捧げ物 | ナノ

いつかを夢みて

宝探し某日。南1番エリアの高い丘にてパルデア地方の広大な自然を堪能していると、スマホロトムが「ロトロトロト……」とあの特徴的な音を発し、着信を伝えてくれる。電話に出ると聞こえてきたのは穏やかな老齢の男性の声──相手はクラベル校長からだった。息災である旨を伝え挨拶を交わし、本題に入る。


《本日あなたに連絡をしたのは他でもありません。我がグレープアカデミーに見学に来た他所の地方のお客様を案内してほしいのです》
「わ、私がですか……!?ネモの方が適任では、」
《ネモさんは残念ながら宝探しに夢中で、現在学園にはいらっしゃらないのです》


あぁ……。確かに彼女の性分を考えると、今も広いこのパルデアのどこかで、野生のポケモンかトレーナーと戦っているのかもしれない。彼女は本当にポケモンバトルが好きみたいだから。
生徒会長であるネモが不在、他の生徒も宝探しでテーブルシティ近辺にはいない。どうしたものかと頭を悩ませたところで私の存在を思い出し、コンタクトを取ったという訳か。


《そのお客様もシオンさんと同い年くらいの女性なのです。気立ての良い子ですから、きっと仲良くなれると思いますよ》
「そう、なのですか……。分かりました、私でお力になれるのでしたら」
《それは良かった。ではシオンさん、グレープアカデミーでお待ちしておりますね》


そう言い残しクラベル校長は通話を終えた。会話を聞いていた若葉がボールから飛び出してきて、芝生の上で伸びをする。ネコ特有の愛らしい仕草に思わず笑みがこぼれた。


『シオン、アカデミーに戻るの?』


太陽にお腹を向け、仰向けになりながら若葉が尋ねる。何故かミライドンも真似をするようにボールから出てきて、2人揃って日浴びをしていた。若葉のふさふさのお腹をぽふぽふと撫でると、体全体をお餅のようにのびーと伸ばした。


「えぇ。どうやら他所の地方からいらした方を案内することになったの」
『それはいいが、何時なんだそれは?』
「…………えっ、?」


そういえば、具体的な日取りは提示されなかった。そのお客様もいつ来るのかを言っていなかったし…………ま、まさか。


「もしかして、“今”なの!?」


私はてっきり、後日なのだとばかり!でもあの言い方だとたしかに、“現在”と捉えてもあながち間違いではない。とにかく、一度アカデミーに戻らないと。


『わぁ〜、いっそげ〜!』
『楽しそうにしてる場合じゃないぞ、若葉』
『他の地方から来た人かー。ならオレはボールで大人しくしてようかな。あまり人目に付かない方がいいと思うし』
「そう、ね。ミライドンは今回ボールの中にいてもらおうかな」


空飛ぶタクシーに急いで連絡を取り、足早にアカデミーに向かうのだった。




◇◆◇




慌てず落ち着いて、深呼吸を一つ。急いでいるとはいえ、室内で走るのははしたない行為。そうは言っても足取りは自然と早くなってしまうが、すれ違う生徒や先生方へのご挨拶は忘れない。そうこうしている内に、校長室へ辿り着いた。
緊張からごくりと唾を飲み込み、ノックを3回。返事が返ってきてからゆっくりとドアを開け「失礼します」と声をかける。


「シオンさん、いらっしゃい。突然の申し出を受け入れてくれて感謝しますよ」
「いえ。遅くなってしまい申し訳ございませんわ」
「……クラベルさん、あの人は?」
「まずはお互い自己紹介から行いましょう。シオンさん、どうぞ中へ」


クラベル校長の隣にいたのは、確かに私と歳の近い女の子だった。黒髪に深い青色の目が特徴的で、私を興味深そうに見ている。


「まずは彼女の方から紹介しましょう。シオンさん、こちらはシンオウ地方からいらしたユイさんです。トレーナーしては彼女の方が先輩ですね。複数のジムを制覇されており、その実力から今回ナナカマド博士よりアカデミーの見学の推薦を受けて来られました」
「いえ、ただ暇だったのが私だけだったからなんですけど。……えっと、は、初めまして……!」


彼女も緊張しているのか、ぎこちなく勢い良く頭を下げた。今まで出会ってきた人たちがいい意味で積極的な方々だったから、日本人らしい謙虚な人もいるんだな、と親近感が湧いた。
クラベル校長は次にと私に手を添える。


