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改めて感じたけど、このチルタリスの声は本当に聴き心地が良い。206番道路の時のような敵意もある程度鳴りを潜め落ち着きを取り戻したその声は、私の内側にまで染み渡る。チルタリスは暫し考える様子を見せたけど、意を決したのかテーブルの前にあのボールを置いた。


『僕はチルットの頃、このボールに入れられ捕まった』


唐突に始まった話だが理解した。……話してくれるんだ。私は静かに彼の話を聞く。一呼吸おいた後、チルタリスは語り始めた。


『それに関しては特に何も思わなかった。在り来りな日常の中、あのトレーナーについて行くことで自分の成長に繋がると考えたからな』

『初めの頃はただ共に鍛え戦い、仲間と切磋琢磨しながら強さを求める日々だった。トレーナーもその頃はまだチルットだった僕を大事にしてくれていた、と思う。あの当時の彼はまだ他にどのようなポケモンが世界にいるか知らなかった』


だが、とチルタリスは一瞬言葉を詰まらせた。もしかしたらその当時の記憶を思い返しているのかもしれない。


『旅を続けるうちに彼は気付いたんだ。ポケモンの中にも個体差があり、優れた能力を持つポケモンが存在するということに。その日から彼はよく調べ物をするようになった』


“個体差”、“優れた能力を持つポケモン”。
優劣を比較するような言葉を吐くチルタリスの顔が悲しそうに歪んだ気がした。


『そしてある日、僕たちはシンオウ地方へと赴いた。向かったのは迷いの洞窟。目的はあるポケモンの捕獲だった』
「何のポケモンだったの?」
『フカマルというポケモンだ。知っているだろう、鍛え上げればガブリアスに進化する。シンオウチャンピオンが愛用する程の強さを持つポケモンだ』


シンオウチャンピオン……シロナさんが?
ガブリアスというポケモンは見たことないけど、その説明からとても強力なポケモンなんだろう。

バトルは必ず勝者と敗者が生まれる。けど私はポケモンバトルはトレーナーとの間のコミュニケーションの手段の一つとして存在するとみんなに教わった。自衛のためとはいえ、ジムに挑戦し自分の仲間と共に目標に立ち向かうのはとてもワクワクするし、旅先で出会うトレーナーとバトルするのは楽しかった。勝っても負けても、良いバトルだったって互いを健闘しあって。
チルタリスのトレーナーだった人はきっと……強さに取り憑かれてしまったんだ。


『僕は見張りも兼ねて入口に待機していた。だが今思えば……彼は見限っていたんだろう。思い返せばその前からバトルに出されることも少なくなっていた。彼は自分の手持ちについても調べていただろうからな』

『そして洞窟から真新しいモンスターボールを手に持ち戻って来た。そしてそれを仕舞い、次に出したのは僕のボールだったんだ。地面に置き、彼はこう言った』


“悪ぃなチルット!トレーナーのルールでポケモンを6体以上連れて歩いちゃ行けないんだ。一旦PCに戻って一匹預けた後ここに戻ってくる”

“迎えに来るから待ってろよ、チルット”


『その場でPCに送ることも可能だった筈だ、別の手段もあっただろう。だが僕は愚直にもその言葉を信じ、従ってしまった』

『夜が明け、朝日が昇り、太陽が沈む光景を何度一匹で見ていたか。他のトレーナーとポケモンが寄り添う姿を何度見たことか。雨に、風に、自然の力で徐々にボロボロになっていくボールをどうすることも出来ず自分の翼でそっと包み込むことしか出来なかった』


……その光景を想像すると、なんて孤独なのだろう。自分にもトレーナーがいたはずなのに、その彼はいない。約束を信じて待ち続けても待ち人は来ないままで、彼との繋がりの証だった物は無情にもその月日の長さを物語ってくる。


『ある日とうとう僕は街へ繰り出した。彼を探しに出たんだ。そしてミオシティという港町に着き目に入ったのはガバイトを連れ歩く彼だった。他のトレーナーと話していて、何故か僕は隠れてその様子を見ていた』


“前に戦った時とは違うポケモンだな。あの子はどうしたんだ?えっと……”

“チルットのことか?”

“そうそう!あの子いいガッツあったよな、元気にしてるか?”

“アイツ?ああ、アレなら野生に返したよ。元々野良なんだからどこでもやってけるだろ”

“そうなのか?進化したら強くなるだろうに”

“そんな事ねぇよ。チルタリスは弱い。ドラゴンタイプなのに中途半端だし”

“いくらガッツがあったとしても、アイツ弱ぇじゃん。新しく捕まえたコイツの方がずっと使えるよ。入れ替えてせーかい”


『……その瞬間、漸く僕は捨てられたのだと気付いた。迎えに来ると言ったのも嘘で、ボールを置いたのもあの場所から離れさせないために行ったのだと』

『そこから行く宛てもないまま迷いの洞窟に戻り、改めてボールを見た。思い出すのはこれまでの彼との修行やバトルの日々。仲間とふざけながらも楽しんだ日々。勝った時はみんなで喜び、負けた時は悔しいながらも次に向かい鍛錬を欠かさなかった。それら全てが無に帰した』


チルタリスの目が潤んでる。私も話を聞きながら手に力を入れていた。


『何故僕を捨てたのか。何故一言話してくれなかったのか。嘘をついてまで僕と離れたかったのか。悲しさや悔しさを通り越し、それは怒りへと変わり、僕はボールに夢中で攻撃をしていたよ。……でも、壊れなかった。壊せなかった』


涙がチルタリスの頬を伝った。力が足りなかった訳じゃない。彼との色んな思い出が詰まったボールを、怒ってても彼との絆の証を壊したくなかったんだ。


『なんの躊躇も無く僕を捨てたアイツと、未だにアイツに未練を抱く僕自身に苛立ちがどんどん募り、壊すことのできない悔しさのあまり叫び出した途端僕の身体は変化を遂げた。そして僕は、チルタリスになった』


怒りの感情がトリガーとなって、進化を引き起こしたんだ。もしかしたら元々そのレベルに達していたのかもしれないけど。
でもなんて、なんて悲しい進化なんだ。


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