捧げ物 | ナノ

空は繋がっている

ふぁ〜ぁ


隣をトコトコ歩く白恵の欠伸に釣られ、私も歩きながら自然と口が開く。欠伸は伝染すると聞いたことがあるけど、ポケモン相手でもその理屈は変わらないらしい。
熱すぎない調度良い日差しが緑を照らし、湿気の無い爽やかな風が吹き抜け、空は清涼な薄い水色。洗濯物もすぐ乾きそうなこの天気、正に100点満点。毎日こうであって欲しい。

長かった夏が終わり、少しずつ秋の気候に変わっていく。今まで昼の日差しの強さが夜にまで響いていた熱帯夜ともようやくおさらばだ。暑さでほとんどボールから出てこない引きこもり状態の碧雅もやっと外に出れる。……涼しくなっても嬉々として外に出るとは思わないけど。
今週のポワルン先生のてんきやによると、世間では紅葉が始まっているとの情報だった。紅葉、秋かぁ。


「秋といえば、やっぱり食欲の秋!」
「ユイちゃん、たべるのすきだもんね」
「うん!秋は南瓜でしょ、さつまいもでしょ、栗でしょ。秋のスイーツ食べるの毎年楽しみにしてるの」


あ、あと梨も捨てがたい。指折り数えながら、あれもこれもと食べたいものが沢山出てきた。秋は本当に美味しいものが目白押しだ。お菓子なら同じくシンオウにいるあの子が得意だし、機会があったら彼女のお手製秋スイーツを食べたいなぁ〜。……想像したらお腹すいてきちゃった。


『確実に太る未来しか考えられないし、ダイエットしても耐えきれずリバウンドしてそう』
「うっ……た、旅で運動してるからプラマイゼロでーす!」
『秋って言えばみんなは何浮かぶんだ?俺は食欲もそうだけど、やっぱりスポーツの秋だな!』
『“すぽぉつ”……運動の意だったな。夏に比べて秋は過ごしやすい、鍛練と勝負にはうってつけじゃないか』
『貴方はいつもバトルに明け暮れているでしょう。私は……紅葉の秋でしょうか。自然の織り成す紅葉の美しさはやはり目を見張るものがありますから』
『はっぱ、きれーだもんね』
「紅葉狩りもいいよねー。他だと読書の秋、芸術の秋、実りの秋とか?」


頭の中で色々と想像していたところで街が見えてきた。時間も丁度いいし、今夜はここのPCで一泊しようかな。
タウンマップによるとこの街の特色は、ジョウト地方という地方の建築物を参考に建てられた街並みのようだ。郷愁を感じさせる和の雰囲気を醸し出していて、観葉植物として植えられているイチョウの木は紅葉が始まっており、赤と黄が織り交ざる自然のコントラストの鮮やかさに感嘆の息が出る。気分はなんだか修学旅行に来た学生だ。
紅葉でできた自然の絨毯を案内板に書かれていた通りに進んで行くと、街の雰囲気に合わせてか、通常と違うカラーリングのPCが見えてきた。


「うわぁ……すごい人混み……」


PCは外から見てもわかるくらい人がぎゅうぎゅうで、とてもじゃないけど中に入る勇気は無かった。ここまでの混みよう、何かあるのだろうか。


『今日は満月のようだね』


璃珀がボールから見てご覧とある箇所を指摘する、掲示板だ。満月をバックにピッピが踊りながらお月見をしているイメージ画のポスターが飾られていた。
どうやらこの街の和の雰囲気と相まってかお月見の恒例地として人気らしく、この時期になると毎年観光客やトレーナーが押し寄せるらしい。道中流し見で目に付いていたポスターだったけど、偶然にもイベント時に来ることになろうとは。道理で旅館やホテル、飲食店が多いわけだ。
宿泊費用がかさむこと、イベントで向こうも稼ぎ時であることを考えると、トレーナーなら無料で泊まれるPCに人が押し寄せるのは想像にかたくない。


(今日PCに泊まるのは無理そうだなぁ)


諦めてPCを後にしどうしたものかと思ったのも束の間、折角沢山泊まるところがあるのなら、たまにはホテルや旅館で羽を伸ばしても良いじゃないと思考が切り替わった。紅眞にもご飯を作ってもらってるし、休んでもらう良い機会かも。
一人うんうんと考えてはらはらと紅葉の舞い落ちる道路を歩く。赤い紅葉が風に流れて顔に付き、それを剥がした時にふと目に止まったのはポケモン用のリラクゼーションサロンだった。


