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二年生冬(4)

※視点変更有 主→木葉


ガタガタッと音を立てて重い扉をゆっくりと開ける。隙間から差し込んできた照明の明かりに小さく目を細めていると、動いた扉に気づいた部員の一人が、あれって、と言うように口を動かす。その声にコートやボールの準備をしていたバレー部の動きが止まり、フロア内にいる全員の視線が一斉にこちらを向く。


「「「「「ちわーっす!!!!」」」」」

『ひえっ、あっ、こ、こんにちは……』


綺麗に揃った挨拶にビクッ!と肩が大きく揺れる。The運動部の挨拶だ。と居心地の悪さに視線を彷徨かせていると、そんな私に気づいた木兎や木葉がおかしそうにお腹を抱えている。助け舟を出してくれない二人に、もう、とちょっとだけ眉間に皺を寄せて俯いていると、「苗字先輩、」と優しく掛けられた声に、パッと顔があがる。


『赤葦くん……!』

「こんにちは、苗字先輩」

『う、うん。こんにちは、』


自分でも分かるくらい声が弾む。散々木葉に「分かりやす過ぎ」と言われてきたけれど、これじゃあ何も言い返せない。見慣れた制服姿とは違い、水色のスポーツTシャツに白のハーフパンツを履いている赤葦くん。練習着姿って新鮮だ。なんてちょっと見惚れていると、「どうぞ、入ってください」と言う声に慌てて靴を脱いで体育館の中へ。

今日は12月25日。クリスマスだ。
先日木兎の提案で皆で見に行く事になったイルミネーション。場所と時間を確認して、練習があるという皆とは現地で落ち合う予定だったけれど、「もし良かったら練習見学してもいいかな?」という私の申し出にかおり達はえ?と数回瞬きを繰り返した。


「練習見学って……」

『あ、無理にとは言わないけど……』

「ううん。別にいいとは思うけど……正直面白くないと思うよ?練習試合とかでもないし、」

「……あ、でも、赤葦がバレーしてるとこはいっぱい見れるかも」

「ああ、それは確かに、」


うんうんと納得したように頷いたかおりと雪絵。そんな二人に「そ、それもあるけど、」と眉を下げて笑うと、「それ“も”?」と二人は不思議そうに首を傾げた。


『赤葦くんがバレーしてる所見たくないって言ったら嘘になるけど……皆が普段どんな風に練習してるのか気になったんだよね』

「なんでまた急に??」

『……それは……多分、好きなことに熱中できるって凄い事だなって知って……だから、皆がどんな風に努力してるのか見てみたくなったから……かな……?』


赤葦くんが好きだ。そう気づいた時から、かおりや雪絵の計らいもあってか、何かと彼と接することが多くなり、それに伴うようにバレー部の皆とも関わることが増えていった。バレーの事は正直よく分からない。ボールに触ったのは体育の授業や球技大会でやった時くらいだし、ルールだって細かい事は知らない。
でも、そんなバレーボールの事をよく知らない私でも、木兎達がバレーを大事にしてるんだってこと位は分かる。
以前木葉が、赤葦くんの為に頑張る私を凄いと言った。でも、私からすれば木葉達の方がよっぽと凄い。朝から晩まで練習練習。いくら好きなことでも辛かったりキツかったりする事はあるだろう。それでも皆は毎日毎日飽きることなく練習を繰り返している。だから少し興味が湧いた。皆が普段どんな風に練習してるのか。かおり達の言うように、試合を見た方が面白いのは間違いないのだろうけど、でもそれだけじゃなくて、どうせなら試合を見る前に、そこに向けて努力する皆の姿を見たいとそう思った。
「練習の邪魔になるとか、気が散るとかなら行かないよ!?」と慌てて両手を降ってみせれば、一度顔を見合せたかおりと雪絵は「そんなことあるわけないでしょ」「監督に許可とっとくね」とどこか嬉しい笑ってくれた。

そんなわけで、休日であるクリスマス当日も、制服に身を包んで学校へ来た私である。

赤葦くんの案内で監督さんの元へ向かい、「今日はお邪魔させて頂きます」と深く頭を下げると、「そんな怖がらなくても、誰も取って食いやしないさ」と監督さんは優しく目尻を下げた。


「……マネージャー達から聞いたよ。君から練習を見てみたいと言ってくれたんだとね」

『は、はい、』

「試合はもちろんだが、そこに繋がる練習を見たいと言う生徒は中々少ない。どんな風に練習して、アイツらが強くなろうとしているのか。それを知ろうとしてくれる相手がいるのは、アイツらにとっても我々にとっても有難いことさ」


「だから、遠慮せずいつでも来るといい」そう言ってにっと歯を見せて笑った監督さんに、なんだか少し、いやかなりグッと来てしまう。大人の懐の深さを実感しつつ「ありがとうございます!」とまた深々と頭を下げると、穏やかに目尻を下げた監督さんが「白福!上に椅子用意してやってくれー」と雪絵に声をかけ、はーい!と返事をした雪絵と共に階段の上にあるギャラリーへと向かう。雪絵が用意してくれたパイプ椅子に腰掛け、改めて上からフロアを見渡すと、コートやボールの準備が終わったのか、丁度練習が始まるようだ。


