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画面の中の宮くんが、三本目のサービスエースを決めた。ボールを弾いたのはオレンジのユニフォームを着た少年の一人で、悔しそうに顔を歪めるこの子達と宮くん達の試合が、本日見る三試合目の試合だ。
最初に見たのは、宮さんが説明してくれた高校二年生時のインターハイでの試合。次に見たのが、オレンジのユニフォームを着た烏野と言うチームとの試合。この試合には宮くんと宮さんの他に、途中北さんも出場していて、動画の保存名から“春高”という大会の映像だと知る。そして現在見ているのが三つ目の試合。こちらも相手は烏野高校で、一番のユニフォーを着ているのが宮くんであることから、彼らが三年生の時の試合であることが分かる。
画面越しでも伝わってくる熱気と緊張感に何度も息を飲んだ。映像だけでこんなに感動しているのに、実際の試合を見たらどうなってしまうのだろう。そんな事を考えて、またサーブを打とうとする宮くんを見つめていた時。


「お、烏野戦や」

『あ、宮さん。お疲れ様です、』

「どーも」


開いた襖の向こうからキャップ帽を取った宮さんが姿を現す。「お店は、」と尋ねた私に、「昼営業は一旦終わりや」と答えた宮さんが向かい側に腰掛けた。


「夜の営業まで一先ず休憩入ったとこ」

『……もしかして……結構時間経ってます……?』

「四時間くらいやろか?」

『そ、そんなに!?す、すみません!私、つい、夢中で、』

「気にせんでええって。俺が見とってええ言うたんやし」


慌てて謝る私に緩く首を振ってくれる宮さん。
宮さん本人はこう言ってくれているけれど、流石にこれ以上長居する訳にはいかない。帰ります、と口にしようとすれば、それを遮るように宮さんが口を開いた。


「それに、そろそろ着く頃やろ」

『?着くって……どなたか来られるんですか?』

「手のかかるアホを一人呼んどんねん」


軽く笑いながら窓の方へ顔を向けた宮さんに小首を傾げる。“手のかかるアホ”と辛辣な言い方をしている割に、やけに楽しそうだ。
誰か来るなら余計に帰るべきだろう。そう思い立ち上がろうとした瞬間、ガシャンッ!と下から聞こえてきたやけに大きな物音。身体の動きが思わず止まる。物凄い音がしたけれど、大丈夫なのだろうか。
眉を下げて宮さんを見ると、「あいつ……店の扉壊す気かい」と大きなため息を零す宮さん。もしや先程言っていた待ち人が来られたのだろうか。気になって襖の方へ視線を向けると、その向こうからドタドタとかなり忙しない足音が聞こえてきて、目を丸くさせているうちに、襖が一気に開け放たれた。


「苗字さん!!!」

『…………え…………み、……宮、くん……?』


開いた襖から飛び込んで来たのは、なんと宮くんだった。
どうして。どうして宮くんが。
はっとして宮さんを見ると、してやったりな顔をした宮さんがゆっくりと立ち上がる。どうやら彼が待っていた“手のかかるアホ”と言うのは、今飛び込んできた彼の兄弟らしい。
「遅いわアホツム」「どこがじゃボケ!!こちとらイベント終わって速攻で駆け付けたんやぞ!!」「そらお疲れさん」「心の込もっとらん労いどうも!!」
テンポよく会話しながら歩いて行く二人。最終的には入れ違うように宮さんは部屋の外へ、宮くんは私の隣へとやってくる。まだ上手く状況が呑み込めていない私に、真面目な顔でサムズアップしてきた宮さん。そんな彼を最後に襖が閉められると、部屋は私と宮くんの二人きりに。

これはきっと、宮さんからのパスだ。

宮くんに直接話を聞きたいと言った私のために、その機会を作るべく宮くんを呼んでくれたのだろう。お気遣いは嬉しいが、出来れば心の準備と言うものを考えて欲しかった。
ちらりと真横に座る宮くんに視線を向ける。宮さんが出ていってから黙ってしまった彼は随分と顰めっ面だ。この状態の宮くんに“どうして公開練習のこと教えてくれなかったの?”なんて聞けるほど神経図太くはない。
気まずさに視線をさ迷わせる。テーブルの上のタブレットから聞こえる動画の音声が、やけに浮いて聞こえる。とりあえず動画を止めようと手を伸ばした時、その手を宮くんの左手に強く握られた。