(エスパーポケモンのテレポートを利用して本店に送って、サービスを受けられるんだ……)


前々から思っていた。普段の体力回復はPCで行えるとはいえ、たまにはプラスアルファの何かを提供できないかと。ドレディアやシュシュプといったポケモンたちの香りを堪能しながら、プリンやリーシャン、チルタリスといったポケモンたちの心和らぐ旋律を聴きながらマッサージを受けることができるという。
“夢心地の安らぎを あなたのポケモンたちへ”というフレーズに心惹かれ、どうだろうとみんなをボールから出して提案してみる。


『マッサージ……?』
『こんなのもやってんだなー』
『凄く、心惹かれます!でも違う場所に送られるとなると……』
「確かに、ご主人に何か起こっても駆けつけられないのが心配だね」
『なら僕が残ってやる。お前たちだけで受けてきたらどうだ』
『あっちゃん、いいの?』
『……見知らぬ人間の元に行くのが嫌なだけだ。それに、他のチルタリスがいるというのも何となく嫌だ』


そっか、晶の過去を考えればあまり行きたがらないかもしれない。善意のつもりだったけど、悪いことをしてしまった。けれど晶本人は『どうせ誰かが残らなければならないだろう』とさして気にしていないようだった。


『そんな顔をするなら後で何か奢れ、ちんちくりん』
「……ありがとう、晶」


ふん、とそっぽを向いたけど、それは恥ずかしさから来るものだと信じたい。

受付で晶を除く全員を預け、引き取り時間が書かれたチケットを受け取る。じゃーねーとボールの中にいるみんなに手を振り、お店を後にした。


「晶と2人なんて初めてじゃない?」
『だからどうした』
「いつもと違うから新鮮だなーって!何しよう?」
『まず宿を探すのが先だろう。PC以外にも選択肢はあるのに野宿したいのか』
「それもそうだね」


全く、とため息を吐き人型に変化する。おお、晶も和服着てるからこの街の雰囲気にすっごくマッチしてる。写真撮りたい。
こういう所なら着物のレンタルとかやってるよね。前の世界ではあったもの。


「私もお揃いにしようかな」
「お前が……?」


何の気なしに呟いた独り言を拾い、隣を歩いていた晶が足を止めた。眉間に皺を寄せ、私を上から下まで見定めるように見ると、勝ち誇ったように笑った。


「あ、“ドロバンコにも衣装だな”って鼻で笑ったでしょ」
「な、!」
「いいもーん。碧雅と晶のダブルパンチで言われ慣れてるし」


……自分で言ってて悲しくなってきた。
晶は何故か肩を震わせ、歩幅を大きく広げて地面を蹴り上げるようにズンズンと歩き出した。


「……っ、もう行くぞちんちくりん!」
「なんでツンツンしてるの?」
「知るか!」


その後も何故かしばらく機嫌を治してくれなかったし、何故か「バカ主」と言われる始末。何この理不尽?




◇◆◇




「……お、見て見て!良い感じの旅館じゃない?」
「何か化けて出そうな雰囲気じゃないか」
「古風と言いなさい古風と」


道中目に入った和カフェに立ち寄り、栗とマゴのみを使ったスイーツと抹茶を堪能して晶の機嫌もちょっと治った、多分。晶は好き嫌いは無いらしいけど、本人曰く「パワーが高まりそう」ってことで辛いものをよく食べるようにしてるんだとか。見た目通り和系のものは好ましいようで、抹茶の美味しさも堪能できたみたいで何より。抹茶は茶筅で点ててできた泡と一緒に飲むのが美味しいんだよね。
「口に泡がついて無様になってるぞ」と鼻で笑われたけど。


「泊まれるかな〜……。メイン通りのホテルはやっぱりほとんど部屋が埋まってたし」
「費用を節約するためにPCに人が集中してるかと思ったが、思った以上にここは人が来るようだな。……はぁ、何故人間どもはこういう行事ごとに集まる習性がある。全く不快だ」
「晶にとっては確かによろしくないかも。すみませーん、部屋空いてますか?」


