02
自称神・工藤〇一と夢の中っぽい場所で会った私が目を覚まし最初に目に飛び込んできた光景は、天井だった。そういえばあの胡散臭い奴に聞くのが嫌で結局最後まで聞かなかったけど、ここって……
(ポケモンの世界ってこと?)
あの仮面は私が死んでしまったと言っていたけど、死ぬ間際の記憶は何も残っていない。ただ、私は青春を絶賛謳歌中のぴっちぴちのJDということだけは覚えていた。もう一度言おう、私はJD。じょしだいせいだ。ちょっとオタクの。ちょっとゲームとアニメが好きな、ごく普通のファミリーレストランチェーン店でバイトしているごくごく普通の女子大生!だったのである!!
まあ今はただの赤ん坊なんだけど…………そういえば、赤ん坊の私って今どうなってんの?
とりあえずずっと仰向けも嫌なので寝返りしたい。ごろんと左側に力を入れるとあら不思議、すんなり寝返りできましたよ奥様。
(もしかして思ったより身体動かせる?)
それに寝てる場所もベビーベットじゃない。ただのカーペットにタオルケットをかけた状態で寝ていた。もしかしてあの時から時間経ってる説ある?試しに立ってみるかと壁までゴロゴロ移動して壁をつたいながらゆっくりと立ち上がってみる。
……おお、立てた。なんか感動。足ちっちゃ。丁度真っ直ぐ歩いた先に全身鏡があったのでそこまで壁伝いで歩いていく。ヨタヨタと一歩一歩、ゆっくりと。これ、結構疲れるな。今の私の身体年齢は1~2歳くらい?鏡越しに自分の今の姿とご対面。茶色い髪に薄紫の瞳が特徴的な、いかにもポケモンキャラですと言った風貌。
(まあまあ可愛いんじゃない?)
少なくとも転生前に比べたら格段に可愛い。そうそう、物事は前向きに捉えていかなきゃ。ポジティブシンキング。事故って死んじゃったのは記憶が無いから曖昧だけど、こうしてポケモンの世界で新たな人生を歩みだそうとしてるんだから。でも新作プレイしないまま終わっちゃったな。
(やりたかったぜ、ポケモン剣盾……グッバイイヌヌワン)
初めて見た時からあの可愛さにやられたよ。絶対旅パに加えてやろうと思ってたのにさぁ〜。発売日にプレイできなかったのはあの教授のせいだ。一週間に一本レポートを書き上げなきゃいけないとかなんて拷問?しかもあの教授の喋り方は私たちの安眠を誘ってくるから尚のこと辛かったわ。それとは別にゼミやバイトもあったし、まあある意味充実していたと言えるかも…………待てよ?
この世界はポケモンの世界なんだから、イヌヌワンもといワンパチにはガラル地方に行けば普通に会いに行けるのでは?行けてしまうのでは!?
そういえばここって何処。何地方の何タウンオア何シティ。初めに見たお母さんらしき人も何処なの。全然自分の状況を把握できてない。乳児にこの広くて静かな空間は怖い。
「ふぇ……」
ぎゃ、ちょっと心細くなってきたら身体が勝手に泣きそうになってる!ちょ、抑えて抑えて……うわぁ鼻水も出てきた、視界が潤むぜ。
すると鏡越しに後ろのドアが開き、女の人が入ってきた。突然ドアが開いたので思わずビクッと身体が動いた。
「おやアンタ、ここまで動けたのかい」
スレンダーな体格に合うようオシャレに着こなすツナギの格好が目を引いた。目鼻立ちのハッキリした顔立ちに活発そうな雰囲気、親しみやすい喋り方はどこか安心感を与えてくれる。食材の入った紙袋を肩に掲げ入ってきたモデルのような美女は私を見て目をまん丸くさせていた。
だ、誰だこの女の人は!
