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「ユイちゃん、体調はどう?」


木漏れ日のような優しい声。私を引き取ってくれた“お母さん”の声だ。重い瞼を開き喉の痛さと渇きで咳が自然と零れてしまう。起き上がるとずっと寝ていた反動か、体がぐらりと傾いた。おでこを触るのはお母さんの滑らかな手。


「うーん、熱はまだちょっとあるわね」
「のどもいだい……」
「あらあら。うふふ、おばあちゃんみたいな声になってるわよユイちゃん」
「わら゛わない゛でよぉ゛……」


小鳥がさえずるように可愛らしく笑うお母さんは、その笑顔に違わない柔らかな手つきでボサボサの私の頭を撫でてくれる。


「ふふ、ごめんなさい。卵がゆ作ったから、持ってくるわね。あと欲しいものはある?お父さんが買って帰ってくるって」
「スポドリとゼリー……」
「はーい。じゃあちょっと待っててね」


そう言ってお母さんは部屋から出て、階段をおりていく音がする。自分の咳だけが響く室内は、どこか広く、無機質で、寂しく感じる。


(寂しいなぁ……)


また眠気が襲い、私はそっと瞼を閉じた。




◇◆◇




「…………。」


ぱちり。先程までの光景が頭にぼんやり残ったまま目が開いた。あの夢は、元の世界で風邪を引いた時の光景だった。
周りを見渡さなくてもわかる。ここはPCのベッドだ。私は鋼鉄島で倒れたのを最後に意識を手放してしまったんだ。


(ここ最近、PCにお世話になることが増えた気がする……)


PCの中でブラックリスト入りしてないことを祈りつつ体を起こすと、まだだるさが残る。頭も痛いし、この世界に来て初めて体調を崩してしまった。

どのくらい眠っていたのか分からないけど、室内は真っ暗なので恐らく夜なんだろう。不意に夢で感じた“寂しい”という感情が再び顔を出し始めた。


(喉乾いたし、一人だし、暗いし……)


あの後ヨーテリーたちはどうなったのか、みんな無事に戻っているのだろうか。気になることが多いが私も体が本調子じゃないため動くに動けない。

するとドアが突然開いた。反射的に体が跳ね上がり、「ひゃい!」と変な声を上げてしまった。


「……起きたの」
「あれ、碧雅?なんで……?」
「丸一日以上寝てた病人の顔見に来ちゃダメ?」
「……丸一日……え、私そんなに寝てた?」
「医者曰く、“疲れが溜まってたんだろう”って。ノモセシティから立て続けに色んなことが起きてたから、疲労が溜まってても不思議じゃない」


そ、っか……。ノモセシティでは十分休んでから出発したと思ったけど、これまでの旅路の疲れも重なってしまったのかな。「飲む?」と碧雅がペットボトルの水を持ってきてくれたので、有難く頂戴する。
碧雅によって冷やされた水は乾いた喉を潤してくれて、思わず「ぷはぁー!」と言ってしまう程だった。


「……親父臭い」
「はいはい、お水どうもありがとう。美味しかったよ!」
「緋翠でも呼んでくる?きっとまだ起きてるよ、ユイのこと心配してたし……アイツのことだから、気配で察しそうだけど」
「確かに……。でも夜も遅いだろうし、いいよ。碧雅も部屋でゆっくり休んできても……?」


病室に備え付けられた椅子を引き、そこに座る。カーテンを開け、月明かりと街灯の光が碧雅を照らすように差し込んでくる。そこでポケットに忍ばせていた本を開き読み始めた碧雅に、私は首を傾げた。
瞬きを繰り返しながら自分を見続けているのが気になったのか、碧雅が本から顔を離した。


「……何」
「いや、戻らないのかな……って」
「戻る気になったら戻る」
「……あ、そうですか」
「…………。」


終了。これは、なんだろう。てっきり顔を見て戻ると思ったんだけど、帰る気配はなさそう。


(もしかして……もう一度私が寝るまで残るつもり……とか……?)