「そしてこちらは我がグレープアカデミーに通う生徒の1人、シオンさんです。実は、彼女も入学してまだ日が浅いのです。似た境遇のお2人なら仲良くなれるかと思い、今回案内役として推薦いたしました」


普通、アカデミーを熟知している人と組ませるべきではないでしょうか!
堪らずそう言いたくなったけれど、大声を出す訳には行かないのでぐっと我慢する。誤魔化すように咳払いを1つ、表情は努めて柔らかにユイさんの方を向いた。


「……ご機嫌よう、ユイさん。お目にかかれて光栄です。私はグレープアカデミーに通うシオンと申します。恥ずかしながら私もアカデミーのことを熟知している訳ではありませんが……少しでもあなたにとっていい思い出が残るよう、お手伝いさせていただきますわ」
「…………。」


ぽかんとした表情で私を見つめるユイさん。私、何かしてしまったのかしら……。
すると次の瞬間私に詰め寄って、「すっごーい!」と先程の謙虚な姿はどこへやら、目をキラキラさせ興奮した様子だった。


「なんだかお嬢様みたいだね、あなた!すっごく綺麗な姿勢だし、言葉遣いも“お嬢様!”って感じでしかも噛まないで言い切れるし、仕草も熟れてるって感じだし!」
「……そ、そうかしら……」


“みたい”ではなく、自分で言うのもアレだが、本当のお嬢様だったのだけれど……。


「うん!今日はよろしくね、シオンちゃん!」
「“シオンちゃん”……」
「あっ……もしかして、嫌だった?」
「いえ、そんなことは。寧ろ……新鮮で嬉しいだけよ、どうもありがとう」


これは本当だ。私は前の世界では……友人と呼べる存在も、こうやって親しみを込めて名前を呼んでくれる者もいなかったから。私も彼女を“ちゃん”付けとか、呼び捨てで呼んでもいいものか悩むけど……それ以前に、知り合ったばかりの方をそう呼ぶのはやはり、はしたないだろう。
ユイさんはにっこりと「なら良かった」と安心したように微笑む。確かに、彼女の人柄はとても心地良い。するりするりと心の隙間をくぐりぬけ、こちらの懐に潜り込むのが上手い。その瞳に違わぬ、水のような子だと思った。


「仲良くなれそうで何よりですね。……ところでユイさん、そろそろ時間ではありませんか?」
「あ、本当だ。みんな戻ってくるかも」
「誰かを待っているのかしら?」
「うん、私の仲間たち。一足先にアカデミーを回るって言って、残ってくれたのが晶だけなんだよね」
『僕まで行ったらお前は手持ち無しになるだろう。それに、人間がウジャウジャいる場所に自ら赴くのは嫌だ』


彼女の腰元についているモンスターボールから聞こえてきた声の主が、恐らく手持ちの仲間の1匹なのだろう。その口ぶりと声色から察するに、人混みが嫌いなのだろうか。すると校長室のドアがノックされ、入ってきたのは長い金髪を靡かせた美丈夫だった。


「失礼するよ。ただいま戻った、ご主人」
「璃珀、おかえりー。……みんなは?」
「緋翠くんはそろそろ戻ると思うけど……ちょっと残念なお知らせがあるんだ」


そう言った彼の目が私を捉えた。そして口元が優しく細まり「こんにちは、お嬢さん」と声をかけられる。私はまじまじと、彼の顔を眺めるように見てしまっていたことに気づき、ごめんなさいと謝罪する。こんなに綺麗な方を見たのは初めてで、驚きのあまり目を離せなかったのだ。
ユイさんは彼と親しげな様子で、名前もご存知のようだけれど、もしかして彼も仲間なのだろうか。ユイさんが私のことを掻い摘んで説明すると、璃珀さんは改めて私の元へやって来た。


「初めまして、シオンさん。俺はミロカロスの璃珀という。ご主人共々、今日はよろしく頼むよ」
「み、ミロカロス……ですか……?」


そんな名前のポケモンは、確かパルデア地方にはいなかったような。初めて聞く種族名に困惑していると、クラベル校長がミロカロスという種族について簡単に説明してくれた。“世界で一番美しい”と称される、みずタイプのポケモン。多くの芸術家にインスピレーションを与え、様々な作品のモチーフとされてきたらしい。なるほど、それならばこの美しさも納得だ。


