捧げ物 | ナノ

Gift

朝、ベッドで目を覚ました瞬間から妙な違和感はあった。やけにベッドの布団や枕が大きい。大きいと言うよりは、いつもより距離感が近いような気がした。あと、部屋も昨日寝る前に見た時より広くなったような。些細な違和感はあるけど、光景はほぼ変わってない。……もしかしたら、まだ寝ぼけてるのかもしれない。顔を洗ってサッパリしたら目が覚めるかな。
顔を洗う前に体をほぐそうとベッドの上で腕を伸ばしたら、何故か上げられずボスンと元の位置に戻った。


(……あれ?)


どうしたんだろう。もう一度腕を伸ばそうとした時、ふと視界に入ったのは小さな手。人間の手じゃない、茶色い毛に覆われた小さな可愛い手。それは私の体から伸びてるように見えた。


(HA?)


ピシリと石になったように固まる私。腕をゆっくり下ろし、自分の体をよく見てみる。体は腕と同様、茶色い毛に覆われて、下を向いても見えるくらい更にもふもふとしたクリーム色の毛が襟巻きのように首元に包まれた体。手のひらを開いてみると、ピンク色の愛らしい肉球が姿を現した。今度は手を自分の顔に当てて輪郭を確認する。ふわふわ、ふさふさした感触と肉球のぷにぷに感が気持ちいい。その気持ちよさとは裏腹に私の心臓は嫌な鼓動を立てていた。まさか、まさかまさかそんなまさか。

藁にもすがる思いで部屋に備え付けられた鏡に飛びつく勢いで向かった。その時の姿勢が四つん這いでベッドを飛び降りたこと、何故かいやにその姿勢が体に馴染んでいたことが更に嫌な予感の拍車をかけた。


(…………。)


鏡の前に立っていたのは寝起きの私ではなく、“しんかポケモン”の“イーブイ”だった。


『いっぶぅぅー!?(嘘でしょー!?)』


鏡の前で慌てて動き回るイーブイもとい私。え、どうして私イーブイになってるの?なんで!?もしかしてまだ夢を見てる!?
バタバタ鏡の前でくるくる走り回っても状況は変わらないけど、何かしてないと落ち着かない。そして何の変哲もない所でずっこけて頭からごっつんこ、痛い。堪らず手(前足)で頭を抑える。痛いってことは、これは夢じゃない……?
そしてぶつけた拍子にピーンと閃いた。この世界のポケモンと言えば、擬人化じゃん!体を起こし、目を瞑り意識を集中させた。


(思い浮かべろ人間の私を〜。へん!しん!)


結論から言うと出来なかった。というか、出来るわけない。私は元々人間だし、ポケモンがどんなメカニズムで擬人化をしているかなんて知らないんだから。以前碧雅たちに聞いた時はすんなりやっているような口ぶりだったから、私にもできるかと淡い期待があったけど、そんなに世の中甘くなかった。
一人(一匹?)ため息を吐くと、ドアからコンコンとノックが鳴った。


「マスター、朝になりましたよ」
「朝食に紅眞くんがパンケーキを焼いてくれてるよ」


この声は緋翠に璃珀。昨夜は部屋が沢山空いていたので、せっかくだからと私だけ別で部屋を取らせてもらったのだ。隣の部屋だからそこまで離れてないとはいえ、律儀な緋翠が声をかけに来てくれたんだと思う。どうやってこの状況を説明するか、できるかはさておき仲間が来てくれたのは有難い。
「助けてー!」とドアを隔てた先にいる2人に声を張り上げるけど意味は通じず、頭の中ではてなマークを浮かべているのが分かった。不審に思ったのか、璃珀が真剣な声色で「ご主人開けるよ」と伝えドアを開ける。ひとしきり部屋を見渡し、最後にふと下を向いた璃珀の水色の目と、イーブイの私の目が合った。


「……イーブイ……?」
「イーブイ、ですか?」
『……ぶ、ぶいっ(……よ、よっ)』


気まずい空気を緩和したくて、ぎこちなく片方の前足を上げてアピールしたけど、目の前の光景を見て茫然としてる2人に意味は無かった。




◇◆◇




「ほぉ〜ん?で、ユイがいなかった代わりにこのイーブイがいたんだな」
「ええ。まだこの子の言葉がよく分からないので、恐らく生まれたばかりかと。……この子がマスターの部屋にいたことも気になりますが、マスターは一体どこに行かれてしまったのでしょうか」
「朝の散歩に行ったのかもしれないよ。で、部屋の鍵をかけ忘れてこのイーブイが偶然ご主人の部屋に入ってしまった、とか」
「ぶっ!有り得る。ユイ結構抜けてるとこあるしな〜」