受付で尋ねてみたところ、なんとか部屋を確保することができた。ちょうど急用でキャンセルしてしまったお客さんがいたらしく、襖に障子、木製の柱が見える和室ならではの趣が顕れている一室に通された。日焼けのしていない薄緑のたたみの香りが心地良い。窓側は床がフローリングで、景色を堪能できるよう座椅子のスペースが用意されていて、モダンな要素も兼ね備えているようだ。いつもベッドで寝ることが多いから、お布団で寝るのは久々だー!
晶は居室のテーブルに置かれていた案内所の温泉の項目を眺めていた。心無しか、目が輝いているような。


「ふむ、疲労回復に血行促進、万病に効くという噂が立つ温泉か。ホウエンのフエンと同じ有効成分があるようだな」
「ホウエンってことは晶の出身地方だね。行ったことあるの?」
「お前に関係ないだろう。よし、僕は一風呂行ってくる」
「もう!?」
「翼を綺麗にしに行くついでだ」


そそくさと部屋に備え付けの浴衣とタオルを用意して、さっさとお風呂に入りに行ってしまった。そういえば、進化前のチルットは綺麗好きなポケモンだと聞いたことあるから、チルタリスもそうなのかも。ただでさえあの羽は汚れやすいと思うし、綺麗にしておきたい気持ちは分かる。


(綿みたいな羽だから、濡れると萎むよね)


濡れたチルタリスを想像して、なんとも言えぬシュールさに思わず一人吹き出した。直後に寒気を感じた。「笑ったなちんちくりん」って晶に凄まれたような。
時計を確認するとそろそろサロンの終了時間だ。街中だから問題無いだろう判断して、お風呂上がりの晶にメモを残しみんなのお迎えに向かうのであった。




「──はい、こちらになりますね。今はポケモンの“うたう”でぐっすりお休み中ですので、後でボールから出してあげてください」


渡された碧雅たちの入っているボールを受け取り、旅館へ戻る。なるべくボールを揺らさないようにゆっくりと運んだ。少しはリラックスできたかな。
旅館へ戻るとお風呂上がりの晶が浴衣に着替えてタオルを肩にかけていた。湯上り美人の完成だ。


「なんだ、もう雪うさぎたちが戻ったのか。随分早かったな」
「うん。今眠ってるから、ご飯前に起こしてあげようかなって」
「呑気なものだな。……、僕がこいつらを見てるから、お前も風呂に入ったらどうだ」
「今日の晶どうしたの、優しくない?何かやらかしたの?また緋翠を怒らせるようなことしたの?」
「僕の気が優しい内に早く視界から消えることだちんちくりん。さもなくばお前の頭上にドラゴンクローを振りかざすぞ」
「はい喜んで入ってまいります!」


前言撤回、ちっとも優しくなかった。


「ふぅ。さっぱりしたー」


露天風呂にピッピが入ってきたのはビックリしたけど、話しかけてみたらメスだったことと、温泉が気になってたみたいだから、一緒に温泉に入って過ごしちゃった。本物のピッピ、可愛かったなぁ。
腰に手を当てモーモーコーヒーを一気飲み。中身はコーヒーが追加されたモーモーミルクで普段からも飲めるのに、瓶に入っているというだけで特別感が出てより美味しいのは何故だろう。
ご飯の時間もそろそろ近いし、みんなを起こしておかないと。全員分のモーモーコーヒーも買ったし、温泉に浸かれて気分も上々だ。


「んなーーーっ!?」


廊下をスキップで進んでいると、晶の叫び声が聞こえた。慌てて部屋に戻ると、襖に後ろからへばりつくような形で晶が驚きの表情で佇んでいた。


「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない!お前、やっぱり取り違えたんだろう!」
「え?」


指の指す方を見てみれば、たたみの上でうつ伏せで寝ているのは緑色のスライムのようなぶにぶにに覆われたポケモン。そっとひっくり返してみれば、そのポケモンはランクルスだった。


(もしかして……)


嫌な予感がして他のボールも出してみると、出てきたのはゴウカザルにパチリス、ボーマンダにブイゼル……ちょっと待って、この手持ちポケモン、友達と同じパーティなんだけど。あと碧雅たちはどこへ消えちゃったの?


