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あれから、梓馬さんは相変わらずアンサンブルの練習で遅くなることがある。
でも前よりも私を優先してくれることが増えた。

今も、「今日は早く帰れそうだ。よかったら一緒に帰るかい?」というメールを貰い、受かれながら練習室に来ていた。

梓馬さんは、これから一時間講義らしいので、私は一時間だけ練習をしていくことにしたのだった。

練習室に入り、鞄からいくつか楽譜を取り出す。次の授業で出された課題の曲を選ばなければいけないのだった。

(うーん…"リストの曲"かぁ…やっぱり、王道はラ・カンパネラだよね…あ、でもため息も弾いてみたい…)

そんなことをピアノの前で考え込んでいた私は、部屋に誰かが入ってきたのに気がつかなかった。

「よし、ため息にしよう」

そう呟くと、クス、と笑い声が聞こえた。
驚いてそちらを見ると、この間、梓馬さんと歩いていた女の人が立っていた。

「私が入ってくるの、気付かないくらい集中していたわね。ため息って事は、課題はリストの曲かしら?」
「あの…貴女は…?」
「あら、ごめんなさい。名乗ってなかったわね。私は朝霧悠子。…コンクールや授業課題で、柚木くんのピアノパートナーをつとめているわ。」

胸がドクン、と嫌な音をたてた。
なんとなく、この後に続く言葉は聞きたくなくて、耳を塞ぎたくなった。

「貴女、柚木くんとよく一緒にいるわよね?…幼なじみかなんか知らないけど、調子に乗らないことね。」
「…え?」
「…私はね、柚木くんの"特別"なの。私にだけは、他の方と違う接し方をするのよ。あなたはただの、幼なじみ。所詮、妹みたいなものなのよ。」

…何を言っているんだろう、この人は。
この人の言っていることに信憑性がないことは、私にだってわかる。
でも、本当だったら、と疑ってしまう心が、チラチラと覗いてしまう。

ねぇ、梓馬さん、嘘だよね?
私以外にも、特別な人なんていないよね?




つのる不安
(梓馬さんを信じたいのに、)
(少しでも疑ってしまうのは、)
(どうしてだろう)






「ラ・カンパネラ」と「ため息」はリストの曲の名前です。どちらも良い曲!

111212


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