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突然発生した肌を突き刺す程の異常な寒気。静寂だった空気は轟々と嵐が飛び交うような唸り声を上げ始め、肌が寒さで鳥肌を立てている。
ステラも周りの異常に気付き、私の腕を握る力が弱まった。


「……何だ」


ステラが私から視線を逸らした隙を見逃さず、即座に更に距離を取る。「あ、やべ」とそんな言葉の気持ちを心にも思ってないトーンでステラが呟くのが聞こえたけど、そんな事気にしてられなかった。足に力が入らず立ち上がることは出来なかったけど、異変を体感するには充分だった。

周りを見渡せば、それは想像を絶する光景だった。湖の周りの植物たちが雪に埋もれ、一面が白い渦に包まれたように真っ白だった。まるで冬にタイムスリップしたかのように、景色が一変していたのだ。湖の水面は凍り、空からは雪が降り続く。
ステラに握られた腕がジンジンと痛み、先程までの恐ろしさから心臓の鼓動を大きく感じ浅く呼吸を繰り返す。ハァ、と自分の口から出てくる息が白く変わり、消えていく。


(何が……起こったの……?)


頭で何が起こったか整理しようにも、身体が震えて止まらない。さっきのハイドロポンプの雨を受けたせいで、身体が冷えきってしまっている。自分の体を抱き締めても、身体が濡れてるから効果は全く無い。
するとステラが自身の手から炎を出し、近くの木に火を放つ。
周りが白く空が鼠色の世界に暖色が灯された。


「あんた、何をした?」
「何もしてないし、できる訳ないでしょ……!」
「ふーん」


そうやって興味無さそうにしていても、内心では考えてるその眼差しはどことなく彼に似ている。


一瞬そう思ってしまった自分を叱咤して心の中で頭を思い切り振った。……みんなは大丈夫?特に晶はドラゴンタイプを持ってるから、この環境は彼にとって最悪だ。親方さんたちもこの吹雪に巻き込まれていないと良いんだけど。


「……さ、寒い……」


まずい、本当に寒さで身体がかじかんでる。唇がカタカタと震えだして体の体温がどんどん奪われてる。特に寒さ対策をしている格好ではないから尚のことだ。やっぱり自然の力は恐ろしい。


「……死にそうだな、お前」


炎を灯した木で暖をとっていたステラの手が私の頬に伸びる。寒さで冷たくなった私の頬に、仄かに温かい彼の手は正に救世主だった。ああ、なんて温かいんだ。その温かさに何故かじわりと安心感を抱いてしまった。
敵なのに、私の仲間を、友達を傷付けた人なのに。私はこの人に助けられて、ありがたみを感じてしまってる。
情けなくて、やるせなくて……でも、死にたくない。


「…………。おい、動くなよ」
「え、っ」


何の感情も宿してない目で私を見ていたかと思うと、その言葉と共に突然私の頬に鋭い痛みが走った。それと同時に生暖かい雫が頬を濡らす感覚を感じた。彼はそれを指ですくい取り、放心状態の私の目の前で舐めた。

…………私、何されたの、?


「心配すんなよ、跡は残んねぇように切ったから」
「……切っ……?」


彼の手元を見れば、爪の先に彼と対峙した時同様に赤い液体が付着していた。そしてジワジワと頬から熱を感じ、そこを手で触ると手が血で汚れて、漸く私は彼に切られたのだと理解した。


(…………。)


普段の私なら驚いて叫ぶんだろうけど、今は不思議と落ち着いていた。寒さで頭が上手く回らないからか、もしくはこの非科学的な現象が起きてる現実から目を背けたかったからかもしれない。

しばらくの間私から視線を逸らし、一点を見つめ続けるステラに対し私は訝しげな視線を送る。私の血を舐めて、彼は一体何がしたいのだろう。


「…………!?……は、」


ステラが初めて驚いた顔を見せた。そして私をギョッとした目で見つめてくる。え、何。
この人もこんな顔するんだ、なんて暢気な事を考えられるのはやっぱり彼が碧雅のそっくりさんだからなのもあるけど、初めて人間味のある表情を見せたからかもしれない。怖いのに、得体の知れない危険な人なのに、どこか相棒の面影を感じる、不思議な人。

ステラは合点がいったように頷き、呆れたような笑いを堪えているような、はたまた憐れんでいるような表情を浮かべた。


「……なるほどな。お前、アルセウスに見つかってここに送り返されたんだな」
「アル、セウス……?」


その名前には聞き覚えがあった。そうだ、トバリデパートで見つけた本に書かれていた“世界を創造した”という神様のようなポケモンの名前。そんなポケモンが私をこの世界に送った?いや、“送り返した”?


