捧げ物 | ナノ

切磋琢磨の朋

「お兄ちゃーん!ユイお姉さんから電話〜!」


ナギサシティ某日。自宅で本を読んでいた僕に妹のメイが電話だと元気よく駆けてきた。ありがとうと妹の頭を撫でて電話モニターがセットされているデスクに向かう。
“保留中”のボタンを解除すると、シンオウを旅している友人の顔が現れた。


《ナオト、久しぶり〜!メイちゃんも久々に顔見たけど、元気そうでよかった!》
「ああ、久しぶりだね。ところで急にどうしたんだい?」
《あ〜……えっとね、実は……──》


掻い摘んで話を要約するとこうだ。実はマサゴタウンに立ち寄った際偶然ナナカマド博士に再会したところ、博士から手持ちポケモンのデータを取りたいと頼まれたのだそうだ。了承したはいいものの、そこで駄々をこね……物申したのが晶。「どうせなら実践的にフルバトルをしたい」と言ったらしい。彼のバトルに対するストイックさは相変わらずだなと笑みが零れる。


(それで僕たちに白羽の矢が立った訳か)


ユイもジムバッジを複数持つトレーナー。この前聞いた時は5つ目をゲットしたと言っていたか。……これから先のジム挑戦にも、先達として役に立てることがあるかもしれない。予定を確認するが……うん、スケジュールは空いている。


「分かった。レイナには僕から伝えておくよ。楽しみにしているね」
《ありがとうナオト!あ、博士が言ってたけど、メイちゃんも良ければ是非って》
「それは助かるな、ありがとう」


メイは研究所のポケモンと触れ合うのが楽しいみたいで、前にお邪魔した時も楽しそうに遊んでいたのを覚えている。いつか妹もパートナーとなるポケモンを見つけ、共に成長していくんだろうかと思いを馳せる。

ユイとの連絡を終え買い物に行っていたレイナに事の顛末を伝える。驚いていた様子だったが、荷物持ち(という名のお零れのおやつ狙い)で付き添っていた勇人と焔は前々からユイのポケモンたちと戦いたかったようで今から楽しみだと笑っていた。

ああそうだ、伝え忘れていたけど。


「何でも今回はダブルバトル形式で行うらしいよ」
「ダブル?シングルじゃないの?」
「ああ。別の地方の学校ではダブルバトルが主流なところも珍しくないらしい。2匹のポケモンを同時に出すことで戦術は更に多岐にわたる。僕たちもトレーナーとして、ダブルの形式に慣れておくこともいい経験じゃないかな?」
「うーん……一理、あるかな……」


ポケモンのタイプ、特性、技の効果。ダブルバトルになればそれまで培ってきた経験はまた違った顔を出す。もし時間があれば、僕も行ってみたい。今回はレイナがユイと戦うことになっており、僕は次回行うのだ。


「んじゃ後で作戦でも決めておくか?」
「ダブルって聞くと、あたしコンテストパフォーマンス思い出すかも!」
「う、うん。……でも、せっかくなら頑張って勝ちたいね」
「ああ。ユイたちも相当手強くなっているはずだ」
「特にアンタらドラゴンタイプには不得手だろう。向こうはフェアリータイプとこおりタイプが半数を占めているんだ」
「でも逆に言えば……そこを封じちゃえばなんとかなる、かなぁ?」


來夢たちも早くから作戦会議が進んでいる。緋色たちもそれに混ざって、ああでもないこうでもないとアドバイスという名の茶々を入れている。

……敵ではない、好敵手と戦う前というのは、こんなにもワクワクさせるものなんだな。それにしても、まだ本番まで日数はあるのに、随分とみんなやる気に満ち溢れている。思えば知り合ったのは随分昔だったけど、本格的なバトルをするのは今回が初めてかもしれないな。タッグバトルは行ったことがあったけど。
少し緊張しているレイナを宥めるように、声をかける。


「楽しんでおいで、レイナ」


博士の研究の手伝いという建前だが、彼女たちにとっては初めてのフルバトル。友とのコミュニケーションを楽しんで欲しい。目の前の婚約者は、ぎこちなくとも柔らかに笑ってうなづいた。




◇◆◇




「ユイお姉さん、こんにちは!」
「メイちゃーん!」
「お邪魔します、ナナカマド博士」
「今日はよろしくお願いします」
「うむ。よく来てくれた、3人とも」


メイはユイたちに挨拶を交わしたあと、早速研究所のポケモンに会いに行き、付き添いとして天馬と助手が同行してくれている。研究所の外に整備されているバトルフィールドに案内され、今回審判役を買って出た僕にナナカマド博士が何かを手渡してきた。ビデオカメラ?


