捧げ物 | ナノ

リコリスの交響曲

本日の予定も終了したので、夕飯の買い出しに出た俺と、手伝いに来てくれた蒼真の2人でスーパーに買い出しに出た。旅をしていることもあるが、如何せん仲間の人数が多いため食糧の確保は多くなる。
どうやら今滞在している街で街興しキャンペーンをやっているらしく、会計の時に福引券を1枚貰った。買った食材を袋に入れて運び、もう片方の手で券を眺めながら歩いているとタイミング良く福引の会場らしき場所を見つけた。


(タダより高いものはない、とはよく言うがな)
「緑炎、どうする……?」
「せっかく貰ったしな、回していくか」
「……僕、回してもいい……?」


控えめに尋ねてくる蒼真に同意を送り、会場へ向かう。受付の女性に福引券を渡し、蒼真が抽選器の前に立つ。


がらがらがら


ころん


(これは)


転がって出たのは、金色の玉。
すると乾いた高い音が鳴り響いたかと思うと、クラッカーの紙のテープが色とりどりに俺たちの頭上を埋めていた。カランカランと景気のいい鈴の音が鳴る。


「おめでとうございますお客様!特賞のシンオウ地方2泊3日の旅チケットが当たりました〜!!」
「…………当たった」


表情は無いが俺の方を向いて親指をグッと立てる蒼真。その目はどこか輝いているように見える。まさか特賞が当たるとは。俺は当たるのは参加賞のキズぐすりか、良くて狙っていた5等のきのみ詰め合わせセットだとばかり思っていたので、マメパトが豆鉄砲を食らった気分だ。


(シンオウ地方か)


フユカの喜ぶ顔が目に浮かぶな。

大事に特賞のチケットを抱える蒼真に今晩のリクエストを聞きながら、俺達は帰路を歩いた。




◇◆◇




そして3日経ち、太陽が完全に顔を出した頃。空港でプラターヌ博士やアレックス達に見送られ、俺達はシンオウ地方へ飛び立った。土産は何がいいだろうか。


「シンオウは何回か行ったことあるけど、やっぱり普段カロスにいる分楽しみだね」
「ええ、そうですわね。今回はどこへ行きましょうか」
「恐れながら姫。お聞きしたいのですが、レイナ達には連絡をしないのですか?」
「うん。レイナ達の旅の邪魔をしちゃ悪いし、それにもし出会えたらそれはそれで運命って感じがしていいじゃない?」
「なんというお心遣い……!素晴らしいです、姫」


白刃のフユカ至上主義は今日も止まることを知らないな。
そんな俺はというと、仲間の会話をBGMにコーヒーを飲み、新聞を読んでいる。蒼真と悠冬は飛行機から見る外の景色を楽しんでいるようだ。


『すごい!雲がこんな近くにあるよ!』
『お日様も……近い……』
「悠冬、飛行機の中では静かにしててね」
『うん!でも、僕変なんだ』
「どうかされまして?」
『耳がね、水が入ったみたいに詰まった感じがするんだ』


ああ、それは飛行機に乗ると起こる特有の物だな。


「それなら唾を飲み込んでみろ、しばらく解消されるはずだ」
『ほんと!?…………わぁ、ほんとだ!スッキリした!』


この現象が面白かったのか、『また来ないかなー』と何度も唾を飲み込んでる。程々にしておけよ。


「緑炎は行きたい所ある?」
「どこでも構わねぇ。お前達に任せる」
「んーそっか。どうしようかな」
「フユカ、もし良ければソノオタウンに向かってもよろしくて?」


ソノオタウンといえば花の街として有名だ。パンフレットにもおすすめスポットとして紹介されている。雅はむしタイプのビビヨン、花に惹かれるものがあるのだろう。


「勿論!みんなもいいよね?」
「私は姫の仰せに従います」
『花、見たい……』
『僕も!』
「決まりだな」


こうして行き先を決めた後、仮眠を取るなり景色を堪能するなり、各々好きな時間を過ごしている間に到着した。
チケットに同封されているコトブキシティのホテルの宿泊券でチェックインをする。


