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『そこからは迷いの洞窟に近付こうとするトレーナーに勝負を挑み、己の強さを高めていった。……もしかすれば、噂を聞きつけたアイツが戻って来るかもしれないと信じて』
「……仮に来たとして、どうするつもりだったの?」
『…………言う気は無い』


以上だ、とチルタリスの話は終わった。私は何と言っていいか分からず言い淀みながら返答を考える。するとベッドルームから涙ぐみ鼻をすする音が聞こえてきた。


『ウ゛ッ……おまえ……づらがっだなぁ゛〜!』
「紅眞!?」
『おい、僕に抱きついて鼻水をつけるんじゃないトサカ頭』
『ズビ……お前ずげぇよ』


いつの間に起きたのか。鼻声で紅眞がチルタリスを褒める。言われたことがわからずチルタリスは怪訝そうに首を傾げる。


『だってよ、お前そのトレーナーが戻ることを信じてずっとあそこに居たわけだろ。諦めないで信じ続けるってすげぇよ』
『そんな、事は……』
『いーや!俺はそう思うぞ!ていうかこの羽超もふもふで気持ち良いな!』
『引っ付くなトサカ頭!』


両手でチルタリスの羽の触り心地に感動している。いいなー、私ももふもふしたいけどチルタリスは捨てられた経緯もあって人間に近付かれたくないみたいだし、今回は2人の光景を微笑ましく見ていよう。それに、私も思うことがあった。


「チルタリスは、関係ない人を巻き込んだりしなかったよね」
『……?』
「サイクリングロード。あそこで襲いかかっても良かったのに、あなたはそうしなかった。多分、人間にとって危ないと思って避けてたんじゃないかな?」
『……別に。ただ、わざわざあそこまで足を運ぶのが面倒だっただけだ』
「うん、そう言うことにしとく」


ぷいと顔を見せないように背けるその仕草が妙に可愛く見えた。


『お?なんかいい匂いするな。シチューか?』
『おはようございます……』
「ふわぁ〜……俺も久々によく寝れたよ」
「みんな、おはよ!シチューできたから一緒に食べよー!」
『えっ。ユイが作ったの?……胃薬用意しとこ』
「ちょっと碧雅、私だってやればできるんだよ」




◇◆◇




夜、部屋のバルコニーでヨスガシティの空を見上げながらチルタリスのことを考えていた。お昼もぎこちなく私たちと距離を取りながらだったけど一緒に何も言わず食べてくれて、少しずつ彼が心を開いてくれている気がした。だけど彼は人間に裏切られた身。簡単には心の傷を癒すことは出来ないだろう。


(チルタリスはどうするんだろう)


明日どのような道を選択するのかは彼次第だ。元いた場所に戻るのか、違う地へ自ら飛び込んで行くのか。もし戻るなら突然襲いかかるようなことは止めてもらうことが条件になっちゃうけど……。


(……何か、聞こえる)


風に乗って聞こえる綺麗な旋律。上から聞こえてくるみたい。ダイヤモンドのように煌めく星々の夜空に一際大きく輝く月に照らされる一匹の影。PCの屋根でチルタリスが歌っていた。


(ハミングポケモンなんだっけ)


その分類通りの美しい歌声は聴く者の心をウットリさせる。夜のどこかもの悲しい雰囲気に合った、静かで清らかなソプラノが流れる。歌い終わったのを見計らい私はチルタリスに向かって小さく拍手をした。


『聴くなら堂々と聴いたらどうだ』
「え、もしかしていたのバレてた?」
『……ポケモンの方が五感が優れてるのを知らない訳では無いだろう』
「身をもって体感してるよ……よいしょっと」


旅で培った身体力を活かして屋根へと上る。チルタリスが止めてきたが屋根からの空を見たい好奇心が勝りチルタリスの側へ来た。ここまで来たら押し返す方が危ないとチルタリスは諦めたようにため息を吐いた。お邪魔しますと一言告げ、空を見上げる。


「わぁ……!すごく綺麗だね」
『最早見慣れた空だがな』


風情が無いなぁ。少しひねくれてるのがこの子らしいのかもしれないけど。


「チルタリスはこれからどうするつもり?」
『……何も考えてない。あのトレーナーも戻ることのなかった今、これと言って何をしたい訳でもないからな』
「そっか。……もし、もし良かったら、なんだけど……一緒に来ない?」


感情の読めない目でチルタリスが私を見つめる。過去が原因で彼が人間を嫌っているのは分かる。でも、知って欲しいんだ。この世界には彼のトレーナーのような人だけではないことを。自分が良い人間だと自負するつもりは無いけど、一緒に旅をして世界を回ることで、そういう人もいることを知って欲しい。
ただ、私も事情があるからそれを説明しなきゃいけないんだけどね。前置きを置いて私は違う世界から来たこと、元の世界に戻るための方法を探していることを話した。


『お前……本気か?頭をぶつけておかしくなっているんじゃないのか?』
「うっ、当然の反応をされて心が痛い。……おかしく思われても仕方ないと思うけど、本当だよ」
『…………。』


いつかは別れる身であるのに、誘うのは矛盾してる。ただでさえ信用できない人間なのに、違う世界から来たなどと言われればその信頼は地に落ちる。でも、この出会いが彼の世界を広げられることに繋がるなら。偽善だと言われても、やらないよりやる偽善だ。


「あなたが人間に対して良くない印象を抱いているのは分かる。でも、このままずっと一人でいるのはやっぱり放っておけないし……」


それにチルタリスを捨てたトレーナーを見返してやりたい。あなたが捨てたこのチルタリスは、一人でずっと頑張ってきた、強い子なんだって。


『良いだろう』
「へ?」
『お前の話、乗ってやる』


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