「来てもらって大変申し訳ないが、今朝急用ができてしまってな。バトルの様子をビデオに収めて貰えたらと思うのだが……」
「分かりました。では……青刃、頼むぞ」
「承知しました」


博士は研究者だ。急な予定が入ってしまっても仕方ないだろう。念の為もう一台借りて……こっちは緋色に撮ってもらうか。
レイナとユイは互いに握手を交わし、女性同士会話が弾んでいる。とてもこれから一戦交える者同士とは思えないくらい、和気あいあいとした雰囲気だ。


「それじゃあ2人とも、そろそろ始めるとしよう」


ナナカマド博士を見送り、2人に声をかける。2人とも頷き、指定の場所へ移動する。今日はどちらも手持ちを外に出していない。相手にヒントを与えないようにしているのだろうか。
緋色と青刃がビデオを構えたのを確認し、僕は審判を始める。


「これより、6対6のダブルバトルを開始する。両者とも交代は可能、トレーナーによる回復行為は禁止とさせていただく」
「……き、緊張する」
「お、同じく」
「奥様!ご健闘をお祈りしています!」
「おい青刃、声入っちまってる!」
「……どっちもアウトだ、小僧ども」
「ふわ〜ぁ……目が覚めるくらいいいバトル、よろしくねぇ〜……」
「実際に戦ってみたかったが……俺もこの勝負、楽しませてもらおう」


今回はビデオ係を除くメンバーもボールから出て観戦するようだ。
2人とも準備が整った合図でボールを構えた。よし、それじゃあ──


「勝負、開始!」


旗を持った僕の手が振り落とされたと同時に、2人ともボールを高く投げあげた。


「焔、誠士、レッツゴー!」
「碧雅、晶、お願い!」


レイナが繰り出したは彼女のパーティーの高火力エース、ガブリアスの誠士、そして高い素早さと手数の多さが魅力であるゴウカザルの焔。対してユイが繰り出したのは誠士たちの天敵かつ彼女の相棒のグレイシア、そして一際強さに貪欲なチルタリス。……相性のアドバンテージはどちらとも、と言えるだろう。


『フン、こけしに貪食猿か』
『まさか初手からお前とは思わなかったぞ。……今日は正々堂々、悔いのない勝負をしよう』
『……。ねえ誠士、遠くから見るとチルタリスの羽ってわたあめみたいで美味しそうだね』
『僕の羽は食べ物じゃないぞ貪食猿。その食い意地も大概にしろ!涎を垂らすな!』
『……緊張感無いなぁ』


(恐らくレイナは誠士を先に出すことで、最大火力とスピードがどこまで通用するかを見定めるつもりだ。フェアリータイプが控えている以上、ドラゴンタイプを2匹同時に繰り出すは愚策。今回は相性補完が適う焔が適任と言えるだろう)


だがそれは向こうも同様。ユイのパーティーの中で一番気をつけるべきは相棒の碧雅。あの特殊攻撃力から放たれるこおり技は、いくら誠士と勇人が強くともひとたまりもない。それ程4倍弱点とは恐ろしいのだ。だからこそ、シンオウチャンピオン・シロナさんもエースのガブリアスにこおり対策のヤチェのみを持たせているくらいだ。チルタリスの晶はひこうタイプを持っているから、誠士のじめん技は当たることは無い。互いにドラゴン技で弱点を突けるが……接近する危険性のあるそれは諸刃の剣に近い。


(まずはやはり碧雅に焔を、晶に誠士をぶつけるのが妥当か)


それはレイナも考えていたようだ。一番素早い焔が駆け出し、次に誠士も腕の爪を光らせ接近する。


「焔、空中からだいもんじ!誠士はドラゴンクローで牽制して!」
『おっけー!先手は貰ったよ!』
『悪いが容赦はしない』


高く飛び上がった焔の放つだいもんじが、地上に佇む碧雅たちに文字通り“大の字”で迫り来る。横からは誠士がドラゴンクローで直接仕留めにかかってくる。空中は炎、地上からは龍の刃。スピードで劣る2匹にユイはどのように対抗するのか。


「碧雅、晶に飛び乗って。晶は旋回しながらりゅうのまい!」
『はいはい』
『……仕方ない。振り落とされるなよ雪うさぎ!』


比較的小柄なチルタリスでも、グレイシア程度なら運ぶのは容易い。碧雅が飛び乗ったのを確認した晶が焔のだいもんじを交わし、舞を披露しながら空中へ翔ぶ。……やはり、晶の起点となるのはりゅうのまい。彼は誠士ほど、いや他のドラゴンタイプに比べると攻撃力が劣ることを理解している。だからこそそれを補うため、補助技を巧みに用いる。

レイナが誠士にかえんほうしゃを指示しジェット機のように飛び立ち羽ばたく晶を狙うが、素早さの上がった彼の方が有利。軌道を読み上手くかわされてしまった。……だが、読んだのは向こうも同様。晶の飛ぶ方向を読んだ焔が炎を纏い、怒涛の勢いで接近する。あの距離なら……届く!