「ストレッチーーー!」

「「「「はいっ!!!」」」」


主将さんの掛け声に答える声が体育館内に木霊する。
ストレッチから始まって、ウォーミングアップの往復ダッシュやフライングが終わった所で漸く選手がボールを手にしていく。二人一組で向き合ってトスを始めたかと思うと、次はレシーブ、最後はトスとレシーブ、それからスパイクを混ぜてのやり取りに変わっていく。ほとんどボールを落とすことなく続くラリーに、すごっ、と一人で呟いていると、ピーッと言うタイマーの音がして、「ブロックー!」とまた主将さんの掛け声が。ブロックってあれだよね。スパイクを止めるために両手を伸ばして飛ぶヤツ。
その後も、ブロック練習。レシーブ練習。サーブ練習。スパイク練習と続いていく。どの練習の最中も、選手の声や監督さんの指示がフロアに響いていて、その傍らでかおりや雪絵はせっせと仕事をこなしている。冬だと言うのに、部員の熱気に包まれた体育館では選手のほとんどが半袖を着ていて、私も耐えきれずに脱いだコートと上着は少し前から椅子の背もたれに掛かっている。

“どんな風に練習して、アイツらが強くなろうとしているのか。それを知ろうとしてくれる相手がいるのは、アイツらにとっても我々にとっても有難いことさ”

監督さんの声がさっきからずっと頭の中に残り続けている。そうか。アイツらはいつも、こんな風に“強く”なろうとしているのか。梟谷のバレー部が都内でも有名な強豪チームだと言うのは何となく知っていた。知っていたつもりだった。でも。


「ヘイヘイヘーイ!!赤葦!トス!!」

「っ木兎さんっ!!」


ふわり、と赤葦くんの手から柔らかく放たれたボール。緩やかな弧を描くそれに、ドンッと力強く床を蹴った木兎の手が怖いくらいドンピシャに叩き付けられる。


「しゃあ!!!今日も俺最強!!ヘイヘイヘーイ!!」


気持ちよくコートの中に撃ち込まれたボールに木兎が嬉しそうに声を上げている。

知っていたつもりだった。でも、本当は多分何も知らなかったのだ。赤葦くんを好きになって、バレー部と関わることが増えなければ多分私はずっと知らずにいた。木兎が、木葉が、猿杙が、小見くんが、鷲尾くんが、かおりが、雪絵が。

赤葦くんが。



「ナイスキー!!!」

「っし、次は俺な!!センター!!!」

「ライトライト!!ライトにもくれ!!」


どんなにバレーに熱中しているのかを。


いつの間にか始まった試合形式の練習。コートの脇からボールを投げ入れるかおりの指先は赤くなっている。それもそのはずだ。真冬の外で水仕事をしているのだから、かおりや雪絵の手に、絆創膏が貼られているのを偶に見掛ける。


『……かっこいいなあ、もう』


呟くように零れた台詞は、赤葦くんに対してだけじゃない。もちろん、こうして見学させて貰って、自然と目に飛び込んで来るのは赤葦くんが一番多いけれど。でも、彼だけじゃなくて、好きなものに、大切なものに熱中している人というのは好きな人でなくたってかっこいい。
頑張ろう。私も。今はまだ“好きな人”のためにしか頑張る事が出来ないけれど、でも、だからこそ、赤葦くんに振り向いて貰うようにもっともっと頑張ろう。
だって私は、こんなかっこいい人達と一緒にいるんだから。そして、


「ライト!!」


こんなにかっこいい人を好きになったのだから。
体育館の照明の下。トスを上げる赤葦くんの姿はなんだかいつもより眩しく思えた。






            * * *






「あれ?苗字いなくね??」


小見の声に「ホントだ」「どこ行ったんだろ?」と白福と雀田が顔を見合わせる。
今日は12月25日。クリスマス当日。木兎が言い出した皆でイルミネーションを見に行く為に練習を終え、校門へとやってきた俺たち。面子は俺、木兎、小見、猿杙、鷲尾、白福、雀田、赤葦の八人に、ここで俺たちが来るのを待っている筈の苗字を加えた九人。本来であれば駅や現地で苗字とは合流する予定だったのだけれど、何を思ったのか「練習の見学がしたい」と苗字は言い出して、休日だというのにわざわざ制服で学校まで来て俺たちの練習を見守っていた。
練習が終わり、後はストレッチや片付け、着替えくらいかとなった時、「私校門で待ってるね」と体育館を出ていった苗字。「寒いし体育館にいなよ」と白福が引き止めていたけれど、「片付けの邪魔になりたくないから」と苗字は足早に体育館を後に。流石に一人で待たせて置くのは悪いと、いつもより早く片付けや着替えを終えて校門にやって来たのだけれど、そこには何故か苗字の姿はなく、雀田と白福は何か連絡は入っていないかと心配そうに携帯を取り出す。