「い……びゃぁぁああぁぁあ!!!」
「ありゃ、泣いちまったねえ」
ビックリしちゃって堪らず泣き出しちゃった、私のベイビーな身体が。豊かな青い髪をポニーテールにしたオカンさん(第一印象)は荷物を置き、よいしょと私を簡単に抱き上げる。わ、人の体温ってこんなに温かいんだ。
「泣き止んどくれ、ココ。驚かせちゃって、一人にしちゃって悪かったねえ」
ココ?それが私の名前?××とか意味不明な文字じゃない!まるで劇場版ポケットモンスターのキーキャラクターのような名前だ!
オカンさんは私を優しくあやしながら家の中を移動しバルコニーに出た。爽やかな風が涙で濡れた頬を撫で冷たい感触がする。
痛いくらい眩しい太陽の日差しが私の目に降り注いだ。
(あっつ!!)
「ほーら、アローラの日差しは気持ちいいだろぉ。アンタの母さん……アタシのご主人が住みたがっていた気持ちも分かるってもんさ」
(ほ?母さん?)
その言い方だとまるで私のお母さんがとっくに故人のような言い方じゃん。ていうか、“ご主人”ってどういう事。何、この世界のお母さんは主従関係に憧れていたりしたの?SM!?SM趣味だったのかママ!!一人とんでもない脳内会議を繰り広げている間もオカンさんは澄み切った青空を見つめ、私の頭を撫で続けていた。
風がもう一度私をひと撫でする頃には、涙はもう止まっていた。完全に泣き止んだ私の顔を確認して、オカンさんは独り言のように呟く。
「アタシもアンタもある意味似た者同士だねぇ。あの人に置いてかれちまって」
「ばぶ(なるほど従者だもんな)」
「思えば名前だって安直なもんだよ。アンタは髪が茶髪でココアっぽいからココ。アタシは旦那と合わせてブルーベリーになるからベリーだってことでニックネーム決めるし」
「ばぁ!?(名前の由来そんな適当なの!?)」
ていうかこのオカン、ベリーさん?既に人妻であったか。なのにこの世界のお母さんの従者をやってるのか……。綺麗な人なのに変わってるなーと赤ちゃんがなんとも言えない目を向けるのも気に止めていない様子でベリーさんはトントンと私の背中をリズム良く軽く叩く。
「でも、アタシはあの日々を忘れない。本当に楽しかった。アタシのかけがえのない宝物」
手が止まった。その言葉はやけにハッキリと、いやに耳に残った。理由は経緯はどうであれ、ベリーさんはこの世界のお母さんのことが本当に大好きだったようだ。こんなモデル美人をどう調教したんだこの世界のお母さん。
「あの人の代わりにアタシがアンタを立派に育てる。アタシじゃ母親として相応しくないかもしれないけど、よろしく頼むよココ」
何はともあれ、この人がどうやら私の育て親になるようだ。色々分からないことだらけだけど、いつか成長したら教えてもらえる時が来るんだろうか。OKの意味を込めて赤ちゃんのちっちゃな手で親指を立てた。まだ指を上手く動かせないから綺麗なグーじゃないけど。
「ばーぶぅ」
「ははっ!良い子だねぇ」
驚かない.....だと.....!?
そういえばアローラって言ってたからここはアローラ地方なんだ。SMかUSUMどっちなんだろ。リーリエはいるんだろうか、そこは重要ですよメインヒロインなんだし。勿論ハウやグラジオ、キャプテンたちも捨てがたいけど。
ていうかそもそも私今赤ちゃんだからゲームキャラと関われないじゃん!いや原作を考えれば寧ろその方がいいのか……?
ベリーさんが私を両手で抱え、空に向けて思い切り腕を伸ばす。太陽に照らされた私の影に隠れたベリーさんの眩しい顔が笑いかけた。
「ニドクインのベリー、頑張るとしますかね」
ニド、クイン?
……今、私の中でとんでもない仮説が頭をよぎったんだけど。
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