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二年生冬(3)

十二月も下旬に差し掛かった頃。世間はすっかりクリスマスムードである。街を彩るクリスマスのオーナメントや、ツリー、サンタの格好でチラシ配りをする店員など、どこもかしこもクリスマス一色だ。そんなクリスマスは、所謂“恋人たちの日”でもある。今朝もニュースでイルミネーション特集!なんてものを見たせいか、私も赤葦くんと見に行けたらなあなんて考えてしまう。流石に恋人たちの日に赤葦くんを誘う度胸はまだないので、かおりや雪絵を誘ってみようかとも思ったけれど、クリスマスなんて春高間近だ。二人だってそんな暇はないかもしれない。今年も去年同様、お家でケーキを食べて終わりかな、なんて苦く笑いながら登校したのだけれど、


「いいじゃんイルミネーション!赤葦誘いなよ!」


昼休み。今日はかおりも雪絵もトモちゃんも私もお弁当持参ということで、「バレー部の部室で食べる?」というかおり達の誘いに乗って部室棟へ。お弁当片手に歩きながら、「そういえばもうすぐクリスマスだねえ」「今朝イルミネーション特集してたよ」とトモちゃんと話していると、話を聞いていたかおりがパッと目を輝かせて、“赤葦くんを誘え”なんてとんでもない事を口にする。


『い、いやいや。だ、ダメでしょ!』

「?なんでよ?」

『だって春高も近いのに、そんな……』

「何言ってんのよ。名前とイルミネーション見に行ってからって負けるわけでもあるまいし」

『そ、それはそうだけど……でも、いくらなんでもクリスマスにイルミネーションに誘うなんて彼女でもないのに……』

「そのくらいしないと、赤葦に意識してもらうなんて難しいと思うよ??」

『う……』


雪絵の言葉にギクリと肩を揺らす。
そりゃ私だって、赤葦くんが恋愛に関してはかなーーーーり鈍感な部類に入るんだって事はもう知ってるし、女の子として意識して貰いたい気持ちだってもちろんある。けれど、春高の事もあるし、何よりそんな如何にもシチュエーションに心臓が耐えられるかどうかも分からない。「やっぱり無理だよ、申し訳ない」とぶんぶん首を振ったところで、丁度バレー部の部室へ。もう、と言うようにため息を吐いたかおりが部室の鍵を開けて中へ入ろうとすると、何かに気づいたかおりがあれ?と小さく首を捻る。


「鍵空いてるな……てことは……」


がちゃり、と遠慮なくドアノブを捻ったかおり。すると、


「あれ?雀っちに雪っぺ!それに……苗字と志摩じゃん!」

「……あちゃー……先客がいたよ……」


はあ、とため息をつくかおりと雪絵。どうやら、部室には“先客”がいたらしく、その先客と言うのが、木兎たちである。こっそりと中を覗くと、きょとりと目を瞬かせる木兎の他に木葉、猿杙、鷲尾くん、小見くん、そして赤葦くんの姿が。「どうする?」「他探すそっか」と雪絵とかおりが残念そうに肩を落としていると、「なに?お前らも飯食いに来たの?」と木兎が首を傾げてきた。


「そうだけど……」

「じゃあ一緒に食やいいじゃん」

「いや私らは別のとこで………あ、いや、やっぱそうするここで食べるわ」

『………ちょっと、かおり……』


首を振って断ろうとしたかおりの動きが止まり、パッと私の方を見たかおりはやけにいい笑顔で部室の中へ。そんなかおりの意図に気づきたらしい雪絵とトモちゃんも中へ入ってしまい、「ほらほら、名前も早く、」と急かされてしまえば断ることなんてもちろん出来ない。
おずおずと身を縮めてバレー部の部室へお邪魔させて貰う。運動部の部室って初めて入ったかも、と物珍しさに中を少し見回していると、「やっぱ男バレ部室広くていいね」と零されたトモちゃんの言葉に、そうなの?と小さく首を捻る。