「碧雅君を狙って、フレアドライブ!」
『りょーかいっ!』
「っ、みずのはどう!」


咄嗟に迫る焔に対抗するためみずのはどうを放つが、見事蒸発し晶の上に乗る碧雅にフレアドライブが直撃する。吹っ飛ばされたところを誠士がドラゴンクローで再度狙いにかかるが、そこは晶がドラゴンクローで互いに相殺する。刀の鍔迫り合いのような音が響き、どちらも一歩も譲らない。


『おいこけし』
『?なんだ』
『……お前は強い。それは仕方ないから僕も認めてやる』
『あ、あぁ。……礼を言ったらいいのか?』
『お前は狙ってボケてるのか?天然か?どちらにしろそのこけし顔はムカつく』
「ぶっふぉ!」


……緋色が2匹の会話にツボっているが、気に留めないでおこう。2匹が鍔迫り合いをする中、レイナの指示にて焔が穴を掘り地中から奇襲を仕掛けようとしているのが確認できた。


(そういえば、フレアドライブを受けた碧雅はどこへ行った?)


「晶、しろいきり!」
『……いつかお前は僕が倒してやるからな、こけし』


そう言い残し晶の身体から白いモヤが吐き出され、霧の中に消えていく。フィールドの視界が見えにくくなり、地下に潜っている焔も出るに出てこれないだろう。


『!視界が……』
「誠士落ち着いて!ドラゴンクローで霧を晴らして……──」


──焦った一瞬をつき、氷の槍が誠士を貫いた。
肌を突き刺すような冷気が流れ堪らず頬を撫でる。霧が晴れ、目に入ったのは誠士が力無くスローモーションのようにフィールドに倒れ伏すところだった。
賞賛か感嘆か、ヒューゥ♪と緋色が軽く口笛を吹く。


『審判、仕事してくれる』
「!あ……あぁ。ガブリアス、戦闘不能。グレイシア、チルタリスの勝ち」


どこに隠れていたのか、呆気に取られている僕に碧雅が催促をしてきた。レイナが悔しそうに誠士に労いの言葉をかけ、ボールに戻す。
なるほどなぁと銀嶺が戦況を冷静に分析する。


「ありゃあ碧雅の小僧がドラゴン小僧共が互いにしか目が向いていない状況で気付かれない距離を保ちつつ誠士の小僧の背後に回ったんだ。その直後しろいきりで視界が覆われ、かつドラゴンクローで光った腕を的にして一瞬でれいとうビームで仕留めた。……始めから誠士の小僧だけを狙っていたな」
「だとしても、あの誠士があんなに呆気なく倒されるなんて……」
「どんな強者であれ、やられる時はあっという間だぜ。つーか言い換えればそれだけ向こうも誠士を警戒してたってことだ。仲間を入れ替える手もあるが、残りのメンバーを考えると誠士にはちと荷が重い。地下で潜伏していた焔も足音が複数あっちゃあ、どこを狙えばいいか難しかったかもしれねぇな」

『……ごめんレイナ、誠士』
「謝らないで焔。私も上手く指示出せなかったから」
『……はー……熱くて痛い。晶が代わりに受けてくれたら良かったのに』
『ほざくな雪うさぎ。……どうするんだちんちくりん、予想以上に雪うさぎがダメージを負ったぞ』
「うーん……じゃあ、晶が戻ろうか」


互いに次の手を決めたらしい。レイナは焔をボールに戻し次に繰り出したのはブイゼルの幸矢にボーマンダの勇人。ユイはダメージを負った碧雅をそのまま残し、晶をボールに戻した。代わりに繰り出したのは、僕たちがまだ目にした事の無いポケモンだった。


「サーナイト……!」
「……ってことは、やっと緋翠がキルリアから進化したんだねぇ……ぐぅ……」
「澪、寝るな。お前昔あいつに負けたことあっただろ」
「そんなこともあったっけ……ふぁ〜ぁ……」


気にしていないよう振舞っているが澪、僕は気付いているからな。お前がうっすら目を開けてしっかりバトルを見ているのを。


『おっしゃあ!誠士の仇はとってやるからな!』
『どうするレイナ。手負いの碧雅を叩くか、防御壁を張られると厄介な緋翠から叩くか』
「できればここで碧雅君を倒しておきたいけど……緋翠君がそう簡単に許してくれなさそうだよね」

『ねえ、僕もボールに戻りたいんだけど』
『碧雅、マスターにはちゃんと考えがあるようですよ』
「ごめんって!この前緋翠の技を調べてみたら、面白そうなのがあったからやってみたくって……」
『……まぁいいや。戦闘不能にはさせないでね』


