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ここは、どこだろう。私、何してたんだっけ。
ふと目を開けた先の世界には、何も無かった。右も、左も、上も、下も。全てが無い、白の世界。
正しく真に白い、真白の光景がそこには広がっていた。
手を宙に上げてみると普段よりもスローに動き、まるで水の中にいるような不思議な感覚。
ただ自分がそこにいるということだけが実感できた。
《──……のん……》
耳に溶け込むように入ったきた。
幼い子どもの、誰かを呼ぶ声。
所々ノイズがかかったように聞こえないけれど、この声は誰なんだろう。
《──…………な……》
先程まで自分が何をしていたのか記憶はない。
けど不思議とこれは夢なのだと認識している自分が頭の片隅にいた。
この空間に存在する自分は私だけど私じゃない、私の姿をした夢の私で。
夢は自分の深層心理が現れているのだと聞いたことがある。
ならこの声は、夢は一体何を指しているのだろう。
《──……なら……》
少し声がクリアになってきた。
あどけなさの残る声に混ざっているのは悲哀。
声が聞き取りやすくなるのに比例して、白の世界に色彩が生まれ始める。
ぼこりと泡の音が響いた。
命の落ちた音がした。
《さようなら》
声はハッキリと聞こえた。
その言葉と共に現れたのは湖だった。
タネも仕掛けもないマジックのように湖畔が白を覆い、周りは霧がかかっている。
私は湖の中心に位置する橋の上に立っていた。
湖は凹んだ位置にあるようで、周りは岩肌に囲まれている。
岸と崖には申し訳程度の花々が控えめに咲き、よりここの物寂しさを語っていた。
たゆたう水に合わせるように、霧は幻想的な世界を奏で、一つのミスティックを創り上げる。
おいで
(…………?)
ふと、誰かに呼ばれた気がした。
何気なく後ろを振り向くと、そこにあったのは光の見えない暗い闇の穴。
まるで巨人の大きな口みたい。
ここに入ったらもう最後、出られないような得体の知れないものを感じた。
しかしこの時の私に恐怖心はなく、身体が自然とそこに向かっていた。
闇に吸い込まれるように進み、足の赴くまま進んでいく。
途中誰かに呼び止められた気がしたけれど、止まって確認する程気に止めていなかった。
たくさんの部屋を通り抜け宛もなく彷徨い、また歩いて、歩いて。
そして、
(あの子は)
一際広く、中心に柱が聳え立つ大きな部屋に出た。柱の根本付近には石碑の様なものが見えている。
その石碑の前に立つ姿は、この夜空のような空間で輝く星のよう。
この姿を私は知っている、あの少年を私は覚えている。
この世界に来る前に見た夢の、着物を着た男の子。
《…………。》
あの時と違う感情のない碧眼。
手に持っているかのように青い光が彼の両手の上で留まり、その光を眺めながら彼は人形のようにそこに佇んでいる。
“私”はその光景を見て、こう口にしていた。
「かえしてよ、 」
私が発した言葉のはずなのに、何を喋ったか自分でも分からなかった。
少年はこちらに見向きもせず無の表情のまま光をゆっくりと包み込み、光は見えなくなってしまった。
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