(そんなのまるで……)


“まるで、本当に私がこの世界の人間みたいじゃない”


その気持ちが顔に出ていたのか、また心を読んだのか、ステラは一瞬だけ見せた優しさを潜ませて嗤う。


「そ。お前はこの世界の、────」


そこから先の言葉は聞くことが叶わなかった。いや、そもそも言葉は紡がれることがなかったのだ。

私の背後から放たれた通常の威力を遥かに凌ぐ水色の光線がステラを襲い、彼は話すのを止め回避せざるを得なかったから。俊敏な動きで私から距離を取り背後を静かに見据えるその視線を見つめ、動くこともできず呆然としてる私の耳に雪の踏みしめる足音が入ってきた。
誰かの気配がしたと共に足音は止み、私はゆっくりと気配のする方を振り向いた。


「……ぁ、」


その人物に堪らず安堵を覚えた。名前を呼びたかったけど、情けない声しか出なくて、唇の動きだけが名前を紡いだ。


みやび


掠れた空気の音が口から漏れた。それでも分かったのか、彼は私の方を静かに振り向いて、私と同じ青い目に私の泣きそうな顔が映った。


(……あ、れ……)


彼の目を見た瞬間、変な胸騒ぎがした。何故だろう、彼の目を見た途端、胸の奥から嫌な不安が込み上げてくるのは。このまま彼を進ませてはいけないような、取り返しのつかない自体になりそうな怖い予感が。


「…………。」


無言で私を見つめる碧雅の目がどんな感情を宿しているのかが分からない。彼は元々、こんな目をする人だっただろうか?碧雅が私の前に屈み、ステラが触れたように頬をそっと触る。ステラに切られた箇所が地味に痛み、咄嗟に顔を顰めてしまった。それでも碧雅は眉ひとつ動かさない、人形のように。


「…………。」
「……碧雅、だよね……?」


安心したくて、縋るように問いかける。碧雅はよく表情が変わらないから、クールな子だから。だからこんな無反応なんだ、私はおっちょこちょいでよく碧雅を困らせているから。だから、だよ。
きっと「何言ってるの」っていつものように呆れたように答えてくれる。


(そう、だよ……ね?)


ぎこちなく眉を下げて、泣き笑いのような情けない表情を浮かべた。
碧雅の背後から、ステラが足を蹴りあけ碧雅を冷たく狙っているのが見えた。


「……──!あぶな、」


途端に視界が吹雪一色に染まり、身体が寒さに悲鳴をあげる。ステラも吹雪の勢いに距離を縮められないでいた。そしてようやく理解した。この不思議な現象が、この吹雪の発生源は、碧雅であるということに。
考えてみればグレイシアはこおりタイプだから、雪で連想できなくもない。いや、仮にできたとしても……碧雅が天候を翻すくらいの力を使うなんて。そもそも、グレイシアがそこまでの力を持っているの?


(図鑑ではダイヤモンドダストを降らせるってあったけど……この吹雪は異常じゃない?)


“異常”というワードで思い出した。一度だけあった、碧雅が物凄い力を出した時が。ギンガハクタイビルでステラに巨大なシャドーボールを放たれそうになった時、碧雅が原型でステラの片腕を凍らせたことがあった。けれど今回は周りにまで影響を及ぼす程の力を放っている。


「あー、やっぱりか……」


碧雅のふぶきを炎で相殺したステラが空を見上げ暢気に呟く声が聞こえた。その声に気づいた碧雅がステラに近付こうと足を踏み出す。私は手を掴んで止めようとした。


「行っちゃあぶな……?」


こおりタイプ故の普段ひんやりとしている冷たい手が、恐ろしいほど熱かった。
私はその熱さに驚いて、咄嗟にその手を離してしまった。


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