「やっぱ練習の見学なんてつまんなくて怒って帰ったんじゃねえの??」

「もう、そんなわけ『あ!かおり!雪絵!』あ、」


冗談混じりに呟かれた小見の声に雀田が答えようとしていると、そこへ聞こえてきた苗字の声。全員で声の方へと視線を動かすと、パタパタと走ってくる苗字の姿が。何故か両手には大きなレジ袋を引っ提げている。あれってこの先にあるコンビニの袋だよな?
走ってきたせいか、少し息を乱しながら「ごめん、待たせた??」と謝る苗字に「どこ行ってたの?」と白福が不思議そうに尋ねると、あ、と小さな声を漏らした苗字は両手に提げていたレジ袋を少し勢いよく差し出してきた。


『練習お疲れ様!です!』

「??なんだこれ??」

『えーっと……肉まんとか、あんまんとか、』

「え!?肉まん!!!!???」


ぱあっと表情を明るくさせた木兎が飛び付くようにレジ袋の中身を確認する。中にはほんのり湯気がたつ肉まんやピザまん、あんまん等がいくつも入っていて、練習終わりの俺たちにはこの湯気は少し、いやかなり目に毒だ。「美味そー!!」と涎を垂らす木兎に吊られ、誰かの腹の虫がグーッとなる。そんな俺たちに柔らかく目を細めた苗字は、「食べて食べて、」とやけに嬉しそうに促してきた。


「え!?マジ??食っていいの??」

『うん。その為に買ってきたんだし』

「サンキュー苗字!いただきまーす!!!」


そう言って、レジ袋の中から肉まんとピザまんを一つずつ取り出した木兎。続くように小見や猿杙も「ありがとな!」「ありがとう苗字」と礼を言いつつ袋の中に手を伸ばす。笑顔で首を振った苗字は、そうだ、と何かに思い出したように、未だ左手に持っていた袋の中からガザガサと何かを取り出した。


『かおり、雪絵、』

「?なにー?」

『はい、これ、』


苗字がマネージャー二人に差し出したのはペットボトルのほっとレモンだった。「手、少しでも温かくなったらいいなって、」と照れ臭そうに笑う苗字に、雀田と白福は一瞬驚いたように目を丸くさせたけれど、すぐ様嬉しそうに破顔して笑い、ありがとう、と飲み物を受け取っていた。

こういうとこだよなあ。

胸の奥にじんわりと広がった仄かな感情。貰った肉まんから立ち上がる湯気のように温かなそれは、少しずつ少しずつ自分の中に積み重なって行っている。早く消えてくんねえかな、と淡い期待はしているものの、そんな期待を裏切るように消えるどころか増すばかりだ。
雀田と白福に飲み物の他にあんまんを渡した苗字は、ふと何かに気づいたように俺たちの方を向く。視線の先にはじっと肉まんの入った袋を見つめる赤葦がいて、ほんのり目尻を赤く染めながら「赤葦くん、」とやけに優しい声が赤葦の名前を呼ぶ。


『赤葦くんも食べて』

「……ありがとうございます」


ほらほら早く!とわざとらしく急かす苗字に、赤葦は遠慮がち肉まんを受け取る。いただきます、と小さく零して赤葦が肉まんを食べ始めると、そんな赤葦の姿に、嬉しそうに愛おしそうに苗字は優しく目を細めた。


「てかさ苗字、差し入れは嬉しいけど……良かったの?こんなに沢山、」

『うん、もちろん。この後イルミネーションに付き合って貰うし、それに、練習も見させて貰っちゃったし、』

「けど、練習の見学なんてつまんなかったろ?」

『そんなことないよ!』


小見の台詞にすぐ様否定の声を飛ばした苗字。返事の早さと勢いに驚いて目を見開いていると、何かを噛み締めるようにゆっくりと一つ瞬きを落とした苗字は、優しく、柔らかくふんわりと微笑んだ。


『好きなことに熱中してる皆は、すごく、すごくかっこよかった……。だからつまんないなんてことなかったよ。むしろ、また来たいくらい』


そう言って俺たちを見回した苗字は、最後に気恥しそうに頬をかく。「よければ、だけど、」と控えめに付け足された声に、柔らかく目尻を下げた赤葦がゆっくりと口を動かした。


「是非、また見に来てください。」

『……ほんと?』

「監督もいいって言ってましたし…!何より、応援してくれる人がいるのは、俺達も嬉しいです。だからいつでも来てください」

『っうんっ……!ありがとう、赤葦くん!』


破顔して笑う苗字に、吊られたように赤葦からも小さな笑みが零される。「いい感じじゃん」「うん」と顔を寄せ合うマネージャー二人に、ホントになと自嘲しながら内心同意していると、「うし!腹も膨れたしそろそろ行くか!」と張り上げられた木兎の声に、笑い合う二人から目をそらすように歩き出したのだった。
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