捧げ物 | ナノ

龍と春嵐

(どうしたもんか)


そう私が悩む先にいるのは普段よりもキツい目をしてこちら睨む水色……もとい晶。せっかくの美人さんが台無しだよ。明らかにご機嫌ななめなのがわかる。今朝は珍しく少し鼻歌を歌っていたくらいご機嫌だったのに(歌ってることを気づかれたらすぐやめちゃったけど)。

事の始まりは一本のビデオ電話から。相手はレイナからで、お花見に行かないかというお誘いだった。なんでも以前ナナカマド博士たちと一緒にお花見をしたこともあって、今回も声をかけてくれたらしい。もうそんなシーズンなんだ。そういえば外も桜の花が咲いていた気がする。緋翠が窓から桜を見てリラックスしていたのも記憶に新しかった。


《あの時はフユカやプラターヌ博士も一緒だったんだけど、誠士と緑炎君が酔っ払って大変だったんだよ》
「えっ、あの2人が酔っ払ったの?」


酔っ払った時のことを思い浮かべているのか苦笑いしながら頷くレイナ。ていうかその当時の誠士君ってまだ未成年だったんではというツッコミは置いておこう。ちょっとしたアクシデントがあったんだろうし。


《私がどうかしたのか?》
「誠士君、こんにちはー!」
《あ゛……!なんでもない!》


丁度ウワサをしていた頃にやって来たのは誠士君。相変わらずのイケメンクールフェイスですね。なんだけど、ちょっと雰囲気変わった?聞いてみるとどうやら進化をしてガブリアスになったらしい。あと勇人君もコモルーからボーマンダに進化したんだって。え、すご。


《ユイも新しい仲間が加わったんだっけ?紹介がてらお花見来ない?》
「うん、出来れば私も行きたいんだけど……」


如何せんあの2人、特に晶が心配だな。博士たちと一緒にお花見ってことは人が大勢いるだろうし……。ただでさえ人間嫌いだから、絶対行きたがらないよね。でもせっかくの機会、新しい知り合いの輪が広がるのは良い事だし、もし気が合えば友達が出来るかもしれない。ひとまず、行けるよう前向きに検討するとレイナに返答した。

そして通話を切りみんなに話をしたところで冒頭に戻るわけである。みんなが口々に来たる再会を楽しみにしている様子の中、晶は眉間に皺を寄せている。ちなみに白恵は話が分からなくてキョトンとしてる。


「何故わざわざ人間どもの集う場に向かわなければいけない。僕は行かないからな」
「そこをなんとか〜……だめ?」
「……そんなワンパチのような目で僕を見るんじゃない」


ワンパチって何。じーっと見つめる私を避けるように晶は視線を逸らす。紅眞はやはりレイナたちに会いたいのか、身体が小躍りしていた。


「ユイの話によれば勇人と誠士、進化したんだろ?久々に会いてぇな!」
「……ゆうと?せいじ?」


ホットミルクの入ったマグカップを持ちながら白恵が首を傾げてる。白恵も初めて会うんだもんね。比較的歳の近い、レイナ命名ピュアトリオたちと仲良くなってくれると嬉しいな。


「レイナっていう友達のポケモンだよ。勇人君と誠士君は前に会った時はコモルーとガバイトだったんだけど、最近進化してボーマンダとガブリアスにーー」


なったんだって。


その先の言葉は口から出てこなかった。何故なら晶が先程までの表情を消し、目を見開いて私を見つめたから。そして徐々に目が細くなる。口元が微かに笑ってるけど目が笑ってない。怖い。


「…………ほぉ」


あ、ヤバい。これはヤバイぞ。晶は昔、実質フカマルと入れ替えになる形で捨てられたのに。


「……良いだろう。主、その花見はいつの予定だ」
「え!?み、3日後だけど……?」
「了解した」


そう言うとスタスタと部屋を後にしてしまった。しんと静まり返ったPCの室内で、みんなが詰め寄る。


「おいどうすんだよ。あれ完全に晶の地雷踏んでなかったか。やばいじゃん」
「彼も当時の事とは無関係だと理解してるだろうけど、捨てられる決定的なきっかけはフカマルだったからね。進化系であるポケモンに何の感情も抱かないとは限らない」
「ええ。……一瞬、驚愕の感情が読み取れました。以前のような怒りは見られませんでしたが……」
「僕らがあれこれ悩んでても仕方ないよ、当人の問題なんだから」