勇人が滾って堪らないというようなギラギラした目を向けている。特性のいかくが発動するが、対する2匹は攻撃力はそこまで高くない。今回は効果的に働くことは無さそうだ。

第2ラウンド、スタートだ。先行したのは素早さの関係上、レイナからだった。


「勇人、碧雅君にしねんのずつき!幸矢もアクアジェットで碧雅君に攻撃!」
『おうよ!』
『行くぞ』
「れいとうビームで牽制して!」


一気に碧雅を叩きに来る2匹に対してれいとうビームを指示するが、片方は退けてももう片方は難しい。勇人はれいとうビームを交わしたため軌道がズレたが、幸矢は真っ直ぐ碧雅を突き抜けるようにアクアジェットをぶつけてきた。流石の碧雅も体力が危ういようで、立ち上がった際に膝折れする。あと少しで倒せそうだ……!


「緋翠、碧雅に向けて“いやしのはどう”!」
『かしこまりました』


“いやしのはどう”
それはシングルバトルではほとんど使うことのない、ダブルバトル向けの技だ。レイナも聞き覚えは無いが技名を聞いてなんとなく効果が分かったのか、幸矢に再びアクアジェットを指示する。だがその前に技が発動し、優しげな光が碧雅を包み込む。光が晴れたその姿は体力が先程よりも回復しているように見えた。
その代償として緋翠がアクアジェットを喰らってしまうが、まだ余力はある。


「碧雅、戻って!」
(……?ユイは何を企んでいるんだ?)


回復した碧雅を戻し繰り出したのは、初戦に出ていた晶だった。晶を見た勇人の目が闘志を燃やしている。


『待ってたぜお前が来るのをよォ!欲を言えば紅眞とも戦りたかったがな!』
『アンタな……今回は協力して戦うんだ。一人で突っ走るんじゃないぞ』
『わーってるよ!さっきのアイツらみたいに背中に乗ってもいいんだぜ?』
『ハァ。アンタは加減が効かないから振り落とされそうだな』
「ふーたーりーとーもー!喧嘩しないようにね!さっきの挽回いくよ!」

『てっきり璃珀が出てくると思ったのですが……晶ですか』
『なんだその言い草は、僕じゃ不満なのか』
「晶が“出せ出せ”ってボール揺らしまくるから、その熱意を買おうと思って。でも相手と相性悪いけど大丈夫?」
『だからこそより燃えるというものだろう。……だがせっかくりゅうのまいを使ったのに、無駄足になったのが惜しいが』


会話もここまで。動き出したのは勇人だった。


「私たちも負けてられないからね!勇人、しねんのずつき!幸矢はその後ろからでんこうせっか!」


勇猛果敢に翼をはためかせ飛び込んでくる勇人を隠れ蓑に、幸矢が背後からでんこうせっかで接近する。どちらも狙いは晶のようでそれを真っ向から受け止めようとユイはコットンガードを指示した。
柔らかな羽毛がしねんのずつきの衝撃をやわらげるが相手はボーマンダ。羽毛を突き破り晶に見事直撃した。


『ぐっ……!』
『晶!…………がっ、!』
『仲間に気を取られ俺から目を逸らすとはな』
「やば、緋翠!リフレクター!」


晶を狙っていたと思った幸矢は、あのスピードを正確にコントロールし吹っ飛ばされた晶に気を取られた緋翠にでんこうせっかを見事当てた。遅れてリフレクターを展開するが、喰らったダメージは2匹ともかなりのものだろう。

よし、とレイナが勇人にアイコンタクトを送る。勇人もそれを理解したようでニヤリと笑った。


「大暴れしちゃって!げきりん!」
『任せとけ!離れてろよ幸矢ァ!』
『……言われなくともそうするさ』

『ぐっ……、ひっつき虫には効果がないのに、げきりん?』
『マスター、如何いたしますか』
「……緋翠、晶を庇いながらリフレクターを張れる?」
『やってみます』


フェアリータイプに効果がないのにも関わらず放ったげきりん。レイナの意図は読めないままだが彼女を信頼しているのか、赤く光った目を見開き縦横無尽に勇人は多暴れする。戦況を見なくてはならない僕たちも右往左往、嵐のように荒れ狂う目の前の龍に恐れを為しながらその光景を眺めていた。僕たちでさえ追いつくのに精一杯なんだ、戦いながらとなると……!


(そうか……!)


