「またそれ?」

 こんなにもからりと晴れて気持ちのいい天気だというのに、厚さ6センチの防弾ガラスがはめ込まれた窓は内からも外からも開かないように造られている。
――もったいない。
 そこら中から香ってくる秋の匂いを嗅いであたたかな陽射しを浴びればきっと視野も広がるだろう。気分も晴れやかになっておかしな考えも飛んでいってしまうはずだ。
 けれども窓は開かないし、デスクに向かってウイスキーを嘗める部屋の主が秋色の庭を気にかける様子もない。

「スクアーロからも何とか言ってよ」

 昨日スウェーデンから帰ってきたばかりのスクアーロは、革張りの立派なソファの肘置きに腰かけて珍しく煙草を吸っていた。
 今日は1日休みなんだろう。特に珍しい銘柄でもないが、それでも任務が入っているときは匂いで居場所がバレるからと禁煙を徹底している。昔から変なところで真面目というか、仕事に関しても恋愛に関してもストイックできっちりしている子だった。
 それに比べてザンザスは? デスクには期限ギリギリの書類が山になり、任務に出れば計画外の破壊活動。ステディな女性関係はなく、毎晩違う臭いを纏った女が寝室のドアをノックする。とてもじゃないが真面目とは言えない。

「だとよ、ボスさん。あんまり苛めてやるなよぉ」
「るせぇ。とっとと失せろ」
「邪魔して悪かったなぁ。ジゼル、また明日」
「これから出かけるの? 彼女のところ?」

 手袋をしていない長い指がクリスタルの灰皿へ短くなった煙草を押し付ける。
 この部屋に置かれている灰皿が正しく使われるのはスクアーロが用事やそのついでに長居をするときだけだ。それ以外の時はザンザス愛用の鈍器、または文鎮。
 掃除のついでにアルミ製の小さな灰皿に替えてみたこともあったけれど、ザンザスはお気に召さなかったらしく、わたしが目を離した隙にいつもの重たいクリスタルに戻されてしまっていた。

「そろそろ機嫌とっとかねぇとフられちまうからなぁ」
「楽しんできてね。良い午後を」
「アンタもな」

 ひらひらと適当に手を振りながら去ってゆくスクアーロの後ろ姿を眺めて、次にその少し手前で不機嫌を隠すこともなく汗をかきはじめたグラスを睨みつけているザンザスへと視線を移す。
 ステディな相手がいないのだからご機嫌とりなんてしたことはないだろう。立場上、機嫌はとられるもの窺われるものという認識かもしれない。いつも自分勝手で気まぐれ。どこで何をしていようと抱きたくなったら犬のように呼びつけられて、事が済んでしまえば腕枕もキスもない。今までに何度メイドとしての仕事を邪魔されたことか。
 まだ小さな子どもだった彼の遊び相手でしかなかった頃からずっと振り回され続けているように思う。良い意味でも悪い意味でも自分に嘘をつかない彼を正直者だと思わないこともないけれど。

「不満があるなら言え」
「……ないと思ってるの?」
「喧嘩売ってんのかテメェ」

 珍しく大げさな溜め息を吐いたザンザスの、スクアーロよりもゴツゴツと骨張った人差し指がわたしを呼びつける。ガラスを磨いていたクロスを置いてエプロンで手を拭いながら椅子の横に立つと、これまた珍しく優しく腰を抱かれて脚の間に引き寄せられた。いつものようにお尻を鷲掴みにされてデスクに押し倒されるのだろうと身構えていたから拍子抜けだ。どういう風の吹き回しだろうか。

「本部の古株共なら俺がなんとかする」
「武力行使はダメだからね。今のご時世に身分なんて気にする方がおかしいんだから、気にしてないよ」
「年のことか? ババアになっても可愛がってやる。安心しろ」
「……もしかして熟女趣味?」

 お互い服も着たままでこんな風に真っ直ぐ見つめ合うことなんてなかったから、気恥ずかしくてつい戯けてしまう。耐えきれなくなってわたしがザンザスから目を逸らしても、ザンザスはわたしから目を逸らさない。熱い手のひらで頬を挟まれ、燃えるように赤い瞳が再びわたしをとらえる。
――ダメだ、逃げられない。
 もうそろそろ降参の白旗を振ってもいいのかもしれない。

「茶化すんじゃねぇ」
「結婚が嫌なわけじゃないの」
「ああ……」

 本当はちゃんとわかってる。セックスはしても気まぐれで結婚するような人じゃないってことくらい。誠実さの欠片もないし、浮気性だし、甘い言葉のひとつだって囁かれたことはないけれど、ザンザスは正直だ。そんな彼が一緒に過ごした長い時間の中でかけがえのない存在になっていたことも確かで。
 いつまでも上層部に居座る爺様たちがうるさいとかわたしの方が歳上だから世間体がどうだとかくだらない問題はいろいろとあるけれど、今さらただの遊び相手や主人とメイドの関係には戻れないのだからわたしたちは次へ進むしかない。
 でも、だけど、イエス以外の選択肢がないからこそ、妥協できない部分があるのだ。

「ひとつだけ不満がある」
「……なんだ」

 女に生まれて女として生きてきたから人並みに夢は持っている。ましてやここはアモーレの国、イタリアだ。夢を見るなという方がおかしい。
 意を決して甘い空気をぶち壊し体を離してみると、わたしの返事を待てずにキスをしようと近付いていた端正な顔は面白いくらいに不機嫌に歪んでいて、それがとっても可愛くて、我慢できずに笑ってしまった。
 寸止めはさすがにタイミングが悪すぎたかもしれないけど、今まで散々振り回されてきたんだからたまにはわたしがあなたを振り回したっていいでしょう。ねえ。

「プロポーズには指輪が必要だと思わない? スーツと薔薇の花束も。それからちゃんと愛の言葉も、忘れないでね」


15/11/26

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