涙雨【完】 | ナノ
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伍拾

「ほんなら、頼むで」

「「「「「はーーーい!!」」」」」


ぴょこぴょこと頭の上でさんかくの三角の耳を動かす女の子達に囲まれる。混乱する私をよそに、「ほな名前ちゃん、後でなー」と侑さんに手を振られる。どうしてこうなった。勢いよく手を引かれながら、ここまでの流れをぼんやりと思い返す。





***





『ここが、稲荷山…』


朧車さんに乗せてもらい、連れこられたのは、大きな山の頂上の一角。「ここでええ」と言う治さんの言葉に、ゆっくりと下降する朧車さん。(ちなみに余談だが、移動中に「宮さん、」と呼ぶと、「「なん?」」と二人が振り向いたため、侑さんと治さんと呼ばせてもらうことに。何故か及川達がすごい顔をしていたけれど)
「着きましたぞ」という朧車さんの声にゆっくりと車から降りれば、まず目に入ったのは、大きな大きな真っ黒の鳥居。そしてその先に立ち並んでいる木造作りの街並み。すごい。ここにも町があるのか。及川たちの住む屋敷近くの町より、赤い提灯が多いせいか、どこか空気が違う。忙しくなく歩く人々で町は活気に溢れており、あちらこちらで声が飛び交う。


『凄い人…』

「祭りの準備でちいと騒がしいかもしれんけど、勘弁してや」


微笑ましそうに町の人たちを見つめる治さん。この人、この人たちは、この町が好きなのだな。「騒がしいだなんて、」と首をふると、どこか嬉しそうに宮さん兄弟の目が細められる。


『…あの、ここのみなさんって九尾の?』

「せやで。この山の連中は、皆九尾の一族や」


なるほど。だから、街ゆく皆さんの頭には可愛らしい耳が、そして後ろにはフサフサの尻尾が見えるのか。「九尾言うても、全員が尻尾を“九つ”持っとるわけやないけどなあ」と言う治さんの言葉の通り、揺れる尻尾の数はそれぞれ違う。確かこの尻尾の数が多いほど、力が強いのだとか。


「ほんなら、とりあえず屋敷の方で準備しよか」

『?準備?』

「せやな。女官たちも待っとるさかい行こか」


準備って、宮さんたちもこれからお祭りに向けて何かするのだろうか。どういうことなのだろうと、及川達へと視線を向けて見たけれど、小さく首を傾げられる。どうやら皆にも宮さんたちの言う“準備”とは何のことなのか分かっていないらしい。

兎にも角にも、宮さんたちの言う“準備”のために、彼らの住まうお屋敷へと向かった私たち。「町中は目立つさかい、裏道で行こか」と彼らの案内に従って人気のない道を使って辿り着いたそこは、及川達の住む屋敷よりも更に一回りほど大きい立派なお屋敷だった。すごい。なんて大きなお屋敷なのだろう。呆気にとられる私をよそに、「こっちやで」と玄関からお屋敷に入っていく侑さん。慌ててそんな彼について中へ入ったその時。


「「「「「おかえりなさいませ、若様」」」」」

「おん」

「ただいまー」


二人を迎えたのは、ズラリと並ぶ紺色の着物を来た女性たちだった。おそらく女官さん達なのだろうけれど、この数のお出迎えは一体。思わず尻込みしていると、それを宥めるかのように侑さんの手が背中に添えられ、ぽんっと前へ押し出される。


『わ、え、あ、あの…?』

「ほんなら、頼むで」

「「「「「はーーーい!!」」」」」


こうして冒頭の場面へと繋がったのである。
わけも分からず、女の子達に手を引かれるがままにお屋敷の中へ。「名前!」と及川達が心配そうに名前を呼んでいるけれど、「大丈夫やから、自分らは待っときいや」と宮さん達に諌められている。私、これからどうなるのだろう。もしかして、祭りの準備のお手伝いをしろということなのだろうか。町の人たちは皆忙しそうだったし、人手が足りないのかもしれない。うん、きっとそうだ。なんて自分の中で勝手に結論づけていると、「ここですよ」と案内された一つの部屋。襖の開かれたその部屋に足を踏み入れたその時。


『っ……きれい……』

「でしょでしょ???」

「とっても綺麗なお着物ですよね?」


女官さん達の言葉にゆっくりと頷く。

部屋に入った瞬間目に入ったのは、衣桁(いこう)に広げるように掛けられた臙脂色の着物。散りばめられた花の刺繍はきらきら光っており、隣に広げられている黒地に白や金の花が光る帯もとても美しい。
ほうっと暫く見惚れていると、とても嬉しそうにニコニコと笑う女官さん達が「さあさあ、もっと近くに!」と着物の前へ引っ張られる。こんな高価そうな着物にそんなに近寄っていいのだろうかと思いながらも、厚意に甘えて着物へと近づくと、遠目では分からなかった細やかな刺繍たちにまた目を奪われた。


『すごい綺麗な着物……あの、これ、すごく高価なものなんじゃ…?』

「これは、若様たちが今回の祭りのために、仕立て屋で見立てものです」

「“この世界”でも指折りの店で選んだものやさかい、刺繍や染めが見事でしょう?」

『…は、はい…素人目に見ても分かるくらい高そう…』


唖然としたまま着物を見つめる。こんな綺麗な着物を着るなんて、一体どんな素敵な人…いや、妖さんなのだろう。
「誰が着るんですか」「あら?ここおるやないですか」「え?」「せやから、この着物を着るお人なんて、ここに1人しかおらへんやろ?」
にっこりといい笑顔でそう言う一人の女官さん。つまり、女官さん達の誰かがこれを着るってことなのだろうか?「女官さん達のどなたですか?」と首を傾げた私に、一瞬ぽかんとした顔をした皆さんが、次の瞬間とても楽しそうに声を上げた。


「いややわあ!ほんまに分かっとらんのです?」

『え?』

「私らみたいな女官に、わざわざ若様がこんな高価な着物用意するわけないやないですか」

『…でも、ここにいるって…?』

「せやから、居りはりますやん。若様たちがこんな素敵なお着物を贈りたくなるほど、感謝してる“お人 ”が」


ぱちぱちと繰り返す瞬き。ここにいるのは、稲荷狐の女官さん達と、それと、あと、


『…わ、わたし……?』


おそるおそる。そんなわけがないと思いつつ自分を指さしてそう言えば、女官さん達から帰ってきたのは、満足そうな笑顔と大きな頷き。い、いやいやいや。そんなわけない。だってこんな。こんな綺麗着物だよ?それをなんで私なんかが。「冗談ですよね?」と顔を引き攣られせて再度尋ねれば、うふふと可愛らしく笑った女官さん達の手が徐々に伸びてくる。


「信じられへんのやったら、手っ取り早く袖を通した方がええですよ」

『む、無理です!え!?本当に無理です!!!!!』

「はいはい。そう怖がらんでも大丈夫です。うちら、人を食べる習慣はありませんから」

「それにしてもええ香りやねえ」

「ほんまやなあ。若様たちが気に入るのも分かるわ」

「将来、私らが“仕える人”かもしれんなあ」

「「「「せやねえ」」」」

『お願いだから話を聞いて下さい!!!!』


「及川!岩泉!だ、誰か助けてー!!」とみんなの名前を呼んではみたものの、もちろん救いの手が急に伸びてくる、なんて言うことはなく。あれよあれよという間に女官さん達の手によって着替えが進められていくのだった。

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