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二年生冬(5)

広い公園内を彩るキラキラ輝くイルミネーション。クリスマス当日とだけあって、流石に人は多いけれど、カップルの他に子供連れの家族や友人同士で見に来ている人も多くいて、思いのほか居心地は悪くない。
公園の中央には大きなツリーが飾られていて、その周りを囲うように並べられているのは小さなサンタの人形だ。「あれ、かわいいね」と思わず呟けば、「写真撮ろうよ!」と雪絵に腕を引かれてツリーの下へ。デフォルメされて丸っこくなったサンタ人形や立派に聳えるツリーをカシャカシャとスマホのカメラで撮っていると、「すみません、」と声を掛けられて、はい?と振り返る。


「もし良ければ、シャッターお願いしてもいいですか…?」

『あ、はい!いいですよ!』


声をかけて来たのは、若い男性だった。私たちよりちょっと年上っぽい。大学生かな。「ありがとうございます」と朗らかに笑ったその人は、スマホを私に預けると、ツリーの手前で待っていた女の人の方へと走っていく。多分、彼女さんなのだろう。仲睦まじく腕を組んだ二人に彼氏さんのスマホを構える。「撮りますよー!」と声をかけてカメラのマークを押すと、カシャッと言う音共に画面には仲のいいカップルの写真が綺麗に映し出された。
どうぞ、とスマホを彼氏さんに渡す。「ありがとうございます」と笑顔でスマを受け取って写真を確認する彼氏さん。その隣から、見せて見せてと彼女さんが画面を覗き込んでいる。仲のいいカップルの光景に、いいなあなんて少し羨ましく思っていると、「名前ー!」とかおりの呼ぶ声に、カップルさん達と別れて慌ててそちらへ。


『あれ?木兎たちは??』

「ああ、アイツらはあっち」

『あっち?』


手招きするかおりの元へ戻ると、待っていたのはかおり、雪絵、鷲尾くん、赤葦くんの四人。呆れた顔で少し離れた場所を指し示すかおりに首を傾げながらそちらを見ると、いくつか立ち並ぶ屋台が目に映る。どうやら木兎達には肉まんだけじゃ足りなかったようだ。
「赤葦くんと鷲尾くんはいいの?」と二人を見上げると、「家で母が用意してくれているからな」「俺もです」と答えた二人。そっか、クリスマスだもんね。そりゃお家でもご馳走が用意されてるよね。あんまり遅くならないでね、と今朝送り出してくれた母の顔を思い浮かべ、うちの晩ご飯はなんだろうなんて考えていると、「せっかくだし皆で写真撮りたいよね」と言う雪絵の声に、それならと赤葦くんが小さく手を挙げた。


「なら、俺が木兎さん達探してきます」

「あ!ちょっとまって!木兎たちは鷲尾が探してきてよ」

「え、でも……」

「赤葦はこれで私と雪絵と名前の写真撮って!」

「分かった。探してくる」


押し付けるように自分のスマホを赤葦くんに渡したかおり。ひらりと片手を振った鷲尾くんは木兎たちを探しに人混みの中へ。そんな先輩に申し訳なさそうに眉を下げた赤葦くんだったけれど、「じゃあ、撮るので並んでください」と直ぐにかおりに向き直ってスマホを構え始める。
雪絵、かおり、私の順番でツリーの前に並ぶ。よくあるピースサインを作って笑うと、何の掛け声もなしにカシャッとカメラの音が。「ちょ!何か言ってから撮ってよ赤葦ー!」と雪絵が抗議の声をあげると、ちょっと面倒そうに眉根を寄せた赤葦くんが「分かりました」ともう一度スマホを構えてくれる。今日の赤葦くんは、“後輩”って感じで可愛いなあ。
微笑ましさに、ふふっと小さく笑っていると、今度はしっかりと「撮ります。……はい、チーズ、」と少し恥ずかしそうな声で合図を出した赤葦くん。可愛い。文句無しに可愛い。と勝手にキュンキュン胸を高鳴らせていると、赤葦くんからスマホを受け取って写真を確認したかおりが、うん、と満足そうに頷いた。