暴れれば暴れるほどいい。目の前に理性を失い暴れる相手を見定めながら仲間を庇い戦うのは相当に神経を使う。そしてどうしても周りへの注意が散漫になってしまう。追い打ちをかけるように舞い散る砂埃が視界を暗くし、狭くする。


(緋翠はともかく晶はアレを喰らったらアウト。だから余計に警戒する。そしてそこに近付くのは……)
「幸矢、今!れいとうビーム!」


……まるで先程の意表返しだ。暴れる勇人に距離を取った皮肉か、気を取られている間に近付かれた幸矢かられいとうビームを喰らった晶は避け切れずそのまま倒れた。


「……チルタリス、戦闘不能。ボーマンダ、ブイゼルの勝ち」
「幸矢ありがとう!ナイスショット!」
『まずは1勝だな。……気を抜くな、次が来る』

「ごめんね晶、ありがとう。……白恵、お願い」
『はーい』


ユイが繰り出したのはトゲチックの白恵。以前話した時はバトルに参加しないと言っていたのだが、心境の変化があったのだろうか。フェアリー2匹ということでげきりんは意味を無くし、暴れ果てた勇人は混乱で目を回していた。

レイナが勇人自身にドラゴンクローを打つよう指示を出したのを見て、ユイたちは全員目を丸くしていた。


『……っ、ぐぅ!……っハハッ、スッキリしたぜレイナ!』
「うっそ……戻っちゃった……」
『ぴよぴよがなくなっちゃった』
『自力で混乱から戻るとは……自傷したとはいえ、まだ余力があるようですね』


さて、まだまだ勝負はこれからだ。今度はユイが緋翠にひかりのかべを指示する。勇人と幸矢は遠距離からハイドロポンプとめざめるパワーを放ち、距離を取りつつ攻撃をこなすようだ。さて、未だ一度もバトルに出ていない白恵は何を……?


「白恵、ゆびをふる!」
『いいよー。ちっちっちっち〜♪』
「“ゆびをふる”だぁ?何悠長にかまけてやがるユイの小娘」


銀嶺が眉間に皺を寄せて小言を言うのも分かる。ゆびをふるはランダム性が強く、時には伝説のポケモンが使用する程の高威力の技が出るが、反対にはねると言った意味の無い技も出ることは少なくない。一撃必殺技を狙っているのか、白恵自身に攻撃性のある技がないのか、どちらにせよあれはチャンスに違いない。


「ちょっと可哀想だけど、先に白恵君からたおさせてもらうよ!」
「緋翠、白恵を守って!サイコキネシス!」
『はい!』


サイコキネシスでハイドロポンプを操り、めざめるパワーと相殺する。互いに一歩も譲らぬ状況が続く中、白恵のゆびをふる光景が徐々に変化を帯びてきた。


(身体が、徐々に光り出している……?)
「あれは……まさか……!?」
「何か気づいたのか、疾風」
「説明する時間はない!銀嶺、今すぐ原型に戻れるか!?」
「……ああ、そういうことか。仕方ねぇな。おい、そこのビデオ係も集まれ!」


ちっちっちっと指を振り続ける白恵のスピードが増していき、何だか凄く嫌な予感がする。緋色たちと合流し銀嶺が原型に戻り、僕たちを守るように丸くなる。鋼の体からちらりと見えた光景は、白恵の体から眩いくらいの輝きを放たれているところだった。


『ちっちっちっちー!』
『レイナ、離れろ!これはきっと……』
『……!俺が行く!』
『マスター!リフレクターを張ります!』
「「えっ?」」


互いのポケモンが主人を守るため動き、2人が困惑した声を上げたところで一瞬無音になった。


『たーまやー!!』


呑気な声の後、けたたましい爆発音が響いた。あれは、“だいばくはつ”だ……。守ってくれた銀嶺にお礼を言い審判の位置に戻ると、明らかに見て分かる通りフィールドはクレーターが生じ、全匹戦闘不能だった。
ちなみにレイナとユイはというと、レイナは勇人が庇う形で、ユイは緋翠が咄嗟に張ったリフレクターの中で、どちらとも無事だった。


「……だ、だいばくはつにより、全匹戦闘不能」
『けほっ。……どっかーんって、すごかったねー』


黒こげになっても目をきらきらさせて手足をパタパタさせる白恵を見て、僕は口元が引き攣った。意味は違うけど、これは確かに“白い悪魔”だ。




アクシデントもありフィールドを整地したところで、再びバトルを再開する。今のところ両者ともに互角の戦い。後半の戦局はどう変化していくのか。


「それじゃあ……笑理、來夢、レッツゴー!」
「璃珀、紅眞、お願い!」


でんき・エスパー対、みず・ほのお・かくとう……状況から考えれば有利なのはレイナの方だ。だがなんだろう、このモヤモヤとした気持ちは?何かを見落としているような……。
だが僕個人の考えはこのバトルには関係ない、後半戦がスタートした。一番初めに動いたのは意外にも璃珀からだった。


「璃珀、笑理ちゃんにさいみんじゅつ!」
『中々容赦ないね、ご主人』
「笑理、ほうでん!璃珀さんを近づけないで!」
『分かってるよー!』


さいみんじゅつを防ぐため放った全方位のほうでん。その電気を活かした來夢がサイコキネシスで雷の龍を模した物体を作り、璃珀に迫る。だが璃珀はその余裕な態度を崩さなかった。


