる俺たちに対し、きょとりと目を瞬かせて小さく首を傾げる赤葦。これが相手じゃ、そりゃ苗字も苦労するよなあ、と健気に赤葦を想う苗字の顔を思い浮かべていると、「……そういや苗字にもなんか返さねえとな」と思い出したように小見が呟いた。どうやら小見も同じように苗字の事を思い浮かべていたらしい。

苗字名前は俺たちの友人で、部活の後輩である赤葦に想いを寄せている所謂“恋する乙女”と言うやつだ。雀田や白福と仲が良い事もあり、最近は何かと俺達バレー部と縁がある。そのためか、先日のバレンタインの際も、「クリスマスにイルミネーションに付き合ってくれたお礼に」と俺や木兎、小見、鷲尾、そして木葉に苗字はチョコレートをくれた。友チョコ、もしくは義理チョコというヤツである。
赤葦を好きになってからというもの、髪型やメイクに気を使うやうになったのはもちろん、弁当やお菓子も作るようになったと言う苗字。そんな彼女が作ったチョコレートクッキーはやはり美味しく、苗字の努力がよく分かる出来栄えだった。こうも一途に赤葦を想い、努力をする苗字を応援したいという気持ちはもちろんある。しかしその一方で、雀田や白福のように分かりやすく力添えしてやれないのは、


「木葉ー、お前苗字へのお返しどうするよー?」

「……なんかテキトーに用意するわー」


何気ない様子を装って答えた木葉。しかし、その声が僅かに沈んでいるのは、間違いなくこの話題のせいだ。

木葉は多分、苗字が好きなのだと思う。

そう気づいた切っ掛けは、球技大会の練習をしに、皆でスポーツセンターへ行った時。赤葦にレシーブの仕方を教わり、顔を真っ赤にしていた苗字。なるほど、苗字って赤葦のこと好きだったのか。なんて微笑ましい気持ちで二人を眺めていると、まるで二人の会話を遮るように飛んで行ったサッカーボール。「わりー赤葦ー!ボールくれー!」とどうやら木葉が蹴ったボールらしく、ボールを取りに苗字達の元へ向かった木葉。ボールを受け取り、戻ってきた木葉に小見が「急に変な方蹴るなよなー」とボヤくと「わりーわりー変なとこ当たったんだよ」と答えた木葉。一瞬わざと蹴ったのではとも思ったけれど、その時は気のせいだと思い、あまり気には止めていなかった。
そんな気の所為が、もしかして。に変わったのは、クリスマスの日、みんなでイルミネーションを見に行った時のこと。木兎に付き合って出店を見て回り、呼びに来た鷲尾と一緒に苗字達の元へ戻ると、雀田と白福の画策によって赤葦と苗字が二人で写真を撮っているところだった。頬をほんのり赤く染めて、少しぎこちないながらも嬉しそうに笑う苗字。「見てるこっちが照れそうになるよねー」と小さく笑って木葉を見遣ると、薄らと、どこか痛々しげに微笑んだ木葉は「……そうだな」と羨ましそうに二人の姿を見つめていた。あの時の木葉の表情は、“ただの”クラスメイトと部活の後輩を見ているものとは到底思えなかった。
そして。もしかして、が確信へと変わる決定打となったのは、春高本戦一日目。試合後に苗字と志摩に売店で遭遇した時のことだ。全校応援という響き釣られてきた一年生がこんなものか、とボヤいていたのは聞いた苗字は、そんな彼女達のことを“もったいない”と評していた。当然のように俺たちが勝つことを信じて、日本一になる所を見るのだと言ってくれた彼女に、俺と志摩はその天然っぷりが“怖い”と冗談で零したけれど、そんな俺たちを他所に、苗字の言葉を聞いた木葉は嬉しそうに愛おしそうに目を細めて「……さんきゅーな、苗字」と苗字の頭を撫でていたのだ。ここまで来れば、勘違いや憶測なんかではないと流石に気づく。

木葉は、苗字が好きなのだと。
赤葦を一途に想う苗字を、木葉も一途に想っているのだと。


「(……不毛というか不憫というか……)」


ロッカーの扉を閉め、エナメルバッグを背負った木葉の姿にそっと息を吐き出す。苗字のわかり易さとすれば、木葉は随分“分かりにくい”。おそらく雀田や白福あたりに釘を刺されているのだろう。苗字の恋を応援したいマネージャー達からすれば、木葉の恋を応援する訳には行かない。

しかし、それでもなお。
隠そうとしてもなお、溢れるように顔を出してしまう苗字への想い。

それに一番戸惑っているのは、恐らく木葉自身だ。何かと器用なコイツのことだ。きっと隠し通せるとそう思っていたのだろう。けれど、“恋心”というのはそう単純なものでもないらしい。「先出るわ、お疲れ」と後ろ手を振って部室を出ていこうとする木葉。その後を追うように「俺もー」とカバンを掴んで扉の外へ出ると、何を言うでもなく自然と二人で並んで校門へ歩き出す。
きっとこの先、苗字が赤葦を好きでいる限り、木葉は自分の想いを隠そうとし続けるのだろう。どれだけ想いが膨れ上がったとしても、必死に、不器用に、その想いを押し殺すつもりでいるのだ。白福や雀田はもちろん、木葉本人でさえ応援出来ない恋心。だったらせめて、せめて一人くらい、その想いを見守ってやる奴が居たっていいじゃないか。


「……木葉さー、もし苗字にお返し考えてるなら、キャンディーとかいいんじゃない?」

「?は??なんだよ急に??」

「さっき小見にも聞かれてたから」

「いや、そうじゃなくて。なんでキャンディー??」

「んー……そのくらいなら、バチは当たらないかなって思ってさ」

「は???」


意味がわからないと言うように首を捻る木葉に小さく笑う。きっと家に帰れば、ホワイトデーのお返しにキャンディーをあげる意味を調べて知るはずだ。キャンディーを渡したくらいじゃ苗字には届かないだろうけれど、でも、やっぱり俺は少しくらい自分の気持ちに正直になっていいと思う。赤葦は良い奴だし、苗字の恋を邪魔したいなんて思っていないけれど、でも、赤葦と同じかそれ以上に、木葉だって良い奴なのだから。
「なんなんだよ急に??」と首を傾げる木葉に「後で調べてみなよ」と笑い返す。器用なようで不器用なこの友人の恋を、俺一人くらいは影ながら見守っていこう。
| 目次 |