パンケーキの焼ける音とテレビのシンオウ・ナウの放送をBGMに朝の時間が進む。とりあえずと璃珀に抱かれて手持ち部屋に連れて行かれたは良かったものの、まさか私の言葉が通じていないとは。言葉も通じないし擬人化もできない、即ち意思の疎通が取れない。


(言葉が通じないってこんなに不安な気持ちになるんだ……)


仲間のみんなが危害を加えることは無いと分かってはいるものの、自分の思ったことを相手に伝えられないという事実に心細さと不安を感じる。気持ちを伝えることが出来ないのがこんなにもどかしいとは思わなかった。本来のポケモンと人間は、この壁を乗り越えて絆を育んでいくんだ。私は改めて、言葉が通じる能力に助けられて甘えてきてたんだなと実感する。


「……お前、メスなんだね」


今まで部屋にセットされていた雑誌をソファで読んでいた碧雅が顔を上げて、私のしっぽを見て呟いた。璃珀たちが連れてきても一瞬だけこっちを見ただけだったのに、一応気にしてたのかな。確かイーブイってグレイシアの進化前だし。


「碧雅、分かるのか?」
「イーブイの見分け方はしっぽの先の模様なんだよ。メスは丸みのある模様」


へー、そうなんだ。なんかハートみたいで可愛いー。


「そっかメスかー。妹ができた気分じゃん、碧雅!」
「いらないけど」
「即答ですね。……すみません。口ではああ言ってますけど、怖い方じゃありませんから」
『ぶい(うん分かってはいる)』
「いい子ですね」


頷けば緋翠にいい子と頭を撫でられた。緋翠の性格が反映された、優しい撫で方。ジェスチャー偉大だ、非言語コミュニケーション万歳。

はーそれにしても、目にするもの全てが大きく見えるなぁ。違和感が本物だと分かって改めて見る世界は新鮮だった。テレビも、テーブルも、ソファも、人間サイズに合わせられた家具は小型のポケモンには特大サイズだ。
キョロキョロ周りを見渡す私を紅眞たちは“まだ子どもだから周りのものに興味津々”とでも思っているのか、微笑ましい生暖かい目で見られているのを感じる。碧雅はというとまた雑誌に視線を戻していた。うん、我が相棒ながら冷たい。

するとドアが開き、入ってきたのは姿の見当たらなかった晶と、そんな人型をとっている晶の肩に原型で乗ってる白恵だった。テーブルの上に乗ってみんな(碧雅とキッチンで調理してる紅眞を除く)に囲まれた私の姿を見て、片方は顔を顰め、もう片方は首を傾げて私に近付いた。


「なんだこのイーブイは。拾ったのか」
「ユイの部屋にいたんだってさ」
「……ふぅん。で、そのちんちくりんはどこにいる」
「朝の散歩」


ちょっと碧雅、散歩で確定しないでよ。ていうか私はここにいるんだって。


『…………ユイちゃん?』


トゲピーのつぶらな瞳が私を捉え、瞳の中に驚いた表情のイーブイが映る。体が反射的にびくっと動いた。流石不思議ちゃん、なんとなくでも核心をついてる。
白恵の言葉に食いついたのは意外にも璃珀だった。


「少し分かるかもしれないな。この子を初めて見た時、ご主人の顔が思い浮かんだんだけれど……何故だろうね?」
「あーでも、ユイをポケモンに例えたらイーブイかもしれねぇなー。ちっちゃいし、言葉は分かんねぇけどよく笑ってるし」
「自然と目を惹き付けられると言いますか……なんとなく目を離せない何かがありますよね、この子」
「要はちんちくりん2号か。……案外、こいつがちんちくりんだったりしてな」


お、おお!晶、正解。大正解!冗談だと鼻で笑いながら言ってるけどその冗談合ってるんだよ、実は。
けれど悲しいかな。他のみんなにはもちろんそんな非科学的な現実が実際に起こっていると分かるはずもなく、「んな訳ないだろー」と一蹴され笑われて終了してしまうのだった。はぁ。

自然と耳が下がりため息を吐いていたところ、いつの間にか背後にいた碧雅に首元をつつかれた。


『いぶぅぅ!?(ぎゃあぁぁ!?)』
「うるさっ。……そんな怯えなくてもいいじゃん」
『いっぶ、ぶー?(何か言った?)』
「……お前、もしかして野生のポケモン?昨日PCに泊まったトレーナーの中で、イーブイを連れてる人は見かけなかったと思うけど」


