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「碧雅、ごめん」


太陽が顔を出した午前中。ジョーイさんに診てもらい若干のお叱りを受けつつも身体に異常ないと判断された碧雅は無事私たちの元に帰ってきた。部屋に入ると開口一番、紅眞が頭を下げて碧雅に謝罪する。


「結局お前の言う通りだった。俺、あんなこと言っておきながらみんなに迷惑をかけた。お前も、ユイも、緋翠も、危ない目に遭わせて本当に悪い」


普段明るく元気な紅眞がこうやって真剣に話しているのを見ると、彼が今回のことをかなり気にしているのだというのが伝わる。私はみんな無事だったからもういいと思うんだけど、碧雅はどう思っているのだろう。
頭を下げたままの紅眞を静かに見つめながら、ポツリと話し始める。


「……別に、紅眞の言っていたことが間違っていたとは思わない。お前の誰かを顧みずに助けたいという思いは僕にはない、紅眞の良いところだと思うし」


碧雅が紅眞のことを認めるような発言を初めて聞いたような気がした。紅眞も同じらしく、小さく驚いた声を上げる。「でも時と場合を考えろ」と冷たい声でピシャリと言い放った。


「まあ僕も言い過ぎたとは思うし。……ちょっとは悪かったよ」


あの碧雅が謝った……!?熱でもあるんじゃないかとおでこに手を当てようとするとひと睨みされた。すると買い物に出ていた緋翠が戻ってきて、「おかえりなさい、碧雅」と嬉しそうに祝福の言葉をかけていた。
呆然としていた紅眞もその光景を見てはっと我に返る。そして言われた言葉を噛み締めるようにはにかみ、いつものように「そうだ、俺お前にいいもん用意したんだぜ!」と冷凍庫へ。

本人は秘密にしたかったらしいアイスは私が夜に出してしまったことを伝えるとちょっと落ち込んでいた。う、ごめん。でも碧雅はあのアイスが気に入ったみたいで、既にいそいそと器によそって食べている。
それを見てこれに入れた材料はな〜と得意げに話す紅眞、なるほどと話に相槌を打ちながら周りの気配りを欠かさない緋翠、もぐもぐとアイスを頬張りながらこれまでのことを聞く碧雅。


(なんか、日常っていいなあ)


自然と頬が緩むのを感じながら私もアイスを食べ始めるのだった。




これからの予定を簡単に話し合ったところ、今日は碧雅の体調を考慮してゆっくり過ごし、明日ヨスガシティに向けて出発しようということになった。気晴らしの散歩としてハクタイの森とハクタイシティの間にある川のほとりまで来た。橋では釣り人さんが数人いて、みんな一様に背中を向けているのがどこか面白い。


(ここの世界での釣りって何が釣れるんだろ……やっぱりポケモン?)


水面を覗いてみると、釣り人さんとバトルの時に戦ったコイキングが疎らに泳いでいるのが見えた。コイキングって多いんだなぁ。


「ねえ、見てあの人」
「わぁ……綺麗な人」


女の人達の小さな話し声が聞こえてきた。話し声のする方角を見てみると、そこにいたのは水面を見つめている璃珀さんだった。“カッコイイ”とか“イケメン”じゃなくて“綺麗”って表現されるのがあの人らしいというか、なんというか。
偶然とはいえ見つけられてラッキーだった。気づかれないよう近づき、肩を叩く。振り向いたその顔に、むにっと人差し指を押し付けた。挨拶と共にイタズラ成功と笑う。あの時の仕返しだ。


「…………。」
(あ、あれ。無反応……?)


鳩が豆鉄砲を食らったように、瞬きをせずこちらを見つめたまま石になったように動かない璃珀さん。流石にちょっと反応してくれないと怖いし寂しいんですけど。恐る恐る名前を呼ぶとそこで正気に戻ったのか、ぎこちなく挨拶を返してくれた。


「突然だったから驚いたよ」
「思ったより驚かせちゃったみたいで、すみません」
「少し考え事をしてたからね。不意をつかれちゃったな。ところで、何か用があったのかい」


あ、そうだ。話を振ってくれたおかげで思い出した。バッグの中から綺麗に洗濯し折り畳んだそれを差し出す。それはハクタイシティのポケモン像で渡してくれたハンカチだった。


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