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会社の備品チェックも総務人事課の仕事である。
各課で使う特別な備品は発注書としてうちの課に送られてくるが、一応会社全体の備品庫もある。プリント用紙だとかインクカートリッジの替えだとか。そう言う消耗の激しい備品は会社の備品庫に常備されている。必要に応じて使用される備品の補充をするのは私たちの仕事という訳である。
月に一度程の頻度で行う備品チェック。交代で行っているけれど、基本的には私かまこちゃんが担当している。前回はまこちゃんにお願いしたため、今日は私がチェックすることにしたのだけれど。


『……やっぱちょっと暗いんだよねえ……』


備品庫は地下にあるせいか、他のフロアに比べて室内が薄暗い。人の出入りがそれほど多くないせいか、少し埃っぽくもある。自然と顔が強ばってしまうのは仕方ない。早く終わらせて通常業務に戻ってしまおう。
備品ラックに並んだ収納ケースの中身を一つずつ確認していく。プリント用紙。インクカートリッジ。ボードマーカー。印鑑インキ。その他諸々。チェック項目に必要な数を記入しながら作業を進めていくと、ガチャッとドアノブを捻る音がして、誰かが備品庫の中へ。


「うっわ……相変わらず埃っぽいなあ、」

『っ、』


ラックを二つ挟んだ向こうから聞こえてきた声に肩が揺れる。今の、声は。ケースの隙間から入ってきた相手をそっと覗き見る。思った通り。声の主は宮さんで、めんどくさそうな顔を顰めて何かを探すように顔を動かしている。多分何かを取りに来たところなのだろう。

あの夜から、宮さんとは顔を合わせていない。

その日のうちに連絡先をブロックしてしまったため、連絡が来たのかどうかも知らない。会社は同じでもフロアが違えばすれ違うことだってほとんどない。そもそも向こうは半日しかオフィスで過ごさないような相手だ。予定や約束がなければ会社内で会うことは早々ないだろう。
そう思っていたのに。なんなんだ、この偶然は。
吐き出しそうになったため息を必死に押し殺す。宮くんは必要な物を取りに来ただけだ。用が終われば自分の業務に直ぐ戻るだろうし、奥へ下がって大人しくしていよう。そう決めて後ろへ下がろうとしたのだけれど。


ガタッ。


「ん?」

『あ……』


下がろうと動いた身体がラックにぶつかって音を立ててしまう。しまった、と後悔している所に「誰かおるん?」と投げ掛けられた声。仕方なくケースとラックの後ろから顔を出すと、こちらに気づいた宮くんが驚きを露に目を見開いた。


「苗字さん……?」

『……どうも……』


小さく頭を下げて最低限の挨拶を済ませる。こうなったらもう隠れてる必要はない。身を潜めるのをやめ、備品チェックの続きをしようと収納ケースを触り出す。黙々と作業していく私に、固まっていた宮くんがハッとしように歩み寄ってきた。


「あ、あー……あのー……この前のことなんやけど……」

『…………』


気まずそうに首裏を押さえ、目線をさ迷わせる宮くん。返事も目線も寄越さずに備品チェックを続けていると、人一人分空けて隣に立った宮くんは、さ迷わせていた視線をこちらに定め、呟くような小さな声を漏らした。


「……………す…………すんません、でした、」


謝罪と共に小さく下げられた頭に漸く手を止める。身体の向きはそのまま、けれど顔だけは振り向かせて宮くんを見ると、やけに緩慢な動作で宮くんは顔を持ち上げた。


『……前に私言ったよね?恋人でもない人とそういう事をするのは好きじゃないって。キスだって、一緒だよ』

「そう……やろな……」

『ちゃんと伝えた上でああ言うことされると、酔ってたから仕方ないよねじゃ済ませたくなくなる』


自分の口調がいつもより強くなっているのが分かる。分かってはいるけど、それでも改める気にならないのは、それだけ私も憤りを感じているから。
恋愛観なんて人それぞれだ。私のように頭の固い恋愛を求める人間もいれば、宮くんのように割り切った関係が楽だと言う人もいる。だから、宮くんがどんな恋愛をしようと文句を言うつもりはない。でも、そういう恋愛がしたいなら、同じ恋愛観を持った人として欲しい。もしくは、宮くんとならそういう恋をしてもいいと言ってくれる人とすればいい。私じゃない誰かと、キスでもセックスでも楽しめばいい。

だから。


『宮くんがどんな恋愛しようと勝手だよ。でもそこに、私を巻き込まないでよ。私は……宮くんが今まで相手をしてきた子達みたいに、割り切った恋なんてしたくないから、』


言い終わりと同時に前を向く。ラックに向き直って見たものの、手を伸ばす気にはなれず、そのまま無言で立ち尽くすことに。
誰かとの無言は気まずい。気まずいから、早く宮くんが立ち去ってくれればいいのに。欲しい物があるならそれを持って、早くここから出ていって欲しい。
伏せた瞳で備品チェック用の用紙を見つめる。今はまだ業務時間だ。無駄口叩いてないで仕事をしなければ。ペンを指で挟んだままの右手を収納ケースに伸ばす。ケースの端を引いて中身を覗こうとしたその時。