「もう夕方になっちゃったし、今日はこのまま休んで明日観光しようか」


フユカの言葉に全員賛同し、今晩はホテルのビュッフェと温泉を堪能した。
コトブキシティもミアレシティ程ではないが発展が進んでおり、部屋から見る夜景はとても綺麗だ。


「いやー今回はラッキーだったね!蒼真に感謝しなくちゃ」
「案外運が良いのかもしれないな、蒼真は」


そんな蒼真はテレビを夢中で見ている。カロスとはまた違った番組のラインナップに興味を抱いたらしい。


「蒼真、テレビに近づきすぎると目を悪くするぞ」
「白刃、これ見て……」
「どうした?……姫、雅。ちょうどテレビでソノオタウンが映っておりますよ」


そこには花畑が一面に広がるソノオタウンが特集されていた。悠冬と夜景を堪能していた雅がテレビを見て、感嘆の息を零す。


「まあ!やはり素敵な街ですわね」
「うん、女の子ならみんなウットリしちゃうね」


あ、美味しそうとベッドで横になりながらテレビを見て呟くフユカの言葉に反応し画面を見ると、そこにはオシャレなデコレーションをしたパンケーキが映っていた。


「名物の“あまいミツ”をふんだんに使ったパンケーキ……」
「きっととても美味しいでしょうね」
「うん!明日食べに行ってみようか!」
(あまいミツ、か……)


そしてその日の晩は慣れない飛行機に乗って疲れたか、全員ぐっすりと良く眠っていた。




◇◆◇




次の日、俺達は朝食を取った後ソノオタウンに向けて出発した。久々に他人の作った食事を食べた気がするな。


『うわぁ〜、ここからでも良い香りがするよ!』
「わたしはわからないなあ」
「まあポケモンと人間を比較すれば、俺達の方が五感は優れてるからな」


荒れた抜け道という洞窟を抜けると共に花の香りが舞う。自然の香りはやはりいいもんだな。
しばらく歩いていると、街が見えてきた。一先ずPCに向かい、休憩を挟む。


「ここからは自由行動にして、3時間経ったら集合にしよう」


サイコソーダを片手にフユカが告げる。


「では私は街並みを堪能しますわ」
『雅と一緒に、行く……』
『僕は花屋さんに行ってくる!』
「では私は姫のお供を」
「わたしは昨日のパンケーキが気になるな、緑炎は?」
「俺は……ーー」




『一緒に来てくれてありがとう、緑炎!』
「ああ、俺から離れねぇようにな。花屋は……こっちか」


悠冬を一人にすると不安だったから、とは言わないでおこう。
それにアマルスはシンオウでは見かけないポケモン、珍しいポケモンを狙う輩に捕まるかもしれない可能性もあった。人型で俺といれば少なくともリスクは減る。普段とは違う場所であることも考えれば用心するに越したことはない。

花屋に行けばやはりアマルスは珍しがられ、店員から花束と余った木の実を分けてもらった。これは得をしたかもな。……店員の目線がやけに気になったが。


『どこに行くの、緑炎?』
「あまいミツを売ってる店だ。ここの奥にあるらしい」
『そうなんだ!なんだかワクワクするね!』


そう。俺はあまいミツを求めに来たのだ。決して昨日のテレビの影響を受けた訳では無い。料理のレパートリーを増やしたり、より奥の深い味付けができるかもしれないと思ったからだ。

……まあ、もし万が一フユカがパンケーキを食べ損ねた場合に、作ろうと思ってはいるが。

メインの花畑から少し外れた先を進むと、より高さのある花畑がそびえる。幸いなことに道は整備されているため進むのに支障はない。思った以上に距離がある道のりを歩いていると、蜜を集めているミツハニーの群れとすれ違った。

そして目的であるお店の前へ。後ろを着いてきている悠冬を確認しようとするが…………いない!?


(やけに静かだと思っていたが……クソっ!)