「女バスも男バスももう少し手狭だよ。男バレは人数も実績も比べ物になんないから当たり前だけど」

『へえ……』

「けど、男子の部室にしては綺麗だよね。男バスの部室は悲惨な事になってたけど、」

「そりゃまあ私らも使うことがあるわけだし、」

「口酸っぱく言ってますんで」


ねえ?と選手たちに笑いかけるマネージャー二人に、選手六人の背中がピシリと伸びる。道理で綺麗なわけだと小さく笑ってバレー部のやり取りを見つめていると、「あ、ほら、名前。そこ座りなよ」と雪絵が促してくる。
木兎たちの座る隣に出来た小さな円。その中心に各々お弁当を広げていくと、「あ、今日も美味しそうだね、」と目敏くお弁当の中身をチェックしてきた雪絵に「ほんと?」と頬をかく。


「今日も手作り?」

『うん。今日は朝ちゃんと起きられたから、』

「健気だなあ」


にやにやと笑うかおりがチラリと木兎たち、正確には赤葦くんへと視線を向ける。そんな視線に気づいた赤葦くんは、もぐもぐとおにぎりを頬張るのを辞めて「なんですか??」と不思議そうに首を傾げてきたので、「な、なんでもないよ!」と慌てて答えると、何故か呆れたように木葉にため息をつかれた。


「苗字、自分で弁当作ってきてんの?偉いね」

『あ、いや……毎日じゃないし、やり始めたのも最近だから……』

「それでもスゲェじゃん」


素直に褒めてくれる猿杙。彼とは一年の時に同じクラスだったので、バレー部の中でも関わりはある方だ。
じわじわと熱くなる頬っぺたを誤魔化すようにお弁当に手を伸ばす。褒めてもらえるのは嬉しいけれど、作り始めた理由に含まれた下心にちょっとだけ罪悪感がある。「卵焼きちょーだい!」という雪絵にはいはい、と答えてお弁当を差し出していると、「そういや、」と思い出したように小見くんが口を開き始めた。


「なんか外で騒いでたけど、なんの話ししてたんだ?」

「もうすぐクリスマスだねって話だよ」

「……クリスマス……」

「聖なる夜……」

「恋人たちの日……」


トモちゃんの答えにバレー部が遠い目で明後日の方向を見つめる。そういえばクリスマスも練習って聞いたなと苦く笑っていると、そんな選手たちの反応を尻目に、あっ!と声を上げたかおり。一体何事かと皆でかおりを見ると、やけにニコニコとしたかおりが「赤葦!」と後輩である赤葦くんの名前を呼ぶ。

……なんだか嫌な予感がする。

呼ばれた赤葦くんは、「なんですか?」と素直にかおりに応える。すると、隣から伸びてきた手にポンっと肩を叩かれ、え、と目を丸くしている間に、かおりが更に言葉を続けた。


「名前と一緒に、イルミネーション見に行ってあげてよ」

「イルミネーション?」


か、……かおりいいいいいいいいい!!!!
思わず張り上げそうになった声をなんとか喉の奥に押し止める。ひくひくと頬を引き攣らせて固まっていると、「あ、それいいねー!」と今度は雪絵が声を上げる。


『な、だ、い、いいよ!そんな!!バレー部春高近いわけだし!赤葦くんだってその日練習あるんだから!!』

「イルミネーションなら夜だし、練習終わった後に行けばいいじゃーん」

「それとも赤葦、その日予定あるの?」

「いえ、特には」

「じゃあ何の問題もないね!!」

『か、かおりと雪絵が付き合ってくれればいいんじゃ……』

「イルミネーションを女三人で見るなんて味気ないでしょ」


それっぽいこと言ってるけど、私と赤葦くんを何とか二人きりにしようとしているのが丸分かりである。視界の端で木葉が白けた顔でパックのジュースを飲み干している。猿杙や小見くんからも生暖かい視線を向けられ、羞恥で死んでしまいそうだ。最後の頼みとばかりにお弁当を食べ終えたトモちゃんに視線を送る。けれど、「その日は予定あるから」とやたらいい笑顔とウインクを返され、うっ、と声を詰まらせる。嘘だ。トモちゃん、絶対その日予定なんてない。
「で、どうなの赤葦?」と答えを促すかおりの声に顔を俯かせる。恥ずかしいやら、申し訳ないやら、兎に角赤葦くんを見るのが怖くてキュッと唇を引き結んでいると、やけにあっさりとした様子で赤葦くんはゆっくりと口を開いた。


