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「遅い」
「すみませんでしたァァ!」


トバリデパート屋上にて、日差しをバックに私を見下ろす碧雅の冷たい視線が背中に突き刺さる。白恵に教えられるまで時間が経つのを忘れ、ティナちゃんとの談笑を楽しんでいたのだ。慌てて事情を説明すると、彼女はにこやかに微笑み「仲間を待たせてるなら悪いわね。今日はありがとう、また会いましょう」と悠然と立ち去って行った。なんなら奢ってもらってしまった。


(あ、ティナちゃんにみんなを紹介しても良かったかも)


なんで別れた後に思いつくかなぁ、せめて直前なら間に合ったのに。と思っていたら碧雅に頭をチョップされた。


「痛っ!」
「考え事してるなんて随分余裕だね」
「りーちゃん。みゃーちゃんおこってるよ、なんで?」
「本人は認めないだろうけど、心配してたんだよ」


痛みで頭を抱える私を尻目に白恵と璃珀が呑気に会話している。まあ、内容は聞き取れなかったけど。頭上から碧雅の「してない」と不機嫌な声が聞こえ、その様子を見た璃珀が小さく笑った気がした。
ぽん、と頭に温かな感触。


「はいはい。そういえば下の階で騒ぎがあったらしいけど、ご主人たちは大丈夫だったかい?」


手を私の頭に乗せ、横からこちらを覗く璃珀の顔を見て、ああ、これは話題を変えてくれたんだと直感した。しんぴのしずくがお日様に照らされキラキラと輝く。大丈夫も何も思い切りそれに関わっちゃったんだけどというツッコミは心の中に留め、遠くから見ていたよと伝える。ティナちゃんのあの格好いい光景を思い浮かべると、ヒーロー番組を見て興奮する子どものようにテンションが上がる。


「可愛い女の子が引ったくりを吹っ飛ばしてたんだよ。凄かったなぁ〜!」


自然と口角が上がり憧憬の眼差しになる。うん、嘘はついてないもん。見ていただけで終わっちゃったのは事実だもん。碧雅の懐疑心の籠った眼差しが突き刺さるけど気付かないふり気付かないふり。


「……ふふっ、そうなんだ」
「?なんで笑ってるの?」
「面白いなぁーと思って。うん、ご主人は知らなくていいと思うよ」
「??」


まるで小動物を愛でるようになでなでされている。私の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。早く帰るよう急かしに来た碧雅が私のバッグにある紙切れに気付いたようで、何それと尋ねてきた。


「忘れてた!じゃじゃーん!良いでしょー!」
「あ、グランドレイクだね」
「反応薄っ」
「優待券じゃん。どうせなら無料宿泊券にしなよ」
「まさかのダメ出し」


片や平然とした様子でチケットを眺め、片や興味無いと言いたげに手に持ったチケットをヒラヒラと風に泳がせる。もっと驚くか喜ぶかと思ったのに微妙な反応だ。


「これどうしたの?」
「デパートで仲良くなった子から貰ったんだ。自分は行けないから良かったらって」
「へぇ、随分気前のいいお友達だね。グランドレイクはシンオウでも有名な高級ホテルだよ」
「こ、高級ホテル!?そんな良いものくれたのあの子!?」
「こーちゃん、よろこびそう」
「確かに。“ホテルの料理が食えるぞー!”って騒いでそう」


タウンマップを開くと、どうやらグランドレイクはリッシ湖の近くに建てられているようだ。ちょうどノモセシティとナギサシティの間にあるみたいだし、明日の宿はここで決まりかな。




「リッシ湖、か……」


PCの帰り道の傍ら、誰かが小さく呟いたその言葉は、風と共に消えて行った。




◇◆◇




「は?」


PCに戻り回復を終えた紅眞たちを引き取り、私リクエストで木の実盛り沢山料理を食べた後、次の目的地を決めた。向かう街はノモセシティに決まった。ジムがあるのは勿論のこと、野生のポケモンが沢山いると言われるサファリゾーンに興味があったから。その流れでノモセシティに行く途中で泊まる予定だとホテルの話をした晶の第一声がこれ、しかも真顔で。うーんやっぱり晶は難しいか。


「せっかくだから行こうぜー晶。高級ホテルなんて滅多に行けないんだしよ」
「高級ホテルに興味は無い。……まぁ、レストランななつぼしは中々だったという話だが」
「“ななつぼし”?」
「店の従業員とポケモンバトルをし、その勝敗に応じて料理が食べられるという仕組みだそうだ。料金を払わずとも、全勝すればフルコースを食べられると聞いたな」