元来た道を辿り名前を呼ぶが悠冬らしき姿はどこにも見えない。
すると、アマルスより深い青色をした後ろ姿が見えた。もしかすれば、と一縷の望みをかけ声をかけてみる。


「おいアンタ、悪いが聞きたいことがある」
「……人に物を頼む態度じゃないよね、それ」


振り向いたのは表情は平静だが言葉に棘を感じる少年。だがその顔には見覚えがあった。そういえばコイツらもシンオウを旅しているんだったな。
仲間の一人と同じ名前を持つ、“碧雅”も俺の顔に覚えがあったのか、直ぐに「あ」と何か思い出した顔に変わる。


「確かお前、カロスの時の……」
「緑炎だ。悪いが悠長に喋ってる場合じゃなくてな」


事情を説明すると碧雅は思案した面持ちになる。だが彼も悠冬を見ていないらしく、首を横に振った。ただ、と碧雅は言葉を続ける。


「その子、好奇心旺盛なんでしょ?ならここら辺の物はどれも珍しくて仕方ないはずだし、何かを見て思わず追いかけた……とかありそうだけど」
「……確か、あの時」


思い当たる節が一つあった。




『いけない子ねぇ?ワタクシの巣に入ってしまうなんて』
『ううっ、ご、ごめんなさい』
『残念だけど、アナタを許してしまうとここの秩序が乱れてしまうの。お仕置は受けてもらいますわよ』


……いた。
あまいミツの店に向かう途中見かけたミツハニーの群れ。蜜の匂いを辿ると案の定、悠冬が大きな樹の幹に追いやられているのが見えた。あれは、ビークインか。


「分が悪いな……碧雅、悪いが協力してもらえるか」
「元よりそのつもりだよ。ビークインは引き受けたから、彼を助けてきな」


そしてグレイシアに戻る碧雅。俺もすぐさまジュプトルに戻り、でんこうせっかで悠冬とビークインの間に入る。


『うちの連れが迷惑をかけたな。だがこいつは返してもらう』
『いつの間に!……消えた!?』


素早さが持ち味のジュプトル。その速さには耐久力を自慢とするビークインの目では追いつけなかったようだ。悠冬を抱え碧雅のいる茂みに逃げ込んだ。


『大丈夫か、悠冬?』
『緑炎〜!』


大きな目に大粒の涙を浮かべ抱きつく。声が少し大きいんだが……。


『そこにいるのね?』


やはりバレたか。だがかえって都合がいいらしい碧雅は薄笑いを浮かべる。ビークインは自分の腹の中から小さな蜂を出しながら命令を下す。


『さぁさおいでなさい、ワタクシの可愛い子どもたち。あの不届き者を倒すのよ……“こうげきしれい”』


指令を受けた“子どもたち”が一斉に襲いかかる。それと同時に放たれた碧雅のれいとうビーム。効果抜群のそれに即座に指令を“ぼうぎょしれい”に変えたが間に合わず、ビークインに直撃した。あれは俺も出来れば喰らいたくない。


『しばらくそこで転がってな』
『完全に悪役のセリフだな』
『すごーい!カチンコチンに凍ってるよ!』


こちらも勝手に巣に入ってしまった悠冬にも非はある。謝罪の意味も込めてげんきのかけらと花屋で貰ったオボンのみを置きその場を後にした。

その後無事あまいミツを購入し、時計を確認するとそろそろ待ち合わせの時間だ。碧雅もPCに戻ろうとしていたらしく、同行することになった。自分以外のこおりタイプに初めて会う悠冬は興味津々らしい。


『碧雅はこおりタイプなんだね!僕と一緒だ!ねえ、碧雅はどうしてここにいたの?』
「しばらくこの街で滞在してて、散歩をしてたら緑炎に会っただけ」
「そういや、ユイ達はどこにいるんだ?」
「カフェに寄る、とか言ってたね。パンケーキが美味しいらしいけど」


それは、もしかしなくともフユカが向かった店じゃないか?


「もしかしたら、フユカもそこに行ったかもしれねぇ。昨日テレビでちょうどその店が出てたしな」
「……偶然同じ名前をつけることもそうだけど、あの2人どこか似てるのかもね。ユイはビビりで考え無しだけど」
「フユカもトレーナーとしては完璧ってわけじゃねぇ。だからこそ、相棒の俺達がそこを補ってやらないとな。お互い相棒同士、共に支え合って行くことが重要だ、だろ?」
「君って案外恥ずかしいことサラリと言うよね」


そうか?そんなつもりは無いんだが。


『ねーユイって誰ー?』


悠冬の疑問符がついた声がやけに響いた。

そしてPCに向かう途中、少し気にはなっていたので念の為、噂のカフェに行くことになった。流石に男3人じゃ中には入らず、入口までだかな。
すると、ソノオタウンらしい花の装飾が施された扉が開いた。


