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真夜中のヨスガシティ。街灯が僅かに道を照らす中人一人分の距離を空けて後ろを歩く璃珀にふと思い出したことを尋ねる。教会でジェイドさんにピッピ人形をあげた時、一人離れたところで笑いを堪えるようにしていたのが妙に不思議だった。思い出したのか、璃珀はクスクスと笑いながらだってと続ける。


「彼、どう見たってポケモンじゃないか。なのにわざわざ人形をあげるご主人が面白くて」
「えっ、!?そうなの!?」


ポケモンって楽器弾けるの!?確かに人間離れした髪と目だったけど!そう言うと璃珀は「ツッコミどころはそこじゃないと思うけどな」と苦笑い。
話を振り返ればところどころ、“人間”にしては奇妙なことを言うとは思ったけど。思い出し笑いをする璃珀を軽く睨みつけると、ごめんってばと笑いながら謝られた。


「わざわざポケモンだってばらすのも彼に悪いと思ったからね。今回は特に害は無さそうだと判断したんだ。……でも、彼が以前、誰かに仕えていたのは本当だろうね。所作や姿勢が洗練されていた」
「確かに。どこかの宮殿に執事さんや召使いでいても違和感無いかも」


言葉遣いも一応丁寧だったし、一応。本人に言ったらあのゴミを見るような目でどの口が言うんですかとか言われそう。
……“丁寧”で連想するのは、私の仲間でもある緋翠のこと。思えばあの2人、どちらも似た髪色と瞳をしていたな。でも碧雅とステラみたいに顔も瓜二つって程じゃないし、似た種族……だったりするのかな。璃珀なら彼の種族に目星が着いたりするかもしれない、ちょっと気になって聞いてみようと振り返った時だった。


『マスター!』


瞬間移動の如く私と璃珀の間に現れたのはキルリアだった。テレポートをしたのか、バレリーナのような白いレースがフワリと舞い着地する。ちょうど彼のことを考えていたからか、あまりにもタイミングが良かったので驚いた。


「緋翠?いつの間にか起きちゃったんだ。ごめんね、ちょっと気になることが起きて璃珀と一緒に……?」
『…………。』


あれ。普段と様子が違う。俯くキルリアの表情は辺りが暗いこともあって分からない。小刻みに体が震えているように見えて、どうしたのと声をかけても、反応がない。
璃珀の方を見ると、“あー……”ときまりが悪そうにしている。もう一度声をかけたところで勢いよく顔を上げ、擬人化した緋翠が私に勢いよく迫った。その目に怒りの感情が滲んでいるのは、目で見るより明らかだった。


「……貴女と、いう人は……!」
「ひ、緋翠……!わっ、」


肩が、痛い。両肩を思い切り掴まれている。でもそれ以上に痛いのは、私じゃない。「どうして」と呟く声は、震えていた。


「どうして、貴女はそうなんですか!」


顔を歪めて、咆哮のように叫んだ。初めて緋翠が怒鳴る瞬間を見たな、と他人事のように感じた。怒られているとは思ったけど、言われた意味が分からなかったから。
夜遅く出かけたことに怒っていると思ったけど、そうじゃないの?私が思い当たる節が見つからず、頭の中でぐるぐる言葉を選んでいると、緋翠は眉を垂らし、ポツポツと語り出す。


「どうして貴女はいつも、自分から危険に飛び込もうとするのですか?」


自分から?危険に飛び込む?
私は意表を突かれた気持ちだった。確かに大変なことはあったけど、自分からなんてつもりは更々無くて……。


(…………あ、)


記憶を辿り頭に過ったのは、最初に緋翠と出会った時だった。


“やめて下さい!”


谷間の発電所でマーズと対峙した時、まだアチャモだった紅眞はブニャットに力及ばず、ラルトスだった緋翠があと一歩駆けつけるのが遅かったら、彼は今のように無事成長し過ごしていけたのか。それ以前に、もしブニャットの爪が、ポケモンを通り越してこっちにやって来ていたら……?


“この、……っクソ、野郎!!”


次に思い出したのはハクタイビルでステラと初めて対峙した時。碧雅がステラの技を相殺した後、ビルはその凄まじいパワーに耐えきれず崩れだした。私は咄嗟に捕らえられてた2匹と碧雅を庇ったけど、結果として爆発から守ってくれたのは緋翠だった。


「いくらポケモンと意思疎通ができるからと言っても、秩序のない自然界では限界があります。人の中にも、貴女の身を脅かす輩は存在するのですよ?忘れたとは言わせません」


“君は世界の始まりを知っているか?”

“お前ら動いてみろ、このお嬢ちゃんがどうなっても知らねぇぞ”


テンガン山でギンガ団のボスであるアカギと出会ったことも、カフェやまごやで強盗に誘拐されかけたこともあった。結果的には助かっているけど、それは自分のおかげではなく、仲間が助けてくれたから。彼はギンガ団に所属した経験があるし、自分も被害に遭っているからこそ、余計に心配になるんだろう。


「今回だってそうです。いくら璃珀が付いていたとはいえ、夜の街は姿を変える。ゴーストポケモンもうろつき、危険が更に増すのです。……この世に“絶対”なんて概念は存在しません。絶対大丈夫なんて、誰にも分からないんです」


私が言うのも何だけど、彼は主人に対する気持ちが強い。エスパータイプだからって、未来が分かるわけじゃない。怖いんだ、不安なんだ。
“絶対なんて無い”。その言葉は、やけに私の心に重くのしかかった。


「お願いですから、もっと……ご自分を大切になさってください」


私の肩を掴んだ手の力は徐々に弱くなり、震えているのが肩越しに伝わった。街灯が緋翠の涙の筋を照らしていた。悲愴に満ちた、懇願に近い願いだった。


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