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「いい加減にしなさいお前たち!」


顔の赤らみが嘘のように消えたティナちゃんの一喝でギャラドスさんたちは揃いも揃って姿勢を正し、上に掲げられていた璃珀たちが重力に逆らえず地に落ちた。流石幸運のポケモンと言うべきか、偶然原型のみんながクッションになり白恵だけが無傷できょとんとした表情で座り込んでいた。思わず苦笑いになり目を回したみんなをボールに戻す。来た時間も遅かったし、そろそろ帰らないと。


「でも白恵だけだと野生のポケモンに襲われたらひとたまりもないね」
『そうだね〜』
「あら、坊やがいるのに?」
「うん。なんだか戦いたくないみたいで」
「ふぅん……?それならあたしが送ってあげるわ」


ティナちゃんの願ってもない申し出にお礼を言い、湖のギャラドスさんたちと別れ今度はきちんと舗装された道を使って帰路を歩く。白恵が気になるものを見つけてチョロチョロと傍を離れないように注視していると、先頭を歩いていたティナちゃんがこちらを向かずに「あの」と歩きながら言葉を発した。


「……さっき話したことは璃珀には内緒にして。あたしがちゃんと、あの子に本当の事を話したいから」


毅然と前を歩く彼女の背中に迷いはなく、自然と顔がほころぶのを感じた。


「それと、あなたの他にも原型のポケモンと話せる人間がいると他のギャラドスが話していたのを覚えるかしら?」
「うん、擬人化して迎えに来てくれたギャラドスたちが言ってたね」
「お父様が話してくれたのよ。ポケモンの言葉を理解できる人間と昔会ったことがあるって」


お父様?

続けて質問をしようとしたところでタイミングよろしくホテルロッジに着いた。ああ、いいところだったのに。
眉を下げて笑ったティナちゃんにまた明日ね、と宥められ、白恵を撫でた後住処に帰って行った。
私たちも疲れが出ていたか、帰って直ぐにベッドで眠ってしまいその日の晩は終わりを告げた。


そして次の日。無事復活したみんながボールから出てきたけど、昨晩のどんちゃん騒ぎの疲れがまだ残っているようで揃って欠伸をしているのが珍しかった。あそこまで賑やかに過ごすことってこのメンバーじゃなかなか無いからね。
あ、璃珀ならティナちゃんの言っていた“お父様”について知ってるかも。朝食時に何となしに話を振ってみると、璃珀よりも先に晶が反応した。


「怪力女の父親……!?そんなの間違いなく強いに決まってるじゃないか!」
「静かにして戦闘狂」
「むがあつっ!」


目を爛々と輝かせる晶に碧雅が熱々のだし巻き玉子を口に突っ込む。熱さでモゴモゴしてる晶を余所に璃珀の方を見直すと懐かしそうに親方か、と話を始めた。


「“お父様”はその言葉通り姉さんの父親にあたるギャラドスだよ。俺含め他の仲間は親方って呼んでるけどね。あのリッシ湖の群れを率いる長なんだ」
「へぇ〜……。晶じゃないけど本当に強そうだね」
「うん、強いと思うよ。長生きな分戦いの経験は誰より豊富だったし、負けたところは一部を除いて見たことが無かったな」
「流石ティナちゃんのお父さん」


ティナちゃんの擬人化した姿で大人の男性思い切り蹴っ飛ばしてたしね。一部を除いてって文面が気になるけど。
でもよ、と話を聞いていた紅眞が言葉を発した。


「ティナがそう言うってことは昨日いた中にはいなかったんだろ。普段はどこにいるんだ?」
「昔はリッシ湖にいることが多かったけど……湖にいないならら住処の方にいるんじゃないかな」
「先程長生きしていると仰っていましたしね」
「あーご老体で体が思うように動かないとか?」


あーだこーだと思い付く理由を考えていると、冷製味噌汁を飲み終わった碧雅が息を吐いた。


「推測をダラダラと話していたってしょうがないでしょ。今日も行くわけ、リッシ湖」


碧雅の目が私と璃珀を捉える。昨日は流れでお開きになっちゃったけど、長年離れていた璃珀たちはまだ話したいことがあるはずだ。
それに、私たちも。


(ティナちゃんがステラをあんなに敵視していた理由が気になるし)


璃珀の方を見ると、彼も気持ちは同じようでコクリと頷いた。




◇◆◇




朝食を食べ終え身支度を整えてリッシ湖の入口に向かう。昨日まで出入り口を塞いでいた研究員らしき人たちはもういないようだった。また門前払いされるかと思ってたので一安心だ。
こんにちはー、と水面に向かって声をかけると激しい水飛沫と共にギャラドスたちが姿を現した。


『よく来たなお前ら!』
『おらゆっくりしてけや!』


……ニコニコ笑ってくれてるんだけど、巨体で強面のギャラドスに迫られるのはちょっと怖いぞ。


『いやー昨日は悪かったな兄ちゃんたち!でもあんたらちょっとひ弱すぎやしねぇか?』
『いやいやあんなに沢山のギャラドスに囲まれて揉みくちゃにされて平然といられるやつの方が少ねぇって』
『それもそうか!ガハハ!』
『そういえばあんたら旅をしてジムに挑んでるんだってな。次のジムは決まってんのか?』
『ノモセシティのジムに行く予定だけど』
『おっ!なら丁度いいじゃねぇか。俺たちがひ弱なあんたらを鍛えてやるよ』
『さっきからひ弱ひ弱と……あまり僕をバカにするのも大概にするんだな。だが特訓はいいだろう、受けて立つ』
『おーい晶。僕“たち”な』
『何故彼はいつも上から目線なのでしょうか……』
『あっちゃん、ほんとーはうれしーんだよね。ギャラドスとたたかえて』
『よっしゃ!行くぜおめぇら!』