「……なんやそれ、」

『…………え…………?』

「なんなんそれ。それじゃあ俺は、どないしたら苗字さんと“恋愛”できるん?」


はっ、と嘲るように吐き出された笑い声。ケースを掴んだまま、もう一度顔だけ宮くんに向ける。不安に揺れる瞳に映った宮くんは、酷く傷ついた顔をしていて、予想とは違う反応を見せた彼にケースを掴む指先に力が入った。


「俺みたいな割り切った関係の恋愛しかして来んかった奴は、あんたの目にはそういう風にしか映らんの?俺があんたに向ける好意は、テキトーなもんにしか思われへんの?」

『み、宮く「ふざけんなや」っ、』

「過去の恋愛引き合い出されたら、否定なんてできひん。苗字さんの言う通り、俺は割り切った関係が楽やと思うてたし、本気で好きでもない相手とキスも、それ以上もしてきた。っ、けどなあっ……!」


射抜くように向けられた強い瞳。
気圧されて息を飲むと、掴んでいたケースが床に落ちて、中に入っていたペンが床に散らばった。


「過去の俺ばっか見んなや!あんたの前にいるんはっ、割り切った恋愛や身体だけの関係を望む男やない!いまっ!!あんたを好きや言うとる俺をちゃんと見ろや!!!!」


宮くんの叫びが、狭い備品庫の空気をビリビリと揺らしている。鼓膜を揺らす彼の言葉に、これでもかと言うほど目を見開いてしまう。いま、なんて言った。宮くん、何て言った?
呆気に取られ口を開いて固まる私に、宮くんの足が大きく一歩前へ。詰められた距離に思わず後ろへ下がろうとする。けれど、それを咎めるように右腕を捕まれ、握っていたボールペンまで床に落としてしまう。
半ば無理矢理向き合うように振り向かされた身体。戸惑いながらも宮くんを見上げると、左腕まで掴まれて、今度はバインダーを床に落とす。両腕を捕らわれ動けなくなった私に、眉根を寄せた宮くんの顔が近付いてくる。反射的にギュッと目を瞑れば、コツンと額にぶつかった何か。恐る恐る持ち上げた瞼の先には、目前で私を見つめる宮くんの目があって、かち合った視線の真直さに身動きさえ出来なくなる。


「ちゃんと、俺を見ろや、」

『っ、』


吐息がかかる距離で吐かれた切実な願い。
宮くんと出会って過ごして来た時間は決して長くない。でも、そんな短い時間の中でも。彼がこんなに、こんなに苦しそうにしている顔を初めて見た。こんなに切ない声を、初めて聞いた。

私は、宮くんをちゃんと見ようとしていなかったのか。

過去の恋愛でしか彼を見ようとせず、自分とは違う価値観の人だと決めつけていた。だから、キャンプ場での宮くんの態度や言葉を真意の測れない曖昧な物だとして、本気にしようとはしなかった。
それが彼を、こんなに傷つけるなんて思わずに。
願うような、請うような、責めるような、宮くんの瞳。何かを言わなければ思っているのに、中途半端に開いた口からは何の音も出てこない。けれどそれでも、宮くんは動かない。待っている。私の返事を、待っているのだ。
一度閉じた唇を強く噛み締める。食いこんだ歯の痛みに漸く震えが収まって、今度こそ言葉を紡ぐため、目の前の彼に向けてゆっくりと唇を動かした。


『……見れないよ』

「っ、」



『こんなに近くちゃ、宮くんの目しか、見れないよ、』



「は…………」


間の抜けた声を漏らす宮くんに、緩やかな笑みを浮かべる。掴まれたままの手でそっと宮くんの肩を押し返すと、漸く彼の顔全体が見えるようになった。小さく目を剥く彼を少しでも安心させたくて、目尻を下げて微笑んでみせれば、腕を離した宮くんは更に目を丸くさせた。


『宮くんの、言う通りだね。私は……宮くんは私とは違う考え方の人だからって、宮くんの態度や言葉の意味を本気で考えようとはしなかった。……ごめんなさい、』

「……謝って欲しいとちゃうんやけど、」

『だよね。………私は、割り切った関係とか、そういう……“大人の関係”を築くことは出来ないけど……そんな私と、宮くんが本気で恋愛するつもりでいるなら、……宮くんのこと、もっと、ちゃんと見たい。今の宮くんを、見るようにしたい、』

「………ほんまに………?」


伺うような瞳で覗き込んで来る宮くん。うん、と一つ頷き返すと、ほっと息を吐いた宮くんは嬉しそうに目元を和らげた。


「信じるで。苗字さんの言葉、」

『うん、信じていいよ。………でも、一つだけ聞いてもいいかな?』

「?ええけどなに??」


不思議そうに瞬きを返す宮くんに一瞬言葉を躊躇する。
聞いてもいいって言ってくれてるし、もう曖昧にして逃げるのはやめよう。そう思って半ば勢いに任せて口を動かした。


『さっきのは告白なの?それともただの……好きって宣言??』


投げ掛けた問いに、はたと目を瞬かせた宮くん。その顔がみるみる赤くなっていき、「……とりあえず後者にしといてや」と両手で隠すように顔を覆った宮くんが、勘弁してくれと言うように答えたのだった。


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