「あれ、緑炎?」
「なんで碧雅も一緒?」


出てきたのはフユカとユイと白刃。やはりいたか。お約束ともいうべき展開に乾いた笑いが出そうだ。悠冬が『フユカ〜!』と思い切り駆け寄っていったが、フリーズスキンを持つためか白刃に止められた。


「経緯は後で話す。久々だな、ユイ」
「お久しぶりです緑炎さん、元気そうで何よりです!」
『この人がユイって言うんだ!僕はアマルスの悠冬、よろしくね!』
「か、可愛い……!フユカが話してた通りのザ・癒し系ショタだ……!」


ミアレの時もフユカと話していたが、本当にこいつもポケモンの言葉が分かるんだな。目を輝かせ悠冬に話しかけているユイだが、こいつこんな奴だったか?


「ショタコン」
「聞こえてるよ!それにショタコンじゃないし!ただ可愛い子がいたから癒されてただけだし!」
『フユカ、ショタコンってなーに?』
「悠冬はまだ知らなくていいよ!そのままでいて!」


人が増えると、なんとも賑やかになるもんだな。

PCに戻ると雅と蒼真も既に到着しており、前に比べ成長したような紅眞とユイの新しい仲間らしいラルトスと談笑していた。そこにフユカ達も混ざり、そのままここで過ごす流れとなった。


「そういえば、私達の手持ちってお互い“みやび”がいるけど、何となく名前似てる子もいるよね」
「わかる!蒼真と紅眞君!」


確かに、あいつらも似てるな。話題になった2人もそれには気づいていたようだ。静かな蒼真と賑やかな紅眞。どことなくウマが合うらしく一緒に遊んでいる。
するとフユカが俺があまいミツを買ったことに気づいたらしい。


「緑炎、あまいミツ買ったんだ」
「ああ、料理の隠し味にも使えるしな。……パンケーキ、美味かったか?」
「もちろん!友達も一緒だったし、写真もバッチリ撮れた!」


そう言い見せてくれたのはユイと笑いながら食べている場面や顔を真っ赤にしながらフユカに一口貰ってる白刃等、カフェの光景が写真に収められていた。フユカが写ってるなんて珍しいな、後で他にも見せてもらうか。
白い歯を覗かせて笑うフユカだったが、でも、と目線を少しずらしながら言葉を続けた。


「やっぱり緑炎の作った料理の方がわたしは好きだな。普段食べ慣れてるのもあるけど、自慢の相棒が作ってくれたのが何より嬉しいから」
「……なら、今度パンケーキ作ってやるか。買ったあまいミツをかけてもいいが、」
「虫歯にならない程度に、でしょ?」


言おうとしていたことを言われた。意表を突かれた顔になってしまったらしく、フユカに珍しく笑われた。


それからどれほど経ったか、PCの窓から空を見ると夕焼け色に染まり始めていた。そろそろ戻らなければ明日に支障をきたすかもしれない。フユカに時間を伝え、各々別れの挨拶を始めた。


「それじゃユイ、元気でね!また機会があったらカロスに遊びに来て!」
「ありがとう。フユカも、帰り気をつけてね!」

「みんなまた会おうな!今日は楽しかったぜ!」
『うん、約束……』
「こちらこそ、とても楽しい時間を過ごせましたわ」
「姫もお喜びになっておられた。感謝している」
『次会うときは、また新しい仲間がいるかもね!』
「その時まで皆様、何事も無いことを祈りますね」


どうやら、全員それなりに打ち解けたみてぇだな。


「じゃあな碧雅。お互い頑張ろーぜ」
「こちらこそ。また会う日まで」


互いに手は振らないが、少しはコイツと仲良くなれたのではないかと思う。蒼真のように表情が変わらないと思っていたその顔が、ほんの少し笑って見えたように感じた。


そして最終日の帰り。飛行機の中でフユカの撮った写真をカメラで見ていた際にふと思い出したことがあった。色々と起きたせいもあるが、すっかり失念していたのだ。心臓が飛び跳ねる。


しまった、


(博士達の土産を買い忘れた……!)


碧雅の「ドジ」という言葉が聞こえた気がした。

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