「紅眞、間に入ってブレイズキック!」
『任せとけ!』


璃珀の前に立ち蹴りを放つことで守り通した紅眞。だが完全に相殺したとはいえず、僅かにダメージを喰らっただろう。そして紅眞の特性が発動し、彼の素早さは時間と比例して増していく。


「そのまま來夢ちゃんにもブレイズキック!」
『あわわわ……!』
「焦っちゃダメだよ來夢!笑理、捕まえなくていいから來夢の前で最大限くさむすび!」
『う、うん!』


速さはポケモンバトルにおいて何よりも重要だが、目で獲得出来る情報は減っていく。駆け出した紅眞には、笑理がくさむすびを発動したのに気づくことは無い。笑理が最大限出せるくさむすびの輪っかは大きく、それこそ來夢のような緑の球体。速さで正確に視覚情報を整理できない紅眞にとって、それを來夢と錯覚させるのは難しくなかった。


『あ、あり、ハズレ?……ってなんか絡まった!?』
「今だよ來夢、サイコキネシス!」
「璃珀、ミラーコート!」
『了解だ』


今度は璃珀が紅眞を庇う形で前に立ち、サイコキネシスを受ける。ただ鏡のように輝きを伴った璃珀は攻撃を倍返しで跳ね返し、その衝撃は來夢を襲う。


「笑理、くさむすびで璃珀さんを捕まえて!」
『!……なるほど』
「そのまま……ほうでん!」


くさむすびで身動きの取れない璃珀をほうでんが襲う。普段余裕な態度を取る璃珀も効果抜群はキツいみたいで、叫びはしないものの顔を歪めている。電気が止んだ後、ピリピリと身体に痺れが残っているようだ。ほうでんは全方位技、ユイはなんとか紅眞だけはとびはねるで空中へ飛び上がる形で一時避難させた。


「ほうでんの影響を來夢も受けちゃったから……來夢はじこさいせい!笑理は璃珀さんにとどめの──」
「紅眞、とびはねるの勢いつけたまま……地面を蹴って!」
『おう!……どーっ、りゃっ!!』


とびはねるから技を切り替え、長い脚が真っ直ぐに伸びたまま地上と接触する。落下の勢いを殺さぬまま、自身の力と混ぜた渾身の蹴りは“じしん”となり、フィールドのポケモンに襲いかかる。
特に効果抜群だった笑理はひとたまりもなく、小さな体がフィールドに倒れ伏した。


(來夢はともかくとして、璃珀もまだ体力が残っているのか)
「あれは特性のふしぎなうろこが発動していますね。まひ状態になったのが逆に功を奏し、じしんの威力を抑えたのでしょう」


青刃がビデオを回しながら特性を教えてくれる。波導で僕の考えていることを読んだのだろうか。先に追い込まれたのはレイナ。序盤に出した焔を再度繰り出す。ノーダメージだったのがせめてもの幸いか。


『焔、頑張ろうね』
『……うん。今度こそ、ちゃんと……!』


焔は序盤のあなをほるを当てられなかったのが相当悔しかったのか、その青い目には静かな闘志が燃えている。その焔を見て紅眞も思うところがあるのか、好戦的な笑みを見せた。


『にひっ、そう来なくっちゃな!よっしゃ璃珀、このまま一気に……』
「紅眞、ティナちゃんに教えてもらった“あの戦法”、やろう!」
『今かよ!?』
『タイミングとしては今が最適だと思うけどね。きみも充分あったまったろう?』
『んー……まぁな。仕方ねぇ!焔、來夢、またな!』
「紅眞、“バトンタッチ”!」


その技名を聞いた途端、背筋がゾクリとくるものを感じた。僕と同様、周りの仲間たちもユイたちの意図に気付いたのか、全員ドン引いている。


「うっわ……マジかよ」
「ハッ、ユイの小娘どもはこれを狙っていたわけか」
「上手く機能すれば強いけど……よく持っていけたね」
「だがまだ勝負は見えていない。焔に受けたダメージも完全には回復していないし、逆転のチャンスもあるだろう」
「……なぁ、バトンタッチってなんだ?」


不意に後ろから勇人の声が聞こえた。声のした方を振り向くと、ちょうどタイミング良く回復に行っていた前半のバトル組が帰ってきたところだった。……誠士は今回分かりやすく気落ちしているが、晶が怒っているような慰めているようなよく分からないことを捲し立てている。隣にいた幸矢が分かりやすくため息を吐きながら勇人に技の効果を説明する。


「あの技は、使ったポケモンの上昇した能力をそのまま次のポケモンに残したまま交代できる技だ。紅眞の特性はかそく、そして残されている控えのポケモンは……ここまで言えば分かるだろう」
「……え、」