「今更で申し訳ありませんけど……あなたはポケモン、ですよね?人の姿を取っているけれど……」
「“擬人化”という現象に聞き覚えは?」
「それでしたらジニア先生に習いました。……実は、私の手持ちポケモンであるニャオハの若葉も擬人化ができるのですけれど、他のポケモンが擬人化を取るのは初めて見ました」
「俺の場合はこっちの姿の方が動きやすいんだ。あなたのポケモンも擬人化が取れるのか……信頼関係が築けている証拠だね」
「め、滅相もありません……!」
「コラー!シオンをナンパしないでー!」


面と向かって褒められるとは思わず、恥ずかしさから顔が少し赤くなるのが分かる。すると若葉がボールから飛び出し擬人化を取り、璃珀さんと私の間に入り込む。小さな体で私を精一杯隠そうとするその姿は、妙に愛らしい。
璃珀さんも若葉を見て一瞬キョトンとしていたが、すぐに微笑ましそうにクスリと笑い、「可愛いナイトだね」と若葉の頭をポンポンと撫でていた。若葉はそれに対してネコのように威嚇していたけれど。若葉の代わりに謝罪しておいたが、璃珀さんはあまり気にしていないようだった。

そしてまた、ドアがノックされて誰かがやってきた。


「失礼いたします。マスター、先に校内を回らせていただきありがとうございます」
「緋翠、おかえり!いいんだよー、さっきの男の人には会えた?」
「えぇ。サワロ様のお蔭さまで有意義な話をすることができました。……ところで、こちらの方は?」
「えっとね〜……──」


今度は緑を基調としたスーツを身に纏う穏やかな雰囲気の青年。1つ1つの所作が私から見ても洗練されており、前の世界に残してしまった使用人やじいやを思い出した。そして恐らく、璃珀さん同様彼もポケモンなのだろう。


「初めましてシオン様。私はサーナイトの緋翠と申します。以後お見知り置きを」


恭しく手を添え、私に頭を下げる緋翠さん。サーナイトという種族は、確かパルデア地方にもいたはずだ。比較的人間に近い体格をした、上品な雰囲気のポケモン……だったような。
そういえば、璃珀さんが言っていた“残念な知らせ”とは何なのだろう。挨拶もそこそこに、その話題を出すと璃珀さんが困ったように笑った。


「実は、残りの3人がアカデミーを出てテーブルシティにまで行ってしまってね。彼らを呼び戻さないといけなくなってしまったんだ」
「えっ!?」


なんというか……自由な方々だ。それに残りの3人ということは、ユイさんはポケモンを6匹、つまり連れ歩ける最大数まで仲間に加えているということだ。私は特殊な経緯で加入したミライドンを除くと、まだ若葉と佑真しか自分で加入させた仲間がいないから、それだけポケモンを仲間にしていることも、彼らと絆を育んでいることも、素直に尊敬に値する。


「それでは先に、テーブルシティに参りましょう。どこに行ったか心当たりはございませんこと?」
「碧雅はアレだよね、えっと……何アイスだっけ。確かパルデア地方のポケモンが名前に載ってた……」
「もしかして……コジオソルトアイスのことかしら?」
「そうそれ!飛行機に乗ってる時からずっと楽しみにしてたみたいだから、碧雅はアイス屋さんにいるかも。ソルトアイスまでは分かるんだけど、“コジオ”って何のことか、シオンちゃん分かる?」
「コジオでしたら……佑真、出てきて」


説明するより見てもらった方が早い。それに私も仲間の紹介をしなくては。若葉もニャオハの姿に戻って佑真と並び、それを見たユイさんが再び目を輝かせた。


「こちらがコジオの佑真、そして先程の少年がニャオハの若葉。2人とも私の仲間です。よろしくお願いしますわ」
「か、可愛い〜!どっちもちっちゃい!よろしくね、若葉君に佑真君!」
『うん、よろしくね!』
『……よろしく頼む』
「それじゃあ私も。今この瞬間だけ頑張って、晶!」
『……ちっ』