そりゃそうなんだけど、晶は私たちの大事な仲間なんだから心配なんだよ。それにレイナたちにももしものことがあったら申し訳ないし、悪いけどやっぱり断った方が……。


「だいじょうぶだよ」


ごちそーさまでしたとミルクを飲み終わった白恵が一言そう言った。


「あっちゃんなら、だいじょうぶ」


白恵のその顔は無表情だけど、目は安心するよう訴えている。瞳を見つめ、不思議と私もそれにつられ大丈夫だと徐々に落ち着いてきた。確かに、まずは私たちが晶を信頼しないと話にならないよね。


(いざと言う時は私たちが止めに入ろう)


レイナに再び連絡を取り、私は行くと返答をしたのであった。




◇◆◇




予定していた花見当日。天気は晴れ、今日は絶好の花見日和だ。マサゴタウンのPCに宿を取った私は目を覚まし、リビングに向かう。


「ふわぁ〜……おはよーみんな」
「レイナ、おはよー!」
「珍しく一人で起きたんだな」
「笑理に幸矢、おはよ。そりゃ今日は待ちに待ったお花見だからね」


それに久しぶりにユイたちにも会えるし、ワクワクして早く起きちゃったのもある。普段クールな幸矢も「アイツらも来るのか」と少し心待ちにしてるみたいだし。誠士の用意した朝食と來夢の入れてくれたモーモーミルクを飲んで朝のエネルギー補充は完了だ。


「待ち合わせは研究所だよね?」
「うん、前と同じ場所だって」
「よっしゃー!食うぞ!!」
「勇人、“花見”なんだからね!」


ガヤガヤと今日も賑やかに会話を繰り広げながら待ち合わせ場所に向かう。マサゴタウンの桜の名所は今年も見事に満開で、博士たちがレジャーシートを広げて準備してくれていた。


「おおレイナ君。今日はよく来てくれた」
「ナナカマド博士、お久しぶりです。今日は誘ってくださってありがとうございます!」
「うむ。今日は存分に桜を堪能しよう。ところでユイ君はまだかね」
「えっまだ来てないんですか?」


そろそろ時間だし、ちゃんと来るって言ってたけど。そう思った矢先、遠くからユイの声が聞こえてきた。走ってきたみたいで息が若干切れている。


「すみません、遅くなりました!」
「ユイ、久しぶり!」
「ウォッホン!よく来たな、ユイ君。元気そうでなによりだ」
「お久しぶりですナナカマド博士。レイナも久しぶりだね!」


良かった、間に合った!全員揃ったことを確認した博士達が飲み物を配り、乾杯の音頭と共に花見が始まる。私達もボールを投げ、お互いの仲間が出て人型になる。それぞれ再会を噛み締めてる中、見慣れぬ子が2人いるのが見えた。あの2人がユイの新しい仲間なのかな?


「紹介するね。こっちの白い小さな子がトゲピーの白恵。向こうの木に寄りかかってる水色のポニーテールがチルタリスの晶」
「ぼく、白恵。ユイちゃんがいつもおせわになってます」
「なんかお母さんみたいなこと言ってるぅ!?」
「よろしくね、白恵君!晶……ちゃん?もよろしく!」
「…………。」


あれ、睨まれちゃった。慌てた様子のユイが晶君が男の子だということを教えてくれた。


「うっそごめん!初対面で失礼なこと言っちゃって」
「……別に構わん」
「いやーでも間違えちゃうのわかるよ。ほら見て、晶のまつ毛長いんだよね!あと髪もサラサラだし羨ましいよね!」
「っ、こんな時にも近づくんじゃないちんちくりん女!」