勇人の愕然とした声と共に姿を現したのは、碧雅だった。誠士を突破した攻撃力に、紅眞のかそくで増した素早さが付与された凶悪なグレイシアが完成だ。
……これがユイの狙っていたことか。まだ碧雅は4つの技全てを披露していないが、恐らくシャドーボールは枠に入れているだろう。要は現在残っているレイナの手持ち全てに弱点を突けるということだ。


(ここまで見ていて、2人のバトルスタイルは似ているようで異なっている)


2人とも自分のポケモンを信じて戦うのはもちろんだが、レイナは個々のポケモンの能力を活かし、確実にダメージを与えていく全員に突破力がある攻撃型の戦法。対してユイは仲間に補助技を多めに使い、ラストの相棒に全てを託す繋ぐ戦法。逆を言えば碧雅が倒れてしまえばそれまでだが、噛み合った時の突破力は中々のものだろう。


「……うん、面白い」


レイナが一人静かに、冷静に戦局を見据える。その声色に恐怖はなく、ライバルに対する称賛だった。


『俺たちがここまでお膳立てしたんだ。大活躍してくれよ?碧雅くん』
『……お前に言われなくとも、速攻で仕留めるつもり』
『來夢、一緒に頑張ろ』
『う、うん。勝ちたいもんね』
「碧雅、シャドーボール!」


動き出したのはもちろん、碧雅からだった。目に見えないスピードで來夢を狙ったシャドーボールは避けきれず、來夢に直撃する。事前にじこさいせいで体力をリカバリーしていたのが幸いで、まだ來夢の体力は残っていた。


「璃珀も回復しなきゃ……じこさいせい!」
「させないよ!來夢、ドレインパンチ!」


2つの腕が光を伴い、璃珀の体力を奪う。元々ほうでんで体力がほとんど無かった璃珀は後の仲間に全てを託したか、特に避けることもせず技を受止め不敵に微笑んでそのまま倒れた。労いの言葉をかけたユイもラストスパート。紅眞が再びフィールドに現れた。この対面は……。


「ちょうどお互い最初の2体が残ったな」
「へーぇマジか!偶然でも良い展開じゃねぇか!」
「……おい、ちょくちょく気になってたが緋色。お前ビデオ途中からまともに回してねぇだろ」
「やっぱこういう熱い対決は直接目で見た方がいいじゃねぇかよ。だいじょーぶだって、青刃が撮ってくれてるし」
「ああ、安心しろ。奥様のご活躍だけはしっかりとこのビデオに収めている」
「……ダメだ。ユイの分撮ってやらねぇと博士に叱られちまう」


泣いても笑ってもこの対戦で終わる。最終戦がスタートした。


「碧雅、焔君にみずのはどう!紅眞は來夢ちゃんにブレイズキック!」
「焔、あなをほる!來夢はサイコキネシスで紅眞君の足を止めて!」


みずのはどうが直撃する前に焔が地下に逃げ込み、紅眞のブレイズキックの動きをサイコキネシスで止める。相性不利なこともありサイコキネシスを振り解けない紅眞は正にうってつけの的だった。


「今度こそ当てる!紅眞君にあなをほる!」
『っ、喰らえっ!』
『ぎゃー!』
「もう一度みずのはどう!」


互いに攻めて、攻められて。みずのはどうが直撃した焔は膝をつくが、その闘志はまだ消えていない。


『……僕が、僕たちが……絶対、勝つんだ!』
『……“もうか”だ』


厄介な、というように碧雅が特性が発動したことを悟る。焔の頭上で燃える炎は通常より一回り以上大きく燃え上がっていた。


「焔、だいもんじ!」


ほのお技の威力がさらに上昇し、本人のやる気も上がっている。渾身のだいもんじはフィールドを覆い尽くす程の威力を誇っていた。


「みずのはどう……じゃ消えないよね、これ!」
『そもそももうか発動前も相殺してない、威力弱めただけ』
「……なら碧雅はでんこうせっか、紅眞はとびはねるで避けて!」
「來夢、炎の中に突っ込みながらギガインパクト!」
『〜〜〜っ、行ける、行ける!行っけぇええぇ!!』


一瞬ビクついたものの、勇気を奮い立たせて來夢が物凄い勢いで炎の中に突っ込んだ。炎を纏った渾身のギガインパクトがでんこうせっかで炎を避けた碧雅に向かって突っ込む。敢えて受け止めようとしたのか、シャドーボールの力を溜め込み口元で構えたまま、碧雅がギガインパクトを喰らうと同時にゼロ距離で來夢にシャドーボールを当てる。