「“やっぱり”って、晶分かってたの?」
「お前が迎えに来たというのに、ひっつき虫がこの時間まで寝続けて起きてこないのはおかしいだろう」
「そういう理由!?」
『うーん……』


なんとも言えない理由に突っ込んでいると、ランクルスが目を覚ました。パチリと黒い目を開けたランクルスは私の顔を見るなり光の速さで後ずさった。


『な、ななななな、なんでユイがいるの!?』
「あれ、私のこと知ってる?」
『どうしたのユイ……?なんで私、こんな所にいるの?……レイナぁ……!』
「あわわわわ、泣き出しちゃったよどうしよう晶」
「甘味女がいないだけでこの体たらくとは、情けないぞスライム娘」
『うわああぁーん!』
「追い討ちかけないの!……待って、レイナって言った?」


ということはこのランクルス、やっぱり來夢ちゃん!?続けて目を覚ましたのはブイゼル……いや、恐らく幸矢君だった。幸矢君は目を覚まし、まだ寝てる残りの仲間と泣きじゃくっている來夢ちゃん、そして來夢ちゃんを宥めようと手を右往左往させていた私を見て、一言。


『アンタ、とうとう犯罪者になったのか』
「なってません!」


とうとうって何、とうとうって。




◇◆◇




「やっぱり、あのリラクゼーションサロンで取り違えちゃったんだろうね」
「だと思う。寧ろそれ以外に何があるの」
「だよねえ。大丈夫かなぁ、ユイ」
「レイナ!碧雅たちも!サロンと連絡が取れたよ」


ナギサシティに引っ越してしばらく経った頃、今日がお月見のシーズンということを知った私たち。ナギサには灯台があるし、今年は色々あったから遠出は控えとこうという話になったので、灯台でお月見をしようと思ってたんだけど……。リラクゼーションサロンの出張店が限定で開かれていて、みんな興味を示していたのでお試しで受けてもらった(誠士は市場で食材の買い溜めをしたかったようで断った)。
……までは良かったんだけどね。時間通りボールを受け取って、家に帰って寝ているみんなを部屋で寝かせようとボールから出したら、まさかの色違いミロカロスが出てきて色んな意味で腰が抜けそうになったのは記憶に新しい。
あ、ちなみにメイちゃんは今日はマサゴタウンのナナカマド研究所でお泊まり会に行っているので今日は不在だ。


「アンタらも災難だったな。どうやらあのサロンの見習いマネネがテレポート役のバリヤードの手伝いがしたくて、ボールを間違えてセッティングしちまったみたいだぜ」
「入れ違えた相手が知り合いだということも伝えてある。恐らくユイも事に気付いて、連絡をとって来るはずだ」
「今ユイがどこにいるか分からないから、こっちからコンタクト取れないしね。明日またお店に行かないと」
「レイナ、ユイからテレビ電話かかってきたよ」


噂をすれば、だ。天馬にお礼を伝えモニターの前へ。ユイは浴衣に着替えていて、背景もPCではない木造の建物だったので、今夜はどこかの旅館に泊まっているようだ。


「ユイ良かった、連絡くれて!來夢たちがそっち行ってるでしょ?碧雅君たちはウチにいるよ」
《やっぱりそうだったんだ……!來夢ちゃんが驚いて泣いちゃったけど、笑理ちゃんが宥めてくれたのと状況を説明して何とかなったよ》
《レイナー!》
《やっほーレイナ!》
《そっちは大丈夫そうだな》


心細いという気持ちが顔に出ている來夢を筆頭に、笑理と幸矢もモニターに姿を現す。良かった、3人とも無事みたいだ。


「焔と勇人は?」
《今ちょうど夕飯時でな。ここまで聞けば想像できるだろう》
「……今すぐ2人をここに呼んできて!」


案の定、食材を食べ尽くさんばかりに料理を頬張っている2人にまずは一喝。ていうか緊急事態なんだから、少しは危機感持ってよ!?


