しんと静まり返った空気の中、転がったタイル張りの床は冷たくて熱を持ちはじめた体にちょうどいい。壁にあいたバレットホールから射し込んだ太陽の光が宙を舞っている埃を宝石みたいにきらきら輝かせる。
 任務のあとはいつもこうだ。頭も体もおかしなくらいにだるくて使い物にならない。前に一度、この原因不明の倦怠感のせいで死にかけたことがある。殺したはずの人間が突然むくりと起き上がって襲いかかってきたのだ。もみ合ってるうちに階段から転げ落ち、ゾンビは再び死に、わたしは頭を強く打ったせいで3日間生死の狭間を彷徨うことになった。
 きっとこの熱は神様から与えられた罰なんだろう。今までに何人殺したのかは覚えていない。数をこなしたところで、生きているうちにこの震えが消える日なんて来ないような気がする。いくら才能があると言われてもわたしは同僚のみんなとは違って出来損ないだ。
 半ば無理矢理にこちらの世界に引きずり込まれて数年の月日が流れた。数え切れないほどの罪を犯し、数え切れないほどの命を手にかけたのに、それでもまだ躊躇っている。殺すのを怖がるのはいずれはわたしも同じように殺されるから。撃たれるのか、斬られるのか、木っ端微塵に吹き飛ばされるのか、選ぶこともできない。叶うならベッドの上で安らかに死にたいけれど、こんな生業じゃろくな死に方なんてできないことくらい簡単に想像がつく。お墓だって建ててもらえるか怪しいところだ。

「いつまでそうしてるつもりだぁ」
「スクアーロが起こしてくれるまで」
「一生寝てろ」
「つれないなあ」

 こんなわたしに向かって「お前には才能がある」とその人は言う。ずっと昔、路地裏で死にかけていた汚い子どもをすくい上げた右手は、今も変わらずに差し伸べられている。
 お墓なんて本当は必要なかった。本当に怖いのは木っ端微塵のミンチみたいな姿になることなんかじゃない。誰にも気付かれないまま死を待つばかりだったわたしを見つけ、すくって受け容れてくれた居場所を失うことが何よりも恐ろしかった。

「帰りに飯でも食うか」
「う……急にお腹すいてきた」
「ならとっとと起きろ。置いてくぞぉ」
「待ってよ。外食なら寿司がいい。ねえ、スクアーロ、待ってってば」

 だからわたしは今日も剣を振るう。明日も明後日もその先もずっとあなたが認めくれたこの腕で、命のある限りは怯えながらでも誰かを斬り続ける。例えその誰かが神様だったとしても。


16/08/18

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -