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初めて出会ったのは、降りしきる雨の日の事だった。

雨で水量が増し、川は濁流のように水が流れていて。

偶然湖畔に流れ着いた自分を見て彼女は驚きつつも、決して嫌な顔はしなかった。

身を守るため毒だらけで傷だらけの自分の身体。

お世辞にも綺麗とは言えない外見に足されたこの要素は嫌悪されても致し方ない。

だけど彼女はその壁を悠々と越えてきた。

優しく触れられたそこは、仄かな温かみを覚えた。


「おまえ、頑張って生きてきたのね」


今まで会った誰よりも、何よりも。

自分はこの瞬間、そう微笑む彼女を初めて心の底から“美しい”と、感じたのだ。




◇◆◇




「璃珀はルネシティって知ってる?」


215番道路は雨が降っていて、用意しておいた折り畳み傘をさして濡れた地面を歩いている。クルミさんに事前に教えてもらって良かった。ずぶ濡れになっちゃうところだったね。ボール越しに璃珀にルネシティについて聞いてみると、突然どうしたのか逆に問われた。


「昨日の強盗さんが言ってたから、どんな街なのか気になって。行ったことある?」
『あるにはあるけれど、ホウエンなら晶くんの方が詳しいんじゃないかな』
『僕に振るな』


あ、確かに晶もホウエン地方出身だもんね。ただ晶は答える気は無いみたいで、璃珀が苦笑いしながらルネシティについて説明してくれた。


『過去の隕石の衝突で発生したクレーターにできた街と言われているね。水の景観が美しい街だったよ』
「へぇ〜……クレーターに街を作るなんて凄いね」


綺麗な街みたいだし、行く機会があれば行ってみたいなぁ。クレーターにどんな風に建物が建ってるのか想像つかない。強盗さんの言っていた、私に似ている女の人の存在が頭をよぎる。でもあの人の話しぶりからして昔の人みたいだし、そもそも私はこの世界の人間じゃないんだから、他人の空似ってやつじゃ……ーー

ピタリと足が止まった。パラパラと雨が傘に当たる音が耳に嫌に染み渡る。


(白恵に、言ってなかった)


私がこの世界の人間じゃないことを言っていなかった。言わなきゃと思ってたのに、言いそびれてここまで連れてきちゃった。本人が一緒に来ることを望んでいたとはいえ、他のメンバーには事情をちゃんと説明しているんだから、白恵にも話しておく必要があるのに。どうして忘れちゃってたんだろう、私のバカ!


「白恵、ごめん。ボールから出てもらってもいいかな?」
『なぁに?』
「……私のことについて、話しておかなきゃって」


ちゃんと一体一で話をしたかったのでみんなをボールから出し、しばらく2人きりにして欲しいことを伝えた。少し離れたところで雨宿りに丁度いい樹を見つけたので幹に身を寄せ、灰色の空を見上げる。モーモーミルクを飲みたいとせがむので落とさないよう注意しながら渡し、前置きの後少しずつ私が違う世界から来たことを話した。話している間も無言でモーモーミルクを飲んでいて、若干話を聞いてくれているのか不安になったけど、終わる頃にはちゃんと私の目を見ていたから、変な心配は杞憂だった。


「ーー……という訳なんだ。本当はもっと前に伝えておくべきだったんだけど、遅くなっちゃってごめんね」
『……?ぼくにそのはなしをしたのは、どうして?』
「他のお兄ちゃんたちはみんなこの事を知っていて、納得した上で着いてきてくれてるから。白恵だけ知らないのは不公平だし、私がそうしたかっただけ、かな」
『そっか。ユイちゃんは、どうしてぼくたちとおはなしができるのか、しってるの?』
「え?」


それは、私がポケモンと原型の姿で会話ができる能力の事だよね。初めてこの世界に来てから言葉を理解してるから自分にとって違和感は無いんだけど、やっぱり他の人の反応を見る限り変……なんだよね。人間はもちろん、ポケモンにとっても珍しいみたいだし。どうしてポケモンの言葉が分かるのか理由は未だ不明で、白恵の問いに充分な答えを出すことが出来ない自分がもどかしかった。そういえば、アチャモ時代の紅眞と会った時も似たようなことがあったなぁと思いつつ首を振った。旅に出てから、私は何も変わっていない。


「分からないんだ。私が本来この世界にいない人間だから不思議と話せるのかなって漠然と思ってたけど……そんな曖昧な理由じゃない気がする」


元々ただのフィクションのゲームの世界だと思っていた。でも違う。この世界はちゃんと“生きている”。全ての物事には相応の理由があり、理が生じている。碧雅も紅眞も、緋翠も璃珀も、晶も。そして白恵も。みんな同じ、みんなこの世界で心を持ち生きているんだ。


『…………。』


私の話を聞いた白恵が人型に変わる。そして両手で私の顔をそっと覆い、二色の眼が私の顔を映す。


「ユイちゃんのそのちからはね、もともともっていたものなんだよ」


親が子どもに諭すように。雨音が静かに融ける空間に白恵のゆったりした話し方がしっとりと心に染みていく。元々、持っていた……?意味が分からないと白恵の顔を見つめる私を見て、白恵はほくそ笑むように笑い、何故か眉を垂らしていた。笑っているが悔やんでいるようにも見える顔は、悪い意味で子どもらしくない。
ユイちゃんと白恵は私の名を再び呼んで、ひと呼吸おいてこう言った。


「ユイちゃんは、このせかいをまもるためによばれたの」


……これは、お婆さんの言っていた、予言?


「ユイちゃんはまだ、しかくをもってるから。だからもどされたの。……かわいそうな、ユイちゃん」
「……何を、言ってるの?」
「ーーふふっ」


屈託なく笑っているように見えるが、目は僅かに開いたままで私を見つめている。その笑みに、ゾクリと背筋が逆立った。予言めいた発言はよく意味が分からないし、内容も不明瞭だ。どんな意図があって言ったのか、彼の頭の世界は不思議でいっぱいだ。ここは、落ち着いて。彼の世界を否定しないように、息をゆっくり吐いた。


「……私は、どうしたらいいのかな?」
「うーんとね……こたえはいつかやってくるよ。いまはこのまま、たびをつづけたほうがいいとおもうなあ」
「そっかぁ。白恵は、一緒に来てくれるんだよね」
「うん!ぼく、ユイちゃんについていくの!」


仲間になった時も似たようなことを言っていた。私の事情を話さなくとも白恵の意志は変わらなかったかもと思いつつ、手を繋ぎみんなの元へ戻って行った。
彼の言った不思議な発言も、いつの日か本当の意味で理解する日が来るのかもしれない。その日が来て欲しいような、欲しくないような。

複雑な気持ちを抱くのも束の間で、トバリシティに向けて再び歩き出し出会ったトレーナーとバトルを繰り広げれば白恵との出来事は綺麗さっぱり記憶の片隅に仕舞われてしまうのだった。


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