「なんで一人で来たん?」

『っ、え??』

「だから、なんでサムの店に一人で来たんか聞いてんねん」


二度繰り返された問いに数回瞬きをする。
なぜって。なぜってそれは、宮くんのことを知りたいと思ったからだ。ここに来れば、宮くんのことをもっと知れるんじゃないかと思ったから。
浮かんだ答えを口にするのに躊躇する。まだ少し怖気付いている自分を振り払うように、思い切って口を動かそうとした時、


「サムなんて、飯の事しか考えとらん食い意地の汚い唐変木やぞ!!!!」

『……はい?』


いきなり聞かされた宮さんの悪口に気の抜けた返しをしてしまう。なぜこのタイミングで宮さんの悪口?内心首を捻っていると、ぐっと顔を近づけてきた宮くんが捲し立てるように更に口を動かした。


「食い気一辺倒のつまらん奴やし!バレーも俺の方が上手い!!顔やって俺の方がイケメンや!!そのうえ最近アイツ鍛えとらんから、腹だって出てきてるし!!!りょ、料理はアイツの方が出来るかもしれんけど……で、でも!苗字さんが料理出来る男が好きや言うならこれからいくらでも練習したる!!せやから!!!」


動き続けていた口が一旦止まる。
代わりに、縋るように右手を掴む宮くんの左手に、更に力が込められた。


「もう少し俺に、頑張らせてや、」


宮くんらしくない少し弱気な声。不安が籠ったその声に、心臓がぎゅーっと締め付けられる。
多分、宮くんは勘違いしてるのだ。私がここに来たのは、宮さんに会いに来たからだと思っている。
嫉妬してくれる彼を嬉しいと思う反面、こんな顔させて申し訳ないとも思う。私に初めから意気地があれば、宮くんにこんな顔させることもきっとなかった。


『違うよ、宮くん、』

「……何が違うん?」

『私がここに来たのは、宮さんに会いに来たからじゃないよ』

「は…………?ほななんで…… ?」


呆けた声を漏らして固まってしまった宮くんな眉を下げる。「これ、見せてもらってたの」とテーブルの上のタブレットを見遣れば、これ?と首を傾げた宮くんの視線もそちらへ。画面の中では高校時代の彼らと烏野というチームの試合が繰り広げられている真っ最中だ。 それを目にした宮くんはみるみるうちに目を見開いて行き、次の瞬間、飛び付くようにタブレットを手に取り見始めた。


「これ!!!どっちや!?!?」

『へ??』

「どっちの烏野戦やねん!!高二か!?高三か!?」

『こ、高三、だけど……?』

「高二の方は!?見たん!?!?!?!?」

『さ、さっき。これの前に、見ました、けど、』


それがどうかしたのだろうか。そう問うように宮くんを見れば、愕然とした表情で固まっていた宮くんがそのまま崩れるように畳に手をついて項垂れてしまった。
「み、宮くん!?」と驚きつつ声を掛けると、肩をふるわせた宮くんが、畳に落としたタブレットを忌々しそうに睨み付けた。


「サムのやつ……!なんで負けた試合なんかみせとんねん!!どうせ見せるんやったら、勝った試合だけ見せればええもんを……!!」


「クソサムめ!!!」と悪態を吐きながら畳に額を打ち付けた宮くん。そんな彼を小さく見開いた瞳で見つめてしまう。
試合の動画を見ていたから怒っていた。という訳ではないらしい。ぶつぶつ文句を零しながら動画の停止ボタンを押す宮くん。そのまま画面まで切られたタブレットをテーブルの上へ戻すと、むすっとした顔で胡座をかき始めた宮くんに思わず口を開いてしまう。


