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「……うん、一先ずこんなもんかな」
「ありがとうコウキ君。わざわざ来てもらっちゃってごめんね」
「気にしないで!ユイもお疲れ様、手伝ってくれてありがとう」


遡ること数時間前、倒れてしまったチルタリスの治療のため私はナナカマド博士に連絡を取った。本当は一番近いクロガネシティのPCに連れていくのが良いんだろうけど、チルタリスが人間を嫌っていることと噂が流れていることもあり連れて行くのははばかられた。博士は事情を理解したあとコウキ君がちょうどクロガネ炭鉱博物館に用があり出かけていることを教えてくれて、直接コウキ君に連絡を取ってくれた。こうしてコウキ君が206番道路まで来てくれて、チルタリスの治療をしてくれたという訳である。

流石博士の助手をしているだけあってポケモンの知識は豊富で、簡易医療キットから的確に薬を用いて患部に包帯を巻く。私もただ見ているだけは申し訳なかったのでできる限りの手伝いをさせてもらった。チルタリスはその治療の甲斐もあってか、呼吸は先程よりも安定していた。


「傷はどれも浅いけど念の為、ジョーイさんに診てもらったほうが良いと思うよ」
「やっぱりそうだよね。大人しくしてくれるとは思えないけど」
「……クロガネシティでも噂になってたよ。迷いの洞窟に行こうと歩いていたら突然霧に囲まれて、気付いたら襲われてたって」
「あ、それってしろいきりかも」


碧雅と戦った時も使ってたしね。あれはチルタリスの常套手段だったんだ。


『ただいま戻りました』
「ヨスガのPCから荷物を引き取ってきたよ。あと碧雅くんの回復も」
「今晩の買い出しも終わったぜ」
『ふぁ〜……』
「みんなおかえり!」


コウキ君と合流した後みんなにはヨスガシティに行ってもらい用事を済ませてもらった。緋翠がヨスガシティまでテレポートで移動出来て本当に有難い。コウキ君は璃珀の言葉に一瞬首を傾げていたが、意味を理解した瞬間私に詰め寄った。


「ユイ!?まさか今晩は……」
「うん。ここで野宿しようと思う」


一度関わった手前、このままにしておくわけにもいかないしね。それに一度やってみたかったんだ、キャンプ!ニコニコしている私とは裏腹にコウキ君が心配そうな顔でこちらを見ている。


「ユイ、君女の子なんだよ?それにチルタリスもいつ起きてまた襲い掛かるか分からないし、危ないよ」
「うん。でも、寂しくない?」
「え……?」
「自分が弱ってる時に目が覚めて、周りに誰もいなかったら。それって心細いし寂しいんじゃないかなって。嫌われてるのは分かってるけど、一人にしておきたくないなぁって思うんだ」


ちなみに手持ちのみんなにも結構反対された。特に緋翠が。理由はコウキ君とほとんど同じ。でも私も譲らなくて、結局折衷案でみんなが交代毎に起きることになったんだ。本当は私が一晩起きてようと思ったんだけど、ちゃんと寝ないとダメだと言われてしまった。でも、できる限り起きてるつもりだからね!みんなに起きててもらいながら一人だけグースカ寝てるなんてできないよ。

私の意見を聞いたコウキ君はまだ微妙な顔をしていたけど、ポケモンたちもいることを伝えてようやく仕方ないと心折れた。残りたがっていたけど研究所の手伝いがまだあるみたいで、何かあったらすぐ連絡してと言い残しムクホークに乗ってマサゴタウンに戻って行った。

その背中を見送り、夕焼け空に吸い込まれるように消えたのを確認しチルタリスの方を振り返る。険しかった顔は今は穏やかに眠っている。これがチルタリスの本来の顔付きなのかもしれない。


(せめて良い夢を見てるといいんだけど)




◇◆◇




パチパチと薪の燃える音がする。深く眠っていたのだろうか、身体が鉛のようにずしりと重い。久しくまともに睡眠を取ったのかと朧気ながら理解した。辺りはもう暗く、焚き火が唯一の灯りだ。
もぞもぞと身じろぐとふとした違和感に気づく。なんだ、この布は。土のでこぼこした硬い感触に毛布の柔らかい感触が合わさり、なんとも言えぬ心地だ。

徐々に眠る前のことが想起される。もしやと嫌な予感を感じ横に向くと、そこにいたのはあの女だった。


(……っこいつは)


その顔を見た瞬間に思い出した。今日、自分はこの人間にーー
頭に血が上る前に首筋に冷たいものが当てられた。突然当てられたそれに背筋が凍る。こおりのきばを器用に手形に合わせ自分の首筋に押し当てた犯人は涼しい顔をして本を読んでいた。


「いい眠気覚ましになったんじゃない」
『その声は、お前があのグレイシアか』
「まぁね」


パラ、とページをめくる音がする。目はこちらを見ない。そして自分の身体をよく見ると、ところどころ治療された跡がうかがえた。……お前たちに助けられるなど腹立たしい。


『……お前のトレーナーは何を考えている。僕を連れて行く気なのか』
「さぁ。多分そこまで深く考えてないよ。ユイがそうしたいと思うからそうしてるだけで」


チラリとトレーナーの顔を見る。外にも関わらず人畜無害な顔をして寝ている。というかこの状況でよく寝れるな、何なんだこいつは。グレイシアはその人間の顔を一瞥すると、クスリと少しだけ小さく笑った。


「“一人にしておきたくない”だって」
『……?』
「……ほんと、いい意味で馬鹿だよなぁ」


そう言い人間を見つめる眼差しは雪解けの氷のように柔らかく、優しかった。会話の節々から見える性格からも、こいつがそのような顔をするとは思えなくて。僕は目を僅かに見開き、意外な光景を暫く眺めていた。


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