ち、ちんちくりん!?そんな晶君をものともせず介入してるユイがある意味凄いぞ……。


「ふぁえ?」
「焔、ちゃんと口の中の食べ物飲み込んでから喋ってね」
「ふぁーい。……この子、誰?」
「トゲピーの白恵君だって」
「わぁ〜。おにいちゃんのほっぺ、すごいねえ」


食べ物をホシガリスのように頬張っている焔のほっぺが面白いのか、むにむにと触っている白恵君。擽ったいよと焔が笑いながら來夢と笑理の待つスペースに向かっていった。


「わっ、君誰?」
「ユイの仲間の白恵だって。トゲピーらしいよ」
「あたしよりちっちゃーい!」
「……ぼく、ちっちゃいと、いいことあるの?」
「そうじゃなくて、笑理より小さい子ってなかなかいないから珍しいんだよ。……あ、私はランクルスの來夢」
「あたしパチリスの笑理!なんか弟ができたみたい!」
「えっと、えみりちゃん、らいむちゃん。あと……ほむらちゃん、あってる?」
「あってるけど、ちゃん付けって僕初めてされたよ」


ホワホワとマイナスイオンが放たれた和やかな空間があそこにはある。
……ピュアトリオ+白恵君=癒しスポットの方程式が成り立った瞬間だった。


「焔君もゴウカザルに進化したんだね」
「そ!相変わらずの食欲だけどね」


甘酒を嗜み、私たちも旅でのあれこれを話しながら食事と桜を堪能する。……その間も晶君は一人離れたところで桜を見上げるのみで、ユイが声をかけても「気が向いたら行く」の一点張りだった。妙に私たち……いや、私に対して距離を置かれている気がする。やっぱり最初の印象が悪かったのかなと悔やんでいると、ユイが晶君の事情を掻い摘んで話してくれた。


「そうだったんだ……。捨てられた、ってところは幸矢と一緒だね」
「え、そうだったの?」
「うん。晶君のことは分かった。私も少しずつ馴染んで貰えるように頑張るね」
「ありがとう。……ごめんね、本当は優しい子なんだけど」
「それだけ心の傷が深いってことだね」


私の方にも人間の被害に遭った子はいるからね。さっきも言った幸矢に、誠士。2人なら晶君とも話を通じて仲良くなれるんじゃないかな。
と思っていた矢先、一人が気になっていたのか晶君の元へ向かう誠士と幸矢。


「アンタ、こんな所に一人でつまらなくないか」
「良ければこっちで共に食事でもどうだろう。私は誠士、種族はガブリアスだ」
「…………!そうか、お前が……」


お、おお?良い感じじゃない?


「なら、隣のお前がボーマンダなのか」
「いや、俺はブイゼルの幸矢だ。勇人ならあそこでアンタの仲間と騒いでるぞ」


幸矢の指差す方を見れば勇人と紅眞君のやんちゃ組が楽しげに話している。その隣では甘酒味のアイスを堪能する碧雅君、あんなアイスあったのか。晶君はその光景を黙って見たかと思うと「……そうか」と一言呟いた。


「ボーマンダにガブリアスがいると聞いて試しに来てみたが……期待しただけ無駄だったな」
「……何?」


あれ、なんか不穏な空気。晶君は誠士たちを見やり、ため息をひとつ吐く。


「仲間となかよしこよし浮かれてる連中に用はない」
「おいアンタ、その言い方はあんまりじゃないか?」
「何故だ?僕たちはポケモンだろう。人間の真似事をして何になる。……せっかく恵まれた力を持ってるのに、宝の持ち腐れじゃないか」
「……私はともかく、勇人はバトルに対して意欲的だ。今日は久々にユイたちに会え、勇人も花見を優先しているだけのことだ」

「……ね、ねえユイ。なんかあそこだけ空気怖いんだけど」
「……わ、私もそう思う。晶何を言っちゃってるんだろう……」


いざという時は私があそこに入るってユイが言ってるけどいやいや危ないよ一触即発の雰囲気じゃん!


