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「うっ、緊張してきた……」
「自分が戦うわけじゃないんだし、それになんだかんだ言って5回目でしょ。いい加減慣れなよ」
「ユイちゃん、おなかいたい?よしよし」
「白恵ー!白恵はこんな酷いこと言う子に育っちゃダメだからね!反面教師にしなきゃダメだからね!」
「反面教師にするならユイのこの減らず口からだと思うんだけど」


あれから紅眞の修行が始まり、早いもので期限の1週間が近付いてきた。今日は6日目、7日目は万が一の為の予備日として取っておき、ノモセシティのジムに挑戦をすることになった。
ノモセシティは湿地の自然が豊かな街で、舗装された道の外れではぬかるんだ地面が目立っていた。
大湿原がこの街の観光名物みたいだから、今度来る機会があればゆっくり回ってみたいな。

ちなみに監督役のティナちゃんも着いてきてくれて、修行の傍ら私の旅の話を興味深そうに聞いてくれた。なんでもティナちゃん、リッシ湖に近いトバリシティとノモセシティくらいしか今まで街に行ったことがないんだって。もう一つのナギサシティは電気が頻繁に使われてるから、種族的に苦手で近付かないらしい。

PCの食堂スペースでお腹を満たしつつ、ジム戦の打ち合わせをする。


「最終確認よ。紅眞、戦法を復唱なさい」
「“自分の技は全部当てる!相手の技は全部かわす!”」
「それってジュン君がハクタイシティで言ってた最強の戦法じゃん!?」
「へぇ。姉さんと同じ思考の人がいたなんて驚きだな、会ってみたいね」
「そっか、まだ璃珀は会ってないんだっけ。璃珀を見たら“スッゲー!”って騒ぎそう」
「紅眞を更に喧しくした奴を想像すればいいよ」


ティナちゃんの修行は、それはまあ見ているこっちが絶句する程のものだった。崖登りタイムアタックとかギャラドスたちに囲まれつつ技を避ける回避訓練とか、他にも色々。璃珀の予想通り白恵以外のメンバーも巻き込まれてたしね、練習バトルの相手と基礎練に。私もみんなの手当てをしたり、みずタイプについて学んだり、ジム戦の戦い方を考えてみたり。やれることはやったはず。


「お飲み物の用意が出来ましたよ」


カチャカチャと音を立てながら緋翠が食後の飲み物を持ってきてくれた。みんな飲む物が違うのに、緋翠はそれぞれの好みに合わせて用意してくれるから有難い。
お待たせいたしました、と差し出されたミルクティーは紅茶の良い香りがする。


「紅眞もどうぞ」


紅眞はコーヒーを飲むみたいで、紅眞ってコーヒー飲めるんだと少し意外だった。


「ありがとな……ぅえぇ!?」


カップの中を見た途端驚愕の声を上げた紅眞に全員の視線が集中する。カップの中には可愛い絵柄のアチャモのラテアートがこちらを覗いていた。か、可愛いぃぃ……!
ティナちゃんも目をキラキラさせて「何なのこの可愛いアチャモは!」と興奮した様子で緋翠に詰め寄っている。


「えっと……本日はジム戦ですが、私は今回参加できませんので、私なりのエールのつもりです。少しでもリラックスしていだたければと思いまして」


ほんとだ、よく見ると“ファイト”って書いてある。でもこれ、完成度高すぎて逆に飲めないやつだ。
いつの間にこんなスキルを身に付けたのかと思ったら、どうやら“やまごや”でのお手伝い中にミルクさんに教えてもらったらしい。だとしても上達早すぎるよ。


「ふむ……。怪力女、どうやらこれは“らてあーと”というものらしいぞ」
「らてあーと?ラリアットと名前が似てるわね」
「ラリアットは知ってるのにラテアートを知らないってどういうことだ」
「ガオガエンのDDラリアット。この姿だと見よう見まねである程度再現できるのよ。良かったらその威力を味あわせてあげましょうか?」
「すみませんでした“師匠”!!」


ティナちゃんに修行を付けてもらった紅眞はすっかり彼女に逆らえない弟子になっていた。ティナちゃんの強さを身をしみて体感している紅眞が綺麗な土下座を披露している。
まるでちんちくりんと雪うさぎのようだな、と晶が言うので脇をどついてやった。




◇◆◇




ノモセシティのジムに入り、受付にジム戦の依頼をして中に通された。ジム内は大きなプールのようになっていて、奥にいる人がジムリーダーみたいだ。遠目から見て分かるのは……上半身裸?