ギガインパクトの衝撃が激しく土煙が蔓延る中、2匹の相棒は互いに揃って体力が尽き、地に伏していた。


「碧雅!」
「來夢!」


どちらともやはり相棒が倒れるのは辛いものがあるのか、お互い唇を噛み締めてつつもボールに戻す。


『……ってことは残りは』
『僕たちだね』


残りはお互いほのお・かくとうのゴウカザルとバシャーモ。だが焔はもうかが発動しているように体力が少ない。確実に、かつ短期戦で終わらせなければ紅眞はどんどん素早さを上げて手に追えなくなる。


「焔、もう一度だいもんじ!」
「紅眞、こっちももう一度とびはねるで避けて!」


広範囲のだいもんじを避けるため空中へ飛び上がって逃げる紅眞。……レイナが待っていたとばかりにニヤリと笑った。


「そう、待ってたよ!焔、“フィールドをインファイトで叩き壊して!”」
『なんだぁ!?』


焔が拳を次々と地面に叩きつけ、それは岩肌のようにゴツゴツと荒々しいフィールドへと姿を変え、着地の足場としては不安定なバランスで岩山が形成される。……先程のような安定した足場でなければ、あのじしんは使えない!


「岩をシーソーのように利用して、飛び上がる!」
『……えい、やっと!』


平たい岩が上手いことシーソーのように活用でき、勢いをつけて紅眞より高く飛び上がった焔。陽の光を浴びて、炎がより一層燃え上がった。


「フレアドライブ!」
『いっ……けぇええぇ!!』


今日一番と言えるくらいの炎を纏ったフレアドライブが身動きの取れない紅眞を直撃し、岩肌のフィールドに突き刺さる。
焔は渾身の一撃を加え、フレアドライブのダメージもありもう限界のようだった。


『ハァ……ハァ……!』
『…………。』


紅眞まだ、立っていた。
だが直後、ぐらりと揺らめき、フィールドに力なく倒れる。スローモーションのように倒れた光景を見て、僕は目を伏せる。そして長かったようで短かった時間の終わりを告げた。


「……バシャーモ、戦闘不能。ゴウカザルの勝ち。よって勝者、ナギサシティのレイナ!」
「「……は、はぁぁ〜……!」」


2人ともその場で力が抜けたように座り込む。ここまでのフルバトルは初めてだったからね、僕も手に汗握る戦いを間近で見て、心臓がバクバクしているし。


「お疲れ様だな、2人とも!良いバトルだったぜ!」
「小娘どもにしちゃあ健闘したんじゃねぇか。……だが最後で全部台無しだ、トレーナーなら最後までシャキッとしてやがれ」
「銀嶺、口を慎め。お2人とも、お疲れ様です。仲間の回復は私が研究所で行いましょう」
「いい眠気覚ましになったかも……ぁふ」
「嘘をつくな。お前もしっかり見ていたのバレているぞ」

「レイナ!やったな、やってくれたなー!」
「……すまないレイナ。私は今回殆ど役に立てなかった」
「だからアンタは気にしすぎだ。それに、お前に頼らなくとも俺たちだってここまで戦えるってところを見せられたんだ。かえって良い経験ができたと言えるぞ」
「……ありがとう、みんな。……誠士にはいつも頼りにしっぱなしだから、たまにはこういうことだって起こるよ。でもおかげで焔のやる気が増して、結果として勝てる要因になったんだから、誠士はいつまでも気にしないの!」

「お疲れ様です、マスター」
「負けちゃったぁ……。みんなありがとうね」
「ユイちゃん、がんばった。よしよし」
「だから雪うさぎだけのアタッカーでは無理があると……まぁ良いだろう。次は僕にバトンタッチしてもらうからな。あの素早さを実際に体験してみたい」
「いや今日は疲れたからもう休もう?」

「お兄ちゃーん!」
「ナオトー!バトルは終わったの?」


ああ、メイが天馬を引き連れてこっちにやって来ている。その手に持っているカゴにはいつの間に作ったのか、色とりどりのポフィンが敷き詰められていた。
なんとかビデオも無事に撮れたようだし、來夢たちが回復している間に小休止しよう。

その後は……そうだな。この前カレーの作り方を調べてみたから、こっそりと台所を借りてカレーを作ってみよう。アレなら野菜を炒めてルーを入れて煮込むだけだから、きっといけるはずだ。


(隠し味は入れれば入れるほど良いらしい。それなら……)
「ちょっと待てナオト。お前何か変なこと企んでないだろうな?」
「緋色?ただカレーの隠し味を考えていただけだが」
「…………あぁ、分かった。なら後で一緒にやるぞ。研究所を事故現場にしたくない」


全てを悟ったような表情で緋色がメイからポフィンを貰う。相変わらず彼には迷惑をかけてしまうなと思いつつも、勝者の婚約者が喜ぶ顔を胸に秘め、激闘を経た彼らの為に美味しいカレーを作ってやるんだと違うのだった。

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