「アンタにも何か事情があるのは察する。だが今はあのトレーナーのポケモンであり仲間だろう。そういうアンタこそなかよしこよししてるじゃないか」
「僕らの本分は戦闘だ。アイツらとはただの一時的な付き合いに過ぎない」
「っ……おい、アンタいい加減に」
「訂正しろ」


普段よりも低い誠士の声。その声色には明らかに怒りが含まれていた。


「お前はユイの仲間なんだろう。その言い方はあまりにも失礼だ。今すぐ訂正しろ」
「ハッ。お優しいことだな、ガブリアス。自分の仲間だけではなく、僕の“仲間”まで気にかけてくれるとは」
「……友人ならば当然だ」


誠士の拳がワナワナと震えている。だが距離も離れているこの場所では他で花見を楽しんでるメンバーたちは気付く様子はない。


「お前に勝負を申し込む」


それは普段の誠士からは想像もつかない発言だった。


「お前が負けたら先程の発言を訂正しろ。だが私が負ければ、お前の発言に対してこれ以上異議を唱えない」
「……本気か、誠士」
「ああ、このポケモンは、ポケモンの本分は戦闘だと言った。余程腕に自信があるんだろう。……吹っ掛けたのはこちらだ、ここは私が出るべきだ」
「……分かった。そういえば、アンタの種族と名前を聞いてなかったな」
「……晶。種族はチルタリスだ」
「ここでは人気が多い。移動しよう」


そう言い3人は人気の離れた所へ移動して行った。……って冷静に言ってる場合じゃないよ!


「ちょ、ユイどうしようあれ完全に喧嘩だよ!?」
「ど、どどどうしようあの誠士君があそこまで怒るなんて……!うわあぁぁ謝っても許されるとは思えない」
「まずはユイが落ち着いてね」


途中私たちが乱入しようと思ったけどとてもじゃないけど出来なかった。あそこだけブリザードが吹いてるみたいに冷たかったし重い空気で……でもあの時、気になることがあった。


(誠士がバトルを申し込んだ時……晶君、)


一瞬だけ、笑ったような?




◇◆◇




花見場所から距離を離し、私たちは森の中へ向かった。そこで開けた場所を見つけたので互いにトレーナーバトルのように向かい合う。


(幸矢を巻き込んでしまったな)


流石に私たち2人だけはと幸矢が着いてきてくれた。思えば彼は手先が器用なこともあり、様々な出来事に毎回少なからず貢献している気がするな。俗に言う巻き込まれ……苦労人体質なのだろうか。今晩は幸矢の好物を中心に献立を立てるか。

さて、余計な考えは今は無用だ。目の前のこのチルタリス……晶に勝たなくては。


「先攻はどうする」
「そうだな……この葉。これを上に投げ、地面に落ちた瞬間に互いに攻撃を開始する。それでどうだ」
「分かった。なら投げるのは幸矢にお願いしてもいいか」
「……俺しか適任がいないだろう」


私たちが原型に戻ったのを見届けた幸矢が頷き、行くぞと葉を空へ投げる。ひらひらと風に舞うそれが音も立てず、不規則な動きを続け…………漸く地に着いた。先に攻撃を繰り出したのは素早さの関係上、私だった。


(まずは様子見だ)


口から放たれる灼熱の放線。炎の威力はとどまることを知らず真っ直ぐ晶に向かうが、晶は落ち着いた態度で羽ばたいた。続けて口から放たれた白いモヤがチルタリスのシルエットを覆い、それはかえんほうしゃもボヤけさせる。視界が白に囲まれ、技が命中したかどうか分からないが……恐らく不発だろう。しろいきりは本来能力弱体を防ぐ技だが、使い用によっては目くらましの効果もあったか。


『この程度なのかガブリアス』
『っ……!そんなことは無い』
『そうか。……だが背後ががら空きだ』


背中に浴びる鋭い衝撃。そして体の奥にまで響くダメージ。思わずよろめくが踏ん張って耐える。これはドラゴンクロー……抜群技を喰らってしまったか。だが私も負けてはいられない。
種族特有の素早さにドラゴンダイブの威力も加わり、霧を瞬く間に晴らす。その勢いのまま狙いをつけドラゴンダイブが晶に命中した。空中に飛ばされるが即座に姿勢を整える。だが向こうも効果抜群技は痛手だったようだ、僅かによろめきながら飛んでいる。