「ご飯なら明日帰ってきたら沢山食べて!いいね!」
《はーい》
《悪ぃなユイ、どれも美味くてつい加減が効かなくなっちまって》
《ううんー。私と晶だけじゃ食べ切れなかったと思うから、助かったよ》
《すれ違う従業員の顔は青ざめていたがな》


やっぱり止めておいて正解だったようだ。続いて家にいるユイの仲間たちが次々とこっちにやって来る。


「ユイに晶、そっちは旅館なのか。いいなー!」
「マスター、ご無事で何よりです!晶に振り回されてはいませんか?」
《おい》
「おや、2人ともいつもと違う格好だね。備え付けの浴衣を着てるのかな」
「ふたりとも、にあってる。ぼくもきれる?」
「よりにもよって今日に限ってそういう所泊まるの、タイミング悪すぎ」
《ならみんな戻ってきたら、明日また泊まろうよ。晶もいいよね?》
《……し、仕方ない。お前たちがどうしても泊まりたいと言うなら、付き合ってやってもいい》
(これまた分かりやすいツンデレ)
「……はぁ」


緋翠君がため息を吐くのが聞こえた。もしかして晶君の心を少し読んで、本心とは違うことを言ってしまったからかな。
空気を切り替えるため手をパンと叩き、それじゃあと話を仕切る。


「今日は來夢たちのこと、よろしくね。明日、お互い利用したお店に向かえば手持ちを交換してくれるはずだから」
《分かった。レイナも、碧雅たちのことよろしくね。みんな、迷惑かけちゃダメだからね!》
「私がテレポートで移動できれば良かったのですが。正確な位置が掴めず、申し訳ありません」
「緋翠の小僧。必要以上に自分を責めるのはいただけねぇぞ」
「私も銀嶺の意見に賛同だ。仮にお前が自分を責めたところで、お前の主人はそれをどう感じる?」
《2人の言う通りだよ。今回は緋翠が気にすることじゃないんだから》
「……ありがとうございます」
「一つ提案するが」


今まで静観していた誠士が手を挙げる。


「……碧雅たちの本来の予定とは違うだろうが、良ければ彼らもシルべの灯台で月見はどうだろうか?」


碧雅君たちが「月見?」と疑問の声を発したところで私もハッと気づく。そうだよ誠士、名案だ!


「せっかくだからどうかな?デンジお兄ちゃんに許可をもらって、今夜は貸切で灯台でご飯とお団子食べながらお月見の予定なんだ」
「めっちゃ楽しそうじゃんか!せっかくなら俺たちも行こうぜ!」
「ナギサの夜景もまた綺麗だろうからね、レイナさんたちが迷惑じゃなければ」
「ぼく、おだんごたべたいな」
「お?なら紅眞もいるし、旅館には劣るかもしれねぇが、俺たちで豪勢な夕飯でも作ってやろうじゃねぇか」
《えーずるーい!僕そっちに行きたい〜!》
《あーそっちもいいな。まだ食えるけどよ、俺はそろそろ風呂にも入りてぇな》


焔が心底羨ましそうに画面にへばりつき、《まだ余裕があるのか貪食猿》と晶君のドン引きしてる声が聞こえる。きっと幸矢もドン引いてるだろうなぁ。勇人にも言えることだけど、さっきまでたらふく食べてたのに、本当にその細い体のどこに入ってるんだろう。


《じゃあレイナ、あたしはレイナたちにお土産買って帰るね!》
「買いすぎないようにね。そっちも、ユイに迷惑かけないこと」
《はーい!》


それじゃあね、と寧ろこの状況を楽しんでる笑理に頭痛がしそうになったけど、笑理らしいと感じた。電源を切った黒いモニターに私の顔が映り込む。緋色の威勢のいい掛け声を合図に、各々月見の準備を始めていた。
ちょっと予想外のハプニングが起きたけど、それさえもワクワクに変えて、楽しんでしまえばいいんだ。




「着きました、シルべの灯台!」
「ソーラーパネルを兼ねた通路とは……この街は随分発展していますね。レイナ様、足元お気をつけて」
「奥様、荷物は私にお任せを」
「あ、ありがとう緋翠君に青刃」


薄暗いシルべの灯台の足元は確かにつまづきそう。緋翠君の手を取り青刃におやつを入れたクーラーボックスを預けた。その後ろをぞろぞろとナオトたちが着いていく形になる。


「……まるで姫とその付き人みたいな図」
「おいナオトいいのか?あの2人にレイナ取られてるぞ」
「いいんじゃないか。普段から一緒にいるんだ、どうせ暫くしたらナオトの元に戻るだろ」
「お前ら普段からそんなに一緒なんだなー」
「疾風、何を言ってっ……!」
「今更なに恥ずかしがってるのナオト、事実でしょ。……ふわぁ」
「ああ、毎度のことで酒の肴にもなりゃしねぇがな」
「ナオトちゃんとレイナちゃん、なかよし?」
「うーん、その言い方でも良いんだけど、この場合はラブラ──」
「天馬!それ以上言わないでくれ!」