出てきたのは白い綿雲のような翼を持つおとぎ話に出てきそうなファンシーなポケモン。こんな愛らしいポケモンが舌打ちをしたことに内心驚くと同時にスマホロトムで図鑑を調べる。種族はチルタリス、ひこう・ドラゴンタイプのポケモン。
チルタリスは璃珀さんたちと同様擬人化の姿を取り、私を冷たく見下ろす。この世界にも和服の概念があるのかと1人関心した。


「……晶、以上だ。もう僕はボールに戻るぞ」
『ちょっと!シオンになんでそんなに冷たいの!』
『若葉。向こうにも事情があるのかもしれないだろ』
「晶……さん。どうぞよろしくお願いしますわ」
「フン」


小さく息をならしそのままボールに戻ってしまった。ユイさんが苦い顔をして「ちょっと訳ありで」と晶さんの代わりに謝罪をしてきた。私としてもどういった経緯があるのか気にはなるものの……不躾に尋ねるべきではないだろう。この世界にも、様々な事情を抱えた者がいるのだろうし。

さてとりあえず、まずはアイス好きという碧雅さんを迎えに行かなければ。


「宝探しならぬ、仲間探しですね」


クラベル校長が楽しそうに笑い、テーブルシティに向かう私たちを見送ってくれた。



テーブルシティの長階段を降りた先、様々なレストランやテラス席が広がる街中の一角。飲食系なら、この辺りを探せばいると思うのだけど……。


「その、碧雅さんとはどんな方でしょうか?」
「種族はグレイシアで、擬人化した時の姿は青い髪が特徴かな。あとさっきも話したけど無類のアイス好き」
「飲食店が多いのなら、紅眞も近くにいそうですね。あ、紅眞というのは私たちの仲間の1人です。種族はバシャーモで、中華服を着ているのが特徴……でしょうか」
「紅眞くんはパルデアの食材に興味があったようだからね」


グレイシアにバシャーモ。更に言えば碧雅さんはユイさんのパートナーポケモンらしい。私と若葉のような関係性なのかと思いきや、寧ろ立場は逆らしい。逆とは……。


「あれ、ユイたちじゃん。なんでお前らテーブルシティに来てるんだ?」


突然背後から声をかけられ、反射的に後ろを振り返る。紙袋に食材をふんだんに詰め込んだ背の高い青年が私を見て「あんた誰なんだ?」と首を傾げていた。そしてユイさんが紅眞と名前を呼ぶ。


(この人が、バシャーモの紅眞さん。……なんというか……背が、高いわね)


こちらが顔を上げないと満足に顔が見えない。スラリとした長い足が際立つスタイルの良さは男女問わず憧れるものだろう。私のことをユイさんから聞いた紅眞さんは人好きのする笑顔で「俺は紅眞、よっろしくぅー!」と挨拶してくれた。彼もまた、ユイさんとは違うベクトルでとても気持ちのいい人物だ。


「紅眞、勝手にテーブルシティまで行かないでよね」
「悪い悪い。白恵が外に出たいってせがんでさ。碧雅も外に行きたそうだったし……ちょっと出てってすぐ戻ればいいかな〜って思って付き添ったんだ。そしたらめちゃ上手そうな食材のあるお店見つけちまって、店員のおっちゃんと話が弾んで……気づいたらこれ貰った!」
「もー……。ってこれ、貰い物なの!?」
「まぁ……!」


コミュニケーションの高さの賜物だろうか。若葉が「すっごーい!」とはしゃいでいる。なるほど、時には話術を使うことでお金を使う頻度を減らせるのね……。


『シオン、変な勘違いをするな。本来ならキチンと料金を支払わなければいけないからな。アレはまた特別だ』
「そうなのね。でも確かに、彼の気質に触れたら、私も記念に何かをあげたくなってしまうわ」
「……あ、コジオ」
『なんだ、俺のことか?』
「ちょっと頼みがあるんだけど、塩かけてくれる?」
『はぁ?藪から棒になんだお前は』
「佑真、どうかした──」


佑真が誰かに絡まれているようだったので、彼の方を振り向くと、また見知らぬ少年がいた。その手にはコジオを模した、以前食べたアイスと更に別のフレーバーが2つ乗せられた……要はトリプルサイズのアイスを片手に持ちながら、彼は何言わぬ顔で佑真を見つめていた。雪のように涼しげでクールな容貌と、手に持つ可愛らしいアイスクリームのギャップがなんとも言えない。ユイさんと同じ青い瞳に、青い髪。そして寒冷な場所でないと見かけないであろう暖かな格好をした姿。