意味が分からないからか私の疑問を華麗にスルーし自分の質問をする碧雅。おいコラ、さっきなんて言ったの。
まあとりあえず、野生……なのか、私?トレーナーはいないし、そもそも自分だし。ボールに入ってもないから野生にカウントされると思うことにして頷いた。


「……そう」


ぐぅぅ〜


そういえば何も食べてないし動き回ってたからお腹空いた……。私の情けない空腹音を聞いた碧雅が目をぱちくりとさせ、音の発生源が私だと分かると、少しだけ口元を緩めた。


「紅眞、ごはん」
「もうそろそろできるからそんな急かすなって」


てっきりお腹の音を突っ込まれて笑われるかと思ったけど、そんなことはなかった。幸い、紅眞たちにも聞かれることはなかったようだ。


「おい。何故こいつも自然と輪に入ってるんだ。いつまでも連れ回すわけに行かないだろ。元いた場所に返してこい」
『あっちゃん、おかあちゃんみたい』
「朝食を共にするくらいは構わないんじゃないかい」
「今朝は作りすぎちまったし、食べてくれると助かるんだよなー」
「それに“元いた場所”と言っていましたが、それはマスターの部屋になってしまいますので、必然的に関わる必要性があると思いますが」
「…………。」


晶、無言でお皿を取り出し包丁でパンケーキをカットしだす、の巻。


「子どもなら一口サイズに切ってやらないといけないだろ。喉に詰まったらどうする。全くめんどくさい」
『あっちゃん、やさしー』
「……そういえば、晶が仲間になってすぐの食事の時、意地になって擬人化してなかったことあったよね。それもあって気にしてるんじゃない」


確かに。私たちもお皿変えようかーとかカットしようかーって聞いたけど、頑なに晶が「必要ない」とか言ってたっけ。私……もといイーブイが食べやすくしてくれてるんだ。「断じて!違う!」って言ってるけどカットの手は止まってない。


「晶サンキュー!ついでに皿みんなの分出してくれよ」
「はぁ?……全くなんで僕が」
「と言いつつやってくれてるね」
『あっちゃん、いいこ。ぼく、もーもーいれてあげるね』
「では白恵、私の手伝いをお願いします。今朝はモーモーミルク入りのミルクティーにしましょうか」
「碧雅ー。暇ならユイの部屋もう1回行って声掛けてきてくれよ」
「……まぁいいか。行くよイーブイ」
『ぶいっ、?(ふぁっ、?)』


……ちょ、ちょっと待って。これ、ピンチでは?今私はイーブイの姿になってて、部屋にはいない。最初緋翠たちが起こしに来た時は運良く詮索されなかったけど、今訪れた時にもいないことが分かれば、流石に不味いのでは……。
碧雅に首根っこを掴まれて内心冷や汗ダラダラな私を余所に、碧雅は部屋のドアを開けて私の部屋へ向かおうとしている。
その瞬間、緋翠が冷蔵庫を開けて「おや?」と声を発した。


「紅眞、モーモーミルクが入っていませんよ」
「マジ?じゃーモーモーミルク切れちまったな」
『もーもー!?』


白恵の目がこの世の終わりと言いたげな声で目を少し見開いて叫んだ。白恵のビックリ顔ってなんだかレアだな。
晶がさも当然だとばかりに皿を並べながら小さく息を吐く。


「あれだけ毎日飲んでいれば足りなくなるだろうな」
「一日一本は欠かさず飲んでるからね、白恵くん」
「昨日もうちょい多めに買っとけばよかったな。碧雅悪い!ユイ呼ぶ前に買い物頼むわ」
「えぇ……」
「余った金でアイス買っていいから」
「分かった」


即答かい。相変わらずアイス絡みになると従順というか、扱いやすいというか。そして紅眞、君はなんだかお母さん的ポジションになってない?


「でしたら私も参ります。マスターがまだ外におられるかもしれませんし」
「イーブイも外の空気を吸いに2人について行くかい?」
『ぶいっ(うん)』


璃珀が推測で言った朝の散歩が確定になっている。この姿で外に出た時の比較がしてみたくて、ついうなづいてしまった。
お金を受け取った2人がドアを開けたのに続くと、璃珀と白恵が「行ってらっしゃい」と手を振ってくれたので、しっぽで振り返した。




◇◆◇




イーブイの足で踏み締める地面、肉球からダイレクトに土の冷たさと固さを感じる。嗅覚も人間より発達しているみたいで、土の匂いも道中伝わってくる。
私の前を碧雅と緋翠が歩いていて、2人を見失わないように懸命に追いかける。人間の姿で考えれば四つん這いになって歩いているようなものだよね、今歩いていても違和感無いし、寧ろ動きやすい。なんだか着実にポケモンの体に馴染んできている気がするぞ。