『お前こそ、その程度なのか』
『っ!面白い……!』


売り言葉に買い言葉。互いに挑発し合ってのバトルは続く。私が攻撃を重視し高威力技で攻め込む剛とするならば、向こうは技を受け流しスキをついて攻め立てる柔と言うべきか。一進一退の攻防は続き、ドラゴン技で攻め立てるのはリスクが高いと感じた私は地形を利用しにかかった。


(向こうも思惑は同じか)


じしんとだいちのちから。2つの大地のエネルギーがぶつかり合う。その衝撃に地面は悲鳴を上げ、木々は根元から倒れ伏す。……流石にやりすぎたか。


「おいアンタら!ここは危険だ、逃げろ!」
(……?)


何かに焦った様子の幸矢の声が聞こえた。声のした方を向くと幸矢の目線の先にいたのは……レイナにユイだと!?恐らく私たちがいなかったこととバトルで発生した衝撃音で来てしまったんだろう。だが今はタイミングが悪すぎる!
地形も歪み足元も不安定だ、もしもの事があれば……


『……っ、避けろ2人とも!』


不安は的中し、なんとか倒れることを耐えていた一本の大樹がミシミシと音を立てゆっくりと倒れこもうとしていた。傍にはレイナたちがいて、直撃してしまえば無事では済まない。大声を上げ逃げるよう伝えるが2人は足元に気を取られていて気付く様子はない。私の焦った様子に気づいた晶が目線を追う。そして目を見開いた。


『!主!』


晶が声を張り上げたと同時に大樹は動きを止め、レイナたちの周りを不思議な色のシールドが覆う。


『レイナ、大丈夫!?』
『ご無事で何よりです、お二方』
「來夢!緋翠君も!」


いつの間に来たのか、來夢がサイコキネシスで大樹の動きを制御し、緋翠がリフレクターで主人の周りを護る。そうか、テレポートで移動してきたのか。
ホッとしたのも束の間、私たちの頭上に影が生じる。上を見るとボーマンダが頭上を旋回していた。……誰か乗っているな。


『こんぐらいでいいか?』
「うん、OK。あの2人にお灸を据えてくる」
『俺にも当てんなよ!』


茶化す勇人の背中から飛び降りたのは碧雅だった。空中で原型に戻り、口から放たれるのはドラゴンタイプの天敵、こおりの最強技。威力を弱めたふぶきが私と晶に見事命中し、私たちは互いに戦闘不能になってしまった。


『君たち2人とも両成敗だよ』


地面に倒れた私が最後に見えたのはじしんとだいちのちからによってボロボロになってしまった地形を少しでも戻そうと焔と紅眞がかくとうタイプの技で整えているところだった。
こうして晶とのバトルは仲間たちの活躍によって幕を閉じたのであった。




「……はい、回復はおしまい。痛いところはあるかい、2人とも」
『……問題ない』
『右に同じく』


しばらく時間が経った後、意識が戻った私たちはみんなからの治療を受けていた。ちょうどナナカマド研究所も近かったので薬の類には困らなかったらしい。ナナカマド博士たちに事情を説明したレイナたちは、ここはトレーナーの自分たちに任せて欲しいと頼んだそうだ。
トゲピーの白恵からいやしのしずくも授かり、ほぼPCでの治療と同等なくらいにまで回復したと言っていいだろう。先に戻っているねと璃珀は白恵と共に花見会場へ戻って行った。今いるのは私と晶。そしてトレーナーの2人にお目付け役として勇人が残っている。


「じゃあ、回復したところで事情を聞くよ。……どうしてあんな事したの?」


腕を組み仁王立ちで立ち尽くすレイナは明らかに怒っている。私がしゃがんでいるから、余計にその姿は大きく見えた。それもそうだろうな、私もバトルに集中してしまっていたとはいえ、みんなを巻き込んでしまったから。


『……許せなかったんだ。仲間を蔑ろにされた気がして、ユイたちに対しての物言いも許せなかった』
「……そう。幸矢から事情は大体聞いてはいたけど、晶君は本当にそう思っていた訳じゃないと思うよ」
『ああ、それは私も感じた』