やっぱりバトルか。トレーニングとかも人一倍やる気あるしなぁ。……ていうか、


「その口振りだと行ったことあるのか?」


私が聞くより先に紅眞が聞いていた。晶は一瞬だけ目を開き、徐々に私たちから視線を逸らす。


「……前のトレーナーと、機会があった。それだけだ」
「ーー……そっか、」


その先はどう続ければいいのか分からなかった。下手な言葉をかけるのもかえって失礼だしね。昔のトレーナーとの思い出のひとつ。その思い出はどのようなものだったのか私は分からないし、どのような思いを抱いているのか私には察することは出来ない。
でも、あの話しぶりから推測できるのは、きっと晶は……


「……それなら、無理させちゃ悪いよね」


晶の心を少しでも軽くするような言葉が浮かばない自分が恨めしかった。行くのを取りやめようとする私に晶は少し慌てた様子で身を乗り出す。


「何故それだけで予定を変更する。お前は行きたいんじゃなかったのか。僕は一足先にノモセに向かってお前たちが来るのを待つだけだろう?野宿にも慣れてるし、僕に不満は無いぞ」
「野宿ってどうして?しかも、それ一人で?」
「ああ。何故お前が不満そうな顔をするんだちんちくりん」
「……。」


この子は、これが当たり前だったのだろうか。ずっと独りだったから、慣れてしまったのだろうか。珍しく平然とした表情で話しているのがより私の心に突き刺さる。


「……寂しいよ、それ」
「お前が何を感じているのか知らないが僕はぶふぉ!?」
「行きたいそうですよ、マスター」
「ひっつき虫!貴様これはどういうつもりだ!今すぐこのねんりきを解け!」
「行きたいですよね、晶?」


糊でくっついたみたいにテーブルにうつ伏せの姿勢になっている晶と、それを微笑みながら首を傾げ、見下ろすように見つめている緋翠。その笑みはどこか薄ら寒い気配を覚える。なんか進化してからの緋翠って妙に晶に対して当たりが強い気がするの気の所為?


「あれはユイをちんちくりん呼ばわりされてるのが気にくわないと見たぜ、俺は」
「あと晶のユイに対する意地っ張りキャラにイラついてるのも追加」
「更に足すとしたら緋翠くん、キルリアになって感情をより正確に読めるようになったんだろうね。プライバシーもあるから普段は読まないだろうけど、晶くんはひねくれてるからね。こっちから積極的に関わっていかないといけないと判断したんじゃないかな」

「聞こえているぞそこぉ!僕は意地っ張りでもないしひねくれてもいない!あとひっつき虫はそんな優しいことを考えていないぞ。この前だって説教という名のチャームボイスを喰らわされがっ」


……沈んだ。ねんりきでテーブルに思い切り頭ぶつけて沈んだ。ていうかこの前の説教って何。エスパーという名の物理じゃんこれ。緋翠が掃除をしたとばかりに息を吐き、私に向かい直る。


「口ではああ言っていましたが、本当は晶だって行きたいと思いますよ。明日、もう一度聞いてみて下さい」


私は君がちょっと怖いよ。それにやっぱり、と緋翠は悲しげに笑う。


「マスターが心を痛めるのは私も辛いですから」


……ああ、私の感情も読み取ってしまったんだ。でも、そうだ、と晶を仲間に迎え入れた時のことを思い浮かべる。晶を裏切らないと誓った。新しい思い出を沢山作ろうと約束した。そんな私を、晶は“主”と認めてくれた。


(……目が覚めたらまた、聞いてみよう)


アザになりませんようにと祈り額を撫で、目を回している晶にそっと毛布をかけてやるのであった。


次の日。目が覚めた晶に再度話を振ってみると今度は渋々ながらも了承してくれた。アザにはならなかったけど、まだ痛むようで、眉間に皺を寄せながら額を抑えている。一つだけ、と晶が条件を突き出した。


「ななつぼしに行くのなら、僕も連れて行けよ」
「……もちろん。“みんなで”行くに決まってるよ」
「……ふん」


全員でという部分を強調しながら笑って言うと、そっぽを向いてしまった。ポニーテールで顕になった耳は僅かに赤かった気がするのは、気の所為では無いはずだ。


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