よく聞こえないけど、ナオトがからかわれているということは分かった。だってナオト、あんなに恥ずかしそうに叫んでるんだもん。あと誠士、なんで君が顔を赤くしてる。
エレベーターに乗り、展望台フロアから更に上の屋上フロアに着いた。今回特別に行くことができたから、改めてお兄ちゃんに感謝しなきゃ。
料理男子3人組の作った女子顔負けのクオリティのお弁当が顔を出し、それぞれレジャーシートを広げて座る。自然の光だけで過ごす夜の月見は、人工の光に慣れると見えづらい。でも慣れてくると、周りがそれなりに見渡せるようになり、中々悪くない。涼しい風が頬を撫で、海の香りが鼻を突き抜ける。ぼちぼちと住宅街の明かりも消えてきて、それと比例して星空はより輝きを増していく。


(……あれ?)


各々仲良く過ごしていると思ったけど、碧雅君が一人離れたところで空を眺めていた。彼が誰かとどんちゃん騒ぎするキャラじゃないのは分かってるけど、せっかくの機会だから誰かと時間を共有すればいいのに、とお節介なことを考えてしまった。
お酒……は飲めないのでミックスオレを片手に、碧雅君の元へ近付く。フェンスに体を寄りかからせて空を見上げているその後ろ姿は、夜の影に覆われていることもあって寂しそうに見えた。茶化すように聞いてみれば、碧雅君は私相手にも「何言ってるんだお前」と冷めた目を向ける。


「何を言いに来たかと思えば、そんなことか」
「あれ、碧雅君は平気なの?」
「……たったの一日、下手したら半日くらいしか別れてない。それなのに“寂しい”だの“耐えられない”だの……そこまで子どもじゃないよ」
「そう?きっとユイは寂しいと思ってるよ。ずっと一緒だったパートナーと離れてるんだから。ちなみに私も來夢と離れて寂しい!早く会いたーい!」
「あっそ」


うーんクールドライ。流石こおりタイプ。すると、今までみんなと一歩下がってお酒を飲んでいた銀嶺が“碧雅の坊主”と呼び、私たちの元へ来る。その赤い目は大人の思慮深さを感じさせる、深い色。


「お前、なら何故こうやって空を見ていたんだ」
「…………。」
「お前は聡い奴だ。その理由も分かってるんじゃねぇのか」
「……おい」


銀嶺の普段近寄り難い雰囲気が鳴りを潜め、口元が珍しく弧を描き、大きな手が碧雅君の頭をぼふっと包み込むように触れる。


「大人として一つ教えてやる。餓鬼はなぁ、素直な方が可愛げがあるってもんだ。意地張りたくなる気持ちも分からなくねぇし、うちのナオトを見習えとは言わねぇが、」
「いい加減にしないと、その口含めてお前を凍らせてやるけど。その顔を今すぐやめろ、ハガネール」


……な、なんだこれ。銀嶺がどんな顔をしてるのか私からは見えないけど、碧雅君の声色が低く、随分機嫌が悪そうだ。銀嶺はくつくつと声を抑えて笑い、悪かったな坊主と全く気にせず碧雅君の頭をボサボサにして再び酒を飲みに戻って行った。


「……はぁ。ねぇ、あれレイナを呼んでるんじゃない」
「え?」


未だブスっとしているが、髪を整えながら碧雅君が示す方を見ると、いい場所を見つけたらしいナオトが私を手招きで呼んでいる。そういえば今日はドタバタと色々あったから、2人の時間を取れていなかったな。
ナオトの元へ向かう前に、クーラーボックスからおやつのパンプキンプリンを取り出す。


「碧雅君、甘いもの好きだったよね?良かったらどうぞ。……今日はこんなことになっちゃったけど、少しでも楽しんでくれたら嬉しいな」
「…………。」
「あ、要らないなら要らないで構わないよ?明日どうせ焔と勇人が戻ってきたら食べるだろうし」
「……いや、貰えるなら貰っとく」