モーモーミルクの入った紙袋を抱える緋翠を見て手伝いたい衝動に駆られるけど、残念ながら今の私はただのイーブイ。1本のビンも持てないただのイーブイ。ショップの店員さんに「可愛いねぇー」とおまけでモモンのみをいただきそれを絶賛堪能中のイーブイ。空腹には勝てなかった、美味しいモグモグ。


「美味しいですか、イーブイ?」
『ぶい!ぶっぶーい(うん!手伝えなくてごめんね)』
「大丈夫ですよ」


しっぽの動きと表情を併用するのが分かりやすいのか、緋翠は比較的私の言いたいことを把握してくれて助かることが多い。


「碧雅、アイスは買い終えましたか?」
「まだフレーバーを選びたいから、先に外出てて」


冷凍コーナーでまだアイスを選んでる碧雅はいつものことなので、緋翠も「先に戻りますね」と平然としている。外に出ると、チリンと鈴の落ちた音が聞こえた。それと同時に、地面に倒れる鈍い重い音も。


「うぇーん!」
(あの女の子、転んじゃったんだ)


緋翠も気づいて荷物を地面に置き駆け寄ろうとしていたけど、ここは手ぶらかつ何にもしてない私が行かないと。と言うよりも、考えるより先に身体が動いていた。


『ぶいぶっ(大丈夫?)』
「ぐすっ……いー、ぶい……さん?」


女の子の丸い目が私を捉えた。女の子は瞬きを繰り返しながら私を眺め、ふと目に入ったらしいしっぽを見て、恐る恐る手を伸ばした。


『ぶっ(ぎゃ)』
「ふっさふさだぁ……!」


目、凄いキラキラしてるけどしっぽ掴まれるとなんとも言えない感覚に襲われるんですけど!?気持ちいいような痛いような背筋がゾワッとするとにかく触られたくないこの感じ!……で、でも我慢だ私……女の子が、泣き止むまでは……!


『……ぶ、ぶゅぅ……(……ぐ、ぐぬぬ……)』
「わっ!ごめんねイーブイさん」


女の子はしっぽを触り続けたおかげが、徐々に落ち着きを取り戻して、しっぽから私の体を撫でるくらいには泣き止んでくれた。
そして緋翠が駆け寄り、女の子の怪我の有無を確認する。


「お嬢様、お怪我はありませんか?……これは、やすらぎのすず?」
「う、うん。おまもりでつけてたのに、落ちちゃったの」
「転んだ拍子に取れてしまったのですかね。付け直しましょうか?」
「だいじょーぶ!あたし、つよいこだもん!それ、イーブイさんにあげるね!しっぽさわらせてくれたお礼に!」


すっかり元気を取り戻した女の子は緋翠から受け取ったやすらぎのすずを私に渡した。
いや、有難いけどこの手じゃ受け取れないんですけど。


「なるほど。ではせっかくですから、こうやってリボンに結び付けて……」


緋翠がどこに忍ばせていたのか、持っていたピンク色のリボンに鈴をつけ、そのまま私の首元に結び付けた。おお、苦しくないし丁度いい。動くとちりんちりん心地良い音が鳴る。女の子も満足したのかお礼を伝え走り去ってしまった。また転ばないようにねー。


「何してるの、緋翠」
「イーブイが頑張ったので、ご褒美ですよ」


PCに戻る道中、女の子との一件について話す緋翠と今回は質より量をとったのか、チョコとバニラのミックスアイス(ボックス入り)にしたらしい碧雅と並んで道を歩く。歩く度に鈴がちりんちりん鳴って、すれ違う人たちにクスクスと微笑ましく笑われるのが少し恥ずかしくなってきた。多分鈴の他に付けてあるリボンの存在感が大きいからだと思う。後ろから見えないけど、多分これ蝶蝶結びしてるでしょ。
後ろを気にする私を見て、クスクスと緋翠が笑う。


「可愛らしいですね。あとでみんなに見せてあげましょうか」
「ところでさ、このイーブイどうするわけ。妙に懐かれてる……というか、世話してるけど。連れて行けないでしょ」
「手持ちの枠はいっぱいですしね。せめてこの子の引き取り先を見つけたいものです。……ああでも、その前にマスターにこの子をお会いさせてあげたいですね」


絶対にかわいい!と喜ばれると思うんですと笑う緋翠。うん、まあ、イーブイふわもふで可愛いもんね。私の目線が2人に向かっていることに気づいた碧雅が、小さく息を吐いて話し始めた。


「緋翠の言う“マスター”っていうのは、一応僕らのトレーナーのこと。お前も野生なら、いつかは誰かに拾われるか、捕獲されるんじゃない」
「そんな言い方だと物騒ですよ。大丈夫、きっといつか貴方にも、素敵なトレーナーとの出会いがあると信じていますよ」


そうか、もしこのままずっとイーブイでいるなら、そういう可能性も捨て切れないのか。


(いや、そもそも碧雅たちも私が見つからないからトレーナー無しポケモンになっちゃうし!)


