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ホウエンに生息しているというチルタリスがいること。穏やかな気質の種族が人間を敵視し襲いかかること。206番道路の、迷いの洞窟の近くでのみ襲うこと。分からないことは山積みだ。

そしてふと襲われる前に見つけたボロボロのモンスターボールが彼の足元に落ちていたのを見つけた。先程の騒ぎであそこまで転がって行ったのだろう。その中で見つけた違和感から、想像でしかない一つの光景が頭をよぎった。


「ねえ」


私は何気なく思い付いたことを口にした。


「そのボール、あなたのでしょ」


そう指摘されて彼は初めてボールがあることに気づいたらしい。言われた箇所に目を向けると驚愕とは違う意味で目が見開いた。素早く私を睨みつけ翼をはためかせ空に上がり、口が大きく開いた。


『っ黙れ!!』


怒りの咆哮と共に放たれたそれはハイパーボイスだ。明らかに先程までとは違い、私に明確に敵意を表した。
だけど私もタダで喰らわない。緋翠のひかりのかべに璃珀のアクアテールの水の膜も加わり、盾はより強固なものへ変わる。
戦闘だと理解した紅眞が追撃を加えようとしたけれどそれを手で制した。彼は珍しく怒っている。


『あいつ、俺たちだけじゃなくユイにも攻撃してきたんだぞ。黙ってられるか』
「理由があるんだと思うよ。私にじゃなくて、人間に攻撃する理由が」
『……なんだその目は。哀れんでいるのか。どこまでも自分勝手で、狡賢い、卑しい存在のくせに』


吐き捨てるようにそう告げると口から白いモヤが放たれた。しろいきりだ。チルタリスの体はたちまち見えなくなってしまって、私も周りにいるはずのみんながどこにいるのか分からなくなってしまった。モンスターボールを持ち一匹を除いてみんなを戻した。反論もあるだろうけどそもそも4対1でフェアじゃない。チルタリスが警戒して姿をくらますのは当然の事だった。


「碧雅、お願いしてもいい?」
『……巻き添えを喰らいたわけ』
「……。」


昨日のふれあい広場で話した事が想起される。あの時の私は何も出来ないと思っていたし、それは今も変わらない。けど、この場で人間に対して怒りをぶつけるチルタリスを放っておけなかった。


(仮に私がこの場から逃げたとしても同じことの繰り返しだ)


全てを解決できるわけではない。それは神様だ。私は、私に出来る精一杯をやろう。今の私に出来ることは、彼にこれ以上負の連鎖を負わせないことだ。人を嫌うに値する理由が彼にあるにせよ、人を襲い続けることによって彼も人から嫌われていってしまう。今はまだだけど、時間が経てばジョーイさんの言うように彼は“保護”される。大嫌いな人間の手によって。出来ればそれは避けたいと思った。

答えない私に碧雅はこちらをチラリと見てきたので、再度眉を垂らし頼んだ。言っても聞かないと諦めたように目の前の霧と向き合う。この霧の中を闇雲に攻撃しても当たらない、それならば。あられを指示し碧雅の身体から冷気がたちこめ、それは天候を操った。次にチルタリスがりゅうのいぶきを放ってきた。戦い慣れているのか正確にこちらに当ててきて、避けつつれいとうビームを放つ。しかし命中はせずチルタリスは霧の中を旋回し、反対から二発目が来た。


『っ!』
「!大丈夫?」
『これしきでやられないって』


まだいけると立ち上がる。とは言ってもタイプ一致技だから何発も喰らう訳にはいかない。落ち着け、姿が見えないのはチルタリスだって同じ。だから彼も遠距離攻撃でこちらを狙っているんだ。タイミングを見て……!きた!


