「あぁ、名前。」
「はい?」
「俺、朝霧とパートナーを組むの、やめたからね。」
「えっ!?」
キッチンで食器を拭いているときに、突然梓馬さんにそう言われ、驚いてお皿を落としそうになった。
「い、いいんですかっ!?だって、朝霧さんはピアノ、上手なんですよねっ?」
「まぁ確かに腕は良いよ。でも、俺は君の方が上手いと思っているし、何より君が不安になるようなことをしたからね。」
「…ありがとうございます、」
素直にピアノの腕を褒められ、なんだか恥ずかしい。それをあまり悟られないようにしながら、梓馬さんにもう一度お礼を言った。
数日後、校門で梓馬さんを待っていたら、少しヒステリックな声が聞こえてきた。
「柚木くん!どうして!?」
「君もしつこいね。もう君とは組めないとさっきも言ったと思うけど。」
「だから、理由が納得行かないのよ!なんで…」
朝霧さんが梓馬さんに、怒鳴っていて、内容が丸聞こえだったのもあり、そちらを見ていると、朝霧さんと目があってしまった。
すると、朝霧さんは私をキッと睨み付け、さらに大きな声で怒鳴りあげた。
「どうしてこんな子のためなの!?ただの幼馴染みでしょう!?」
「あぁ、名前。待たせたね。」
「あ、いえ…」
梓馬さんは私に気付いてこちらに歩み寄ってきた。そしてそのまま、私の肩を抱き、朝霧さんに向き直った。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、俺は君のことを特別視した覚えはないよ。」
「なっ…」
「それを勝手に特別だの言い回った挙げ句に彼女を傷付けるなんてね。」
「ゆ…柚木くん…それはこの子が調子にのってるから…」
その朝霧さんの一言を聞いた瞬間、梓馬さんは普段出さないような大声で言い放った。
「名前は俺の妻だ!…調子にのるも何もない、ただひとり俺に愛されるのを許された人だよ。」
「!…梓馬さん…」
「なっ…どういうこと!?」
「わからないのかい?俺と彼女は夫婦だ。君の付け入る隙なんてない、ということだよ。」
梓馬さんはそれだけ言って、私の手を握り校門を出た。
ちらっと後ろを気にすれば、朝霧さんが膝から落ちていた。
なんだか少しだけ可哀想だと思った。
「梓馬さん、あの…」
「なんだい?」
「さっきは、ありがとうございました。嬉しかったです。」
私がさっきのことについてお礼を言えば、一瞬目を丸くした後、ふっと優しい笑顔でこう言ってくれた。
君は俺が守るよ
(そう言われて)
(私の頬は自然と緩んでいった)
120122
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