『……嫌じゃ、なかったの?』

「は?何が???」

『てっきり、私に試合の動画を見せたことを怒ってるのかと……』

「それは怒ってんで。サムのアホに。わざわざ負けた試合見せるなんて悪意しか感じへんわ!」

『そ、そうじゃなくてっ』


目を釣りあげてタブレットを睨む宮くん。そんな彼に小さく首を振ると、不思議そうに宮くんが首を傾げてくる。
大丈夫。今ならもう聞ける。宮さんや北さんにも後押ししてもらったんだ。だからきっと、大丈夫。
覚悟を決めるように一つ落とした瞬き。瞼を持ち上げたと同時に宮くんと目を合わせると、どこか驚いたように目を剥く宮くんにそのまま唇を動かしてみせた。


『……公開練習のこと、教えて貰ってなかったから……てっきり、バレーしてる所を見られたくないのかなって』

「……は??そ……そんなわけないやん……!は!?何をどう考えたらそうなんの!?!?」


ありえへん!と首を振る宮くんに緊張で握っていた拳から少し力が抜ける。じゃあどうして、と問うよう彼を見つめれば、うっ、と言葉を詰まらせた宮くん。やはり言い難い事があるのだろうか。じっと彼の言葉を待ち続けていると、小さなため息を零した宮くんは気まずそうに首裏を手で押さえた。


「……苗字さんに最初に見せるんは、一番かっこええと思ってもらえる姿がええやん。せやからほんまは……試合、見に来て貰うつもりやったんや」


宮くんの言葉に今度は私が目を丸くさせる。
つまり、宮くんが私に公開練習の事を教えなかったのは、練習ではなく、試合でバレーをする自分を見せたかったからと言うこと。私に、バレーをしている姿を見せたくないなんてこれっぽっちも思ってなかったと言うこと。
嬉しくて、安心して、悩んでいた自分が馬鹿らしくて。ほうっと漏れた安堵の息を他所に、目の前の彼は拗ねたように唇を尖らせた。


「なのにサムの奴が余計なもんを見せおって……俺の計画台無しや」

『あ、で、でも、私……チケット、全部外れちゃったから……元々試合は、』

「ん。これ、」


言葉の途中で差し出された何か。ジャージのポケットから出てきたそれは、一枚のチケットである。
は、と見開いた瞳でチケットと宮くんを交互に見つめる。「これって、」と呆けた顔で尋ねた私に、少し乱暴に後頭を掻いた宮くんは照れ臭そうに目を逸らした。


「俺らの試合のチケット。……あ、一応言うとくけど、コネとかそう言うん使って貰たもんやないで」

『……じゃあこれ、どうやって……』

「……篠原さんから、苗字さんがチケット取ろうとしとるって聞いててん。けど、最近はVリーグの試合も人気出てきて、チケット取りづらくなっとるの知っとった。せやから……その……苗字さんが取れんかった時のために、一応、俺も応募してたんや」


「仙台会場で、申し訳ないけど、」そう付け加えたと同時に、右手の上に乗せられたチケット。たった一枚のそのチケットに、やけに重みを感じてしまう。受け取ったそれを両手で大事に大事に包み込む。「絶対、見に行くね」とチケットを持ったまま宮くんを見つめれば、嬉しそうに頬を緩めた宮くんは、おん、と一つ頷いてくれた。


「……けど、やっぱりサムは許さへん。あとでどついたる」

『でもこれ……宮さんに送ったのは、北さんだったけど……?』

「は!?き、北さん!?なに!?!?北さんにも会うたん!?」

『う、うん。ここに来た時、丁度いらして、』


北さんの名前が出た途端、顔を引き攣らせた宮くんは、そのままパタリと後ろに倒れ込んでしまう。仰向けになった彼に、宮くん?と不思議そうに名前を呼ぶと、両手で顔を覆った宮くんは、そのままの状態で口を動かした。


「頼むから、俺の知らんとこでサムや北さんと仲良うなるんやめてや…………あんま余裕ないねんで、俺、」


手のひらの下で吐かれた言葉が、胸の奥にじんわりと広がっていく。こんなに。こんなに真っ直ぐに、自分の好意を伝えてくれる人が、今までいただろうか。恥ずかしいとか、照れくさいとか、そう言うの全部後回しにして、自分の気持ちを素直に吐露してくれる人が、今まで、いただろうか。
顔を覆う手の甲を見つめる。宮くんは今、どんな顔をしているのだろう。眉間に皺を寄せた怒った顔をしてるのかな。それとも、つまらないとばかりに拗ねた顔をしてる?普段見せないような、ちょっと泣きそうな顔?どんな顔でもいい。宮くんが見せてくれる表情なら、どんなものだって見たいと思える。