「もしかして……碧雅さんではありませんこと?」
「……お前、僕のこと知ってるの」


怪訝な表情を浮かべながらペロリとアイスを舐める。確か彼の種族はグレイシア……こおりタイプだったはず。それを表すように寒さに強い格好をしているのだろうか。それにしても、擬人化したポケモンをここまで沢山見ることになるとは思わなかった。まだ報告例が少ないらしいけど、今回の件をジニア先生に話したら驚かれるのではないだろうか。
見知らぬ人間が自分のことを知っていた、その点から警戒され始めているようなので、私は自分の素性を明かす。


「私、今回グレープアカデミーにいらしたユイさんの案内役を任されました、シオンと申します。今はテーブルシティに行かれたあなたを含め、他の仲間を探していたところです」
「案内役……シオン、ね……。ユイがお世話になってるようでどうも」
「いえ、私も新鮮な体験ができて、とても楽しいですから。……ところで、佑真に何かご用でしたの?」
「ああ、そう。コジオソルトアイス、珍しい味で夢中になって食べたら塩の部分がもう無くなっちゃって。良かったらかけてもらおうと思って」
『見返りもなしにか』
「…………、塩代」


真顔でどうするか考えた後、塩の料金を支払おうとしている碧雅さん。なんだか最初の冷たい印象とだいぶ違うのですが。無類のアイス好きと聞いてはいたが、それは本当のようだ。佑真は『そんなもんいらん』と言い、離れた場所でユイさんたちと戯れる若葉と、続けて私を見て小さく息を吐いた。


『良ければ、あの2人にアンタたちの旅路の話をしてやってくれ。俺は野生で生きていた分外のことは少なからず分かるが、2人……特にシオンは、まだジムにも挑戦したことがない。アンタたちの話に、少なからず学ぶことがあると思っている』
「……佑真」


そんなことでいいのと碧雅さんが小さく呟く。けれど確かに、彼らがどういった旅路を経てきたのか、私としても興味があるのは事実だった。


『手を出せ、前賃だ』


サラサラと塩を振りかけてあげた佑真に、碧雅さんは少し考えた後「そんな大したことじゃないけど」とユイさんの元へ向かい、話を通してくれるようだ。


「ねぇユイ、後でシオンに旅の話しておいて」
「あれぇ!?碧雅どこから出てきたの!?っていうかもうシオンちゃんのこと知ってるの!?」
「うるさい」
「あー!コジオソルトアイス!シオンも前食べてたよね!」
「ふふ、そうね。今度機会があったら違う味も食べてみましょうか」


さて、何はともあれ仲間も揃ったことだし…………?


(1.2.3……あら、5人しかいない?)


ユイさんの仲間探しが終わったと思い、改めて人数を数えるけれど、1人足りない。そういえば、紅眞さんが“白恵”という名前を先程言っていた気がする。聞けばその白恵さんはまだ幼い子どものトゲチックのようで、どこに行っているか、ユイさんたちも心当たりは無いらしい。


「この辺りのポケモンはそこまで強くないから、白恵くんでも心配は無いだろうけど……早く見つけないとね」
「モーモーミルクぶら下げたら出てこねぇかな」
「そんな、碧雅じゃあるまいし」
「ユイって時々命知らずだよね」
「冗談に決まってるじゃん!」


…………ちゃー……ん……


「あら?何か声が……」


……ちゃーん……


「向こうの方からじゃない?」


若葉が聞き耳を立てて声の方角を告げる。プラトタウン側の方から聞こえるの?若葉の耳の良さを信じ、みんなで東門を出ると、白いポケモンがふよふよと飛びながらこちら側に近付いているのが見えた。


『ユイちゃ〜ん!』
「あ、白恵!」
『後ろから何かが着いてきてるな』
「え、何かって……!?」


白恵さんの後ろから追いかけてきているのは、ヌメイルだった。だが普通のヌメイルとは異なり、その姿は紫に光り輝き、頭上にはドクロのマークが……ってもしかして、テラスタルしているの!?