話し込んでるなと思った次の瞬間、ギャラドスの声を皮切りに爆発音が響いた。バトルに参加しない白恵は『ひなんー』と私の元に戻って来た。なにやってんの君たち。
でも紅眞と晶はギャラドスと戦いたがってたから、きっといい経験になるだろうな。




『おいお前ら。来い、こーい!』


特訓という名のバトルに明け暮れてるみんなを見守りながらコイキングと遊んでいると、一匹のギャラドスがヒソヒソ声で仲間を呼んでいた。首を傾げつつ着いていくと、さっきから姿の見えなかったティナちゃんと璃珀がなにやら会話をしている所だった。恐らく昨日話していた通りティナちゃんが璃珀に事情を説明しているんだろう。


(あ、ティナちゃんが頭を下げた)


すると次の瞬間、ギャラドスさんたちが小声で囃し立てるように喋り始める。


『よし、いけ珀坊!』
『そこだ!ギューってやれギューって!』
『いやいっそのことそのままチューしろ』
「……ちゅー?」


いや何言ってるんだこのギャラドスさんたち。冗談にも程があるでしょ。若干引いていたのがバレたのか、一匹のギャラドスさんが人型になり耳を寄せて教えてくれた。


「実は珀坊な、ここに住んでた頃からお嬢に惚れてんだよ。本人は隠してるつもりだろうがガキども意外にはモロバレよ」
「え、……ええぇぇぇ!?」
「バカ声がでかい!」


驚愕の事実に堪らず叫んでしまいギャラドスさんに口を塞がれる。手大きいな。幸い2人には気付かれてなかったようで、危なかったと息を吐きながら手を放してくれた。


「いやなぁ、流石に身内のプライベートを明かすのは俺たちも気が引けるが……」
「あの璃珀が誰かを好き……?」


ウッソでしょ。しかも家族で姉?いや正確には血は繋がってないから他人に近いけど……。


「まあ珀坊もここを出て長いから、別の女ができてても可笑しくねぇけどよ」
『いや、見ろ。珀坊のやつお嬢に頭下げられてフリーズしてるぜ』
『昔と変わらねぇな!』


目を凝らして璃珀を注視してみると、本当だ。目を見開いて石みたいに固まってる。てっぺきでもしてるのってくらい。


『あの胡散臭い余裕綽々野郎が……?』
『あの物応じしないデフォ微笑の璃珀が……?』
『あの顔で女を容易く取っかえ引っ変えしていたロン毛が……?』
「最後のは語弊があるよ」


あくまで本人はトレーナーを替えてるつもりだったから!それもそれでどうかと思うけどあの時はリッシ湖に行けなかったしね!


「……俺、ずっと気になってたことがあったんだ」


お、今まで固まってた璃珀が遂に喋ったぞ。もう気にしてないから顔を上げて、とティナちゃんに促した。


「……何?」
「どうして“ティナ”なんて名前を名乗ってるの?姉さんにはちゃんと名前がっっ!?」
「何か言ったかしら?」
「……な、なんでもありません……」


目にも止まらぬ速さでティナちゃんがボディブローをかまし、璃珀がぐもった声を上げて腹部を抑え座り込む。完全に嫁にしりを敷かれてる夫の図。その光景を見たギャラドスさんたちが嘆くように落胆した。


『あのバカー!』
『その話題は出しちゃいかんだろ!いや知らないなら無理もないか』
『あの野郎、一番出しちゃいけない話題を出しやがったな』
『相変わらずお嬢関係はダメダメだな』


一応みんなで応援してるって事……だよね?
それよりもティナちゃんの本当の名前って何だろう?


『……あいつ、本命いながら他の人間と関係持ってたの?』
『身を守るためとはいえ、改めて璃珀の過去振り返ると中々やばいことしてるな』
『そして気持ちの無い告白をして仲間に入りちんちくりんを弄んだのか』
「だから語弊があるって!」


その言い方だと私が璃珀のこと好きだったみたいじゃん!違いますから!!


『おめぇらなんだよそれ詳しく聞かせろ』
「やばい、璃珀に風評被害が及んでしまう」
『しっかし珀坊のやつ顔だけはいいんだからそれを押していけばいいのによ』
『そうだぜ、ぶっちゃけあの顔で迫られてみろ。俺オスだけどOKする自信がある』
『俺たちメスに飢えてるからな!あいつ女装してもいけるだろ』
『つーか俺は珀坊がメスだったらと何度思ったことか……!ミロカロスといえばあらあらうふふ系のビューティフォー女神様だろ!』
『いや待て、あいつの故郷のミロカロスたちは性格が悪すぎたぞ』
『俺は中身がやばくても見た目パーペキなら良し』
『寧ろ悪女って良いよな』


……うん、私何も聞いてない聞こえない。途中から緋翠に失礼しますと耳を塞がれたから後の会話は聞こえなかった。


『……璃珀が割とえげつないこと出来るのって、ここの環境も一因になってそう』
『分かる』


結局ティナちゃんにあの後こっそり覗いていたことがバレて、無事制裁を喰らったのであった(何故か私はお咎めなし)。


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