一生このままなら碧雅たちと野生で生きるのも手?それとも擬人化ができるようになったら事情を説明してこれからどうするかを決めてく?後者の方が良いけど、いつ擬人化できるようになるかも分からないし、本当にどうなっちゃうんだろう、私。


「おいマメ助、そんな所にいると落ちるぞ」
『みゃーちゃんたちだ。やっほー』


晶と白恵の声が聞こえる、と思ったらPCの宿泊部屋の備え付けバルコニーから白恵が身を乗り出していた。トゲピーって丸っこいから一度バランスを崩すと危険だなーと思った矢先、一陣の風が吹き抜ける。


『!……わわっ、』
『ぶーい!(危ない!)』


ぐらりと体が傾き、何とかバランスを整えようにも丸いトゲピーの体では難しく、白恵は後ろ向きで落っこちそうになってしまう。その光景がスローモーションのように感じ、気づいた瞬間には私の足は駆け出していた。
素早く動くことに特化した動きは、人間の体では再現できないほど早く感じる。まるで、風になったように。ポケモンの技のでんこうせっかを使っているようだった。


(間に合った!……けど、?)


なんとか白恵の落下地点に着いたけど、どうやって受け止めればいいの!?
焦っても白恵の体がどんどん落ちてきて……咄嗟に身体をふんばった。


『あーららー』
『ぶごぉ、っ!?』


見事私の背中にジャストヒット。
背中から重力とトゲピーの体重が合わさった衝撃を受け止め堪らず地面に伏せるように倒れ込む。高所から落ちたトゲピーの衝撃を小さな身体で受け止めたにもかかわらず、中身が出てくるように込み上げる気持ち悪さと背中からの痛みが走るのみで、骨が折れたような音がしなかったのは幸いだった。いや、折れてなくてもしばらく動けそうにないけどね。
視界が徐々に陰り、気を失う前に碧雅たちがこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。


『ユイちゃん、やすらかにねむれー』


上から白恵の呑気な声が響き、私は意識を手放した。


…………って!


「私は死んでなーい!」


ベッドの掛け布団をはいで飛び起きると、ちゅんちゅんと鳥ポケモンの朝のさえずりが聞こえる。カーテンの隙間から朝日が柔らかく差し込んでいて、朝特有の寒さが温まった体に軋むように染み渡る。


「……あれ、夢?」


どんな夢を見ていたんだっけ。心臓がバクバクしてるから、何かハプニングが起きてたと思うんだけど。


(やけに背中が痛いんだけど、捻った?)


背中の真ん中が痛い。筋肉痛じゃなくて、重いものがぶつかったような衝撃の鈍痛がする。さすれば和らぐから酷いものでは無いけど。
一度思考を違うものに逸らしてしまうと夢の内容はどこへやら。先程まで記憶に新しかった出来事は砂のように流れて消えてしまった。
固くなった体を解しているとドアのノック音が鳴り、緋翠と璃珀が私を呼びだす。もうちょっとで朝ごはんができるから呼びに来てくれたみたい、今朝のメニューはパンケーキとの事。……つい最近、パンケーキの単語を聞いたような。この前のテレビでやってたスイーツ特集かな?


「あれ碧雅くん、どうしたんだい?」
「アイスを買いに。ついでにモーモーミルクが切れたから紅眞に頼まれて買い足し」
「明らかに後者の方がメインですよね」


ドア越しに聞こえてくる璃珀たちの会話から、紅眞にお使いを頼まれたんだと推察する。碧雅はアイス絡みなら割りとチョロいからね。……なんだかデジャブを感じるのは、気のせいかな。


「今起きたの?早く準備してきなよねぼすけ」
「なにおぅ!?」


今起きたことを聞いて呆れたように言葉を投げる碧雅に思わず反応し、ドア越しの口論が始まる。起きた拍子に落ちてしまったのか、ベッドの下にはピンクのリボンで結ばれたやすらぎのすずが朝日に照らされていた。

朝食後にそれの存在に気づいた私は思い当たる節がなく一人静かに首を傾げ、鈴はちりんと心和らぐ音を奏でるのだった。

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