宮くんがバレーをしている姿を、私はまだ直接見たことはない。でも。
もう、十分だ。宮くんは私に、もう十分、色んな姿を見せてくれてる。怒った顔も、照れた顔も、拗ねた顔も、笑った顔も。今まで見せてもらった宮くんの“今”だけで、私はもう十分、


宮くんを好きだと、心からそう言える。



『好き、』



溢れた想いが口から漏れ出す。
少し掠れた、頼りない告白。けれどそんな声さえも、宮くんはきちんと聞いてくれていたようで。焦ったように肘を支えにして身体を起こした宮くん。見開かれた目と視線を合わせると、込み上げてくる想いを再び唇で音にした。


『私も、宮くんが、好きです』

「っ、は………………」


ぽかんとした顔を向けてくる彼が可愛くて、くすりと柔らかな笑みが零れてしまう。


『……会社の備品庫で、今の自分を見て欲しいって宮くんに言われた時、そうしようって思った。過去の貴方を気にするんじゃなくて、今の貴方を知るべきだって、そう、思った。……でも、』


言葉が一旦途切れる。小さな深呼吸をして改めて宮くんを見つめると、中途半端な体勢のまま黙って話を聞こうとする彼に、自然と目尻が下がっていく。


『もう、それだけじゃ、物足りないの』

「……ものたりん……?」

『今の宮くんだけじゃ、物足りない。今のあなたも、今までのあなたも、これからのあなたも。全部、全部知りたい。宮くんの事が、もっと、もっともっと知りたい。……そんな、自分勝手なわがままを言ってしまうくらい、もう私は、宮くんのことが、』


好きです。そう続く筈だった言葉は、



宮くんの唇に、吸い込まれるように遮られた。



いつかの夜と同じように突然重ねられた唇。けれど今日は突き飛ばすのではなく、応えるように目を閉じて、宮くんのジャージに両手で掴み縋る。頬を包む右手と、後頭部に添えられた左手。大きな手から伝わる体温が心地よくて、目尻に浮かんだ涙がツッと頬を滑り落ちた。
名残惜しむように離れていく唇。開けた瞼の向こうには、真剣な面持ちで私を見つめる宮くんの姿が。もう一度浮かんできた涙が零れ落ちそうになった時、後頭部に触れていた手が肩に回され、そのまま逞しい腕の中に引き寄せられた。


「出来ひんで」

『っ、え……?』

「今の言葉、なかったことになんか、もう……出来ひんで」


閉じ込めるように強く強く抱き締められた身体。ぎゅうっと音がしそうなほどの強い勢いに、少し笑ってしまそうになる。


『いいよ。なかった事になんて、しなくていい』

「……言うたからな。苗字さんに関しては俺、多分、めちゃめちゃめんどくさいで。……それでも、ええんやな?」

『ふふ。なかった事にしないって言った後に、それ聞いちゃうの??』

「そんなん無理や言われても離すつもりなんてあらへんし。一応言っとこ思うただけや」


「ほんで?返事は?」と問い掛けて来る宮くんは、まるで答えが分かっているようだ。
少しだけ身体を離し、腕の中から宮くんを見上げる。見つめ返された瞳はとても柔らかで優しくて、穏やかな表情を見せる宮くんにそっと目元を和らげた。


『私だって、頭の固い恋愛しかして来なかっためんどくさい女だよ。だから…………私には、ピッタリだ』


ふんわりと、自分でも驚くほど柔らかな笑みが溢れる。
向けられた笑顔に嬉しそうに目を細めた宮くんは、再び右手を頬に添えて、端正な顔を近づけてきた。瞳を伏せたのとほぼ同時に落とされたキス。
宮くんと交わす三度目のキスは、優しくて甘くて、どうしようもなく愛おしいものだった。


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