『みてみて、きらきらー!』


追いかけられてる張本人は至ってケロッとしていて、寧ろユイさんにそれを見せたかったらしく笑っている。「何あれぇ!?」とユイさんが驚いた声をあげた。


「へぇ、あれがテラスタルかぁ。面白い現象だね」
「頭についてるあのドクロって何、どくタイプってこと?」
「てらすたるってなんだ?寺?」
「えーと……パンフレットによると、パルデア地方でのみ見られる現象だそうですよ。我々の本来持つタイプと全く関係ないタイプにもなれる、未知の現象ですね。あのヌメイルは碧雅の仰るとおり、現在どくタイプに変化しているようです」


待ってください、何故みなさんそんなに冷静なんですか。


『あれは……南4番エリアにいるヌメイルだな。よくここまで連れてきたな』


佑真も感心したように納得してないで!ああ、ヌメイルがとうとう怒ってヘドロばくだんを吐いて……!このままじゃ、彼に当たってしまう!


「若葉、このはでヌメイルの視界を塞いで!」
『任せて!』


若葉がニャオハの姿に戻り、沢山の新緑の葉を撒き散らす。ヌメイルは見事視界が塞がり、ヘドロばくだんは見当違いの方向へ放たれた。けれど今度はターゲットが若葉の方へ。ヌメイルがズンズンと若葉に近づき、りゅうのいぶきを吐き出した。


「若葉!」
「白恵、若葉く……ニャオハの前へ!」
『ばびゅーん』


飛べる分彼の方が素早い。白恵さんが若葉の元へ飛び、庇うように前に出た。そのまま祈るように手を合わせ、白恵さんがユイさんの持つボールに吸い込まれていく。りゅうのいぶきが若葉に当たると思い、駆け寄って庇うように前に出る。衝撃に耐えるため目をつぶった瞬間、不思議な光が放たれたのを瞼の先から感じた。恐る恐る目を開けると……不思議な防御壁を私たちの前に張り、守ってくれているポケモンの姿が。


『白恵を助けていただき、ありがとうございます。シオン様』
「……も、もしかして……緋翠さん?」


両手を前に突き出したまま私の方を振り返り、小さく頷くポケモン。余所見をしているのに目の前のひかりのかべはビクともせず、りゅうのいぶきを防ぎ切る。


『サーナイトは、忠義を誓ったトレーナーためなら空間を捻じ曲げるほどの力を発揮し、己の命を捧げるという。しっかり見ておけ、シオン。先達の戦い方を』


佑真がやって来て後学のために目を離すなと促す。私自身、その光景から目が離せなかった。あれがサーナイト。緋翠さんの、本来の姿。心の通いあったトレーナーとポケモンは、こんなにも息がピッタリなのね。


「ヌメイルには悪いけど……緋翠、サイコキネシス!」
『かしこまりました』


サーナイトが放つサイコキネシスはどくタイプに変化しているヌメイルに効果抜群。堪らずテラスタルが解け、ヌメイルはそのまま逃げ出してしまった。ユイさんが紅眞さんにこれヌメイルにあげてと黄色い大きな木の実を渡していた。佑真に聞いてみるとオボンのみという体力回復に効果がある木の実らしい。


『シオン〜!』
「若葉!無事で良かった……!」


抱き着いてきた若葉をしっかり抱き留める。怪我がなくて本当に良かった。助けてくれた緋翠さんにもお礼を伝えると、ニコリと微笑まれた。


「シオンちゃん!若葉君も、2人とも大丈夫?」
「えぇ。……ごめんなさいユイさん、私足でまといになってしまって」


無我夢中だったけれど、考えればそもそもユイさんたちは私より数段こういったことに慣れているのは考えれば分かっていたことだった。私が余計なことをしてしまって、却って迷惑をかけてしまったと眉を下げて謝罪する。ところがユイさんはなんで?と目を丸くする。


「そんなことないよ?あの時シオンちゃんが若葉君に技を指示していなかったら、きっとヘドロばくだんが白恵に当たってた。どくタイプは効果抜群だったし、若葉君が時間を作ってくれたからこそ白恵もバトンタッチすることができたし、こっちがお礼を言う方だもの」
「……そう、かしら……」
「うん!だからありがとう、シオンちゃん!」
『ありがとう〜?』
「白恵はまずみんなにごめんなさいして」
『はーい、ごめんなさーい。……ところでおねえちゃん、だぁれ?』


トゲチックのつぶらな瞳が私を捉える。そういえば、自己紹介する間もなかったわね。もう何回目になるか分からない自己紹介を終えると、白恵さんは擬人化の姿を取り、私の目をじーっと覗き込む。


