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一際静かなリッシ湖に続く道を進む。聞こえるのは草むらの踏まれる音と、足音だけ。ただ親方さんたちの無事を確認するだけなのにどこか嫌に静かな雰囲気と合わさって妙な胸騒ぎがして、周りの気温が一段階冷えたような錯覚を覚えた。


「ユイちゃん、まってー」


私を止めた白恵がトコトコと遅れて駆け寄ってきて、拙い幼子の力で私に後ろからぎゅっと抱き着いた。まるで行かないでと訴えるように。自然と足が止まる。


「ねーえ、おこってなーい?」


背中越しから聞こえる白恵の声。緋翠が諌める声が聞こえたけど、怒っているなんてもちろんそんなことは無い。


「怒ってるわけないよ」
「……、そっかぁ」


白恵はそのまま私から離れ、またマイペースに着いてき始めた。……そうだ、思えばこの胸騒ぎは、あの時の、あの言葉から続いている。記憶の片隅にしまっても、心の奥に深く刺さっていて、思い起こされる不思議な予言の言葉。


“ユイちゃんのそのちからはね、もともともっていたものなんだよ”

“このせかいをまもるためによばれたの。しかくをもってるから、だからもどされたの”

“……かわいそうな、ユイちゃん”


意味は良く分かってない。言葉通りに解釈すれば、私は何か役目を負ってこの世界に来ている。そして、このポケモンの言葉を理解できる能力は、元々備えていたもの。
何かの“資格”を持ってるから、この世界に連れてこられた、“戻された”。
……もど、された?


(私は元々、この世界の人間ってこと……?)


嘘でしょう。だって私は、ポケモンなんてほとんど知らなかった。物心着いた頃からポケモンはゲームの、フィクションの存在だった世界にいて、学校にも通ってて、友達だっていて、親代わりの里親だっていた。

……そうだ。親は親でも、彼らと血は繋がっていなかったのだ。


(両親はずっと分からなかった。血縁関係が不明のまま、気付けば孤児院にいた。私は赤ちゃんの頃、雪の日に孤児院の前に捨てられてたと聞いていた。誰も通った跡のない、真っ白な雪道しか無かったのが不思議だと職員さんが話しているのを聞いた)


何時どこからやって来たのか分からない、不思議な子。そう言われていた。そんな私にある“役目”って、なんだろう?
……ううん、この心の奥で引っかかってるモヤモヤはそんな高尚なものじゃない。


“今まで不明だった両親は、この世界の人間だったのかもしれない”


頭の中で浮かんだ一つの仮説。それは淡い期待も混ざっていた。

でも、そんなことある訳ない。ある訳ないけど、今のところこれ以上にしっくりくる意見は無い。だからこそあの世界で私と血縁関係にある人間がいなかったんだ。認めたいけど、認めたくない。“私”を構成しているあの世界の人たちの繋がりを、否定したくない。それにどちらにせよ、私が捨てられていたという事実に変わりはない。

この話はあの時話した白恵以外誰も知らない。話をした張本人と白恵もどう思ってるのか分からないけど。もしこの話をみんなにしたら、みんなはなんて答えるんだろうか。……答えてくれるんだろうか。


(……あ、)


考えてる間にも足は進み続け、リッシ湖の畔が見えてきた。足の速さが徐々に増していって、早くつかなければという焦燥感に追われていた。

一番遠く離れていたはずなのに、白恵の声が近くに聞こえてきた。


「……行ってらっしゃい、ユイ」


声のトーンや声色は同じなのに、何に違和感を感じたのか分からないのがより不気味だった。
思わず後ろを振り向いたけど、彼は普段通りの二色の目をこちらに向け、不思議そうに首を傾げているだけだった。

言いようのない不安を感じつつリッシ湖に辿り着く。まず目に入ったのは畔にある青い大きな魚の尾びれ。私が声を出すより先に、ティナちゃんと璃珀が共に駆け出した。


「これは……!」
「何があったの!?」
『…………すまねぇ、……お嬢、珀坊』


そこにいたのはボロボロになり湖畔に打ち上げられたギャラドス。起き上がるのもやっとといった様子で力なく項垂れている。青い綺麗な身体に刻み込まれた切り傷を撫でながら、手持ちのキズぐすりを吹き掛けてあげた。


『俺はいいから早く、奥に。親方が……チビ共を逃がすためにアイツと対峙したままなんだ』
「“アイツ”?」
『野郎、どこでお嬢や仲間の不在を嗅ぎつけたか知らねぇが……。見張り番の相方も近くにいるはずだが、まずは親方の方へ行ってくれ。このままじゃ、……親方が死んじまう』


そうギャラドスが呟いた次の瞬間、眩い光と激しい轟音がリッシ湖を襲う。空に鳴り響く雷光はリッシ湖の真ん中に浮かぶ小さな小島に落ちた。


「…………あれ、って」


紅眞の呆然とした言葉が響き、私も我が目を疑った。倒れているのは、今まで沢山見てきたギャラドスの中でも一際大きくて、片目に傷があって、長い年月を生きてきた貫禄のあるそのギャラドスは親方さんなのだと理解するのに時間はかからなかった。


「……おとう、さま……?」


青龍の青い鱗を纏う龍の体は雷で焼け焦げて、首を差し出すようにうつ伏せで倒れている。沢山のギャラドスを導き守り抜いてきた長が、地に伏せている。リッシ湖に住む者としてか、はたまた種族故の戦闘の賜物か、戦い抜いた数々の古傷に更に夥しい傷がついていて、所々傷口から赤黒いモノが流れて彼の周りを包むように広がっていく。
それが何なのかを理解したと同時に、恐ろしい光景に鳥肌が立つのを感じた。


「……誰だ、アイツは」


そしてその龍の上に乗り、掌からバチバチと雷を放つあの姿は、あの時と同じだ。


「……ふぁーぁ」


退屈だとばかりに欠伸をする、あの真っ黒な外套を被る人の影。口元に添えられた手には親方さんから流れているものと同じ、赤黒いモノが付着していた。
風にあおられて銀星の髪と眩い金の瞳が見えた。


「…………ステラ、」


私の小さく呟いた声が聞こえたのか、相棒そっくりの顔立ちをした彼の目が私を捉え、ペロリと己の手に付いた親方さんの血を舐めとった。


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