落ち着きを取り戻した眼差しが差し出したプリンをじっと見つめていたので、てっきり要らないのかと思ったけど、備え付けのスプーンと一緒に「どうも」とプリンを受け取ってくれた。
ナオトの元に向かう途中、後ろを振り返ると碧雅君は既に元の位置に戻っていて、どんな表情をしてるのか知る術はない。後日、銀嶺にもなんであんなことをしたのか聞いても、「小娘にもいずれ分かる時が来るだろ」とはぐらかされるのみだった。




◇◆◇




「マスター、随分ご機嫌ですね」
「心無しかほっぺがツヤツヤしてねぇ?なんか吸った?」
「ユイちゃん、にっこにこー」
「晶くんはなにか理由を知ってるかい?」
「実にくだらない理由だぞ。知る価値もない」
「どうせいつもの“可愛い女の子ポケモンたちとお泊まり”っていう出来事で胸いっぱいなだけでしょ」
「え、なんで分かったの?」


次の日、無事にサロン店に向かいそれぞれのボールをテレポートで再転送してもらった私たち。晶は気さくな勇人君や穏やかな焔君を交えた結果か、幸矢君とも徐々に打ち解けつつあって、4人で夜の外の街を散策しに行く程仲良くなれたらしい。そういえば、2人は過去の境遇が少し似てるもんね。良かった、またバトルに発展しなくって。
そして私はというと、來夢ちゃんと笑理ちゃんと一緒に温泉を堪能したり、夜空のお月見をお団子を買って楽しんだり、家族同然のレイナたちのためにお土産を選んだり……している2人を眺めてそれはそれは素敵なキャッキャウフフを楽しむことができた。
璃珀、地味にいつもの微笑みに憐れみの色が感じられるんだけど。


「みかん頭が“失礼なことを言った”と言っていたが……口を滑らせたのも分かる気がしたな」
「ご主人のそれはもはや筋金入りだね」
「私たちも先日はイレギュラーな出来事がきっかけとはいえ、灯台から月見をさせていただきました。美味しかったですよ、誠士たちの作ったお団子」
「焔君、今頃残ったお弁当と一緒に平らげてるのかな?」
「誠士たちのいつも作る量に合わせて作ったら、やっぱり大食漢2人いるからすっげぇ量できたわ。俺たちの食事3日分くらいは作った気がする」


腕つっかれたーと腕を回す紅眞に苦笑いとともに労いの言葉をかける。みんなと会話をしながら商店街を見て回ると、昨日がイベントだったからか今日は人通りも少なく、貼ってあったポスターも既に剥がれていて、この街の本来の静けさを取り戻している。
みんなで旅館でお月見プランは思いがけず來夢ちゃんたちと過ごすことになったけど、碧雅たちも彼らなりの、月見を楽しむことができたと信じたい。


「あ、そういえば俺たち一足先にレイナの秋スイーツ食ってきたぜ」
「え!?嘘!?」
「マスターの分も残しておきたかったのですが、生憎生物のプリンでしたので。楽しみにしていたのに、先にいただいてしまってすみません」
「プ、プリン……そんな……」


外だけど思わず項垂れてしまう。だけどそうだよね、プリンは冷やさないとだから、持って来れないもんね。眉を下げて謝る緋翠に大丈夫だよと宥めて、昨日晶と行った和カフェでスイーツリベンジを果たそうと誓った私だった。




「…………。」
「流石にそれは、人間の身には酷だと思うね。きみだって分かってたろうに、らしくないんじゃないかい」
「黙れ、フリーズドライ喰らいたいの」
「あはは。まあ、また今度レイナさんのところに行こうじゃないか」


愉快そうに笑い、先頭の集団に合流する璃珀。小さく息を吐き、ポケットの中に入っている最早意味の無いモノを音を立てずゆっくりと取り出す。
璃珀の言う通り、“分かってたのに”、“らしくない”。


「今度会ったら、やっぱりあいつは凍らせる」


誰に聞かせるまでもなく一人決意を固め、一口、シャーベットのようになったバケッチャの装飾が施された、器用な出来栄えのそれを口に運ぶ。南瓜のクリームのまろやかさ、自然の甘さが口に広がって、シャリシャリの食感の中に、ほんのりネットリ感が残る。固いものはきっと、目の飾りのチョコレート。
きっとこれを見たら、あいつは目を輝かせる。すごいすごいと絶賛しながら、美味しいと幸せそうに。

……ああほんと、らしくない。


「…………甘い」


人知れず小さく呟いたその言葉は、秋風にさらわれて、空へと融けていく。

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