「よしよし。よく撮れてる」

「良かったです」

「じゃあ、次は赤葦撮ってあげよっか?」

「……………俺に一人で映れと?」


「なんの嫌がらせですか」と今度は隠すことなくしっかりと顔を顰めた赤葦くんだったけれど、「誰も一人でなんて言ってないでしょ」とにんまりと笑ったかおりの手が、ポンッと肩を背中を叩いてきた。


「名前と二人で映ればいいじゃん」

『………え???』


二人?二人って、誰と誰が??
ぽかんと間抜け面で固まっていると、ほらほら!と雪絵に背中を押されていつの間にかツリーの前へ。隣にはかおりに押された赤葦くんがやって来て、申し訳なさそうに眉を下げた赤葦くんは「すみません、苗字先輩」と諦めたように口を開く。


「雀田さん達、なんか悪ノリしてるみたいで……一枚だけいいですか?」

『え、あ、は、はいっ…!も!もちろん!!』


というかむしろお願い致します。
かあっと熱くなった頬っぺたを隠すように下を向く。「ほらほら!撮るから二人ともこっち向いて!」という雪絵の声にゆっくりと顔を上げると、「笑ってー!」と構えられたスマホにぎこちなくも何とか笑顔を向ける。

カシャッ。

とカメラの音がして、「撮れたよ!」とかおりが笑ってくれる。撮れた。撮れちゃった。赤葦くんと、クリスマスに写真が撮れちゃったんだ。
にやけそうになる口元を両手で覆う。「後で送るね」と言うかおりに「ありがとう……!」とお礼を伝えれば、「ほっとレモンのお返しだよ」と悪戯っぽく笑ったかおりにツンと頬をつつかれた。
そこへ、「おーい!」と鷲尾くんに連れられて木兎たちが戻ってくる。木兎の手にはフランクフルトやチョコバナナ、わたあめが握られていて、まるで夏祭りに来てるみたい。「木兎さん買いすぎでは…?」と少し引き気味に赤葦くんがツッコむと、そうか?と首を傾げた木兎はわたあめにかぶりついた。


「なあ、写真撮るんだろ?それなら早く撮ろうぜ」

「あ、うん、そうだね。じゃあ、皆でツリーの前に、



ドオオォォォォォォォォンッ



『………え?』


かおりの声を遮るように鼓膜を許した音。なんだ?と全員で空を見上げると、ヒューッと言う音がして次の瞬間、パッと真冬の空に打ち上がったのは美しい光の華。


『花火だ……』


わっ、と周りから聞こえてきた歓声。どうやらサプライズの花火だったらしい。公園内を行き交う人の足が止まる。ほうっ、と誰かの口から漏れた感嘆の息に答えるように、一つ二つと更に花火が打ち上がる。
「きれー…」とポツリと零れた声。誰に言うでもなく偶然口から溢れたそれに、「そうですね」と隣にいた赤葦くんはしっかりと拾って頷いてくれる。一瞬だけ花火から赤葦くんに視線を移すと、じっと夜空を見上げる赤葦くんの瞳には打ち上がる花火が映し出されていて、キラキラと光り輝いて見える。綺麗、と今度は口に出さずに心の中でそっと呟く。イルミネーションだけじゃなくて、まさか、花火まで一緒に見れるなんて思いもしなかった。
喜びを噛み締めるようにきゅっと唇を結んで、再び空を見上げる。ドン、ドドンッ。と打ち上がる花火に全員が見惚れていると、最後とばかりに打ち上がったのは一際大きな大輪の花。枝垂れるようの花火の名残が夜空に消えていく中、公園内のアナウンスがサプライズ花火の終了を告げる。ぱちぱちと誰からともなく送られる拍手に便乗し、私も両手で小さな拍手をしていると、「…あの、苗字先輩、」とかけられた声に、拍手の手が止まり、視線が隣の彼へと移る。


『?なに?』

「……これ、どうぞ、」

『え?』


きょとりと瞬かせた瞳に映ったのは、可愛らしいロゴの描かれた紙袋だ。え、私に?と自分を指さして首を傾げると、もちろんだと言うように首を縦に動かしかした赤葦くんが紙袋をそっと差し出してくれる。


