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「…………。」
「…………。」
(お互い黙ったまま見つめ合ってる……)


かれこれ2人が無言になり30秒が経過した。攻撃の姿勢をやめ、璃珀を黙って見据えるティナちゃん。居場所のない手を下げ、ティナちゃんを真っ直ぐ見れずに視線を逸らす璃珀。その2人の中間に私がいる。いや、気まずっ。
私から何か言おうとするけれどいい塩梅の言葉が浮かぶはずもなく、「あー」とか「えっとー」くらいしか言えない。そんな私の様子を見兼ねてか、はたまた限界が来たのか、璃珀が息を詰まらせながら話を切り出した。


「姉さん、その」
「お前は黙りなさい」


鋭い眼光で睨まれ、璃珀が引きつった顔で身じろいだ。正に一刀両断、堪らず私の肩が跳ね上がった。ティナちゃんは璃珀の後ろにいる碧雅に近寄り、身に付けていたマフラーを引っ張り顔を近づけた。


「一つ確認するわ、お前はステラではないの?」
「……違う、」
「そう……悪かったわ、突然攻撃してごめんなさい」
(さっきもそうだったけど)


冷静さを取り戻したティナちゃんはマフラーを離し碧雅に謝った。ステラと聞いて思い浮かぶのは碧雅と同じ顔立ちをしたあの人。私にギンガ団なのかと問いかけていたし、私が頭に思い浮かべてる彼と同一人物なのは間違いないだろう。あの態度はどう考えても敵意を向けていた。


(ギンガ団と、何かがあった?)


思わぬ所で手がかりが見つかった。ティナちゃんは再び璃珀を見た後に私の名を呼んだ。


「あなたは、この子のトレーナーなの?」
「……う、うん」
「……それじゃあ、さっき話してた子はこの子のことだったのね」


悲しそうに眉を下げ微笑んだティナちゃん。その顔を見て、チクリと胸が痛んだ。なんだか騙してしまったような気がして。違う、そうじゃない。ティナちゃんに事情を説明したいけど、どう説明したらいいか言葉が出てこない。

さっきまでの恐ろしい雰囲気は消え去り、いつもの女の子らしい振る舞いに戻ったティナちゃんはその場を離れようとした。


「先程は失礼したわ。その子をよろしくね。どうかお元気で、さようなら」
「え、ティナちゃ……!」
「待てよあんた」


まるで今生の別れのような言葉を述べ立ち去ろうとしたティナちゃんの前に怒りの表情を浮かべた紅眞が立ち塞がる。
ティナちゃんに一度敵視された手前、近づくのは得策でないと考えたのか碧雅は私の傍に戻ってきて、その後ろから緋翠が手を顎に当て考え事をしている。何か感じ取ったのかと思いどうしたのか聞くと、彼は困惑したような表情でこちらを見た。


「マスター、彼女は……──」
「何のつもりかしら。謝罪はしたわよ、そこをどいていただけない?」
「それ本気で言ってるのか。俺たちが、あんたらのした事何も知らないとでも思ってんのかよ!」
「…………。」


紅眞の怒号に対してティナちゃんは何も言わず、黙って紅眞を見つめている。その表情は何の感情も映していないように見えたけど、私には強ばっているように思えた。碧雅がティナちゃんたちに目線を配ったまま緋翠に先程の言葉の続きを促す。


「気になることがあったの?」
「……失礼だとは思いましたが、璃珀のこともあり、彼女の心情を読ませていただきました。彼女は確かに璃珀を目にして驚愕していましたが、それと同時に“安堵”しているのです」
「……安堵?」


それは、追い出した側の心情としては相応しくないような。続けて晶が紅眞と並びティナちゃんの前に立ち塞がる。


「貴様はリッシ湖に住むというギャラドスなのだろう。僕たちはロン……そこの璃珀からある程度の事情は聞いている」
(初めて晶が誰かをちゃんと名前で呼んでるところを見た)
「……そう。それでどうしたの?この子の仇を打ちにでも来たのかしら」
「そう言うということは認めるのだな。貴様らがコイツを追い出したことを」
「…………。」