「何あの覆面。変態?」
「こら碧雅」
「彼がノモセジムのジムリーダー、名前はマキシ。本業はプロレスラーよ」
「マ、マキシマム仮面!」
「え。マ……なんて?」
「マキシマム仮面だ。テレビで出ているぞ、知らないのか?」


申し訳ないけど知らなかった。ジムリーダーとプロレスラーを兼任してるなんて……!どのジムリーダーも何かしらの仕事と兼任してるけど、みんな凄いよねぇ。
ていうか晶、いつの間にテレビでそんな情報ゲットしてたの。どちらかというと晶が嫌がりそうなタイプの人に見えるんだけど。


「ジムリーダー特集で出ていたんだ。偶然目に入っただけで決して奴を応援している訳じゃないからな。奴のファイトマネーが街の人間とポケモンのために使われていようが知ったことじゃないからな!」
「誰も聞いてないのに自分で早口で答えた」
「なるほど、良い人だから晶くんもつい気になっちゃったと」
「断じて違う」


頑なに認めようとしない晶を他所にマキシさんの元へ向かう。腕を組み待ち構えていたマキシさんは近付いてきた私を見つけ、「よぉーくきたッ!」とジム全体に響き渡るような大声で私たちを歓迎した。


「俺様こそがノモセシティポケモンジムのジムリーダーでぇ、その名もマキシマム仮面!」
(あっ、自分でも言うんだ)
「こんにちは、マキシ」
「お前はァ!て……っと、ここではティナと呼ばなければいけなかったな」
「ティナちゃん、マキシさんと知り合いなの!?」
「前に話したでしょ、リッシ湖の一件であたしたちの味方に回ってくれた人間もいたって。彼もそのうちの一人だったの」


そうだったんだ……。マキシさんは久しぶりだなぁ!と豪快に笑っている。本当に、ここの人たちは共存して生きているんだな。


「今日はどうしたんだ?大湿原も今日は落ち着いてるぞぉ」
「この子のジム戦を観戦しに来たの。あたしはただの観客だからお気になさらず」
「初めまして、ユイと言います。受付は済ませています。良ければ、バトルお願いします!」
「お嬢さんがお相手かぁ!良いだろう!」


手持ちの用意をしてこよう!とマキシさんは別の場所へ移動し、その待ち時間に私たちも紅眞に励ましの言葉をかける。


「頑張ろうね、紅眞!私もできるだけ正確に指示を出すから!」
「お、おう!」
「僕たちも今回は観客席でバトルを見ているからな。無様に負けるような真似はするなよトサカ」
「え゛、もしかして全員そっちに行くのか?」
「だってボールの中に待機してたって出ないんだったら暇じゃん」
「バトルフィールドもほぼプールに近いね……。数少ない足場をどう使うかが肝だと思うよ」


璃珀の言葉通り、みずタイプ使いのジムらしいプールに幾つかの足場が用意されたバトルフィールドだ。基本の移動はジャンプで飛び越えることになりそうだな。


「紅眞。白恵が貴方に渡したいものがあるみたいですよ」
「はい、こーちゃん」


頭に結んであげたのはノモセシティのお土産屋さんで買ってあげたハチマキだった。赤い布地と炎を模した模様が紅眞にピッタリだ。


「2……ううん、3、かな」
「ん?何ボソボソ言ってんだ?」


なにか呟いていたみたいだけど、小さな声だったから私たちも聞こえなかった。紅眞が尋ねるけど白恵はにっこり笑って「きにしなーいきにしない」とプールの水で遊び出した。
紅眞はそんな白恵を見て初めは困惑して見ていたけど、意を決したように表情を変えた。


「俺、勝てると思うか?」


その言葉を聞いた白恵はピタリと水遊びをやめ、二色の瞳が紅眞を捉えた。それって、白恵の……。


「どういってほしいの、こーちゃん」


たどたどしい喋り方だけど、紅眞を見つめるその瞳は少し冷たく見えた。
微妙な空気が流れたけど、紅眞は息を吐いて「やっぱやーめた!」と床に大の字で転がった。ちょっと、お行儀悪いよ。


「予言聞いて結果知っちゃうのはなんか違うしな〜。ズルしてる気分になるし。ごめんな、白恵」


あと、遅れたけどこれありがとうな!


あぐらをかいて起き上がり頭に着けたハチマキを指差しいつものように笑った紅眞を見て、白恵は紅眞に近づいて行きはねた茶髪をポンと触った。


「きょうのこーちゃんは、きっとすごくかっこいいよ」
「いつもかっこいいだろー」
「…………さて、そろそろあたしたちは移動するわよ」


冗談めいてカラカラ笑う紅眞の背後から、準備を終えたらしいマキシさんが姿を現すのが見えた。


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