「いいですけど」

『っえ、』

「特に予定もないですし」

『っえ!?』


俯いていた顔が上がる。おそらく真っ赤になっているだろう顔をそのままに赤葦くん見ると、きょとりと不思議そうに目を瞬かせた赤葦くんが、「俺でいいなら、ですが、」と何処か申し訳無さそうに付け加える。
赤葦くん“で”いいだなんてとんでもない。私は、赤葦くん“が”いいのだ。
反射的に答えた「行きたい!」と言う声。思わず声が大きくなってしまったのはどうか許して欲しい。勢いの付いた返事に一瞬驚いた顔をした赤葦くんだったけれど、直ぐにふんわりと優しい笑みを浮かべて、再びその形のいい唇がゆっくりと動き出した。


「なら、行きましょうか」

『っ、う、うんっ!』


こくこくと何度も何度も頷く私に赤葦くんが微笑ましそうに目尻を下げる。夢見たい。だって、まさか、赤葦くんと。赤葦くんと二人でイルミネーションが見れるなんて。「やったじゃん!」と耳打ちしてくるトモちゃんに溢れんばかりの笑顔を返していると、珍しく黙って話を聞いていた木兎がここで漸く口を開いた。


「いいなー!それ!!」

「「「『え』」」」

「俺も行きたい!つか、皆で行こうぜ!!」

「「「『え゛』」」」


名案!とばかりに張り上げられた木兎の声。みんな。皆で。皆で行こうって、どこに??え、イルミネーション???
予想外の提案に呆けた顔で固まっていると、「お前、空気読むって知ってる?」と心底呆れた顔をした木葉に、「おう!空気なら書けるし読めるぞ!!!」と木兎は笑顔でサムズアップした。違う。そうじゃない。
にこにこと機嫌よく笑う木兎。恐らく、というか絶対、木兎に悪気は一切ない。ただ本当にいいな!って思ったから行きたいと言っているだけで、かおりや雪絵の画策を邪魔しようという気は欠片もないのだ。だからこそ尚更タチが悪くもあるのだけれど。
「皆で行った方が楽しいって!」と部室内にいるメンバーを見回す木兎にどこか気まずそうに小見くんや猿杙が目をそらす。反応がイマイチな仲間たちに口を尖らせた木兎は、「なあ!赤葦!」と今度は後輩に顔を向ける。


「いいよな!みんなで行こうぜ!」

「ちょ……!」

「……俺は別に構いませんが……。苗字先輩も大丈夫ですか?」

『えっ!?』


気遣うような視線と共に向けられた言葉。自然とみんなの視線がこっちに集まってくる。
断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ!!!と目線で訴えてくるかおりや雪絵、トモちゃんの三人に対し、「いいよな!な?苗字!!」と無邪気に問いかけてくる木兎。赤葦くんと二人でイルミネーション。は、すごく、ものすごく魅力的だし、行きたくないと言えば嘘になる。でも、今ここで木兎の誘いを断ってしまうと、“二人きりがいい”とそう言っているようなものだ。
「名前!!」「苗字!」とバレー部の部室に響く自分の名前。諦めるように小さく息を吐く。眉を下げてへにゃりと腑抜けた笑みを浮かべれば、何かを察したようにかおり達が顔を引き攣らせた。


『う、うん……じゃあ……皆で、行こっか、』

「そうこなくっちゃな!!」


「ヘイヘイヘーイ!!!」と両腕をあげて喜ぶ木兎。そんな木兎を「……あれが次期キャプテンって大丈夫なの?」とジト目で見つめるトモちゃんにかおりと雪絵が盛大なため息を返す。赤葦くんと二人で行かせようとしてくれた三人の心遣いはとても嬉しいけれど、今回は仕方ない。というか、そもそも彼女でもないのに二人きりでイルミネーションだなんて望みすぎてる。皆でとは言え、赤葦くんとイルミネーションが見れることには変わらないわけだし、今回はこれで良かったのかもしれない。
「楽しみだな!」と嬉しそうに声を上げる木兎に「そうだね」と頷き返すと、そんな私たちのやり取りにかおり達は仕方なさそうに顔を見合わせた。
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