紅眞たちから静かに目を逸らす。その無言は肯定と同義だった。紅眞が唇を噛み、ティナちゃんに詰め寄ろうとする。


「なんでそんなことを──」
「!紅眞くん、やめてくれ」


ヒートアップしてきた紅眞を璃珀が間に入って止める。止められると思ってなかった紅眞は憤りの表情を浮かべていた。璃珀はそれを見て苦い顔で答える。


「俺はあくまでも話をしにきたんであって、責め立てるために来たんじゃない」
「紅眞、少し感情的になり過ぎです」
「…………っ、悪い。つい、頭に血が上って」


バツが悪そうに謝る。でも思うところはまだあるようで、煮え切らない表情を浮かべていた。困ったように眉を下げて微笑んだ璃珀は再びティナちゃんを見つめ、少しずつ言葉を紡いでいく。


「突然申し訳なかった、姉さん。でもどうか話を聞いて欲しい。俺はあの日、あなたたちに住処を追い出された後ずっと理由を考えていた。そして旅を、トレーナーを変えていく度に俺に向けられる眼差しや他人からの評価を得て、俺はその理由を俺自身の存在のせいだと考えていた」
「……。」
「けどご主人……ユイさんは言った。“それは自分の考えであって本当かどうか分からない。確かめてもいいんじゃないか”って」
「……そう」
「ここへ来るなと言われ、今まではその言いつけを守っていた。迷いもあったけど、俺は今回ここまで来てしまった。心のどこかでは、自分も本当の理由を知りたいと思っていたのかもしれないね」
「……ティナちゃん」


流れ行く水のように、穏やかな波紋が広がるように。落ち着いた語り口は心の奥に染み込んでいく。璃珀の言葉で落ち着きを取り戻した私も漸くティナちゃんへ伝えたいことを思い出した。


「璃珀はね、一度もあなたたちのことを悪く言わなかった。追い出されても、二度と来るなと言われても。それは本当に璃珀がここを大切に思っているから、大好きだからなんだよ。部外者の私がこんな事言うのはお門違いだけど、良ければあなたたちの理由を教えて欲しい。璃珀の為でもあるけど、それはあなたたちの為でもあると思うから」
「…………理由、」


そう言いティナちゃんは俯いた。彼らに何があったのかは分からないけど、決して璃珀が言ったような自分の存在が理由ではないと私はどこかで確信していた。
だって俯く前のティナちゃんの顔はとても悲しそうな、口元をギュッと噛んだ泣きそうな顔をしていたから。


しばしの沈黙の後、ティナちゃんは顔を上げたと思うと私たちに踵を返した。やっぱり、ダメだったのかな……。


「…………今晩、時間はあるかしら」
「……え、」


こちらに向き直すことなくティナちゃんは私に告げる。細くしなやかな指がある場所を指し示した。


「知り合いのぺラップに頼んで鳴き声をあげてもらうわ。それを合図にあなたたちは他の人にバレないように、あのルームハウスの裏に来なさい」


それだけ言い残してティナちゃんは去って行ってしまった。これは……次に会う機会を取り付けられた?
小さくなっていくティナちゃんの後ろ姿を見つめながらゾロゾロとみんなが私の傍に寄ってくる。


「女なのに対した迫力だったな。流石ギャラドス」
「おい璃珀、お前大丈夫か?」
「ああ、うん……。紅眞くん、先程はすまなかったね」


返事はするけど目はティナちゃんの去った方向を見つめていて、でもすぐ我に返ったように紅眞の方を向く。


「いや、俺も悪かったよ」
「……そういえば彼女、碧雅をステラと勘違いして襲ってましたよね。怪我はありませんか?」
「問題は無い……けどあの一撃は流石にこの姿では堪える。人間だと骨折れてるね」
「えっ」


何やら衝撃的な発言が耳に入ったんだけど。白恵が私の服の袖を掴み、じーっと見つめてきた。


「あのおねえちゃん、またあえる?」
「……うん、また会おう」


小さな白恵の手を握る。今度は不意打ちじゃない、ちゃんと正々堂々とだ。完全に見えなくなったティナちゃんの背中を思い浮かべ、私たちは一度部屋に戻り束の間の休息を取りに行った。


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