「れいとうビーム!」


再びりゅうのいぶきが放たれ、こちらも負けじと応戦する。直線状の攻撃ならばこの先にチルタリスがいるはずだ。効果抜群かつ碧雅お得意のれいとうビームはりゅうのいぶきを貫きその先にいるチルタリスに当たったようだ。ぐもった声をあげたが体制を整え、身体全体を使って勢いよく大地を揺らす。


「っ!わっ」
『伏せて!』


可愛い外見とは裏腹に力がある。じしんはかなりの威力を誇っており周りの木は勿論上のサイクリングロードが心配だった。人々の困惑した声が聞こえてくる。……サイクリングロード?


(……そうだよ、考えてみればこの子は)


一つの疑問が浮かんだところであのボールがいつの間にか近くに落ちていたのに気づいた。そしてそれはじしんの影響で転がり始め、頭上に陰が生じたので上を見ると一本の樹が耐え切れず倒れこもうとしているところだった。避けられるけど、ボールが。

何となく、それはダメだと直感した。


「紅眞、ブレイズキックで樹を蹴りあげて!」
『任せろ!』


樹は紅眞のお陰でぶつかることは無く、ブレイズキックの衝撃で霧が少し晴れた。ボールを拾い上げると再度りゅうのいぶきが降ってくる。そこへ碧雅が勢いよくジャンプしりゅうのいぶきの前へ、今この場は彼のフィールドだ。私は碧雅を信じ、空を指さした。


「霧一面に向かってふぶき!」


必中のふぶきはりゅうのいぶきを飲み込み、霧が完全に晴れて青空が姿を現す。チルタリスは効果抜群技を二発も受けてしまったからか、地に伏していた。目は闘志を絶やしておらずギラギラとしているけど身体は限界だったのだろう、翼に力が入らず起き上がれないようだ。碧雅も威力を抑えてくれていたけど、やっぱり十分に休んでいなかったんじゃないかな。

碧雅を労いチルタリスの前にしゃがみ込む。チルタリスは私の方を見ずに嘲笑するように鼻で笑った。……目を合わせるのも嫌なんだ。


『喜べ人間、貴様の勝ちだ。僕をジュンサーに引き渡すなり、高く売り付けるなり好きにしたらいい』
「っそんなことしません!」


その嘲笑は私というよりチルタリス自身に向けて放ったように感じられた。


「成り行きでバトルになっちゃったけど、まずはあなたの回復が先でしょ?」
『このまま放置すればいずれ動ける。構うな』
「そんな状態のまま放っておけないよ。せめてオボンのみくらい……」
『いい加減にしろ』


きのみを差し出そうと手を差し伸べた瞬間、声が一段階低くなったチルタリスの翼により手をはたかれた。柔らかい羽で弾かれたはずなのに手はやけに痛く、オボンのみがどさりと草むらに落ちた音が嫌に響いた。


『放っておけと言っているだろう。何故貴様らの世話にならないといけない。人間に世話を焼かれるなど死んでもゴメンだ』
『っお前……!』
「紅眞、大丈夫。……ごめんね、チルタリス。勝手にここに近づいてあなたを怒らせるような真似をして」
『なら早くここから出て行くといい、不愉快だ』
「それはちょっと嫌かなぁ」
『……なんだと?』


あ、こっち向いた。すごく怪訝な顔をしてる。だっていくらチルタリス本人がそう言ったって、このままなんてしておけないよ。だってこれで私がいなくなったらあなたはまた人を襲うんでしょ?何故そうするのか理由は分からないけど、それは彼の心をすり減らしている気がするんだ。心のどこかで無理をしている気がするんだ。
悲しいことだよ、それは。


「私ってね、意外に頑固なんだよ」
『…………目障りな、やつ……め……』


流石に限界か来たのか、チルタリスはそのまま眠るように倒れてしまった。呼吸を確認すると息はきちんとしている。


「抱えて運ぶのは無理だし、PCに連れていけたとしても……」
『目が覚めたら十中八九、暴れるだろうね。それか逃げ出すか』
『じゃあ連れてくのはどっちにしろ無理か』
「そうだね。それなら──」


私はポケギアを取りだし、ある人物に連絡を取るのだった。


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