「よろしくね、シオンちゃん」


私の目を見たままそう言ってきたので、ええと頷く。白恵さんはそのままユイさんの元へ駆け寄ろうとしていたが、その前に踵を返し私の服の袖を引っ張ったので、どうしたのかとしゃがみ込む。


「こんどは、みらいのどんちゃんともあそぼうね」
「えっ……?」


耳元で囁かれた内容に心臓がどくりと一際大きく波打ち、驚いている間に白恵さんはユイさんの元へ戻って行った。私は思わず自分の胸に手を当てていた。……今の言葉って恐らく、ミライドンのことよね?誰にも言ってなかったと思うのに……。


『シオン、オレあの子ちょっと怖いよ』
「私も、少し薄ら寒い気配がしたわ……」


最後にちょっとホラーな経験をしつつも、無事ユイさんの仲間探しは終わりを告げた。




「もうこんな時間!?アカデミーを回る時間ほとんどないじゃん!」


時計を見るまでもなく、空は既にオレンジ色。すっかり夕焼けだ。結局アカデミーを案内することなく、ユイさんの仲間を探すだけで1日が終わってしまった。


「これはもう1日滞在するっきゃねぇな!」
「良かった……!一応滞在期間余裕もっといてほんと良かった……!」
「ユイたち、まだいてくれるの?」
『……みたいだな』
「おい、マメ助!先程の光るポケモンはなんだ!?まだ他にもあんなポケモンはいたのか!?」
「いたよー」
「よし分かった。今すぐ案内しろ!」
「帰りますよ?」
「…………。」


勢いよく出発しようとした晶さんを一言で諌めた緋翠さん。なんだか怖いのですが。
そしてふと、思いついたことがある。だけどこれは、良いのだろうか……。断られるだろうけど、ダメ元で言ってみよう。


「あの、もし良かったら……私と戦うのは……どうでしょう?」
「貴様とだと?」
「気に触るようならごめんなさい。一応先程のテラスタルは、私も実際使ったことがあるの。あのヌメイルほど強くは無いけれど、あなたにとって利益があるのなら、どうかと思って……」
「……流石の僕もそこまで鬼じゃない。テラスタルとはどういう現象か、それを実際に見せてもらえばそれでいい」
「おお、あの晶が譲歩した……!?」
「ちんちくりん、僕がテラスタルを使えるようになった暁にはまずお前を再起不能にしてやろう」
「なんで私なの!?」
「……ふふっ……」


そのやり取りは冗談だと分かっていても、面白くて。きっと彼らも彼女の反応が面白くて、つい言ってしまうのだろう。小さく笑っていると、若葉が不思議そうに私を見つめていた。


「どうしたの、シオン?」
「……ううん。ただ、いいなぁって、思ったの」


若葉の頭を撫でて、素直な気持ちを吐露した。私もいつか、彼女たちのような仲間を連れて、苦難を乗り越えて。
そしていつか、彼女の隣に立って、共に笑い合いたいと望むのは……欲張りだろうか。


「これからも頑張ろうね、若葉」
「……うん!」


私たちから芽生えた小さな芽は、どんな花を咲かせるのだろう。
未来に期待を馳せながら、私に手を振って呼ぶ彼女の元へ、少しずつ歩み寄る。


「そういえばシオンちゃん、ポケモンの言葉分かってるよね?佑真君と時々話してるっぽいのが聞こえちゃって、気になって」
「えっ!?もしかして、あなたも……?」
「お揃いだね!」
「本当に……。まさか同じ人がいるなんて……」


気をつけてはいたけれど、聞かれてしまっていたとは。でもユイさんも私と同じく、ポケモンの言葉が理解できる方だったのが不幸中の幸いか。夕焼けに染まるテーブルシティの道を歩く私たちの影は、隣り合って並んでいる。


(いつか、きっと……)


彼女と隣り合って心から笑い合いたい。友達として、きちんと名前を呼びたい。若葉は「もう友達じゃないの?」と言っていたけれど、これは私の心の問題だ。


(私に素敵な宝物をくれて、ありがとう)


“ユイちゃん”


声に出さず心の中で呟いた声無き声は、パルデアの風に吹かれて流れていく。風に紛れて彼女の耳に流れ込むその声が、どうか風の音でかき消されつつも、心に残りますようにと祈りを込めて。

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