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『……治療してくれたことには感謝する。前も言ったがこれ以上僕に構うんじゃない』
「え、どこ行くの?今夜中だよ?」
『っ貴様には関係な──』


刹那。目に入ったのはグレイシアに渡されたボール。堪らず歯を食いしばる。突然黙った僕の視線を追い人間もそのボールに気づいた。


「やっぱりあれ、あなたのボールだったんだね」
『……何故わかったんだ』
「うーん、何となく」
『……はぁ』


勘というやつか。最早ため息が出る。一応理由らしきものはあるよと人間はボールを僕の前に持ってくる。指さしたのはある傷跡。


「ほらここ、明らかに踏まれたような跡がある。あとは所々切り傷みたいなものがあるし……これ、あなたが壊そうとしたんじゃないかなって思ったんだ」


碧雅も同じ意見だったし、とグレイシアにも同意を求めると彼は僕を見つめながらポツリと推察を話した。


「……警察等の公共機関、それに属する人の顔を知ってこそ名前まで即座に出てくることは野生では考えにくい。あと、この付近に落ちてる道具の中で使用済みのキズぐすりがいくつか見つかった。トレーナーが使用して捨てたのも考えられるけど、お前が使ってたんじゃない?擬人化できるんでしょ」


長いこと戦ってた割には傷が浅いって言われてたしと付け足され、僕は自らを鼻で笑った。ああ、既に墓穴を掘っていたのか。馬鹿らしい。


『お前たちの推察通りだ。僕は昔あるトレーナーに捨てられた、愚か者だ』
「……そうなんだ」
『……聞かないんだな。何があったか』
「前に言ってたじゃない、答えたくないって。話したくなったら聞くよ」


無理やり入り込むのではなく、寄り添う。理解できるからこそ、前向きに捉える。少しだけ、この人間について行く奴らの気持ちが分かった気がした。


『……おい、ちんちくりん』


絆されかけていた自覚があったにせよ、自分はどこかでこう思っていたのだ。この人間なら、もしかしたらと。それに人間に恐れを抱いて逃げ出すなど恥だ。


「ち、ちんちくりん!?」
『チビで脳天気な貴様にはお似合いだろう』
「っぷっ、」
「碧雅何笑ってるの!?」
『……寝る』


ゴロン、と人間に背を向け横になる。翼に汚れが着こうが構うもんか。驚いた人間の声が聞こえたが、すぐに明るい声を上げた。


「……また明日ね!」
「明日どころか今日。何時まで起きてるの」
「碧雅こそ何時まで起きてたの?」


人間とグレイシアの会話をBGMに、僕は誘われるままゆっくりとまぶたを閉じた。


……そういえば、


(こんな風に誰かと過ごす夜は久しぶりだ)


だが不思議とその五月蝿さを煩わしいとは思わなかった。




◇◆◇




「お預かりしたチルタリスですが、身体にどこも異常はありませんでした。手際よく治療されていましたよ」
(借りてきた猫みたいに大人しかった)


次の日。私たちはヨスガシティに戻りPCでチルタリスの健康チェックを受けていた。チルタリスは絶対抵抗すると思っていたけどあら不思議、聞き分けがよく分かったと素直に従ってくれたのだ。私含め手持ちのみんなも目をぱちくりさせていた。


「俺午前は寝てるわー……」
「申し訳ありませんマスター。私も少々休息を頂きます」
「……璃珀は眠くないの?」
「ふふっ。さあどっちでしょう」


昨日はみんな交代に起きてくれてたから寝不足なので、今日はゆっくりとPCでお休みしよう。璃珀は相変わらず真意の読めない麗しの笑みで私をからかうんじゃない、寝なさい。
とはいえ私は知らぬ間に寝ちゃってたので元気なんだけどね。ベッドルームでみんなを寝かせ、コウキ君にひとまず落ち着いたことの連絡をし折角だから昼食を作ろうとキッチンに立った。いつも紅眞に任せっきりだし、手伝いもしてきたから多少は作れるはず!


「うーん……何にしよう」


献立が浮かばない。紅眞はいつもどうやって考えてるんだろう。あれこれ考えた結果、シチューにすることにした。材料は丁度揃っていたので食材を切って煮込んでいると、ベッドルームから物音がした。誰か起きてきたのかなとキッチンから顔を覗かせると、そこにいたのはチルタリスだった。手持ちでは無いから専用の部屋を宛てがうつもりだったけど、本人がここでいいと一緒にいることを申し出たのだ。窓から彼の体色と同じ澄んだ青空を見上げている。


「ねぇねぇ、チルタリス」
『!……なんだ』
「お昼良かったら一緒に食べない?」
『僕が人間の作った食事を食べると思うのか』
「え、やだ?」
『………………腹は減っているから、どうしてもと言うなら』
「それじゃあチルタリスにだけ特別に!ジャジャーン!」
『おい貴様話を聞け』


なんだかこの子のことが少しずつ分かってきたぞ。案外押しに弱い。言葉も前より棘が無くなった気がするし、私に対しても睨んだりはするけど本当に嫌、という訳でも無さそうだ。
ヨスガシティに来て最初に体験したポフィン体験で作ったポフィンをケースから取り出す。私も作ってみたんだよね、紅眞のまろやかポフィンには敵わないけど甘い味に仕上がったからおやつで気に入ってる。
チルタリスにそれを差し出すと初めは動揺していたが渋々と匂いを何度も何度も嗅いでいる。そしてようやく食べてもいいかと判断し、私の手から一口。


『…………。』
(なんか緊張する)
『…………ふむ』


食べ終わったのか、静かにそう一言だけ。


「ど、どうだった……?」
『……まあ、悪くは無い』
「わーやったー!!」
『ユイうるさいアイアンテール喰らいたいの』
「すみませんでした」
『…………ふっ』


あ、初めて笑った。


「やっと笑ってくれたね」
『お前のような変人に付き合わされたおかげでな』
「笑う門には福来る、だよ」
『物は言いようだな』


お鍋からグツグツと煮込まれた音がする。あ、強火過ぎたかも。キッチンに急いで戻り火を弱め、ほっと一息つくとチルタリスがおいと話しかけてきた。




『……話がある』


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