あの時、晶は明らかにユイを“主”と言い心配していた。本当に彼らとの付き合いを一時的なものだと気に留めていないならあんな顔はしない。ユイが晶に何故そのような物言いをしたのかと問い詰めると、晶は観念した子どものようにポツリと呟いた。


『……今日会えるメンバーにボーマンダとガブリアスがいると聞き、願わくば一戦交えたいと思っていた。だが相手はジムバッジを複数持つトレーナーの元にいるポケモンで、種族差も大きい。手加減されるのではと危惧していたんだ』
「じゃあ、わざと怒らせて本気にさせようとしたの?」
『……それも少しあるが、あとは……花見を楽しんでるお前たちを差し置いて勝負を申し込むのは、水を差すようで悪いと思ったんだ』


“ボーマンダにガブリアスがいると聞いて試しに来てみたが……期待しただけ無駄だったな”

“仲間となかよしこよし浮かれてる連中に用はない”


あれはもしや、そういう意味だったのか?そうか、それで反応を示した私たちを挑発させて……だとしても、言い過ぎな部分は否めないが。
晶の思惑を聞いたユイは小さく息を吐き、水色の額にデコピンを喰らわした。


『いてっ』
「誠士君と勇人君は、ちゃんと本気で戦いたいって言えば応じてくれるよ。今度は勝手に動くんじゃなくて、まずは私たちにちゃんと話してね。……珍しく反省してるみたいだからあまり強くは怒らないけど、みんなにちゃんと謝ること」
『……ああ。……非礼を詫びよう、すまなかった』
『い、いや……もう気にしてはいない』
『……こけし』


こけし?突然呟いたワードに疑問を隠せない。


『お前はあまり表情が変わらない。マメ助にも似てるが……俗に言う“ぽーかーふぇいす”とでも言うべきか。おい、こけし』
「こ、こけし……」
「出た失礼なあだ名シリーズレイナたちバージョン」
『……な、なんだろうか』
『………………お前の技、見事だった。また一戦交えたい。あと、そこのトサカ頭2号も』
「それ俺ぇ!?」


どこがトサカだよ!トサカ頭とつるんでたのが印象的だったからな。お前たち案外そっくりだろう、頭の作りが。バカって言いてぇのかバカって!バカではなく髪型がトサカだろう。これはオールバックってんだ!おーるばっく。なにそれ知らねぇって顔してるな。


『……ふ、』


何故だろうか、勇人との会話を聞いていて不意に笑いが零れてしまった。それに勇人もつられて豪快に笑い、晶はしばらく呆然とするようにしていたが、少しだけ口元を緩めた。


(これはこれで、新たな友情と言うのだろうか)


その光景を眺めていたレイナたちも、上手くまとまったことにほっと胸をなでおろしたようだ。


「さー花見のお弁当を食べちゃおう!焔に全部食べられちゃうよ!」
「おう!ひとっ飛びしたからまた腹減ったんだよな!」
「晶もお腹すいてるでしょ、食べよ?」
『……そう、だな』


ぎこちなく晶も花見会場に向かうレイナたちに続く。ああそうだ、私も一言言っておかなければ。晶の名を呼び、先程のバトルについて感想を述べる。


『お前の技も多彩で、私としてもこれからのバトルに参考になることが多かった。メスにも関わらず、押し負けるかと思った。凄まじい力だった』
『……は?』


ピタリ。晶の足が止まる。引き攣った顔をしたレイナがストップと私の口を塞ぎ、ユイが晶を宥めている。どうしたのだろうか。


「誠士。もしかしてだけど晶君のこと……」
『ああ、気になっていたんだが、何故レイナは彼女を晶“君”と呼んでいるんだ?』
「誠士ストップ!それ以上喋んないで!」
「俺でも分かったぜ、誠士……」
『?』

「あ、晶。その……ね?まずは落ち着いて深呼吸しよ!」
『…………ふ、』


ふざけるなこけしィィ!!!


一日で2回性別を間違われた晶の怒号が響き渡るまで、あと5秒。

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