……いや、ないか。

頭の中でそう結論づけ、私はもう一度ベッドにぼふりと仰向けで横になる。


「……ムーランドとヨーテリー、どうなったの?」


一番気になっていたことを聞いてみた。ここは恐らくミオシティのPCだというのは街並みの景色から察することができた。碧雅たちも彼らをあのままにするわけないし、どうやってか一緒に連れてきたんだろう……とは思うのだけど。

本を閉じ、碧雅は経緯を語ってくれた。


「彼らはまず、緋翠のテレポートでここまで運んできた」


ヨーテリーと一緒にミオシティまで移動させ、PCで検査と治療を受けさせる前にムーランドは目を覚ましてしまったらしい。暴れ出すかと思いきや、意外と冷静さを取り戻していたらしく、ヨーテリーの無事を確認し頭を下げたのだそうだ。


「念の為緋翠には顔を合わせないようにしてもらって、ユイのことを頼んだけど……あの様子を見たらそこまでしなくても良かったかもな、とは思った」
「それじゃあ、ポケモン同士で話を進めてったんだ」


確かに緋翠を見て怒りが爆発していたようだったし、また暴れられても困るから判断としては賢明だったかもね。カイちゃんとトレーナーさんはジュンサーさんの方へ行ったらしく、ここにはいない。カイちゃんにお別れの挨拶ができなかったのが申し訳なかった。


「ムーランドは落ち着きを取り戻してはいたけど、やっぱり人間に関わることは嫌なのか、治療と検査は拒否してきたよ」
「えっ!?それじゃあ今2匹は……」
「“残された時間は弟のために使う”って言って、白恵の回復技を受けて出ていった。……今も、シンオウ地方のどこかにはいるんじゃない」


ムーランドの体は短時間で進化を重ねた影響と、実験の影響でボロボロなのは素人目から見ても明らかだった。自由になった最期の時間を、せめて彼の望み通りにと見送ったらしいけど、それは苦渋の決断だったと思う。本当にこれで良かったのか、もっといい案はなかったのか、後悔しそうで。
彼らが選んだのならと自分を納得させようとするけど、ムーランドもいなくなってしまったら、ヨーテリーは本当に一人ぼっちになってしまう。


「“ありがとう”だって」
「……え、?」
「あの2匹から、ユイに伝えてくれって。自分のことは自分でやるから、余計な世話かけるなってさ」
「……それ本当にあの2匹が言ったの……?」


ムーランドなら言いそうだけど!でも、そっか……気にしすぎ、なのかもな。ヨーテリーはギンガ団の元にいた頃からムーランドに守られていて、ムーランド程は実験の影響は無いらしく、人間への恐怖心や臆病な性格が克服されれば、生き残れる可能性は高いらしい。
故郷のイッシュ地方に帰るため、シンオウ地方で生きるための知恵と力をつけていくんた。


「もし偶然会うことがあったら、力になりたいね。それこそイッシュ地方に向かう船の手続きーとか」
「……結局世話焼こうとしてるし」
「だって私だけ何も言えてないんだもーん」


碧雅が不意に立ち上がり、私のベッドの横に並び立つ。そのまま屈むように足を曲げ、私のおでこに自分の手を重ねる。こおりタイプ特有のひんやりとした冷たさは気持ち良さとキーンとした頭痛を同時に引き起こした。思わず目をつぶってその冷たさと頭痛に耐えていると、碧雅は小さく笑った。


「余計な心配する前に病人はさっさと寝て」
「はーい……。あ、そういえば私ね、久しぶりに夢を見たの」
「夢?」
「うん。前の世界の、風邪をひいた時の夢。お母さん、久しぶりに見た」
「…………。」


懐かしい夢の光景は、まだ微かに残っている。お母さんの優しい声が、頭を撫でる手つきが。思い出すと、私も自然と柔らかな顔つきになっているのが自分でも分かった。


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