「この前誕生日のプレゼントを頂いたのでそのお返しです。先輩の誕生日を待とうかなとも思ったんですが…こういうのは早いうちに返しておくべきかと。だから、お返しも兼ねたクリスマスプレゼントです」


「どうぞ、」と柔らかな微笑みとともに渡された紙袋。

プレゼント。赤葦くんからのクリスマスプレゼント。

キューっと胸が締め付けれたみたいに苦しくなる。嬉しい。すごく、すごく嬉しいのに、なんでこんな苦しいんだろ。「ありがとう、」と笑ってお礼を言い、大事大事に両手でプレゼントを抱え込むと、いえ、と首を振った赤葦くんに「あかーしー!」と木兎の呼ぶ声が。くるりと踵を返した赤葦くんが木兎の元へと向かう。歩いて行く赤葦くんの背中を見送り、プレゼントを抱える腕にちょっとだけ力を込めると、「「名前!」」とやけに声を弾ませた雪絵とかおりがやって来て、腕に抱えた紙袋に気づいた二人はにやにやと楽しそうな笑みを浮かべ始める。


「やったんじゃん!赤葦からのクリスマスプレゼント!!」

「すんごいいい感じだったよー!もうカップルみたいだった!」

『……これは、この前の誕生日プレゼントのお返しで、特別な意味とかそういうのは全然ないんだよ』

「……名前?」


予想とは違う反応にかおりと雪絵が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
赤葦くんにとってこのプレゼントに特別な意味なんてない。これはただのお礼のクリスマスプレゼントであって、それ以外の意味はちっとも含まれていないのだ。それに気づいたから、胸が苦しかった。赤葦くんからすれば、私はただの“部活の先輩の友達”で、イルミネーションも、花火も、写真も、クリスマスプレゼントも、全部かおりや雪絵、木兎達が居たから赤葦くんと見ることが出来たのだ。


ああ、私、やっぱりどんどん欲張りになってる。


赤葦くんが好きだ。だから、彼に振り向いて欲しくて、少しでも可愛くなろうとした。一生懸命な人が好きだという彼の好みに近づきたくて、自分なりに努力してきた。でも、もうそれだけじゃ足りない。どんなに努力しても、好きだと思っても自分一人だけで完結させていたら、いつまで経っても赤葦くんに届くことはない。だから、


『かおり、雪絵、』

「??」

「なに?どうしたの?」


頬に集まった熱を冷ますようにふうっと息を吐き出す。白く染った息は公園の空気に溶け込んで消える。


『……私、もう、ただの“先輩”や“友達”のままじゃ嫌だ』

「……え、」

「それってつまり……」



『やっぱり私は、赤葦くんの、彼女になりたい』



真っ直ぐに、逸らすことなく向けた視線の先には、木兎に絡まれて困ったように眉を下げる赤葦くんがいる。
彼を好きだと思う。思うからこそ知って欲しい。知って少しでも意識して欲しい。友達とか、先輩とか、そういう意味じゃなくて、私を、


“女の子”として意識して欲しい。


かおりと雪絵が驚いたように目を見開く。そういえば私、赤葦くんの事を好きだとは言ってきたけれど、“彼女になりたい”と言うのは初めて口にしたかもしれない。気づいた途端に少しだけ頬に熱が集まる。彼女になりたいって結構、いやかなり具体的な言葉で、なんだかちょっと恥ずかしい。
何も言わない二人の反応が気になって、チラッと赤葦くんから二人に視線を移すと、にいっと口の端をあげた二人が勢いよく両腕に抱き着いてきた。


「だよね!やっぱ、そうなるよね!」

「これからはもっともっと赤葦にアピールしなきゃだよ!」

『っうん……!私、頑張るよ……!』


頼もしい二人の声に大きく頷き返す。三人で顔を突き合わせてきゃっきゃっきゃっきゃっとはしゃいでいると、「お前らなにやってんだ?」と心底不思議そうな顔をした小見くんに声を掛けられて、「「「別になにも!」」」と揃って答えた声はやけに明るいものだった。
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