涙雨【完】 | ナノ
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拾陸

「…そろそろ行きましょう」


目元を赤くしたままそう言った月島さん。暫く泣いていたせいで少し鼻声に聞こえたその声に、頷いて返すと、洞窟から一歩出た彼は足を止める。あれ?と首を傾げて月島さんの背中を見つめていると、「少し下がってて下さい」と言われ、慌てて洞窟の中へ引っ込む。一体何をするつもりなのだろうと月島さんを見つめていると、暗い夜の闇に淡く光る青色の炎が彼を包んだ。


『!?…つ、月島さん!?ひ、火が…!!』

「大丈夫ですから、そこに居てください」


よく見る赤い炎よりも高温である筈の青い炎。それに包まれた彼に駆け寄ろうとすれば、咎めるように月島さんがそれを止める。ハラハラとした気持ちで彼の背中を見つめていると、薄く大きな背中から、青い炎を纏った“何か”が姿を現した。

羽根だ。

目を引くような鮮やかな色ではなく、今にも消えてしまいそうな淡い青色をしたその羽根は、メラメラと燃え上がる炎を纏い、左右に広がる。こんな大きな羽根は見たことがない。目を奪われたまま立ち尽くしていると、月島さんの白い腕が自身の羽根へと伸ばされる。あ、と思った時には、月島さんは自分の羽根を一枚抜き取り、それにフッと息を吹きかけた。フワリと風に舞った一枚の羽根は、青い炎に包まれたまま夜空の方へ飛んでいく。


「…気づいてくれればいいんですけど」


羽根を見送りながらそう呟いた月島さん。その背中には未だに美しく燃える青色の羽根が揺れている。見慣れないそれについ魅入ってしまうと、それに気づいた月島さんは隠すように羽根を消してしまった。


『あ、あの…今の羽根は…』

「…“青鷺火(あおさぎび)”…それが僕に流れている妖怪の血の名前です」

『あおさぎび…』

「羽根に青い炎を纏って飛ぶ妖なんです」

『あ…それで…』


さっきの光景を思い出し、納得する。でも羽根を飛ばしたのは何故だろう。それを尋ねようとした時、風が吹いてざわざわと周囲の木々が音を立てて揺れる。一変した空気に身震いした時、仕舞ったはずの羽根を再び広げた月島さんが舌打ちを零す。


「…もう一度洞窟に戻って下さい」

『っつ、月島さんは?』

「…いいから早く入ってください。アイツらが来ます」

『だから、月島さんも一緒に…!』

「早く入れ!!!!」


月島さんの腕をとって一緒に洞窟へ入ろうとすると、それを振り払われて大声で怒鳴り返される。ビクッと肩を震わせて月島さんを見上げると、下唇を噛んだ彼が大きな手で肩を掴んできた。


「これ以上、僕のせいで誰かを傷つけるわけにはいかないんですっ…!」


月島さんのせい。そんな事ない。私が勝手に付いてきたのだ。足の怪我だって、下駄が脱げたのは自分の不注意。月島さんのせいな訳が無い。
そんなことありません、と首を振って否定しようとしたその時、ガサガサと草を揺らしながら“アイツら”が…蛇が、来た。シャーッと細く長い舌を左右に揺らしながら迫ってくる蛇。一匹の大きさはそれほどでもないけれど、何より数が多い。見えるだけでも相当な数の蛇が湧いてきている。次から次に湧いて出てくる蛇に顔を顰めていると、月島さんの羽根を包む炎が噴き上がった。


「っこのっ…!!」


青い炎が月島さんの手の動きを合わせて動く。牙を剥いて襲い掛かってきた蛇を焼け落としていく炎。黒く焦げて地面に伏す蛇たちが小さな山を作る。けれどその山を覆うように更なる蛇が続々と林の中から現れる。あまりの量に息を飲んで一歩下がる。


「っ!危ない!!!!」

『っ!』


左側から襲い掛かってきた十数匹の蛇。突然のことに反応出来ず、蛇たちの牙に噛まれる覚悟をしたその時。


「たかが蛇の分際で、誰に手え出してんの…?」


低く低く響いた声。
普段なら絶対に聞くことのないようなその声の持ち主は、大きな背中を向け、蛇と私の間に立ちはだかった。


『お、いかわ…?』

「…全く…名前は何回心配かければすむわけ?」


呆れたように、でも、安心したように笑って振り返った及川の腕に抱きしめられる。あ、なんかちょっと泣きそうかも。見た目より厚い胸板に額をつけて息を吐き出すと、大きな手で背中を撫でられる。


『…ごめん…ごめんね、及川、』

「…無事で良かったよ…」


一筋だけ流れた涙が及川の親指に掬われる。慣れた手つきに思わず笑ってしまうと、「何笑ってんの」と不満そうに鼻先を摘まれた。
及川から離れて辺りを見ると、さっきまで異様な数で群がっていた蛇たちがいつの間にか消えていて、代わりに及川だけでなく、岩泉や花巻、松川、国見くん、金田一くん、それに孤爪くんや黒尾くん、木兎くんがいた。


「たくっ、苗字ちゃんは随分お転婆だな」

『ごめんなさい、黒尾くん。でも、あの…どうしてここが…?』

「ツッキーの炎だよ」

『月島さんの、炎?』


にっと笑って月島さんを見た木兎くん。
そう言えば、蛇たちが群がって来る前。月島さんは自らの羽根を一枚夜空へ飛ばしていた。もしかして月島さんは、アレで皆にここを知らせていたのだろうか。
視線を木兎くんから月島さんへ移すと、顔や腕に擦り傷や噛み跡を作った彼はふいっと顔を逸らした。


『あ、ありがとうございます、月島さん』

「…お礼を言われるような事をした覚えはありませんよ」

『月島さんには覚えがなくても、私にはありますよ。…助けてくれて、ありがとうございました』


ゆっくりとお辞儀をして顔を上げると、月島さんの顔がほんの少し、ほんの少しだけ綻んでいた気がした。あ、笑った?と思った時、月島さんの身体がゆっくりと傾いていく。


『!?つ、月島さん!?』


身体から力が抜けたように倒れた月島さんは、何処か安心したように深い眠りについてしまっていた。

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